乗算器とモジュレータ

質問:

乗算器はどうしてモジュレータ(変調器)あるいはミキサとして使用できないのでしょうか?同じものではないのですか?

RAQ:  Issue 92

回答:

ちょっと違います。しかも、その違いが重要です。

乗算器には2つのアナログ入力があり、その2つの振幅 の積に比例する1つの出力があります。

VOUT = K × VIN1 × VIN2

ここで、Kは1/Vの大きさの定数です。いずれの信号もどちらの入力にも供給できますが、理論的には出力に影響しません。

モジュレータ(またはミキサー)にも2つの入力があります。しかし、信号入力はリニアですが、キャリア入力にはリミット・アンプがあるか、またはアンプで制限される十分大きな信号でキャリア入力を駆動します。どちらの場合もキャリア信号は矩形波となるため、振幅が十分に大きければ、その値はあまり重要ではなく、ノイズや振幅の変動が出力に現れることもありません。式は以下のようになります。

VOUT = K × VSIGNAL × sgn(VCARRIER)

乗算器はアナログ計算に使用します。一例としては、回路内の電力の計算があります。瞬間電圧/電流に比例する信号が乗算器に入力されると、その出力は瞬間電力に比例します。

乗算器は、モジュレータと同様、信号入力の振幅をキャリア入力の信号にエンコードします。しかし、乗算器の場合はモジュレータと違ってキャリア信号振幅の変動も出力に現れます。通信アプリケーションではこの変動はないほうがよいため、モジュレータを使用します。2つのサイン波 を入力する乗算器の簡略式 は次のように表すことができます。

VOUT(t) = K/2 × VSIGNAL × VCARRIER[cos(ωSIGNALCARRIER)t + cos(ωSIGNAL–ωCARRIER)t]

モジュレータを簡潔に説明したい場合にも同じ式がよく使用されますが、キャリア信号をクリップして矩形波を生成するということは、奇数次高調波が含まれていることを意味します。矩形波の簡略式は、奇数次高調波のフーリエ級数となります。

V(t) = K[cos(ωt) – 1/3cos(3ωt) + 1/5cos(5ωt) – 1/7cos(7ωt) +…]

これらの奇数次高調波もキャリアで変調されるため、モジュレータの出力には必要な基本波の積とともに奇数次高調波の積が含まれています。

V(t) = K[cos(ωSIGNAL + ωCARRIER)t + cos(ωSIGNAL – ωCARRIER)t
–1/3{cos(ωSIGNAL + 3ωCARRIER)t + cos(ωSIGNAL – 3ωCARRIER)t}
+1/5{cos(ωSIGNAL+5ωCARRIER)t + cos(ωSIGNAL – 5ωCARRIER)t}
–1/7{cos(ωSIGNAL + 7ωCARRIER)t + cos(ωSIGNAL – 7ωCARRIER)t} +…]

多くのアプリケーションでは、これらの高調波積をフィルタで除去したり無視したりしますが、モジュレータの機能を正しく説明するにはこれらも考慮に入れる必要があります。高調波積が役に立つこともありますが、基本波積とオーバラップして予期ししない結果を招くこともあります。

このように、乗算器モジュレータミキサーのどれかを選択するときは、自分が何をしたいのか、またどのデバイスなら誤差を最小限に抑えられるかをあらかじめ検討する必要があります。


1 入力と出力は、デバイスにより電圧または電流です。この例では電圧を用いています。
2 これらの式では扱いが簡単なコサインを使用しています。最終的には同じです。
3 説明を簡潔にするために、入力と出力の振幅は正規化してあります。

著者

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James Bryant

James Bryantは、1982年から2009年に定年退職するまで、アナログ・デバイセズの欧州地区アプリケーション・マネージャを務めていました。現在も当社の顧問を務めると共に、様々な記事の執筆に携わっています。リーズ大学で物理学と哲学の学位を取得しただけでなく、C.Eng.、Eur.Eng.、MIEE、FBISの資格を有しています。エンジニアリングに情熱を傾けるかたわら、アマチュア無線家としても活動しています(コールサインはG4CLF)。