概要
状態監視システムを構築するには、センサーに接続するデータ・アクイジション(DAQ)用のシグナル・チェーンを設計する必要があります。本稿では、その際に考慮すべき事柄について解説します。最初に、システムのアーキテクチャ、センサーの種類、解析方法などに関する選択がDAQ用のシグナル・チェーンの設計にどのような影響を与えるのか明らかにします。それを通して得られた理論がどのように現実として現れるのか、シグナル・チェーンの2つの設計例を基に検討を実施します。
はじめに
状態監視の真の価値は、長期的に見てコストの削減につながる点にあります。コストの削減は、予知保全(Predictive Maintenance)によって保守費用を減らしつつ、予防保全(Preventative Maintenance)によって製造ラインの予期せぬダウンタイムを排除することで達成されます。このような価値を具現化できるかどうかは、状態監視システムが備える障害の検出/識別能力にかかっています。より詳しく言えば、障害が発生しつつある初期の段階で、その兆候を検出できるかどうかが重要になります。
致命的な障害は、おそらくその最終段階になれば容易に検出できるでしょう。しかし、障害の初期の段階では、正常な動作状態と比べてアセット(装置や設備)にはごくわずかな変動しか生じていないかもしれません。それを障害の兆候として検出するのは容易ではないはずです。また、発生した変動は一時的なものであるかもしれません。初期の障害の兆候を適切に検出して分類するには、状態監視システムに様々なセンシング・モダリティに対応する性能の高いセンサーを設ける必要があります。そして、各センサーの検出能力をフルに活用するために、それに見合った性能のDAQ用シグナル・チェーンも用意しなければなりません。そうすれば、専用のアルゴリズムを使用し、各種のデータを組み合わせて処理することで、監視の対象となるアセットの状態を判断することが可能になります。
状態監視システムを設計する際には、多くの選択肢の中から最適なものを選ばなければなりません。また、それぞれの選択には様々なトレードオフが伴います。いくつかの選択を行った結果、シグナル・チェーンの設計は大きく変化する可能性があります。
システム・レベルで考慮すべき事柄
まずは、DAQ用のシグナル・チェーンを設計する際、システムのレベルではどのようなことについて検討しなければならないのか確認してみましょう。
システムのアーキテクチャ
状態監視(Condition Monitoring。以下、CM)を担うシステムに関して最初に考慮すべきことは、システムのアーキテクチャについてです。センサーとDAQ用シグナル・チェーンの相対的な位置に関連して、CMシステムのアーキテクチャにはいくつかの選択肢が生まれます。そして、各アーキテクチャには長所と短所があります。以下、各アーキテクチャについて詳細に検討していきましょう。
集中型のアーキテクチャ
集中型のアーキテクチャでは、図1のように複数のDAQ用のチャンネルを1ヵ所にまとめて実装します。つまり、DAQ用のシグナル・チェーンが1ヵ所に集中する形になります。通常、各チャンネルはボックス型/ラック型の機器にまとめられます。センサーはそこから離れた場所にあり、アナログ・ケーブルによってDAQシステムに接続されます。
集中型のアーキテクチャは、数多くの計測ソリューションで使われています。例えば、振動の監視に使用されるほとんどのベンチトップ型機器や産業用のアナログ入力モジュールはこのアーキテクチャを採用しています。また、集中型のアーキテクチャはCM機能を内蔵するアセットの設計においても有用です。つまり、モータやポンプにCM機能を組み込みたい場合に適しています。
集中型のアーキテクチャには、以下のような長所があります。
- ケーブルのコストを抑えられる:センサーと DAQ システムの間で長距離にわたって信号を伝送するためにはケーブルが必要です。このアーキテクチャを採用した場合、通常は低コストの同軸ケーブルやツイスト・ペア・ケーブルを使用することができます。
- インターフェースの堅牢性が高い:IEPE(Integrated Electronics Piezo Electric)や 4 ~ 20mA の電流ループなど、インターフェースには数多くの標準的なプロトコルを利用できます。それらは、ノイズの多い環境でも、センサー向けに堅牢性の高いインターフェースを実現できるように設計されています。
- センサーに対する柔軟性が高い:測定の要件に応じ、単一のDAQ システムによって複数種のセンサーに対応できるように設計することが可能です。
- 過酷な動作環境に対応できる:動作温度が極めて高い場合や極めて低い場合など、通常の電子部品が対応していない条件下でも特定のセンサーを動作させることができます。これは、センサーと DAQ 用のシグナル・チェーンが物理的に分離されていることから得られる長所です。
- DAQ 用のシグナル・チェーンをより効率的に実装できる:シグナル・チェーンの設計においては、より多くのブロックを共有することができます。そのため、効率の向上とコストの削減を図ることが可能になります。
集中型のアーキテクチャを採用したCMシステムでは、シグナル・チェーンの設計にどのような要件が求められるのでしょうか。標準的な要件を以下に列挙します。
- 高い性能:集中型のシステムのほとんどは、複数種のセンサーに対応するように設計されます。場合によっては、汎用のDAQ 計測装置として使用できるようにするためにデュアル機能を提供するよう設計されることもあります。そのようなニーズによって、DAQ 用のシグナル・チェーンの性能については厳しい要件が課せられます。例えば、広いダイナミック・レンジ、調整可能な帯域幅、直線性の高い AC 性能、高い精度のDC 性能を実現できるように仕様が定められます。
- 入力部の保護:集中型のシステムの場合、入力端子が外部からアクセスされることが多くなります。そのため、配線ミス、信号のオーバー・レンジ、ESD(Electro Static Discharge)などによる損傷を受けやすいと言えます。したがって、多くの場合、入力部を守るための保護回路を設ける必要があります。
- エイリアスの除去:集中型のアーキテクチャを採用したシステムでは、そのベンダーによって、使用するセンサーや入力信号が常に制御されるわけではありません。そのため、DAQ システムは、測定の対象となる帯域外の信号のエイリアスやノイズに対して高い堅牢性を備えている必要があります。多くの場合、DAQ システムはあらゆる帯域外の信号を完全に除去できるだけの能力を備えていなければなりません。
- 消費電力と面積:集中型のアーキテクチャでは、他のアーキテクチャと比較して、シグナル・チェーンの消費電力とサイズに対する制約が少なくなります。ただ、より新しいシステムの中には、より高いチャンネル密度を必要とするものがあります。その場合、設計時に考慮すべき事柄の中で、シグナル・チェーンのサイズと熱密度がより重要な意味を持つことになります。
エッジ・ノード型のアーキテクチャ
エッジ・ノード型のアーキテクチャは、集中型のアーキテクチャと比較すると、統合レベルの範囲という面で対極にあるものだと言えます。エッジ・ノード型のシステムでは、センサー、DAQ用のシグナル・チェーン、信号処理ユニットがすべて近接した位置に配置されます。エッジにおいて信号の検出、取得、処理を行う点が特徴です。処理済みのデータは、有線/無線の通信リンクを使用してホスト・コンピュータに送信されます。
多くの場合、バッテリ駆動のスマートなCMシステムは、エッジ・ノード型のアーキテクチャを採用して構築されます。このアーキテクチャには、以下のような長所があります。
- 設置が容易:特にワイヤレスのシステムの場合、エッジ・ノード型のアーキテクチャを採用していれば、センサー・ノードの間に長いケーブルを引き回す必要がなくなります。
- 設計を最適化できる:システム全体が、より明確に定義された自己完結型のものになります。そのため、シグナル・チェーンの設計を最適化することが容易です。
エッジ・ノード型のCMシステムの場合、DAQ用シグナル・チェーンの設計に対する標準的な要件は以下のようになります。
- 性能:どのようなセンサーを DAQ システムに接続する必要があるのか正確に把握することにより、それに応じて DAQ 用シグナル・チェーンの設計を調整し、効率を高めることができます。但し、バッテリ駆動のシステムでは、電力バジェットが特に限られます。そのため、センサーとシグナル・チェーンの性能に制限が加わる可能性があります。
- 入力部の保護:システムが自己完結型であるため、アナログの DAQ 用シグナル・チェーンが外界にさらされることはありません。そのため、シグナル・チェーンの入力部に対する保護の要件は緩和されます。
- エイリアスの除去:エッジ・ノード型のシステムでは、センサーと DAQ システムの間の距離が短く、物理的な構造が自己完結型になります。そのため、帯域外の干渉の影響を受ける可能性は低くなります。それでも、DAQ システムには、ある程度のフィルタ処理が必要になることがあります。センサー用のクロック、電源、通信リンクなど、ノードの内部で生じる干渉から保護しなければならないからです。とはいえ、干渉の除去に求められるレベルは集中型のシステムと比べれば軽減されます。
- 消費電力と面積:エッジ・ノード型のシステムでは、消費電力の削減と小型化は当たり前の要件になります。バッテリ駆動のシステムの場合、低消費電力であることは必須です。また、システムのサイズは、筐体の材料費、設置の難易度に影響を与えます。更に、振動検出システムでは、センサーの機械的な特性にも影響が及びます。
分散型のアーキテクチャ
分散型のアーキテクチャは、集中型のアーキテクチャとエッジ・ノード型のアーキテクチャの中間に位置づけられるものです。分散型のアーキテクチャでは、DAQ用シグナル・チェーンをセンサー側に配置します。つまり、DAQ用のシグナル・チェーンが分散する形になります。一方、データ処理の機能はセンサー側には限定的にしか搭載しないか、全く搭載しません。センサーから取得したデータは、後処理を行うために、RS-485や10BASET1L(イーサネット)に対応するデジタル有線リンクを介して集中型のホストに送信されます。
分散型のアーキテクチャには次のような長所があります。まず、通信用のインターフェースとして標準化された技術を利用できます。また、より大規模なFA(Factory Automation)システムと容易に統合することが可能です。
分散型システムのシグナル・チェーンを設計する際に考慮すべき事柄は、エッジ・ノード型システムの場合と同様です。
センサー
続いては、センサーの選択に関連する事柄について検討していきます。
センシング・モダリティ
CMシステムでどのようなセンサーを使用するのかは、いくつかの要因によって決まります。最も重要な要因は、どのようなセンシング・モダリティに対応する必要があるのかということです。例えば、医者が患者の健康についてより適切に診断するためには、複数種のバイタル・サインを監視する必要があります。それと同じように、アセットの複数のパラメータを監視することで、障害の検出精度を高めることができます。例えば、振動の監視は、機械的な障害の初期段階の兆候を検出するために有効な信頼性の高い手法だということが実証されています。また、障害には発熱が伴う可能性が高いので、温度もCMにおける重要なパラメータになり得ます。CMにおける一般的なセンシング・モダリティとしては、音、電力品質、歪み、トルク、変位なども挙げられます。特定のCMに必要なセンシング・モダリティは、複数種存在する可能性があります。どのような組み合わせが適切であるかは、監視するアセットの種類や検出する障害の種類によって異なります。
センサーの種類
1つのセンシング・モダリティに対して適用可能なセンサーの種類は1つであるとは限りません。おそらくは、複数種のセンサーの中からいずれかを選択することになるでしょう。センサーの種類が異なれば、特性やインターフェースの要件も異なる可能性があります。言い換えれば、あらゆるCMシステムに適したセンサーというものは存在しません。
例として、振動を監視するケースを考えてみます。振動の検出に使用するセンサーには、MEMS(Micro Electro Mechanical System)、圧電(ピエゾ)、ピエゾ抵抗(ダイナミック・ストレイン・ゲージ)といった種類が存在します。例えば、MEMS加速度センサーは、低消費電力、軽量、小型といった特徴を備えています。そのため、エッジ・ノード型のアーキテクチャを採用したCMシステムに最適です。一方、圧電方式の加速度センサーは非常に広い帯域幅に対応すると共に、高いダイナミック・レンジ性能を備えています。また、IEPEに対応するインターフェースを備えた圧電センサーであれば、振動監視用の様々な機器に適合します。こうした各種の振動センサーを併用し、集中型のCMシステムを構築することも可能です。
MEMSセンサーと圧電センサーのインターフェースに対する要件は大きく異なります。MEMSセンサーの中には、デジタル出力を備え、マイクロプロセッサに直接接続できるものがあります。しかし、高性能のMEMSセンサーのほとんどはアナログ出力を備えています。そのため、DAQ用のシグナル・チェーンが必要になります。通常、MEMSセンサーには3.3V~5Vの単一電源から給電します。この仕様であれば、DAQ用のシグナル・チェーンと電源を共有することが可能です。では、IEPEに対応するインターフェースを備えた圧電センサーの電源はどのようになるでしょうか。通常は、2線式のケーブルを介し、24Vの電源で生成した約4mAの定電流源によって電力を供給することになります。また、圧電センサーの出力は、DCバイアス電圧(通常は8V~10V)にAC信号が重畳した形になります。したがって、得られたアナログ信号をA/Dコンバータ(ADC)によってデジタル値に変換するためには、事前にバッファリング、減衰、レベル・シフトを施しておく必要があります。
チャンネル数
センサーに関連してもう1つの考慮すべきことは、使用するセンサーの数です。これは、DAQのチャンネル数に直接影響を及ぼす可能性があります。CMシステムでは、アセットの状態をより完全に把握するために、同じ種類のセンサーを複数個所に配置することがあります。例えば、1対の振動センサーを直交して配置すれば、アセットの振動の大きさに関する情報をより正確に取得することが可能になります。また、3軸の振動センサーを使用する場合、任意の角度位置に取り付けても全方向の振動を完全に感知することができます。ある種の障害の診断方法では、複数の信号の位相差も利用して、三角測量によって障害の位置を特定します。そのためには、CMシステムにおいて、同じ種類の複数のセンサーからの信号を同時に取得しなければなりません。その場合、DAQ用のシグナル・チェーンには、同時サンプリング、位相のマッチング、チャンネル間での同期サンプリングの機能が必要になります。
解析方法
DAQ用のシグナル・チェーンを設計する際には、どのような解析方法を選択するのかということも重要になります。
周波数領域の解析
周波数領域の解析は、動きを伴う機械を監視するために一般的に使われる手法です。回転機械の場合、振動、音、電力品質などのセンシング・モダリティによって、基本周波数の整数倍の高調波が検出されます。機械の動作状態を解析する上では、最初のステップとして、それらの高調波の振幅と周波数を特定します。
周波数領域の情報は、時間領域のサンプル・データにFFT(高速フーリエ変換)を適用することによって取得することができます。周波数解析を行うためには、DAQ用シグナル・チェーンを設計する際、以下のようなパラメータについて考慮する必要があります。
- 対象とする帯域幅:測定の対象とする帯域は、監視するアセットの特性と障害の種類によって決まります。例として、ギアボックスのベアリングを監視するケースを考えます。その場合、振動の監視に必要な帯域幅は、風力発電タワーの構造体の揺れを監視する場合よりも大幅に広くなる可能性があります。CM用のシグナル・チェーン全体として、対象となる最大の周波数成分を十分にカバーできるだけの帯域幅が必要です。
- 振幅の平坦性:通常、周波数解析では、対象とする周波数範囲全体にわたって振幅応答が平坦であることが望まれます。つまり、ゲインは周波数に対して一定でなければなりません。周波数に対する振幅応答の変動は、センサーの応答と、DAQ用シグナル・チェーンで行われるフィルタ処理の応答の両方に起因する可能性があります。良好な平坦性を得るには、まず、対象となる帯域全体で平坦な応答を示すセンサーを選択しなければなりません。加えて、平坦な通過帯域応答が得られるフィルタを設計する必要があります。
- 帯域外の信号の除去:CM システムにとって、対象とする帯域外の信号は何の役にも立ちません。というよりも、貴重な処理能力を浪費したり、対象となる本来の信号の品質低下を招いたりする原因になり得る厄介な存在です。したがって、DAQ 用シグナル・チェーンでは、帯域外のすべての信号を除去することが望まれます。
- ノイズ:CM システムの測定系では、信号の平坦性と同様に、均一で平坦なノイズ・スペクトル密度(NSD:Noise Spectral Density)が得られることが理想です。また、ノイズ・フロアは、対象となる最小の信号の振幅よりも低く抑える必要があります。FFT 処理を行うと、処理ゲインによって、周波数領域の出力におけるノイズ・フロア全体を低減できるという付加的なメリットが得られます。簡単に言えば、処理するサンプル・データの数が多くなるほど、ビンの幅が狭くなり、各ビン内のノイズの電力が低下するということです。それにより、測定系のダイナミック・レンジを人為的に広げることができます(周波数領域でのみ)。そうすると、ノイズ・フロアを下回ってしまうような信号の解析も行えるようになります。処理ゲインを利用する上では、大容量のメモリが必要なことと処理時間が長くなることが制約になります。測定系のシグナル・チェーンのスプリアスフリー・ダイナミック・レンジ(SFDR)も、測定すべき信号の最小振幅に影響を及ぼします。
- 動的な直線性:周波数領域の高調波解析では、高調波歪みが抑えられていることが重要です。測定系のシグナル・チェーンに非直線性が存在すると、それに起因して高調波が生成されることがあります。その場合、障害の状態に起因する高調波の変動が埋もれてしまう可能性があります。
時間領域の解析
本来、周波数領域の解析は、回転機械によって生じるような周期的な振動の監視に限定して使用されるものです。直線運動や往復運動などのように非周期的に動作するアセットや、油圧/空気圧シリンダのように特定のタイミングで動作するアセットを監視するためには、時間領域の解析が必要になります。但し、回転機械を監視する場合でも、衝撃パルス法といった特定の解析方法を使用する場合には、時間領域のデータ解析が行われることがあります。
時間領域の情報は、サンプルリングしたデータの波形を解析するだけで得ることができます。時間領域の解析を行う場合、DAQ用のシグナル・チェーンを設計する際には、以下のようなパラメータについて考慮する必要があります。
- 対象とする帯域幅:測定系のシグナル・チェーンでは、対象とする最大周波数の信号の波形が歪まないように帯域幅を十分広くとらなければなりません。通常、測定に必要な帯域幅を決めるのは、過渡的な現象によって発生する周波数成分ではなく、過渡的な現象によって生じた信号の振動周波数です。衝撃パルス法による監視を行う場合など、過渡的な現象によって誘起される信号の振動は、センサーの共振周波数によって決まる場合があります。
- サンプリング・レート:周波数解析では、サンプリング定理に従わなければならないといった制約はありません。つまり、信号のサンプリング・レートを、監視の対象となる最大周波数の 2 倍より高く設定しなければならないわけではありません。それとは対照的に、時間領域の解析では、対象とする信号の最大周波数よりも、サンプリング・レートをはるかに高く設定しなければならないことがあります。これは、監視の対象となる信号が周期的な性質ではなく過渡的な性質を備えているからです。過渡的な信号を高いレートでサンプリングすれば、山や谷の大きさ、変化率など、信号波形のプロファイルを容易に解析できるようになります。ピーク値に対する最大誤差の比率は、1-cos( π /OS) という式に基づいて求められます。ここで、OS はオーバーサンプリング比であり、信号の周波数に対する実効サンプリング・レートの比に相当します。例えば、過渡的な信号の振動周波数を 10 倍でオーバーサンプリングすると、ピーク値の検出精度を± 5% 未満に抑えることができます(図 4)。
- ノイズ:各サンプル・データに含まれるノイズは、時間領域の波形の振幅の検出精度に直接影響を及ぼす可能性があります。そのため、時間領域の解析では、トータルの RMS ノイズの値が重要になります。NSD の平坦性は、実効ノイズ帯域幅全体におけるトータルの積分ノイズが必要な測定精度を満たしている限り、重要ではありません。また、FFT の処理ゲインなど、デジタル信号処理によるノイズの改善手法は、時間領域の解析では利用できません。
- ステップ応答:測定系のシグナル・チェーンでは、良好なステップ応答が得られるようにする必要があります。これは、過渡的な信号のプロファイルを正しく再現できるようにするために必要な要件です。このことは、DAQ 用シグナル・チェーンで使用するフィルタの設計と選択に影響を及ぼします。
DAQ用シグナル・チェーンの具体的な設計例
ここからは、CMシステムで使用される2種類のDAQ用シグナル・チェーンの設計例を紹介していきます。それを通して、システムの要件をシグナル・チェーンの設計に落とし込む方法を示します。
シグナル・チェーンの設計例(その1)
まずは1つ目のシグナル・チェーンを紹介します。
システムの要件
システムの要件は以下のように定義することにします。
- エッジ・ノード型のアーキテクチャを採用。3V ~ 3.6V の電源電圧を使用するバッテリ駆動のシステム
- ± 50g の測定レンジで 1 軸の振動検出を実施
- 最高 10kHz の(応答が平坦な)帯域幅に対して周波数解析を実施する
- 10kHz の帯域幅にわたり 80dB を超えるダイナミック・レンジ
- 衝撃パルス法を含む時間領域の解析に対応。サンプル・レートは 128kSPS
- フルスケールまでの全範囲にわたり、動的な非直線性が 0.1%以下
- ノイズの多い環境での動作が可能。電磁干渉(EMI)を除去できる
センサーの選択
振動の検出には、MEMS加速度センサー「ADXL1002」を使用します。この製品は、求められる主要な性能を満たしています。また、消費電力が少なく、フォーム・ファクタが小さいので、エッジ・ノード型のシステムに最適です。
ADXL1002では、平坦な応答が得られる帯域幅が11kHzに達します。そのため、10kHzの帯域幅にわたる周波数解析に対応できます。共振周波数は21kHzです。この周波数の信号をオーバーサンプリングすることで、衝撃パルス法などの時間領域の解析に対応することが可能になります。
ADXL1002のノイズ密度は10kHzまでの範囲で25µg/√Hzです。トータルのRMSノイズが、入力範囲が±50gで10kHzの帯域幅にわたって25×√10e3 = 2.5mg rmsである場合、センサーのダイナミック・レンジは次式によって計算できます。
ADXL1002の出力はバッファされた電圧信号です。センサーの電源電圧の1/2に相当するDC電圧にバイアスされます。その振幅は、検出した加速度とセンサーの電源電圧の両方に比例します。電源電圧が5Vの場合、ADXL1002の感度は40mV/gです。同3.3Vの場合、±50gの入力範囲に対する出力信号の最大振幅は±50×40e-3/5×3.3 =±1.32Vとなります(図6)。その中心電圧(バイアス電圧)は次式で与えられます。
DAQに関する要件
ADXL1002に接続されるDAQ用のシグナル・チェーンは、以下の要件を満たす必要があります。
- センサーの全出力電圧範囲に対応しなければならない
- 11kHz にわたって平坦な周波数応答が得られる
- 共振周波数に対して少なくとも 5 倍のオーバーサンプリングが行える
- センサーの AC 性能/ DC 性能を完全に活かすことができる
- 帯域外の信号に対し、十分なエイリアス除去性能を発揮できる
- 消費電力が少ない
- ソリューションのサイズが小さい
このような要件を満たすソリューションの例を図7に示しました。この回路は、精度の高いシングルチャンネルのシグマ・デルタ(ΣΔ) ADC「AD7768-1」とADC用のドライバ・アンプ「ADA4805-1」を使って構成しています。以下、どのような検討/選択を行ってシグナル・チェーンを構築したのか詳細に説明します。
ADCの選択
AD7768-1は、汎用性の高い高精度のADCです。多くの動作モードを備えており、消費電力、帯域幅、ノイズ性能の間のトレードオフに対応することができます。一般に、エイリアスの除去にはプログラムが可能なデジタル・フィルタが不可欠です。AD7768-1では、様々な種類のフィルタを使用できるので、周波数領域の解析と時間領域の解析に対応することが可能です。
図7の設計では、AD7768-1を以下の設定で動作させることにしました。
- REF+ ピンに対応する内蔵リファレンス・バッファはイネーブル
- 低消費電力モードを選択
- ODR が 32kSPS、低リップルの広帯域フィルタ(フィルタ・オプション A)
- ODR が 128kSPS の sinc5 フィルタ(フィルタ・オプション B)
AD7768-1は、リファレンス・バッファを内蔵しています。バッファ・アンプを追加しなくてよいので、非常にコンパクトな設計を実現できます。この設計例(その1)では、センサーとADCが3.3Vの電源(バッテリ)を共有します。また、その電源をADCのリファレンス電圧としても使用します。ここでは、ADXL1002の出力と電源電圧が比例関係になり、AD7768-1のリファレンス・バッファがレールtoレール動作に対応することを利用しています。DAQ用のシグナル・チェーンに専用のリファレンス電圧を生成する必要がなくなるだけでなく、時間の経過に伴うバッテリの放電など、電源電圧の変化によって測定する信号の振幅が変動することもなくなります。
AD7768-1を低消費電力モードで動作させることにより、バッテリの寿命を最大限に延ばすことができます。このモードでは、出力データ・レート(ODR:Output Data Rate)が32kSPS、平坦(-0.1dB)な帯域幅が13kHzという低リップルのブリック・ウォール・フィルタを使用することができます(フィルタ・オプションA)。つまり、ADXL1002の11kHzの平坦な帯域幅をカバーして周波数領域の解析を実行することが可能です。ブリック・ウォール・フィルタは、ほぼ理想的なフィルタ特性を備えているので周波数解析に最適です。但し、高次のフィルタであることから時間領域の解析にはあまり適していません。この問題に対処したい場合には、優れたステップ応答を備えるsinc5フィルタを使用します。そうすれば、時間領域の解析に求められる要件を満たすことができます。AD7768-1において、低消費電力モードでsinc5フィルタを使用する場合、ODRは最高で128kSPS、-3dB周波数は26kHzとなります(フィルタ・オプションB)。これであれば、センサーの21kHzの共振周波数を5倍以上の周波数でオーバーサンプリングすることができます。デジタル・フィルタの種類とODRは、SPI(Serial Peripheral Interface)を介してレジスタにアクセスすることでプログラムすることが可能です。アプリケーションにおけるニーズに応じ、信号の帯域幅を動的に調整することができます。
設計によっては、オーバーサンプリングによって得たデータにフィルタ処理を施すことなく、後処理のために外部のデジタル・ホストにそのまま送信するということが行われます。そのような手法と比べた場合、AD7768-1が内蔵するデジタル・フィルタを使用することで、デジタル処理の電力効率を大幅に高めることができます。では、低消費電力モードにおいて、AD7768-1の消費電力はどのようになるのでしょうか。ここでは、AVDD1、AVDD2、IOVDDに3.3Vを供給し、REF+ピンに対応するリファレンス・バッファをイネーブルにした場合の値を示します。その場合の見積もり値は、ODRが128kSPSのsinc5フィルタを使用すると10.2mWになります。32kSPSのODRで低リップルの広帯域フィルタを使用した場合には12.6mWと見積もられます。
この構成の場合、AD7768-1のノイズはフィルタ・オプションAを使用した場合で11.5µV rms、フィルタ・オプションBを使用した場合で49.5µV rmsになります。この設計では、ADCへの入力信号は±1.32Vの疑似差動信号になります。この入力範囲に対するADCの有効ダイナミック・レンジは、フィルタ・オプションAを使用した場合で20×log(1.32/√2/11.5e-6 = 98dB、フィルタ・オプションBを使用した場合で85.5dBになります。どちらも、センサーがノイズ性能をフルに発揮するのに十分すぎるほどの値です。
AFEの設計
ADXL1002はバッファ出力を備えています。ただ、その出力インピーダンスは、ADCのサンプリング周波数(2.048MHz)ではやや高くなります。そのため、サンプリング期間中にADCの入力を完全にセトリングすることができません。そこで、センサーとADCの間には、アナログ・フロント・エンド(AFE)として帯域幅の広いドライバ・アンプ回路を適用しています。ADA4805-1を選択したのは、広帯域幅、低出力インピーダンス、低ノイズ、小型、低消費電力という特徴を兼ね備えているからです。
ADCとドライバ・アンプを組み合わせた場合のノイズは、センサーのノイズを下回ります。そのため、センサーの出力信号を増幅する必要はありません。ADA4805-1の出力はレールtoレールですが、入力はレールtoレールではありません。そこで、同アンプを使ってゲインが1の反転バッファを構成し、ADC用のドライバとして使用しています。ドライバの出力ヘッドルームについては、フルスケールの信号の振幅に対応できることを確認済みです。
AD7768-1のデジタル・フィルタも、ADCのサンプリング周波数付近の帯域に対する除去能力は有していません。そこで、ADA4805-1を使用してアクティブ・フィルタを構成し、アンチエイリアシング(折返し誤差防止)フィルタ(以下、AAF)として使用します。このAAFとデジタル・フィルタにより、帯域外のあらゆる信号成分を十分に除去できるようにしています。AAFは、複数帰還型のアーキテクチャとバタワース型に近い応答を備えた2次のローパス・フィルタとして構成しています。-3dBのコーナー周波数は32Hz、2MHzにおける減衰量は-73dBです。
ドライバ回路で使用する抵抗の値は、慎重に選択しなければなりません。消費電力、生成されるノイズ、コンデンサの大きさ、ADA4805-1の入力バイアス電流によるDCオフセット誤差のバランスがとれるように設定します。
表1は、シグナル・チェーンの性能についてまとめたものです。
センサーの性能 | DAQ用シグナル・チェーンの性能 | ||
フルスケールの測定範囲 | ±50g(0.33V~2.97V) | 最大入力範囲 | 0.02V~3.28V |
平坦な最大帯域幅(3dB) | 11kHz | 平坦な最大帯域幅(-3dB) | 13.8kHz |
共振周波数 | 21kHz | sinc5フィルタの最高ODR | 128kSPS (-3dB帯域幅は26kHz) |
13.8kHzの帯域幅にわたるダイナミック・レンジ | 80dB* | 13.8kHzの帯域幅にわたるダイナミック・レンジ | 98dB |
直線性 | 測定範囲全体にわたり0.1% | 直線性 | 測定範囲全体にわたり0.001%以下 |
電源電圧が3.3Vの場合の消費電力 | 3.3mW | 消費電力 | 14mW |
パッケージのサイズ | 25mm2 | ICパッケージのトータルのサイズ | 28mm2 |
*出力ノイズのプロファイルに基づいて推定。 |
シグナル・チェーンの設計例(その2)
続いて、2つ目の設計例を紹介します。
システムの要件
システムの要件は、以下のように定義することにします。
- チャンネル間の絶縁を図った集中型の DAQ モジュール
- 最大± 12V の疑似差動入力
- IEPE のインターフェースに対応
- AC/DC バイアスの入力オプションを設ける
- 最大± 60V の入力過電圧に対する保護機能
- 1MΩ の入力インピーダンス
- 最高 100kHz の(平坦な)帯域幅に対する周波数解析に対応
- 100kHz の帯域幅にわたり 105dB を超えるダイナミック・レンジ
- エイリアスを排除(帯域外の全信号を -105dB まで減衰させる)
- 衝撃パルス法を含む時間領域の解析に対応
- 1kHz のフルスケール入力に対する全高調波歪みが -115dB 以下
- 高い DC 精度
- フィルタの帯域幅と ODR をプログラムできる
図10に示したのが、これらの要件に対応可能なシグナル・チェーンです。ADCについては、設計例(その1)と同じくAD7768-1を使用しています。AFEは、入力保護用のスイッチ「ADG5421F」、IEPE対応のセンサーに電流を供給するための定電流源「LT3092」、高精度/JFET入力のバッファ・アンプ「ADA4610-1」、ADCの駆動用の完全差動アンプ「ADA4945-1」、AAF回路で構成されています。また、高精度のリファレンス電圧源「ADR444」にリファレンス・バッファとして高精度のオペアンプ「ADA4528-1」を適用することで、ADCにリファレンス電圧を供給します。
センサーの電源
IEPEは2線式のインターフェースであり、センサーの電源(電流)とセンサーの出力信号(電圧)が同じワイヤを共有します(図11)。この例では、LT3092を使用して、30Vの電源を基に低ノイズで2.5mA出力の電流源を構成しています。この電流源からの電流をセンサーに供給します。なお、この電流値は、長いケーブル長、大きなケーブル容量に対応できるように、抵抗値によってプログラムすることが可能です。
IEPE対応センサーの中には、ケースが絶縁されていないものがあります。これは、OUT-ピンをローカル・グラウンドに接続できるということを意味します。センサーに接続されるDAQ用のシグナル・チェーンも絶縁されていない場合、同シグナル・チェーンもグラウンド基準で構成する必要があります。この設計例(その2)では、シグナル・チェーンのチャンネルは絶縁されています。そのため、グラウンドと電源のレベルに関する制約が排除されます。バイポーラ電源を使用する形でシグナル・チェーンを設計することができ、より対称性の高いバイポーラ入力の信号に対応できるようになります。
入力の保護
この設計例では、ADG5421Fを使用して、回路の入力部に対する過電圧保護を施しています。入力電圧が電源電圧の範囲を超えると、同ICが備えるスイッチがオープンになります。それによって、DAQ用シグナル・チェーンの下流の部分が保護されます。ADG5421Fは、最大±60Vの入力電圧に耐えることができます。オン抵抗が小さく安定しているので、信号の歪みを最小限に抑えることが可能です。
また、ADG5421Fは、シグナル・チェーンの入力部の構成をプログラムできるようにするためにも使われています。シグナル・チェーンの入力部は、スイッチの設定に応じてAC結合とDC結合のうちどちらかを選択できるように構成しています。また、電流源の接続/遮断も独立して切り替えられます。
加えて、値の小さい(10Ω)直列抵抗にTVS(Transient Voltage Suppressor)を追加しています。これにより、入力ノードのESD保護性能を高めています。
ADCの選択
チャンネル間を絶縁するという要件を満たすためには、DAQ用シグナル・チェーンをシングルチャンネルで構成する必要があります。
本稿で示した2つの設計例は、AD7768-1の汎用性を示していると言えます。このADCを高速モードで動作させる場合、デジタル・フィルタをブリック・ウォール・フィルタ(ODRは256kSPS)として機能させて110kHzの平坦な帯域幅を実現できます。同時に、108dBのダイナミック・レンジ(リファレンス電圧が4.096Vの場合)を達成することが可能です。sinc5フィルタにも対応しており、1.024MSPSの最高ODRで時間領域の波形を取得できます。
また、AD7768-1は動的直線性とDC性能の面でも業界トップのレベルにあります。例えば、フルスケールに近い1kHzの正弦波を入力した場合、標準で-120dBの全高調波歪み(THD)、300nV/°Cのオフセット・ドリフト、0.25ppmのゲイン・ドリフトを達成できます。
なお、チャンネル間の絶縁を必要としないマルチチャンネルのDAQシステムでは、クワッド・バージョンの「AD7768-4」やオクタル・バージョンの「AD7768」を使用するとよいでしょう。
AFEの設計
入力信号には、必要なインピーダンスを得るためにバッファを適用する必要があります。バッファ・アンプは、入力バイアス電流が少なく、ノイズが小さく、動的直線性に優れ、DC精度が高く、十分に帯域幅が広くなければなりません。これらの要件に基づいて、この設計例ではJFET入力のオペアンプであるADA4610-1を使用しています。同オペアンプには±15Vの電源を供給し、ユニティ・ゲインのバッファとして構成/使用します。
センサーからの信号には、ADCの入力範囲に収まるように、減衰やレベル・シフトを適用する必要があります。また、理想的には疑似差動信号を完全差動信号に変換するべきです。この変換を行えば、測定ダイナミック・レンジが6dB向上し、2次高調波歪みを大幅に低減することができます。その後、信号にはエイリアス除去のためのフィルタ処理を適用します。また、ADCの入力部で適切にセトリングが行えるようにするために、帯域幅が広く出力インピーダンスが低いADC用のドライバ・アンプでバッファします。こうしたすべての要件は、完全差動型のADC用ドライバ・アンプであるADA4945-1を1個使用するだけで満たすことができます。このアンプを採用すれば、優れたDC精度を維持しつつ、歪みと付加ノイズを最小限に抑えることが可能です。
この回路では、センサーからの信号が0.33倍に減衰されます。ADCのリファレンス電圧が4.096Vの場合、±4.096/0.33 = ±12.41Vのフルスケール入力に対応可能になります。減衰された信号は振幅が±4.096Vの完全差動信号に変換され、2.5V(電源電圧の1/2)のコモンモード電圧にレベル・シフトされます。それによって、完全差動アンプの出力とADCの入力の要件を満たすことができます。
設計例(その1)で説明したように、AD7768-1のデジタル・フィルタも、ADCのサンプリング周波数付近の帯域に対する除去能力は備えていません。同ADCを高速モードで動作させた場合、実効サンプリング周波数は16.384MHzです。そこで、ADA4945-1を使って構成したAAFを適用することで、デジタル・フィルタによって帯域外のあらゆる信号を十分に除去できるようにしています。AAFとしては、複数帰還型のアーキテクチャとバタワース型に近い応答を備える3次のローパス・フィルタを構成/使用しています。また、バッファ・アンプであるADA4610-1の入力部にはRC回路を付加しています。これによって、ローパス・フィルタの極がもう1つ追加されるので、サンプリング周波数付近におけるエイリアスの除去能力が更に高まります。シグナル・チェーン全体の周波数応答としては、-3dBのコーナー周波数が440kHzになります。そのため、帯域内の応答における振幅と位相の歪みを最小限に抑えることができます。AAFに起因する振幅のドループは、100kHzにおいて10mdB未満です。また、16.3MHzにおける振幅応答は約-108dBとなります。AD7768-1のブリック・ウォール・フィルタとAAFを組み合わせることにより、帯域外全体にわたる周波数成分を少なくとも105dB減衰することができます。つまり、エイリアスが生じないシグナル・チェーンを実現することが可能です。
絶縁とパワー・マネージメント
本稿では、デジタル信号/電源の絶縁やパワー・マネージメントのソリューションについての詳細は割愛します。ただ、アナログ・デバイセズは、デジタル・アイソレータを備えるパワー・マネージメント・ユニット「ADP1031」などのソリューションを提供しています。そうした製品を使うことにより、SPIに絶縁を施したり、±15Vと5Vの供給電圧を生成したりすることが可能になります。また、高速デジタル・アイソレータの「ADuM140D」を使用すると、絶縁バリアを介してMCLKとSYNC_INを供給し、チャンネル間におけるサンプルの同期を実現することができます。
DAQ用シグナル・チェーンの性能 |
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最大入力範囲 | ±12.4Vの疑似差動入力 | ||
平坦な最大帯域幅(-3dB) | 110kHz | ||
sinc5フィルタの最高ODR | 1024kSPS(-3dB帯域幅は209kHz) | ||
110kHzの帯域幅にわたるダイナミック・レンジ | 105dB以上 | ||
フルスケールに近い1kHzの信号を入力した場合のTHD | -105dB以下 | ||
ゲイン・ドリフト* | 10ppm/°C | ||
オフセット・ドリフト* | 5µV/°C | ||
sinc5フィルタ使用時の消費電力 | 110mW | ||
ブリック・ウォール・フィルタ使用時の消費電力 | 130mW | ||
*抵抗のマッチング誤差による影響は除外しています。 |
もう1つの設計例
IEPE対応センサーを接続するDAQ用シグナル・チェーンについては、別の設計例も存在します。これについては、リファレンス設計「CN0540」として提供されています。
CN0540の設計は、0V~24Vのユニポーラ入力に対応しています。これは、ケースが絶縁されていないIEPE対応センサーにチャンネル絶縁型ではないDAQ用シグナル・チェーンを接続する場合に適しています。その場合、IEPE対応センサーとDAQ用シグナル・チェーンがグラウンドを共有します。また、この設計はIEPE対応センサーに対してDC結合されます。圧電センサーは、DCまでの応答には対応していません。ただ、DC結合を採用することで、このシグナル・チェーンでは、狭帯域幅のAC結合回路によって起動時に遅延が生じることなく、周波数の低い振動を抽出できるというメリットが生まれます。
なお、設計例(その2)のシグナル・チェーンはバイポーラの入力信号に対応しています。そのため、IEPE対応センサーに接続するには、AC結合モードで動作させる必要があります。一方で、±12.4Vの入力範囲と高い入力インピーダンスを備えていることから、多目的型のDAQシステムには非常に適しています。
まとめ
本稿では、CMシステム向けのDAQ用シグナル・チェーンの設計について解説しました。システムのアーキテクチャ、センサーの種類、解析方法の選択が、シグナル・チェーンの設計にいかに大きな影響を及ぼすのかご理解いただけたはずです。CMシステムを設計する際には、本稿で説明した内容やリファレンス設計をぜひお役立てください。
状態基準保全に向けたシステム・レベルのソリューションについては、analog.com/jp/CbMをご覧ください。