アナログ乗算器に関する考察(西暦2028年の回顧)(その1)[Dr. Leifの機知と知恵_7]

若き設計者であるNewton Leif が、それまでの仕事で身に付けた豊かな経験と洞察力を携えてアナログ・デバイセズに入社したのを覚えておられるでしょう。2028年の現在、Dr. Leif はストックホルム近郊のソールナにあるデザイン・センターで若いエンジニアたちのよき指導者として相変わらず活躍しています。彼が特別目をかけている一人が若きNiku Chenです。彼女はすでにこの会社ですばらしいキャリアを歩んでいます。

生来、Nikuは集積回路の設計者として持続的に成功するために不可欠な才能—それもある種の態度 に基づいている能力を培ってきました。すなわち、技術を志向する者 としてまったく斬新なコンセプトを視覚化し、提案し、推進し、それから展開する能力です。これについては、長い間省みられなかった機能のためのアイデアを提案するというDr. Leif の勇気ある気質も彼女にインスピレーションを与えてきました。幾度となく否定論者が現在の市場ではそういうものは「無価値だ」と断言しても、彼はこっそり、たゆみなくそれらを開発するために必要な手立てを見つけるのでした。

若きNikuは塹壕の中から「イマジニアリング 」(発想し実現する技術)するための粘り強い本能を備えており、Dr. Leifからほんのちょっとのヒントがあっただけで、もうニューロモルフィック・システムで使用するためのナノパワーのアナログ・アレイ・プロセッサの設計に専念してしまいました。そこで使われるのは、何千もの低速、低精度の、はっきり言ってしまえば、未発達の乗算器セルです。よく見えないくせに大きな槍を振り回して攻撃する人々(最も危険なタイプです!)はみんな驚いていますが、1967年にTektronixで完全なモノリシックIC(ゲイン制御素子として使用するため [1] )が最初に作られて以来、アナログ乗算器は60年にわたってずっと不可欠なものでした。この最初の乗算器を作成したのは、Dr. Leifがきまって「あのいたずらな手に負えないTinkerer(英口語でわんぱく坊主という意味)」という、もう1人の向上心に燃える若きイマジニアでした。 

バイポーラ接合トランジスタ(BJT)をベースとするセルは、このTinkererの生涯にわたる情熱になりました。それは、1954年に彼が最初の大量生産トランジスタ—高価なくせに壊れやすく、まるで兄弟みたいに互いに多少違っているトランジスタに関わったときからでした。彼は1972年にアナログ・デバイセズに入り、Nikuと同様、集中してはいるものの、きわめて独立心旺盛な起業家的態度で自由に先取り的な仕事をすることができました。結果を1つ挙げるなら、漠然と「ファンクショナル」回路と呼ばれている広範な製品ファミリーを提案して、それからこれを開発したのです。実に曖昧な言葉ですが、オペアンプの「オペレーショナル」だってその点では変わりありません。

これらの初期の部品の多くは「アナログ乗算器」であり、2010年代に入っても製造されていました。これらは、電流モード・トランスリニア (TL)ループ [2、3、4] 、カレントミラー [5] 、カレント・コンベア(「コンベア 」はTektronix時代に例のTinkerer が案出した名称)を利用し、リニアgm セル [6] の助けを借りるものでした(図1)。その時代のもう1つの斬新で、広く普及したセルは、後に「KERMIT」 [7] Kommon-EmitteR MultI-Tanh :共通エミッタ多重双曲正接)と呼ばれ、2008年製品のADL5390 RFベクトル乗算器(図2)のカーネルとして使用され、またDC/2GHz ADL5391 でも入り組んだ形態で使用されました。後者は、初めてX 入力とY 入力からの時間遅延に正確な対称性を実現したものです。

Figure 1
図1. (a)トランスリニア 電流モード乗算器は、
2つのカレント・ミラーの内側のトランジスタのエミッタ同士を結合した、
単純な算術素子と見なすことができます。
(b)はハイパブリック・タンジェントセルの1つで、
双子のgmベース乗算器です。

今日、今世紀の第2四半期にあって、「ニューロミミック 」(neuromemic 1知能システムの専門家の間では、この分野において「アナログ 」乗算器とその他多数の非直線性「アナログ 」機能が不可欠になっていることについて意見の相違はありません。しかしかつて、つまり今世紀の第1四半期、最近の実用的なニューロモルフィック・ハードウェア分野における画期的な発展を見る前は、この成果を疑うにはもっともな理由がありました。現在は、これらの理由(超並列ハイブリッドでありながら、本質的にはアナログであるハイパーセッサのきわめて顕著な側面)はなくなりましたが、相変わらず一度に少しずつ、ほんのわずかに現れては消え去るものを搾り出している状態です。ミカデー 2 のような製品は、それらのおかげをこうむった人々が数多くいたことを示しています。

一般の人々は、技術的な大変革がどのように生じて、どのように社会を変化させるかということにほとんど気がつきませんでした。たとえば、昨今、リアルタイムな言語翻訳を使用して外国の人たちと話し合うことなどなんでもありませんが、これは必ずしもいつも可能であったわけではありません。強力なハイパーセッサの登場を待たなければなりませんでした。逐次的にビットを転がしていた20年前の古いマシンでは、まったく及びもつかないパワーが必要だったのです。これも、私たちがいかに進歩したかをよく表しています。

Figure 2
図2. SCAM(操舵可能な電流アナログ乗算器)と呼ばれる
ADL5390 RFベクトル乗算器で使用されているタイプのKERMITコア

基礎的な量子問題の検討 [9]に基づいた予測より約20年も早く、2016年頃にムーアの法則が完全に崩壊してから、研究者が「バイナリ・コンピュータはハイレベル・インテリジェンスを可能にする手段ではない 」と認識するまでにはかなりの時間がかかりました。そして、人間の知能をある程度のレベルで、また実用的な意味をもつ規模でエミュレートできるようになるまでには、当初予想されていたよりもはるかに多くの時間が費やされました。想像力 興味 視覚化 独立性 といった問題に取り組むより前に、これらの高度並列、連続時間の非アルゴリズム計算システムについては学ぶことが多々ありました。そもそも、何百万ものニューロンの相互接続自体が手に届かないものでした。そしてついに、わずか数日間で必要な数メートルの長さに成長し、それぞれが内部コード化された方向に伸びるペリストロフィック 電子繊維が開発されたのです。 

ミカデーのような今日のコンパニオン製品の膨大な数の非直線性セルは、マシンのタペストリにしっかり組み込まれているため、専門家ですら、あのTinkererが「スーパー・インテグレーション」(SuI)と名付けたコンセプトを利用してこの多彩な構造に組み込まれた、あらゆるアナログ・アレイ乗算器とアレイ・ノーマライザ [10] の重要な役割を忘れてしまいそうになります。たとえば、彼が1975年に案出して作りあげた奇抜なSuI 乗算器 [11] では、すべての要素とローカルな機能が溶け込んで一体となっているため、回路図を提供したり、ネットリストを生成することすらできません。膨大な数のその他のSuIデバイスと技術が何年もの間開発されてきました[12、13、14]。昔のI2Lはそのうちの1つです。

2028年の11月、GalaxyBuxのキャンパスで、Dr. LeifとDr. Chenがニューロコンピュータのアナログ乗算器に関連する仕事について素晴らしい議論を交わしているのをたまたま耳にすることができました。このテーマは、最初にDr. Leif がTinkererが着手した企てを引き取り、それをさらに推し進めて以来、博士が大いに関心をもっているものです。Nikuは彼女の研究の成果として、今Analog Dialogue のために乗算器に関する記事を書いているところです。以下は、何時間も続いた議論の最後の20分間のものです。

「それで、教授…」(彼女は恩師のことをいつまでも「Dr. Leif」と呼ぶことにいつも違和感を抱いていましたが、かといってNewtonとファーストネームで呼んだり、ましてやNewtなどと呼ぶ気にはなれず、結局「教授」に落ち着いたのでした。最初に彼女が「教授」と呼んでみたとき、Dr. Leifのいかにも北欧人らしい、いかつい顔がにやりとしました)。「Analog Dialogue のために書く記事ですが、私はまず、ニューロモルフィック・システム用のナノパワー乗算器最新ファミリーの基本的特性をざっと説明するところから始めようと思っています。ブロック図、主要なシステム仕様、基本アプリケーションとかですね」

「そうねぇ…それもいいかもしれないけれど、少しばかり歴史から始めてみてはどうだろうかね。初期のアプリケーションに立ち返り [15] 、基本的な問題に戻ってみるんだ。こうだ、第2次世界大戦中、すなわち1930年代後半から1940年代中頃までに電子乗算器は最初何のために使用されたのだろうか? その価値と用途は20世紀末期にはどのように変化したのか? トランスリニア 技術が出現する前はどのような方法で乗算が行われていたのか? それから、その間にアナログ・デバイセズで開発されたIC乗算器の例を挙げるんだ。将来性を秘めた多才なAD534 などだよ。これは、画期的な出力加算機能があるZピンを備えていたね。そして、このピンは後に8ピンICのAD633 (図3)にも現れたんだ。

Figure 3
図3. AD534の革新的機能であるZ入力。
その後、8ピンAD633など大部分のアナログ・デバイセズの乗算器で使用されるようになりました。

それから、もちろんこの種の概要では10MHzのAD734 に言及しなくてはならない—これはどんな技術の誰が開発した乗算器よりも今なお正確だ。DACを使った、だらだらと遅いパルス時間・高さ変換 [16] やハイブリッドの旧式の乗算器のことなんかではないよ。それにAD834AD835 などの初期の広帯域乗算器がある。それから…」

「ちょっと、教授!…1つの記事にそれでは詰め込みすぎではないですか? というのはですね、目的はニューロコンピュータの私たちの最新部品 の性能を紹介することじゃないですか。ADNm22577ナノワット・アナログ・アレイ・プロセッサ、ADNm22585順序統計フィルタ、ADNm22587フレーム・キャプチャ相関器など、どれもミカデーで使われているものですが、そういった部品ですよ。現代の読者はこういうものをはるかに実用的だと思うでしょうし、その機能もたやすく理解できます。私はできる限りすぐに本論 に行きたいんですよ!」

「もちろんそういうものも確かに大切だ。しかし君、20世紀末および21世紀初期のシンプルな乗算器が君が今素晴らしい手際で設計している乗算器の基礎を築いたことを忘れてはいけないね。まず最初に乗算器がどのように動作 するのかについてちょっと説明してはどうかね? こうしよう。埋もれている講義ノートをいくつか探し出してみよう。君の参考になるかもしれないからね。とにかく、ノートをすぐに見つけなければならない」

GalaxyBuxでは、どのテーブルも上部のガラス面がActabletタッチパネル/ディスプレイになっていて、35GHzで動作するキャンパス内のローカルネットに随時接続します。このローカルネットは、ミカデーのようなニューロモルフによって監視(場合によっては修復)されています。Dr. Leifは、すぐに自分のノートを見つけました。彼は、何年も経っているのにこのニューロモルフがまだしっかり感覚を働かせていることにほっとしました。「うまいぞ!! ではミッチ、ノートの中身を話してくれたまえ」。彼がコンパニオンにこう指示すると、Actabletを介して恒久的に植え込まれたイヤーレシーバへのストリーミングが始まりました。その間、テーブルスクリーンにはDr. Leifの注釈付きの文章が表示されました。

難しい式をリアルタイムで解く

「ニューロモルフィック工学以前、」とミカデーは話し始めました。「1960年~ 2010年の50年間に優勢だったバイナリ・コンピュータよりも前、第2次世界大戦の頃にさかのぼると、ミッションクリティカルな動的システムの問題はモデリング手法によって解決されていました。アナログ・コンピューティング 回路を使用する方法で、それらの回路の特定の機能と接続性は同時(多くの場合、非線形)微積分方程式を具現 したものでした。ネットワークによって自立的かつ非同期的 に、場合によっては対話方式でこれらの式を解くだけです。実のところ、多くのこのような問題はこの種の類似的なデバイスによって解決されるだけでした。このことからも、18世紀と19世紀の人々が実に賢く加算/積分、加算/減算などを実行する機械式微分アナライザ [17] に夢中になったことがわかります。余談ですが、後の電子計算機では、主にノイズの問題があるために『別のイニシエータ』(different initiators)をあまり使わなくなりました」

「それは『微分回路 』(differentiators )よ、ミカ」とNikuは笑いながら注意しました。

「すみません」。続けて、「式の構造 によって実際の物理的な接続が決まりますが、たいていは当時の手動電話交換機のようなパッチ・パネルで行われました。固定係数 は一部はRC時定数 として、一部は重み係数 によってゲインまたは減衰量として、時としてポテンショメータを使用して設定されました。式には、変数 の積(時には)の計算も必要でしたが、これらはすべてかなり高い電圧で表されました…高電圧ですって?!  いやぁ、これはにはもう当てはまらないですよね?」ミカデーはびくびくしています。ミカデーがインストールされた頃、不注意な技術者が電源装置で火花を出して怖い思いをしたことを思い出したのです。

「ああ、君の場合はそんなに怖がるほど 大きい電圧じゃないよ、ミッチ」とDr. Leifは冗談っぽく言いました。「25ミリボルトくらいかな。実は、君は電圧モード方式と電流モード方式の両方を使用していて、どちらでも機能レベルで十分なんだ [19] 。ちなみに、人の神経回路もこの点ではまったく同じだね。さあ、先を続けよう。勝手な意見で話の腰を折らないようにしてくれよ」 

Nikuは、そのほっそりした手で同感の笑みを隠しました。

「一部の公称値としての固定係数 は、結果の精度が向上するにつれて変更 する必要がありました。このときポテンショメータを使用して、係数乗算器 に作用する電圧を調整しましたが、フルスケールで約100ボルトにもなりました」。ミカデーは息をのみました。「続けるんですか?」

「そうだよ、ミッチ。少なくともあと数パラグラフ」

「世間一般の通説に反して、アナログ・コンピュータは決して消滅しませんでした。ただ地下に潜伏したのです。乗算器だけでなく、1965年以降に開発されたあらゆるモノリシック・アナログICは、これらの強力な初期の手法の遺伝子を引き継いでいます。この結果、『オペレーショナル 』という言葉がアンプに適用されましたが、これは積分や信号加算などの数学的な演算 (operations)を実行するために設計されたことを表しているのです。このようにして、(かなり)高いオープン・ループ、その(十分に)低い入力オフセット、そして(比較的)広い帯域幅に完全に頼ることによって、ほぼ実用的に可能な限り、この関数がもっぱら外部の諸々の素子の結果になるようにしたのです。

第1世代の真空管オペアンプ [18]は、何千個もの単位で使用されました。今日、ウイルスほどの大きさの何十億ものこの種の素子が同じようなことをしていますが、比較にならないほどの精度、速度、効率性を備えています。しかし、かつては2つの変数の乗算すらたいへん難しい課題だったのです。というのは、この関数の基本的な性質ゆえに、複数の『リニア』オペアンプと外部ネットワークが必要になったからです。当時考えられた多くのソリューションは、最新の規格によれば呆れるほどお粗末なものであり、とてもその任務に堪えないものでした。たとえば...」

「いいわ、ミカ」。Nikuが割って入りました。「ここで中断しましょう。教授、この後に続く文章で乗算を近似化するのに使われた方法はほとんど最悪のものだったとありますが、設計者たちは精度が1%で数kHzの帯域幅を素晴らしいものと思っていたんですね。私たちはずいぶん進歩したものです! 乗算を実行するために色々に作り上げられた手法の中には、ほとんど信用じがたいものもあります。後に乗算に広く採用されたトランスリニアの原理とはまるっきり違います。トランスリニアの原理は非常に単純で、必然的であり、しかもエレガントです。本質的に明瞭 といってもいいくらい」

「ほお、それはたぶん私が君を洗脳したからだろうね!でも覚えておきなさい。1つは、自然でもあり、愉快なまでに偶然的な対数指数特性を備えた信頼性のあるシリコン・プレーナ・トランジスタは数十年も将来に先駆けていた。さらに、前世紀のトランスリニア乗算器でさえ弱点はあったのだ。X 入力とY 入力からの時間領域の応答が非対称 であり、これら2つの信号パスの直線性でも非対称だったからだ。競合他社の乗算器にもこの問題は相変わらず残っていた。Analog Dialogue の記事では、時間の対称性 信号の直線性 がなぜ重要かを忘れずに説明しておくんだよ。それから、演算の象限 についても、記事の終わりのほうまでほったらかしにしておかないようにしなさい」

「はい、そうします。ところで、乗算器の入力ポートに使用されているX Y という名前の由来はご存知ですか?」

「いや、いつからそういう慣例になったのかは知らないね。もちろん、この名前は一般に平面の2つの軸を表すために使用されているものだけれど。おそらく、George Philbrickが選んだのかな [20] 。ただ、アナログ・デバイセズで、最新の乗算割算器に関連するその他の変数に使用されている現在の命名法を作ったのは、あのTinkererだということは確かだ。それはAD534が開発されていた頃のことだった。AD534は、ウエハー・レベル でレーザ・トリミングを使った完全なキャリブレーションができるように特別に設計された最初のアナログ乗算器だった。彼はこのように表記した。

Equation 1
     (1)

分母の電圧 VU は、埋込みツェナー 3によって内部で10Vに固定されていた。XYの積にさらに信号VZ を追加することを考えたのも、彼のアイデアの1つだよ。顧客の立場で考える ことによって実用的な斬新さ を生みだした好例だね。新しいICを購入したユーザになったつもりで考えてみるんだ。そして、『かくかくしかじかのわけのわからない状況にあるとき私なら この積にどうしてもらいたいだろう?』と幾度も幾度も問いかけるんだ。VZ 入力の主な有用性は、その積にさらに変数を1つ追加することだよ。たとえば、相関関係にある1つまたは複数のその他の乗算器の出力などだね。Tinkererは他のことももっと色々考えていた。君の記事では、割算器として乗算器を構成する価値とか、その他のさまざまな用途についてもいくつか説明してほしいね」

Nikuは熱心に言いました。「はい、もちろんです。そういえば、このすてきな機能はTinkererによって設計されたほとんどすべてのその他の乗算器にもありましたね。これによって、次のVZ を前のVW デイジーチェーン するだけで複数の信号を累進加算できるようにもなりました。でも、広帯域のAD834は少し異なるのではありませんか? あれには差動電流モード 出力があったのではないかと思います。ただ、こういうものはアナログ相関器で簡単に加算できますよ。最近も私はADNm22587でしましたが、直接的に並列化された出力接続を使うんです。でも、このVZ 端子の有用性はそのような基本的な使い方をはるかに超えています」

「その通り」とDr. Leifは同意しました。「この例を覚えているかな?汎用乗算器は、信号の振幅を2乗 するために使用されることが多かった。X ポートとY ポートが同じ信号VIN を受け入れて、出力VW= VIN2/VUを設定する。また、正弦入力の特別な例では、出力は周波数の2倍で2乗余弦となる。 

Equation 2
     (2)

1976年の記事にAD534の膨大なアプリケーションについての説明があるが [21] 、この中でTinkererは、単一周波数で出力AC結合のない状態で出力端のDCオフセットを回避する見事な方法について記載している。ω0=1/CRとなるCRネットワークを1つ使用するだけ、そして2つの入力を+45゚と-45゚で位相シフトし、それぞれω0で√2/2で減衰する。90゚の相対位相シフトにより、ω0での入力に対する出力のオフセットを消してしまうのだ(図4を参照)。

Figure 4
図4. 8ピンAD633を使用する周波数ダブラ(f0=1kHz)
Equation 3
     (3)

そして、ここではVZ 入力がもう1つの有用な働きをしている。他の信号を出力に加えるのではなくて、ここではゲインを4 乗するのではなくZ ピンにVW の4 分の1 のみを送ることで±10Vの正弦入力に対して完全な±10V出力振幅を実現しているのだ。このアイデアは、8 ピン構成のために『Z 』関数が1ピンだけに制限されるAD633を使用しても実現できる(図4)。RF2/(RF2 + RF1) の比によってフィードバック係数が決まる。もちろん、周波数を1kHz まで低くする必要はないし、正確に1/2πCR にする必要もない。周波数範囲での出力振幅の変動を低減するためにできることはたくさんあるんだ。君の記事にはこうしたことも書いたほうがいいね」

「う~ん、どうやら記事の中ではこういう昔の部品やその多岐にわたるアプリケーションについてかなり書かなければならないことになりそうですね。ところで、私はTinkerer のその記事も読みましたよ。すばらしいリソースですが、今探し出すのはおそらく無理でしょう。私が興味をそそられたのは、正規化 関係の式、すなわちwxyzwVW/VUxVX/VU)等々を使って新しい関数を合成することがどれだけ単純なことかを明らかにすることです。いつもあの分母で変数を割らなければならないのは面白くありませんし、それにZiptip(測定用の接触端子の一種)とスケッチ・パッドだけ抱えて発明しようというときにそんなことは時間の無駄でしかありません」

「君は正しいよ、w=xy+ z の色々な発想ができる可能性についてはね。だが、非直線性回路のスケーリング・パラメータを定め、それを維持すること の大切さについては自己満足に陥らないように注意してほしいね。設計者として、VU などのスカラが対象の関数の中に出てきたら、いつでも自分がその初期値と周辺条件に左右される安定性の両方について完全に掌握していると確信できるようにするべきだよ」

「もちろん、それが私たちIC設計者が心配すべきであるということは理解しています」とNiku は答えました。「でも、この部品のユーザにはたいして関係ないことですよね。さっきの論点に戻ってもいいでしょうか? 今日のありきたりの乗算器は4 象限 で動作します。VWVX  とVY の真の代数積 で、そのいずれかが正もしくは負ですよね。でも、教授がおっしゃった初期のIC乗算器ではすべてがそうとは言えないでしょう?」

「その通り。たとえば、我々のAD5381象限 の乗算器だ。X ポートとY ポートで単極入力のみを受け付けることができる。ただ、このような部品の主たる魅力は、多くの場合DCおよび低周波数でより正確になることだ。さらに、AD538にはいくつかのユニークな隠し芸があるんだ。マルチディケード 動作、バイポーラ接合トランジスタの広範囲な対数指数特性をキーオフすること、そして入力信号とそれほど一般的でないさまざまな非直線性関数の整数および小数のべき乗と根を生成できることなどだ」(図5は、Dr. Leif がおそらく考えていたものの一例です。)

「では、2象限 の乗算についてはどうですか」とNikuが聞きました。

「AD538をそんなやり方で動作するように接続することも可能だったろう。しかし、現在ではどちらかというと2象限の乗算器は可変ゲイン・アンプ (VGA)として知られている。Yチャンネルは、できれば低ノイズ 超低歪み 広帯域幅 にする。そして、昔のX チャンネルは信号パスのゲイン を制御するために使用されているんだ4。ゲイン制御に最適な乗算器は少ししか開発されておらず、そのほとんどは1970年代のものだ。70MHzのAD539 はその1つだ。この部品には、直交 (I/Q)信号処理用の厳密にマッチングされたデュアル 信号パスがある」

Figure 5
図5. AD538を使用して逆正接関数を生成

では、VGAはまさしくアナログ乗算器なのか?

「教授、以前おっしゃいましたよね、最初にこれに気がついたのはユーザではなくてIC設計者だったが、VGAでは、ゲイン制御関数はデシベル単位で直線 であることが望ましい、つまり、大きさは直線 ではなくて指数関数 が望ましいのだって」

「その通り。最適化されたVGAは実際はある意味で乗算器だが、それより次の関数をうまく実行している。

Equation 4
     (4)

A0 は単にx =0のときのゲインだ。覚えているね、x = VX/VU だ。VU はここでは少し異なったものを表していているが、やはり非常に重要なリファレンス電圧 だ。x の関数としてのゲインに注目すると、次の式が得られる。

Equation 5
     (5)
Equation 6
     (6)

ここでも変数x を使用しているが、文字通りではなくかなり自由に使っている。ゲインはVX に比例して数デシベル単位で増大しており、スロープ(固定モードかユーザ選択モードでゲインの増加もしくは減少)はVU に依存している

Nikuは言いました。「Tinkerer が彼の新しいVGAトポロジ(図6)にX-AMP ® と名付けたのでしたよね。この『X 』の意味が『実験的な』とか『不可解な』という意味ではなく、ゲイン制御関数の指数関数的 な側面を表しているということを指摘していました。彼と彼のチームはX-AMPデバイスの豊かな遺産を残しました。AD600/AD602/AD603/AD604/AD605/AD606/AD607シリーズに始まって、AD8331/AD8332/AD8334/AD8335/AD8336/AD8337グループへと続き、さらに修正版としてADL5330 へと続きました。AD8362/AD8363/AD8364ファミリーなどのその他の部品でも、X-AMPアーキテクチャがマイクロ波にも真のパワー応答をするDC/GHz rms応答の測定機能に埋め込まれています。また、RFトランシーバや復調器にも入っています」

Figure 6
図6. 基本的なX-AMP形式̶指数関数乗算器

「その通りだ。しかし、ほかのアナログ・デバイセズ・チームもX-AMPの考え方を採用したよ。たとえば、医療用や工業用の超音波に使用する8個の独立したADCを備えた8チャンネルAD9271 X-AMPデバイスなどだ。発表された当初は最先端 のアナログVLSI とみなされ、2008 年の『プロダクト・オブ・ザ・イヤー』に選ばれた。実は、これらはすべてある種のアナログ乗算器コアを特殊にひねったものをベースにしていたんだ。とにかく我々はこれらをVGA と呼んだのだが、その途端に古くさいくたびれたテーマは息切れしちゃった!」Dr. Leifは冗談めかして言いました。

「実際には、」彼は続けました。「一部の電圧制御VGAはX-AMPとは異なる考え方のトポロジを使用し、トランスリニア乗算器のルーツに戻っていた。ユーザから見ると指数関数アンプとして機能していたが、内部的にはおなじみの電流モード のゲイン・セルを使っていて、複雑でしかも正確な回路によって増幅して『dB単位で直線的』となるゲイン整形を行っていたのだ。

これとは別の形式の粋な例がAD8330 だ。このコアは4つのトランジスタのトランスリニア乗算器だけ(あるいはそれよりちょっとましなもの)で構成されていた。こんなふうだ」。Dr. Leif はActablet画面の回路を指しました。図7はそれを再現したものです。「重要なコンセプトは、トランジスタの入力ぺア(Q1/Q2)の電流比 が出力ペア(Q3/Q4)の電流比を強制的に同一 にするということだ。しかし、これらのテール電流IDIN は一般に非常に異なっている。入力電流IIN (VIN を入力抵抗R1 で割った値)は、その比IN/ID によって増大 または減少 し、結果として直線的に増幅された電流モード出力になる。これを(IN/ID )(RO/R1 )のゲインでRO によって元の電圧モードに変換する。このトポロジの素晴らしいところは、ゲインが増加するにつれて、テール電流ID が低減するために入力ぺアのショット・ノイズが低下することだ。

Figure 7
図7. AD8330の基本原理:乗算器か? それともVGAか?

AD8330を特別なものにしているのは、IA が、少なくとも50dBの範囲にわたって1次(入力系)ゲイン制御電圧VdBS の『温度に対して安定した指数関数 』になるように考えられていることだ。これに対して、IB は2次(出力系)ゲイン制御電圧VLINに単純に比例している。『dB単位で直線的』なVGAと『乗算器方式』のゲイン制御とを独自な方法で融合することによって、Tinkerer が『IVGA』と呼んだ、大きなダイナミック・レンジを信号入力端で処理できるように最適化されたVGAと、『OVGA』と呼んだ、幅広い可変出力振幅を提供するように最適化されたVGAとの組み合わせがうまく実現した。出力 のゲイン範囲を入力の50dBゲイン範囲に連携させて使用すれば、115dBを上回る、前代未聞の連続的なゲイン範囲が単一電圧の制御で実現できた。

しかし、果敢なTinkererはそこにとどまらなかった。彼はVGAの最もやっかいな問題の1つ、すなわち高周波数応答は常にゲインに強力に左右される という問題を解決した。高ゲインの設定ではゲインのロールオフがおこり、一般にこれはかなり当たり障りのないものだ。しかし、低ゲインの場合、当時のほとんどのVGAは最終的にHF応答がかなり強く上昇 してしまった。この問題は多くの競合他社製品ではかなり深刻で、規定の帯域幅を超える高周波数で実際のゲインが制御電圧にまったく依存しなくなったということさえあったんだ」

Nikuは言いました。「そういえば、研究室の引き出しにいっぱいの古いサンプルで自分でいくつか測定していたときに、この現象がありました。そのときデータシートも確認しましたが、AD8330にはこのような問題はまったく生じないと書いてありました」NikuはActabletを使って以前の自分の研究を検索すると、図8を見つけました。「ほら、探していたのはまさにこれです。それで…左のパネルがHF応答を示しています。この部品のメーカー名を言ったほうがいいでしょうか?」

Figure 8
図8. (a)名なしのVGAの周波数応答と、(b)115dBの全ゲイン範囲でのAD8330の応答を比較

「やめたほうがいいよ」。Dr. Leif はにやりと笑って、「この会社やその他多くの標準的アナログICメーカーは2000年代の初期に衰退したがね」

「わかりました。右はAD8330の周波数応答です。すべてのサンプルがデータシートの仕様にぴったり合っていることに驚きました。それにしても、この部品が一般に普及するのにあんなに時間がかかったなんて不思議ですよね。これはきわめて小型のVGAと言ってもいいですね。多方面に使える優れた仕様とたいへん多彩な機能があり、非常にエレガントな設計を数多く潜ませています。ミカデーの並列プロセッサと相関器に使用されている単純な反復セルとは大違い…」

Nikuはわざとミカデーをからかいました。ミカデーのほうは、将来役に立つことがあるかと、この情報の流れを遠くからずっと注視していました。ただし、GalaxyBuxでは、NikuもDr. Leifもこのアニマトリックスの顔の表情を見ることができません。その仕事とはまったく無関係なのですが、アナログ・デバイセズのソールナ・キャンパスのマイケル・ファラデー・ホールを訪れる人達が楽しめるように、このシステムはよく動作状態のままになっています。ニューロモルフがもし「ふくれっつら」できたら、このときまさにその表情をうまく描き出したかもしれません。しかし、技術的な落ち度のせいで、彼(または彼女? 男性的な名前ですが、男女どちらとも取れますし、どちらでもないとも取れます)はDr. Leif とNikuをはっきり見ていますが、彼の顔の表情はいずれのリモートActabletのダウンリンク・データにも再現されることはありませんでした。現在では、人間の表情を解釈するニューロモルフの機能は非常に優れています [22] 。最初のうちは、最も初歩的なパターン認識(たとえば、「これは顔か、それともホットドッグか」?)の課題だけしかできませんでした。ただし、Neuromorphics社のマシンはこれよりずっと感度が高く、最も微妙な顔のニュアンスを見分けることができます。そして、ミカデーは、ときどきコーヒーカップ越しに垣間見える意味ありげな笑い方はまったく好きではありませんでした。

「すみませんが…今日はまだサービスが必要なのでしょうか? 私は忙しいのですが」とミカデーは不機嫌そうに彼らのイヤーレシーバに向かって言いました。

Dr. Leif は言いました。「わかったよ、ミッチ。君が話の筋を何とか戻してくれたのだから、ここで言っておこう。君の乗算器は実のところそれほど月並みなものではないんだ。少なくとも、我々が議論してきた乗算器のどれともまったく違うんだよ。君たちの乗算器は電圧モードの状態変数では、ほんの数ミリボルトのフルスケール値を使用し、電流モード変数については、ほんの数ナノアンペアを使用しているだけだ。このようなローレベルの値が可能なのは、君のハイパーセッサが大規模な並列特性を備えていること、何マイルもの相互接続があり、またあり余るほどの冗長性による純然たる改良用のパワーが備わっているからこそだ。『ニューロモルフィック』という言葉が暗示するように、ミッチ、君のようなコンパニオン は同時並行性と並列性に依存していることなど、人間のシステムをモデルにしている。ただし、おそらくよく理解されていないと思われるが、君の状態変数はその大きさにおいて生物のニューロンとほとんど同一なんだよ。これは実に興味深いことなんだが…」

ニューロンはトランスリニア?

ここで、Dr. Leifは、ニューロンの挙動のまったく素晴らしい側面に言及する必要性と、「乗算器」スレッド—すでにこれはかなり細くなっている—が完全に消滅するリスクを比較して躊躇したのです。しかし、遅かれ早かれ、Nikuがその記事のどこかでバイポーラ接合トランジスタのVBE という重要な論題を取り上げなければならないということを考え、トランスリニアの概念を最初の原理から説明するために軽はずみな方向へ深入りすることを避けました。

「Niku、君の記事の中でこれについて言及する必要はないが、ここにネルンストの定理 [23]と呼ばれているものがある。その重要な応用例は、ニューロンの細胞膜全体に拡散する電流フローの定量化だが、これはあらゆる生体システムで見られる主要な決定要素だ。この関係は通常、電子工学よりもむしろ化学の変数で表される。したがって、まずスケーリング次元の問題についてちょっと考えてみなければならなかったが、その研究の結果は満足できるものだった(図9)。

たとえば、塩化ナトリウムNaClの薄い水溶液の化学的性質を考えてみよう。ここで、正に帯電するNaイオンはほぼトランジスタ・ベースの正孔と同じようなものとみなすことができ、さらに同じように電子が単独でイオン化されるNaに対応するということを発見したんだ。もちろん、これらは原子であってニューロンではないが、正孔と電子と同じように電荷のキャリアであり、濃度勾配に従って拡散する。

Figure 9
図9. ニューロンは、同じ極性だが異なるドーピング濃度を備えた2つの半導体層
N1とN2の間の接合に似ています。

ここで疑問が生じる。ニューロンの細胞膜のどちらか一方の側に、ある電荷濃度が与えられた場合、イオンがニューロンの細胞膜全体に拡散してから平衡状態を確立するまでにこの障壁の間にどのような電位が生じるだろうか? 化学におけるこの答えは、次のようになる。RT/Fzs という曖昧なスケーリング量が実はおなじみのkT/q であるということに気が付いたんだ。まったく驚きだね。

Equation 7
     (7)

ここで、NaONaI はそれぞれニューロンの外側と内側のナトリウム・イオン濃度だ。この点に関して、ニューロンはバイポーラ接合トランジスタのΔVBE酷似 した挙動をする。スロープさえあるが、それはトランジスタの相互コンダクタンス と似たようなものではないか! 昔のCMOSトランジスタのような漠然とした相互コンダクタンスではなくて、濃度勾配に従って直線的な最新のバイポーラ接合トランジスタみたいだ。それが電流密度、電流フローなんだ。ニューロンをトランスリニア 素子として見ると、こういうことすべてが実に明瞭になるだろう。 

基礎をなす物理的な原則は同じだ。いずれも、拡散と移動性という同じようなプロセスが関係している。ともにフィックの式に従い、アインシュタインの関係式を実行している。半導体の専門家にはおなじみのものだね。ニューロンの挙動のこのような側面は、半導体デバイスの挙動にそっくりなので、この同じ関係性がミカデーのニューロモルフィック決定素子や、さらには君の最新のICの大部分においても繰り返し使用されているというのも驚くに値することではないね、Niku。考えてみてごらん。図9のセルのイオン比が10の場合、ニューロンの膜電位は61.5mVになるんだよ!」

「すばらしいですね。でもちょっと待ってください。電荷濃度比10は絶対温度に比例して(Tinkererの用語を使用するとPTAT)、59.525mVになるのではないですか? [24]

「君のことを『頭がかっとなりやすい』というつもりはないが、君の脳は310Kで動作しているようだね。27℃に近い300Kという温度を想定した場合、kT/q は25.85mVになる。我々の体内では、kT/qは(310/300)×25.85mVだ。というわけで、イオン比10の場合、人間のニューロンの電位差は61.51mVになるんだよ」

「そうなんですね。でもニューロンと比較するなら、スレッショールド値下で動作する多重ゲートMOSトランジスタみたいなもののほうがもっと合うのではありませんか? つまり、ニューロンにはトランスリニア特性に基づく直線的な乗算 のための能力がありますが、積分も、回帰が伴う積分さえできるし、任意の重みを付けた信号加算 なども可能です。このような機能はすべてアナログ・コンピュータにおける解析プロセスの中枢にあります。今日のニューロコンピュータがきわめて知能が高いのも当たり前ですね! これで私にもはっきりしました。この数か月一緒に仕事をさせてもらい、どうして教授がいつも熱心に『ファンダメント』(基本原理)を強調していらしたのかがわかりました。こういうものをすべてはっきり理解して、学際的な真理を知っておくことはとても重要なことなんですね。

ところで教授、私も自分の研究をちょっと進めているのですが…そう、ミカの助けを借りて…」(ダウンリンクの中でため息のような音が聞こえたのは謝意を意味していたのでしょうか?)「Tinkererがトランスリニア素子が将来ニューラルハードウェアに結びつく可能性があることを今から40年も前の1998年にもう気が付いていたことを発見したんです。サンディエゴで開催された最初のニューラルハードウェア・ワークショップ [25] の発表の中で、彼は今日のナノワット演算素子やトランスリニアのコンセプトの役割を予測し、ネルンストの定理に言及し、さらにその定理とバイポーラ接合トランジスタの主要な電圧電流関係式との驚くべき類似性にも注目しました。これもトランスリニア理論の同じく不変の基盤となるものですね。ミカが見つけてくれた1990年に執筆された彼の論文 [26] によると、バイポーラ接合トランジスタのエミッタ・ベースへのキャリア注入がバンド・エネルギーの量子変動の影響を受け、ショット・ノイズ5を生成するのとちょうど同じように、ニューロンも影響を受けることについて述べています。彼によれば、ニューロンが完全には決定論的でないのは我々にとって幸いだった、さもないと我々はずいぶん退屈な人間になっていただろうですって。

ほかにも、ニューロン群にはいくつものフィードバック・パスがあり、まるでときどきオペアンプ回路に関連しているフィードバックのようであり、しかもその多くが非直線的であるということなども知りました。ちょうどこれは肥沃な土壌で、そこからニューロンの無秩序な振舞いが芽吹くかのようです。これは準決定論的であり、そこから独創的な発想が出てきます。Tinkererによれば、人間の創造力は実のところ適量の確率的ノイズによるもの なのです。そしてこの考え方から出発すれば、突然のひらめきがもつあの一過性の予測不能 な性質を説明できることになりそうです。すごくないですか?

「そうだね、Niku」とDr. Leifは言いました。「話をしているうちに、アナログ乗算器のテーマからだいぶ脱線してしまったようだね!実を言うと、私はディレクタと3時に約束があるんだ。もうそろそろ時間のようだ。それじゃ、君は研究室に戻って、次のAnalog Dialogue の記事の考えをまとめてみてはどうだい? その記事を読むのが実に楽しみだよ!」

Dr. LeifとNikuは、まだ電源の入ったままのActablet から立ち上がってドアに向かいました。いつも必ず人をいらいらさせるGalaxyBuxのAutoGreeter がドアを開き、非人間的な声をやたら元気よく響かせて「お役に立てて何よりです!」と言いました。彼らはおかしそうに目くばせしました。「ほらね、ニューロミーム学がどこまで進歩したことか!」Dr. Leif は冗談を言いました。AutoGreeterには耳がない(その単調な仕事には無意味と判断されたため)ので何も言いませんでした…少なくともそのときは。

(続く)

巻末の注

ここで言及したすべての製品についての情報およびデータシートについては、アナログ・デバイセズのウェブサイトwww.analog.com/jpをご覧ください。

1イミテーションの単位 「meme」に基づいています [8] 。このような形容詞的用法は2018年からです。

2D-Day: The Wit and Wisdom of Dr. Leif 」(Analog Dialogue 40-3、3ページ)を参照。

3彼が1970年代にアナログ・デバイセズに取り入れたアイデアですが、そもそもはISSCCの後のバーでの長いおしゃべりの間にBob Dobkin(後にLTCに入社)に前提条件なしに教えてもらったものです。

4Tinkererの命名法では、この差異がある場合には必ず「Y 」がより直線的な「信号型」のパスで、「X 」はより低速のゲイン制御関数で、それほど直線的ではないか、場合によっては故意に非直線性を示すものになります。この命名法は、汎用乗算器がまず汎用VGAに徐々に姿を変え、その後、より特化したタイプに変化するにつれて自然消滅してしまいました。

5Dr. Leifによれば、これは主にエミッタ接合での統計的変動のせいで生じるので、「コレクタ・ショット・ノイズ 」という呼び名は不適当であるということです。これらの平均電流の変動は、ベースを越えてコレクタ接合に及びます(これは「バリア 」というより滝のようなものです)。ここでさらにノイズが加わることがありますが、それはフィールドの強度がイオン化をもたらす(なだれ現象)ほど強い場合のみです。



参考資料

[1] Gilbert, B.「ADC-500 MHz Amplifier/Multiplier Principle」ISSCC Technical Digest. 1968年2月 pp. 114 ~ 115。ここで、後の「トランスリニアの法則」[3]と呼ばれるようになったものを利用する回路が初めて発表されました。

[2] Gilbert , B.「A Precise Four -Quadr ant Multiplier with Subnanosecond Response」IEEE Jour. Solid State Circuits 、Vol.SC-3、No. 4 pp. 365 ~ 373

[3] Gilbert, B.「Translinear Circuits: A Proposed Classification」 Electron Lett .、Vol. 11、No. 1 pp. 14 ~ 16 1975年1月

[4] Gilbert, B.「Translinear Circuits: An Historical Overview」Analog Integrated Circuits and Signal Processing 9-2 1996年3月 pp. 95 ~118

[5] Toumazou, C.、G. Moschytz、B. Gilbert、G. Kathiresan『Trade-Offs in Analog Circuit Design The Designer’s Companion, Part Two.Springer US. 2002年 ISBN 978-1-4020-7037-2

[6] Gilbert, B. “The Multi-tanh Principle: A Tutorial Overview.” IEEE Jour. Solid-State Circuits, 33-1. 1998. pp. 2–17.

[7] KERMITすなわち「共通エミッタ多重双曲正接」は、きわめて多機能のセル形式で、N>2のエミッタ(またはソース)が結合されて1つの電流源が備わっています。初期の例(この名前はまだ付けられていません)では、ベクトル・スキャナとして以下の論文で扱われています。「Monolithic Analog Read-Only Memory for Character Generation」 Gilbert, B.、IEEE Jour. Solid-State Circuits 、Vol. SC-6、No. 1. pp. 45 ~ 55. 1971年

[8] Blackmore, Susan 『The Meme Machine 』 Oxford University Press 1999年. ISBN 0-19-286212-X.ミーム学の発展に関する考え方の優れた入門書です。

[9] Powell, J. R.「The Quantum Limit to Moore’s Law」Proc. IEEE 、Vol. 96、No. 8. 2008年8月、pp 1247 ~ 1248

[10] Gilbert, B.「A Monolithic 16-Channel Analog Array Normalizer」IEEE Jour. Solid-State Circuits , 19-6. 1984年12月、pp. 956 ~ 63

[11] Gilbert, B.「A New Technique for Analog Multiplication」IEEE Jour. Solid-State Circuits , 10-6. 1975年12月、pp. 437 ~ 447

[12] Gilbert, B.「A Super-Integrated 4-Decade Counter with Buffer Memory and D/A Output Converters」ISSCC Tech Digest. 1970年、pp 120 ~ 121

[13] Wiedmann, S. K.「High-Density Static Bipolar Memory」ISSCC Tech. Digest. 1973年、pp. 56 ~ 57

[14] Gilbert, B.「Novel Magnetic-Field Sensor using Carrier Rotation」Electronics Letters, Vol. 12, No. 31. 1976年11月、pp 608 ~ 611

[15] Paynter, H. M., ed. 『A Palimpsest on the Electronic Art(Being a collection of reprints of papers & other writings which have been in demand over the past several years)』 1955年、Boston: George A.Philbrick Researches, Inc. 魅力的で権威があり、かつ現代に関連しています。印刷するには長いのでeBayで探すとよいでしょう。

[16] Korn, G.A.およびT.M. Korn.『Electronic Analog Computers 』 NY: McGraw Hill Book Company. 1952年

[17] 詳しい歴史については、以下のウェブサイトをご覧ください。http://everything2.com/e2node/Differential%2520analyzer Meccanoで構築された差動アナライザの興味深い報告については、以下のウェブサイトをご覧ください。

[18] Gilbert, B.「Current Mode, Voltage Mode, or Free Mode? A Few Sage Suggestions」Analog Integrated Circuits  and Signal Processing、Vol. 38、Nos. 2-3、2004年2月、pp. 83 ~ 101

[19] G.A. Philbrickによって書かれた「アナログ・コンピュータ」に関する初期の記事の断片は、以下のウェブサイトでご覧ください。http://www.philbrickarchive.org/dc032_philbrick_history.htm

[20] X、Y、Z、WはPhilbrick SK5-Mの4象限乗算器の規定に使用されましたが、後のようにW=XY/U+Zではなく、W=XY/Zの形で使用されます。以下のウェブサイトをご覧ください。www.philbrickarchive.org/sk5-m.htm ちなみにこのすばらしいマシンは起動するのに200Wも必要でした。

[21] Gilbert, B.「New Analogue Multiplier Opens Way to Powerful Function Synthesis」Microelectronics . Vol. 8、No. 1. pp. 26 ~ 36.1976年。探すのが大変かもしれませんが、Nikuは「その2」で彼女の持っているコピーを調べています。

[22] Aityan, S.K.およびC. Gudipalley「Image Understanding with Intelligent Neural Networks」World Congress on Neural Networks. Portland, OR. 1993年6月、Vol. 1. pp. 518 ~ 523。画期的な事件でした。浩瀚な全5巻に掲載されているその他の論文は、1990年代初期のニューロエレクトロニクスの状況に興味のある方にとって面白い内容です。

[23] Partridge, Lloyd D.およびL. Donald.『The Nervous System 』 MIT Press. 1992年、ISBN 0-262-16134-6. 非常によく書かれた本で、電子工学のエンジニアにとってニューロンの設計と機能に関する優れた入門書です。付録Iは希釈液におけるイオン拡散を出発点としてネルンストの定理を論理的に導いています。

[24] 略語「PTAT」が最初に使用されたのは以下の論文のセクション B(p. 854)です。Gilbert, B. 「A Versatile Monolithic Voltageto-Frequency Converter」Jour. Solid-State Circuits. Vol. 11. No. 6.1976年12月、pp. 852 ~ 864

[25] Gilbert, B.「Nanopower Nonlinear Circuits Based on The Translinear Principle」以下のワークショップ・メモの中に掲載されています。『Hardware Implementation of Neuron Nets and Synapses. First Workshop on Neural Hardware』San Diego. 1988年1月、pp. 135 ~ 170

[26] 『Coming Next Week! The Elements of Innovention 』創造性の根源を論じている、この気ままなエッセーの初期のバージョンは、1990年の中頃に著者の許可なくインターネットに掲載されました。最新版は、barrie.gilbert@analog.com から入手できます。

Barrie Gilbert

Barrie Gilbert

Barrie Gilbertは、アナログ・デバイセズ初のフェローであり、「アナログ・エレガンスの追求」に生涯を費やしてきました。1972 年にアナログ・デバイセズに入社し、1979 年にはフェローに選ばれました。現在、オレゴン州ビーヴァートンにあるNorthwest Labの責任者を務めています。1937 年に英国ボーンマスで生まれ、1954 年にSRDEで第1世代のトランジスタの開発に携わった後、Mullard,Ltd.、Tektronix Lab、Plessey Research Labで勤務しました。1984年からIEEEフェローを務め、数々の受賞歴もあります。保有する特許は約50 件に上り、発表した論文は40 件以上、共同執筆による著作も複数あります。また、いくつかの定期刊行物の校閲を担当しています。1997 年にはオレゴン州立大学から名誉工学博士号を授与されています。