電源の特性がシグナル・チェーンの精度を左右
電源の品質や特性はシグナル・チェーンの精度に大きな影響を与えます。とくに精度が要求されるシグナル・チェーンにおいては、適切な電源を選択することがきわめて重要です。
例として分解能24ビットのA/Dコンバータを使ったシグナル・チェーンを取り上げてみましょう。
24 ビットA/Dコンバータの理論上のSN比は、フルスケール入力を0dBとしたときに-146.24dBです。ここで、A/DコンバータICを駆動する電源電圧レールに-115dB相当のノイズが重畳していて、かつ、A/DコンバータICのPSRR(電源電圧変動除去比)がゼロとすると、計算上の有効ビット数(ENOB)は約19ビットにまで低下します。
対策として16倍のオーバー・サンプリングを行ってもENOBは2ビット増えるだけで、本来の性能である24ビットには届きません。しかも帯域は1/16の312kHzにまで狭くなってしまいます。
こうした机上の計算からも、電源電圧に重畳しているノイズ成分がA/Dコンバータの性能に大きな影響を与えることが分かります。
では、リニアレギュレータ(LDO)を使えばシグナル・チェーンの電源問題は解決するでしょうか。たしかにリニアレギュレータは出力ノイズが小さいことで知られていますが、入力電圧が出力電圧よりも低い条件でしか使えないほか、電力の変換効率が低いといった課題があります。さらに、正の入力電圧から負の出力電圧を生成することができません。
基本的には、シグナル・チェーンの中でリニアレギュレータがどうしても必要な場合を除いて、スイッチング電源を採用すべきと結論づけられます。
この技術資料では、シグナル・チェーンを専門とする筆者の視点から、さまざまなスイッチング電源の特性や課題を紹介していきたいと思います。
基本的なスイッチング電源 : 非反転型
スイッチング電源には図1のような基本タイプがあります。非絶縁型と絶縁型のそれぞれで、入力電圧Vinと出力電圧Voutの関係によってさまざまな回路方式が使われています。
表1. 本資料で扱うスイッチング電源の主なタイプ
次のセクションから、それぞれのタイプについて、スイッチング電源の課題である放射ノイズおよび伝導ノイズのほか、適した用途、設計の注意点などについて説明していきます。
(1) 降圧(バック)
もっとも一般的なスイッチング電源で、バック(buck)型とも呼ばれます。名前のとおり入力電圧と出力電圧の関係はVin>Voutです。
降圧型は、効率が高く、幅広い入力電圧範囲に対応できるため、もっとも広く使われています。ただし、スイッチングのデューティ・サイクルの下限の制約により、たとえば入力50Vから出力1Vを得る、といった大きな降圧はできません。
降圧型で注意すべきは放射ノイズと伝導ノイズです。図1において、赤色のループはスイッチS1がオンのときのインダクタの電流経路、青色のループはS1がオフでS2がオンのときのインダクタの電流経路を示します。問題になるのは緑色のループで、これをホット・ループと呼びます。
スイッチング動作に伴ってホット・ループの電流はオンとオフが常に切り替わり、di/dtのエッジに含まれる広いスペクトルによってノイズが発生します。そのため、ホット・ループの面積をできるだけ小さくするように実装を工夫するとともに、di/dtを緩やかにするなどの対策が求められます。
また、図1の回路から分かるように、入力Vinにスイッチング素子S1とS2が直接つながっているため、入力側に大きなノイズが現れます。一方の出力Voutには、二次のLCフィルタが配置されているため、入力側に比べるとノイズは大きくありません。
このほか、デューティ・サイクルが50%ないし60%以上の条件のときに、ループ補償で発振が起こらないように注意が必要です。
アナログ・デバイセズでは 、入力 65V / 出力100mA のLT8618、入力3.2V~42V/出力120mAのLT8604C、3mm×2mmといった超小型が特長の入力42V/出力25mAのMAX17530、放射ノイズを抑えるSilentSwitcher®2アーキテクチャを採用した入力42V/出力2A(ピーク3A)のLT8609Sなど、数多くの降圧ソリューションをラインアップしています。お客様の要件に応じて選択してください。
(2) 昇圧
昇圧型は、名前の通り入力電圧と出力電圧の関係はVin<Voutです。Vinよりも高い電圧レールが必要な場合に使用します。また、システム内部に高めの中間電圧を供給する目的にも適しています。回路図を図2に示します。
放射ノイズと伝導ノイズの問題は降圧型と同様で、di/dtが大きいホット・ループ(図2の緑色)の面積ができるだけ小さくなるように実装設計を行ってください。合わせて、スイッチS1とスイッチS2と入力インダクタが接続されるスイッチ・ノード(図2の黄色いエリア)のパターン設計にも注意が必要です。
降圧は入力にスイッチ素子S1とS2が接続されていますが、昇圧型は出力にスイッチが接続されているため、出力側に比較的大きなノイズが現れます。
なお、電圧を一定に制御する帰還(フィードバック)回路に故障が発生した場合、降圧型では出力電圧VoutはグラウンドとVinの間の何らかの値に落ち着きますが、昇圧型の場合はスイッチ素子を破壊するほどに上昇するおそれがありますので注意してください。
アナログ・デバイセズでは、60V/1Aスイッチを内蔵したLT8330、ショットキー・ダイオードを内蔵した出力38VのLT3461、超小型パッケージで出力40V/25mAのLT8410、40V/240mΩスイッチ内蔵のLT8338などをラインアップしています。
(3) SEPIC
シングルエンド・プライマリ・インダクタンス・コンバータを略したSEPIC(日本ではセピック、英語読みではシーピック)は、降圧と昇圧の両方の機能を備えた回路方式です。幅広い入力電圧範囲から所望の出力電圧Voutが得られるのが特長です。
反転出力が得られる後述のCuk型や昇降圧型とは違い、入力と同極性の出力が得られるため、使いやすい方式と言えます。
図3に示すようにスイッチ素子とホット・ループが出力Voutに直接つながっていますので、出力側に放射ノイズと伝導ノイズが現れることがSEPICの課題です。
スイッチ素子の間にカップリング・コンデンサ(図3の右矢印)が挿入されているため、入力と出力の間にDCパスが形成されることはありません。ただし、前述の昇圧型と同じように、SEPICが昇圧状態で動作しているときに帰還系に障害が発生すると、出力電圧Voutが予期せぬほど高くなる場合があります。
なお、SEPICを大電流アプリケーションに用いる場合は、損失を抑えるために、ESR(透過直列抵抗)の小さいカップリング・コンデンサを選定してください。
SEPICおよび後述するCukには、60V/1Aスイッチを内蔵したLT8330、42V/1.3Aスイッチを内蔵したデュアル構成の LT3471、40V/400mAスイッチを内蔵した小型パッケージのLT3483、60V/2Aスイッチを内蔵した非同期型のLT8362などが適します。
基本的なスイッチング電源 : 反転型
(4) Cuk
ここからは反転出力(負出力)のスイッチング電源を取り上げます。
Cuk(チューク)は反転出力が得られる昇降圧型の回路方式です。この名前は略語ではなく、回路を発明したSlobodan Ćuk氏(元カリフォルニア工科大学教授)の名前に由来します。
回路構成は図4からも分かるようにSEPICと似ていますが、いくつかの違いがあります。まず、出力インダクタの左側は、SEPICではグラウンドに接続されていますが、Cukでは出力Vou(負電 t圧)に割り当てられています。また、入力にも出力にもLCフィルタが直列に接続されていることと、両方のスイッチがグラウンドに接続されているため、スイッチ・ノードが出力Voutに直接つながっているSEPICに比べてノイズが少ないのも特長です。
負電圧かつ低ノイズが求められるアプリケーションにはCukは最適な選択肢といえます。
ただし、図4緑色で示されるホット・ループはCukにおいてもできるだけ小さくなるように実装する必要があります。
使用部品の電圧定格には注意が必要です。カップリング・コンデンサに印加される電圧はVinと|-Vout|を合計した値になり、たとえばVinが36V 、Vou t が-36Vの場合 、72Vが加わります。さらにスイッチ素子で発生するオーバーシュートも考慮しなければなりません。そのほかの部品についても電圧定格を満たす部品を選択する必要があります。
(5) 反転昇降
図5に示すように、降圧(buck)回路と比較して、インダクタとS2のスイッチの位置を入れ替えたような構成で、また出力電圧が負の電圧のため、出力コンデンサの極性が逆になっています。本構成は、昇圧と降圧の両方の機能を備えています。
Cukに比べると入力Vin側のノイズは大きめですが、部品数が少ないため実装の小型化が図れます。
設計の注意点としては、内部回路はグランド基準となるため、外部から信号を入力する際は極性を合わせる必要があり、レベル・シフト回路が必要になる場合があります。
また、スイッチ(MOSFET)のゲート信号に対してブートストラップ・コンデンサが必要です。ホット・ループ(緑色)の扱いは降圧型と同じです。
また、不安定性の原因となる右半面ゼロ(RHPゼロ)が補償ループに導入されるため、降圧型に比べると補償の設計は厄介です。
基本的なスイッチング電源 : 絶縁型
(6) フライバック
続いて、絶縁型のスイッチング電源について説明します。
フライバック型は昇圧も降圧も可能な絶縁型レギュレータで、数十Wから100W程度の小電力アプリケーションに適します。回路トポロジーは昇圧型に似ていますが、絶縁に使用するトランスの巻数比(N1:N2)によって降圧比や昇圧比を設定できるため、スイッチを制御するデューティ・サイクルによって昇圧比が制約される昇圧型に比べて自由度の高い設計が可能です。
図6に示したVout+かVout-のいずれかを二次側のグラウンドに接地すれば正電圧または負電圧を生成できるほか、完全なフローティングとして使うこともできます。
フライバック型の課題は、入出力の放射ノイズと、図6において赤の経路で示される伝導ノイズです。トランスの一次側と二次側のそれぞれに存在するホット・ループをできるだけ小さく実装する必要がありますが、トランスの物理的な大きさに制約されるため、ある一定以上の小型化は困難です。また、スイッチ・ノードは放射ノイズの発生源となり、場合によってはスナバ回路でフライバック・パルスを吸収する必要があります。
回路上の課題はレギュレーションの帰還経路をどのように構成するかです。二次側の電圧を一次側のコントローラに与えるにはオプト・カプラ(光アイソレータ)などの素子が必要で、回路が複雑化しコストも上がります。
代わりに、一次側電圧(Vin)だけを使ってデューティ・サイクルを制御し、二次側からの帰還経路を省略するレギュレーション方式も提案されています。オプト・カプラなどは不要になりますが、二次側の電圧精度を高くすることはできません。
フライバック型のもうひとつの注意点として、トランスの容量などに起因してコモン・モードのリーク電流が発生するため、安全規格などを遵守する必要が場合はその点も考慮する必要があります。
アナログ・デバイセズでは、65V/3.6Aスイッチを内蔵したLT8301、150V/240mAスイッチを内蔵したLT3511、48V系テレコムや12V系車載用途に適したスイッチ外付けタイプのLTC3803、65V/1.2ADMOSスイッチを内蔵したLT3001などをラインアップしています。この4製品にはいずれもオプト・カプラは不要です。
(7) プッシュプル
小電力から大電力のアプリケーションに適した絶縁型トポロジーがプッシュプルです。一次側と二次側ともにセンター・タップのあるトランスを使用します。
一次側にある2個のスイッチを交互にオンさせる仕組みのため、原理的にデューティ・サイクルは50%以下に制約され、降圧範囲および昇圧範囲は限定されます。そのため、入力電圧が大きく変動した場合、出力電圧が所定の電圧範囲を逸脱してしまう可能性があります。
プッシュプル型のホット・ループはフライバック型と違って入力のみに存在します。出力側にホット・ループがなく、かつ、LCフィルタが設けられているため、出力ノイズが少ないのが特長です。また、コモン・モードのリーク電流が小さいのもプッシュプルの特長のひとつです。
一方でセンター・タップが必要なこともあり、トランスのサイズがやや大きくなります。
製品の一部を紹介します。LT3999は入力2.7V~36Vで1Aスイッチを2個内蔵したDC/DCトランスドライバ、MAX13253は入力3.0V~5.5Vで1Aスイッチを2個内蔵したスペクトラム拡散機能付きプッシュプル・トランス・ドライバ、MAX256は入力3.3Vまたは5.0Vで3Wをトランスに供給できるHブリッジ・ドライバです。
(8) 4スイッチ昇降圧
このセクションの最後に、非反転の降圧型と昇圧型の両方の回路を合成したような4スイッチ昇降圧を紹介します。降圧と昇圧の両方に対応している点はSEPICと同じですが、必要な部品点数が少ないなどのメリットがあります。
4スイッチ昇降圧は、Vin>Vout、Vin<Vout、および Vin≒Voutのそれぞれの条件で動作モードが異なるのが特徴で、 Vin>Voutのときは、図の右上のスイッチが常時オンのまま、左側の2個のスイッチのみでレギュレーションが行われます。この動作は降圧(buck)と同じです。
Vin<Voutのときは、左上のスイッチが常時オンのまま、右側の2個のスイッチのみでレギュレーションが行われます。この動作は昇圧型と同じです。さらにVin≒Voutときは、出力電圧の平均が所望の値になるように、4個のスイッチを用いてレギュレーションが行われます。
ノイズの観点では、Vin>Voutのときは降圧型と同じように入力側に構成されるホット・ループによって入力側にノイズが発生します。同様に、Vin<Voutのときは出力側に構成されるホット・ループによって出力側にノイズが発生します。Vin≒Voutのときは両方のホット・ループが作用するため、入力側と出力側のそれぞれにノイズが発生します。
4スイッチ昇降圧の課題は、動作モードの切り替わりにおいてチャタリングのようなノイズが発生する場合がある点です。また、Vinの変動が緩やかなときに動作モードの切り替わりが繰り返し発生しないようにヒステリシス制御が必要です。
シグナル・チェーンに応じた電源ツリーの設計
続いて、シグナル・チェーンを構成する電源ツリーの設計に話を進めていきたいと思います。大きく四つのステップで手順を紹介します。
(a) 入力電圧仕様の把握
最初にシステムの入力電圧仕様を把握します。入力電圧はほぼ一定か、もしくは大きく変動する可能性があるか、入力電圧系統は単一か、もしくは複数か、といった情報をシステム仕様書などから明らかにします。
(b) シグナル・チェーン要件の定義
次に設計対象のシグナル・チェーンの電源要件を定義します。必要に応じて、シグナル・チェーンで使用するA/Dコンバータなどのデバイスのデータシートから、電圧定格のほか消費電流の最大値などを参照します。
(c) 回路方式と電源ソリューションの選択
入力電圧仕様とシグナル・チェーン要件から、候補となる回路方式と電源ソリューション(電源IC)を選択します。前述のようなさまざまな方式の特性、メリット、デメリットのほか、連続モードや不連続モードといった動作領域などを評価しながら選択します。とくに、シグナル・チェーンの設計においては、電源の入力側ノイズと出力側ノイズのそれぞれをしっかりと検討することが重要です。
また、電源回路の設計においてはさまざまな課題や検討事項がありますので、注意深く進めてください。
(d) 設計の検証
最後に、ツールを活用して設計を検証します。後述するように、アナログ・デバイセズでは電源設計ツールLTpowerCAD [*1]、電源ツリーをトップダウンで設計できるLTpowerPlanner [*1]、およびシミュレーション・ツールLTspice [*2]を無償で提供しています。
「what if(このように設計したら、特性はどう変わるか)」アプローチを通じて、パラメータなどを振りながら設計と検証を進めていくことができます。
この技術資料の冒頭で、シグナル・チェーンで所望の精度を得るには電源が重要であることをまず説明しました。続いて、基本的なスイッチング電源のトポロジーを取り上げ、とくにノイズの観点からそれぞれの特性を見てきました。さらに、電源ツリーの設計手順の例を説明しました。
ここからは、電源ツリーの具体的な設計例と課題を紹介します。賢者は自分の誤りから学ぶが、真の賢者は他人の誤りから学ぶ(他山の石)という格言があるように、失敗例を学ぶことで多くの知見を得ることができます。
[*1] LTpowerCADおよびLTpowerPlanner:https://www.analog.com/jp/design-center/ltpowercad.html
[*2] LTspice:https://www.analog.com/jp/design-center/design-tools-and-calculators/ltspice-simulator.html
ケース・スタディ:A/Dコンバータ用電源ツリーの設計
ケース・スタディとして複数の電圧レールを必要とするA/Dコンバータ用の電源ツリーを設計してみます。
ここで、システムの入力電圧は12V~36Vとし、A/Dコンバータは、VAとして5V/10mA、VSとして-2.5V/5mA、およびVDDIOとして1.8V/15mAの3系統の電圧が必要と仮定します。このうち、5VのVAと-2.5VのVSはノイズに敏感な一方で、1.8VのVDDIOはI/O用の電源のためノイズ要件は厳しくありません。
設計の優先度としては、回路サイズ、ノイズ、効率、コストの順とします。
最初に構想した電源ツリーを図10の上側に示します。まず降圧レギュレータLT8618を用いて5.5Vを生成し、その5.5VをリニアレギュレータLT1962を用いて5.0Vに降圧してVAに与えています。また、チャージポンプ式の反転レギュレータADP3605を用いて-3.0Vを生成し、リニアレギュレータLT1964を用いて-2.5Vを生成しVSに与えています。VDDIOは降圧レギュレータLTC3410を用いて1.8Vを生成しています。
一見すると妥当な構成に見えますが、スイッチング電源の基本構成で説明した入力ノイズおよび出力ノイズを思い出してください。反転レギュレータADP3605はデータシートからも分かるように4スイッチ昇降圧型に似た構成をしています。そのため、入力側のノイズが多く、結果としてVAレールにノイズが重畳することになります。
また、LTC3410は一般的な降圧型ですからやはり入力側のノイズが多く、その結果、VAを生成するリニアレギュレータLT1962の入力にノイズが乗ることになります。
これらの作用を図10上側に赤線で示します。
この課題を改善した構成案を図10下に示します。降圧レギュレータ LT8618で5.4Vを生成したあと、リニアレギュレータLT1962でVAを生成するのは同じですが、VSはLT3462を用いたCuk型の反転レギュレータで生成するようにしました。前述のようにCukは入力側も出力側もノイズが少ないため、図10上の案のようなLT1962への回り込みが起こりません。
また、VDDIOはスイッチング 電 源ではなく敢えてリニアレギュレータADP150で生成することにしました。これも同様にLT1962の入力側へのノイズの回り込みを防ぐ措置です。LTC3410に比べると変換効率は低下しますが、このシグナル・チェーンでは効率よりもノイズを優先すると設定したため、問題はないと考えます。
ケース・スタディ : 中間バスを使った電源ツリーの最適化
もうひとつのケース・スタディとして、中間バスを使った電源ツリーの構成例を紹介します(図11)。
システムの入力電圧は5.0Vと3.3V、シグナル・チェーンが必要とする電源は、VAMPとして12V/50mA、VAとして8V/35mA、VCとして5V/15mA、およびVLとして2.5V/8mAとします。このうち、VAMPとVAは超低ノイズ特性が、VCは低ノイズ特性が求められる一方、VLはノイズには敏感ではありません。優先度は、ノイズ>回路サイズ>変換効率>コストの順と設定します。
VAMPとVAは入力電圧の5.0Vよりも高く、VCは入力電圧と同じ5.0Vですので、これら3系統については昇圧コンバータADP1612を用いていったん昇圧し、リニアレギュレータADP7142を後段に置いた構成を考えました。VLは3.3VからリニアレギュレータADP131で降圧しています。
このままでも問題なく動作すると考えられますが、昇圧コンバータADP1612とリニアレギュレータADP7142を3系統置くのは、回路サイズの観点からは最適には見えません。中間バスの活用や複数の出力をもつデバイスもちいて回路をより最適化できないだろうか。
そこで、3系統並列に設置された昇圧コンバータをLT8338 へひとつにまとめるとともに、降圧コンバータとリニアレギュレータがシングル・パッケージに入ったLTC3104と、2回路のリニアレギュレータが入ったLT3027を用いることにしました。
図11において、最初に考案した上側のツリーでは7個の電源ICが必要ですが、このような工夫により、図11下に示すように部品数を4個に削減できました。
組み合わせは幾通りもあり、優先度によって、選定するトポロジーや製品が変わります。 LTpowerCADの活用、アナログ・デバイセズのウェブページ[*3]などを参照しながら、設計を進めることを推奨します。
[*3] パワー・マネジメント製品:https://www.analog.com/jp/productcategory/power-management.html
電源評価を効率化するシグナル・チェーン電源(SCP)
最後のセクションでは開発環境について紹介します。
SignalChainPower(SCP)はハードウェア評価プラットフォームです(図12)。入力ボード、ブレークアウト(分配)ボード、スイッチング・レギュレータ・ボードやリニアレギュレータ・ボード、フィルター・ボード、パススルー・ボード、出力ボードなどをビルディング・ブロックとして組み合わせることで、ノイズ特性を含むさまざまな評価が可能です。
合わせて、入力電圧範囲、出力電圧、負荷電流などの仕様からSCPボードを選択したり、調達に必要なリストを作成してくれるSCP Configuratorも提供されます。
スイッチング・レギュレータ・ボードとしては、降圧、昇圧、SEPIC、昇降圧、反転降圧、Cuk、デュアル出力など、およそ20種類が用意されています(2023年夏現在)。
従来の電源評価ボードに比べてSCPは、とくに複数の電源レールを使用する場合、より効率的に、かつ、よりコンパクトに電源評価システムを構成することができます。
詳しくはアナログ・デバイセズのSCPのウェブページを参照してください[*4]。
[*4] Signal Chain Powerハードウェア評価プラットフォーム:
電源回路設計ツール LTpwerCAD
電源回路の設計ツールがLTpowerCADです[*1]。
数多くのアナログ・デバイセズの電源ICソリューションの中から入力仕様や出力要件に適合した候補を検索し、リファレンス回路図に落とし込んでさまざまな特性を確認できるほか、その回路図をアナログ・シミュレーション・ツールであるLTspice[*2]に渡してより詳細なシミュレーションを行うこともできます。
LTspiceは業界をリードするシミュレーション・ツールであり、電源を対象にした場合は、ピーク電圧やリップル電圧、負荷変動応答、寄生成分の影響、補償ループのパラメトリック・スタディなどが可能であり、LTpowerCADの基本解析機能よりもさらに踏み込んだ解析が行えます。
図10や図11の作成にも使用した電源ツリーの設計を効率化するツールがLTpowerPlannerです[*1]。電源アーキテクチャの設計仕様を明確化できるだけではなく、グラフィカルに配置したブロック図をLTpowerCADでの特性解析やLTspiceでのシミュレーションにリンクさせることもできます。
以上のような評価ボードや開発環境のほか、アナログ・デバイセズではさまざまな技術資料を公開しています。
こうしたリソースを活用しながら、シグナル・チェーンの設計を進めるとともに、シグナル・チェーンの精度の向上を図っていただきたいと思います。