要約
本稿では、計測器アプリケーション用の高精度装置を設計する場合の課題について詳しく説明し、直線性の高いSAR ADC、完全統合型超低ドリフト高精度リファレンス、クワッド整合抵抗ネットワーク、ゼロドリフト・ロー・ノイズ・アンプで構築された高精度シグナル・チェーン・ソリューションを紹介します。「計測器アプリケーションにおいて7.5桁の精度を実現する方法:パート2」では、完全な設計ソリューションと測定結果を更に詳しく説明します。
はじめに
デジタル・マルチメータ(DMM)、3相標準器、電磁波測定器用キャリブレータ、高精度DAQシステム、重量計/ラボ用電子天秤、地震計測器、ATE内のSMU/PMUなど、多くの計測器アプリケーションでは、高い精度が求められます。これらのアプリケーションには、非常に高精度のDC信号または低周波数AC信号の測定が必要です。また、ほとんどの場合、高直線性、高分解能、優れた安定性、繰り返し精度も求められます。これら全てのアプリケーションの中で、DMMは最も代表的なアプリケーションの1つです。
7.5桁以上のDMMの業界においては、ディスクリート・コンポーネントをベースとしたマルチスロープ積分型ADCが用いられています。このタイプのADCは、妥当な測定精度を実現できますが、市販のADC ICを採用して設計を完成させなくてはならないほとんどの設計者にとって、その設計とデバッグは、他のタイプに比べ複雑なものとなります。過去約10年間、6.5桁のDMMの設計において、市販の24ビット・シグマ・デルタADCが広く用いられました。現在では、より高性能のADCが、7.5桁の精度と直線性に達するためのボトルネックとなっています。もう1つの課題はリファレンスから生じています。埋め込みツェナー電圧リファレンスでは、超低温度ドリフトを実現するために、複雑な外部シグナル・コンディショニング回路を必要とします。
本稿では、直線性の高いSAR ADC、完全統合型超低ドリフト高精度リファレンス、クワッド整合抵抗ネットワーク、ゼロドリフト・ロー・ノイズ・アンプで構築された高精度シグナル・チェーン・ソリューションを紹介します。実際のテストを実行する前に、リファレンスおよびガイダンスとして、理論的な精度解析と計算を示します。
高精度DMMの主要なDC仕様
表1に、市販されている代表的な高精度DMMの、主要なDC電圧測定仕様を示します。主要な仕様としては以下のものが挙げられます。
- 入力レンジ:許容可能な入力信号範囲を定めます。DMMの仕様は、1000V、100V、10V、1V、100mVなどの様々な入力レンジに応じて与えられます。10Vレンジは、DMMが最高仕様を示す代表的なレンジです。表1は、10Vレンジでの仕様を示しています。他のレンジについては、高精度抵抗を用いて1000Vまたは100Vの信号を10Vレンジに減衰するか、十分に整合した抵抗アレイを用いて1Vまたは100mVの信号を10Vレンジに増幅します。
- 分解能または桁数:分解能は多くの場合、パーセント、ppm、カウント、またはビットで表されます。
- DMMの分解能は、ほとんどの場合、表示される桁数で指定されます。通常、これは整数値と半分の値で構成される値、例えば6.5桁となります。半桁は0または1のどちらかを表示できます。
- 代表的な6.5桁のメータでは1Vの測定レンジで最大1.199999を表示できます。代表的な7.5桁のメータでは10Vの測定レンジで最大11.999999を表示します。
- 製品によっては、多くの場合、ADCのように分解能をビットで表しています。例えば、24ビットADCは2^24個、つまり、16777216個の値(カウント)を与えます。この分解能の桁数はlg(16777216) = 7.2です。なお、24ビットADCの実効的な分解能は通常、24ビット未満で、実効的な桁数は7.2未満である点に注意してください。
- DMMの分解能は、ほとんどの場合、表示される桁数で指定されます。通常、これは整数値と半分の値で構成される値、例えば6.5桁となります。半桁は0または1のどちらかを表示できます。
- 精度:精度は、測定結果と真の値がどれだけ近く一致するかを表します。
- 精度には、ノイズ、オフセット誤差、ゲイン誤差、直線性など、多くの要素が影響する可能性があります。これはアナログ・シグナル・チェーンに関係するため、チェーンの各コンポーネントがこうした誤差を持ち、合計のシステム誤差、すなわち精度に寄与します。
- 仕様は温度および時間によって異なる可能性があります。24時間精度、1年精度、温度係数が、時間および温度と共に、精度性能として仕様規定されます。これらのパラメータは、装置の安定性(測定値が時間と共に変動するかどうか)および繰り返し精度(複数の測定値が一貫しているかどうか)を定めます。
- 表1の精度仕様は、100PLCの読取りレート(PLCは電源ライン・サイクル(power line cycle)、100PLCは1サイクルの時間が100/50Hz、つまり2sまたは0.5Hz)または10PLC(5Hz)の読取りレートでテストされています。
- 精度には、ノイズ、オフセット誤差、ゲイン誤差、直線性など、多くの要素が影響する可能性があります。これはアナログ・シグナル・チェーンに関係するため、チェーンの各コンポーネントがこうした誤差を持ち、合計のシステム誤差、すなわち精度に寄与します。
- 直線性:装置の入力と出力がどの程度直線に従うかを指定するために用いられます。システムの精度に影響する可能性があります。
- ノイズ:システム・ノイズによって、DMM装置の最低実効桁数が決まります。通常、この仕様は100PLCまたは10PLCでテストされます
- 以下の代表的な7.5 DMM2では、10Vレンジで0.1ppmのノイズは1μV rmsです。つまり、入力端子を短絡すると、最低桁(1μV)の読取り値は、00.00000Xに変化する可能性があります。
高精度シグナル・チェーンを構築するには、シグナル・チェーン上のコンバータ、リファレンス、高精度アンプ、整合抵抗ネットワークが全て、システムのノイズと精度への寄与分となります。詳細は以降のセクションで説明します。
6.5桁 DMM | 7.5桁 DMM1 | 7.5桁 DMM2 | 8.5桁 DMM | |
桁数 | 6.5 | 7.5 | 7.5 | 8.5 |
入力レンジ(V) | 10 | 20 | 10 | 10 |
分解能(ppm) | 1 | 0.1 | 0.1 | 0.01 |
24時間精度(ppm) | 15 + 4 | 7 + 4 | 8 + 2 | 0.5 + 0.05 |
1年精度(ppm) | 35 + 5 | 24 + 4 | 16 + 2 | 8 + 0.05 |
直線性(ppm) | 3 | 3.5 | 1.5 | 0.1 |
ノイズ(ppm) | 1 | 0.1 | 0.1 | 0.01 |
TC(ppm/ºC) | 5 + 1 | 5 + 1 | 0.5 + 0.01 |
ADC
ADCはアナログ信号をデジタル符号に変換するために用いられ、アナログ領域とデジタル領域の橋渡しをします。
表2に、様々なDMMの10V入力レンジでのADC実効分解能要件を示します。なお、市販のほとんどのDMMでは、桁数で表した実際の分解能は、理想的な桁数より小さい点に注意してください。例えば、7.5桁DMM2の場合、その実際の分解能は7.1桁で、ADC実効分解能は少なくとも24.5、ノイズは10Vの入力レンジで1μV rms未満であることが必要です。
6.5桁 DMM | 7.5桁 DMM1 | 7.5桁 DMM2 | 8.5桁 DMM | |
カウント | 1,200,000 | 21,000,000 | 12,000,000 | 120,000,000 |
分解能(桁) | 6.1 | 7.3 | 7.1 | 8.1 |
ADC分解能 | 21.2 | 25.3 | 24.5 | 27.8 |
ノイズ(10Vレンジ) | <10μV rms | <1μV rms | <1μV rms | <100nV rms |
表3に、アナログ・デバイセズの高分解能ADCのノイズ仕様および実効分解能を示します。
- AD7190およびAD7175-2は6.5桁アプリケーションの場合に、良いADCの選択となります。
- AD7177-2およびLTC2500-32は7.5桁アプリケーションの場合に、良いADCの選択となります。
- AD4630-24はより低ノイズの性能を持っており、また、その直線性の仕様の代表値は±0.1ppm(最大で±0.9ppm)と、他のADCよりはるかに優れています。AD4630-24は、ロー・ノイズ、高直線性、低ゼロ・ドリフトおよびゲイン・ドリフト仕様を持つ、デュアルチャンネル、同時サンプリング、2MSPSのSAR ADCで、7.5桁のシグナル・チェーン・ソリューションに最適な選択です。
AD7190(ゲイン= 1) | AD7175-2 | AD7177-2 | LTC2500-32 | AD4630-24 | |
リファレンス(V) | 5 | 5 | 5 | 5 | 5 |
5HzのODRでのノイズ(nV rms) | 250 | 70 | 70 | ||
実効分解能(5HzのODR) | 24.0 | 24.0 | 27.1 | ||
60HzのODRでのノイズ(nV rms) | 970 | 230 | 190 | 190 | 98 |
実効分解能(60HzのODR) | 23.2 | 24.0 | 25.6 | 25.6 | 26.6 |
実効桁数(60HzのODR) | 6.7 | 6.9 | 7.4 | 7.4 | 7.7 |
直線性(ppm)代表値/最大値 | 1/5.0 | 1/3.5 | 1/3.5 | 0.5/2 | 0.1/0.9 |
その他の利点 | PGIA内蔵 | 平坦なパスバンド・フィルタ、SINC1~SINC4、SSINC、および平均化フィルタ | 平均化フィルタ |
リファレンス
リファレンスはシステムの精度を設定します。温度係数(TC)、長期ドリフト(LTD)、ノイズ、初期精度が、リファレンスの主要仕様です。
LTZ1000およびLM399は、TC仕様およびLTD仕様が優れているため、高桁数DMMに広く用いられています。高精度向けに、更に多くのリファレンス選択肢があります。
- ADR1399は、LM399より低ノイズで、良好な負荷レギュレーション仕様を備えています。
- ADR1001は、完全統合型超低ドリフトの埋め込みツェナー高精度電圧リファレンスです。LTZ1000で要求されるシグナル・コンディショニング回路全体を1チップに統合することにより、ADR1001は全体ソリューション面積を大幅に削減すると同時に、デザイン・プロセスを単純化します。
- ADR4550Dの出力電圧は5Vで、高い初期精度を持っています。DグレードはA/B/Cグレードに比べ優れたTCおよびLTD仕様を備えています。
これらのリファレンスは全て、高精度シグナル・チェーンに対する良い選択肢となります。
製品の機能 | ADR1001AEZ | LTZ1000ACH | ADR1399 | ADR4550D |
出力電圧 | 6.6V(代表値)5V(精度調整) | 7.2V(代表値)@ Iz = 5mA 7.15V(代表値)@ Iz = 1mA |
7.05V(代表値) | 5 V |
出力電圧ノイズ0.1Hz~10Hz | 0.6μV p-p@ 6.6V 0.7μV p-p@ 5.0 V |
1.2 μV p-p | 1.44 μV p-p | 2.8 μV p-p |
温度係数 | <0.1ppm/ºC @ADR1000コア<0.2ppm/ºC @ バッファ/抵抗の出力 | 0.05 ppm/°C | 0.2ppm/ºC(代表値) 1ppm/ºC(最大値) |
0.8ppm/ºC(最大値) |
初期精度 | ±0.05 V | +0.3 V/–0.2 Vat Iz = 5 mA+0.3 V/–0.25 Vat Iz = 1 mA | 0.25 V/–0.3 V | ±0.02% |
長期ドリフト1000時間 | –4ppm @ 5V –5ppm @ 6.6V |
2 μV√ kHr | 7 ppm/√ kHr | 5 ppm/√ kHr |
パッケージ | 20ピン セラミックLCC | 8ピンTO-5 メタルCAN | TO-46 8ピンLCC | 8ピンLCC |
温度範囲 | -40ºC~+125ºC | -55ºC~+125ºC | 0ºC~70ºC | 0ºC~70ºC |
アンプ
多くのオペアンプでは一部の誤差項はppmレベルですが、全ての誤差項がppmレベルであるようなオペアンプはありません。例えば、チョッパ・アンプはppmレベルのオフセット電圧、DC直線性、低周波数ノイズを実現できますが、入力バイアス電流や周波数の直線性には難点があります。バイポーラ・アンプは、低広帯域ノイズと良好な直線性が可能ですが、入力電流はやはり回路内誤差の原因となる可能性があります。MOSアンプは、バイアス電流が優れていますが、一般に、低周波数でのノイズと直線性の領域に問題があります1。
実際のレベルシフト回路、減衰/ゲイン回路、アクティブ・フィルタ回路では、±5Vの信号に対応すると同時に、1kΩの抵抗環境で動作し1ppmの直線性を実現するアンプに対して、表5に示す基本的なオペアンプ要件があります。
表5に記載したパラメータの他、オフセット・ドリフトおよびLTDも非常に重要です。ADA4522-2およびADA4523-1はセルフ・キャリブレーション回路を備えており、温度によるオフセット電圧ドリフトが小さく(最大0.01μV/ºC)、時間に対してはゼロ・ドリフトです。
注目する信号がチョッパ・アンプのスイッチング周波数付近にあるようなアプリケーションでは、ADA4510-2が、ほとんどのパラメータがシグナル・チェーンのどのポイントでも使用できるほど良好であるため、良い選択候補となります。
特性 | 大きさ | ADA4522 | ADA4523-1 | ADA4510 |
Vnoise | < 6 nV/√ Hz | 5.8 nV/√ Hz | 4.2 nV/√ Hz | 5 nV/√ Hz |
Vnoise (0.1Hz~10Hz) | <1 ppm | 117 nV p-p | 88 nV p-p | 1 μV p-p |
Inoise | < 6 pA/√Hz | 0.8 pA/√Hz | 1 pA/√Hz | 4 fA/√Hzz |
Inoise (0.1Hz~10Hz) | <10 nA | 2.4 pA rms | 3.2 pA rms | 12 fA rms |
Vos(25ºC) | <200 μV | 5 μV max | 5 μV max | 20 μV max |
Vosの最大ドリフト | <0.5 μV/°C | 22 nV/°C | 10 nV/°C | 0.5 μV/°C |
CMRR | >100 dB | 145 dB min | 140 dB min | 121 dB min |
CMRR直線性 | >120 dB | 0.01 μV/V | 0.01 μV/V | 0.3 μV/V |
Ibias(25ºC) | <200 nA | 150 pA max | 300 pA max | 10 pA max |
IbiasとVcmの間の直線性 | <1 nA~5 nA | 2 pA/V | 2 pA/V | 0.2 pA/V |
PSRR | >90 dB | 150 dB | 140 dB | 121 dB |
GBW | >1000 ×信号BW | 2.7 MHz | 5 MHz | 10.4 MHz |
リニア出力電流 | >15 mA | 14 mA | 20 mA | 22 mA |
整合抵抗ネットワーク
整合抵抗ネットワークであるLT5400およびLT5401は、整合した非常に低いTCおよびLTD仕様となっており、これをアンプと併用することで、アプリケーションの様々な要件に従ってアナログ・フロント・エンドのゲインを設定できます。表6にアナログ・デバイセズの整合抵抗ネットワーク製品を示します。LT5400についてはBグレード仕様が記載されています。LT5400のAグレードの方が絶対抵抗マッチング比が優れており、また、その整合したTCおよびLTDはLT5400Bと同じです。
製品番号 | 長期ドリフト(代表値)ppm | 抵抗オーム | 抵抗比 | 抵抗マッチングの温度係数(代表値)ppm/ºC |
LT5401 | 8 | 4 × 350、4 × 700 | 1:2 | 200 m |
LT5400B-1 | 2 | 4 × 10 k | 1:1 | 200 m |
LT5400B-2 | 2 | 4 × 100 k | 1:1 | 200 m |
LT5400B-3 | 2 | 2 × 100 k、2 × 10 k | 1:10 | 200 m |
LT5400B-4 | 2 | 4 × 1 k | 1:1 | 200 m |
LT5400B-5 | 2 | 4 × 1 M | 1:1 | 200 m |
LT5400B-6 | 2 | 2 × 1 k、2 × 5 k | 1:5 | 200 m |
LT5400B-7 | 2 | 2 × 1.25 k、2 × 5 k | 1:4 | 200 m |
LT5400B-8 | 2 | 2 × 1 k、2 × 9 k | 1:9 | 200 m |
MAX5492 | 10k抵抗分圧器 | 1:1~10:1 | 1.5 | |
MAX5490 | 100k抵抗分圧器 | 1:1~100:1 | 1 | |
MAX5491 | 30k抵抗分圧器 | 1:1~30:1 | 2 |
AFE回路(ゲインは固定)
図1は、LTspice®のAFE回路で、±10Vの信号を2.5V ± 2.5Vの差動信号(ADCの許容入力範囲内)に変換します。
- U1およびU3は、AFE回路の入力インピーダンスを増加させるバッファです。
- VCOMは、AFEの出力を正の信号にバイアスする2.5Vを供給します。
- LT5400-7(2 × 1.25k、2 × 5k)は、信号を1/4に減衰して信号をADCの入力範囲内に納めます。
- アンプは、SAR ADCを駆動するためのループ内補償回路として設定されています。
- 青色の曲線(±10V入力)および赤色の曲線(±5V差動出力)はLTspiceによるシミュレーション結果です。
このAFE回路の0.1Hz~10Hzのノイズのシミュレーション結果は32nV rmsで、これは、ADCのノイズである98nV rmsの1/3です。
24時間精度の分析(Ta = 23 ± 1ºC)
精度には、オフセット誤差およびゲイン誤差の2つの誤差タイプが寄与します。オフセット誤差によって、範囲の不確実性が決まり、ゲイン誤差によって読取り値の不確実性が決まります。部品が寄与する絶対誤差は、システム・レベルで補正できますが、温度と時間に関連する誤差は、補正が困難です。
24時間精度は、主として部品の温度関連誤差によって決まり、通常、±(読取り値の% + レンジの%)または±(読取り値のppm + レンジのppm)で仕様規定されます。
オフセット誤差
オフセット誤差による不確実性の寄与は、信号に依存しません。例えば、入力信号が0であるとすると、最終出力の読取り値は、アンプのオフセット・ドリフト誤差によって変動する可能性があります。つまり、アンプのオフセット・ドリフト誤差が範囲の不確実性を誘発します。アンプのオフセット・ドリフトの他、抵抗ネットワークのTC、ADCのゼロ誤差ドリフト、ADCのINLを考慮し分析する必要があります。(ADCのINLは、非直線性のピーク値が不明なため、オフセットの不確実性として取り扱われている点に注意してください。)
図2を用いてLT5400-7の誤差寄与分をシミュレーションします。
- 理論上、入力が0VのときのAFE回路の出力は、0Vであるはずです。
- R8/R9とR1/R7の間のマッチングが1ppmと仮定すると、出力は–0.5μVとなり、–0.1ppmの誤差となります。
- R13/R12とR11/R10の間のマッチングが1ppmと仮定すると、出力は–1.0μVとなり、–0.2ppmの誤差となります。
- LT5400-7の最大抵抗マッチング比のTCが±1ppm/ºCであるとすると、そのオフセット誤差の寄与は±0.2ppm/ºCとなります。
表7に様々な誤差源によるオフセット誤差をまとめます。
- 合計TC誤差 = √(0.0022 + 0.0052 + 0.22 + 0.0072) ≈0.2ppm/ºC。
- 温度の不確実性が±1ºCであることを考慮すると、TCによる合計誤差は0.2ppmです。
- ADCのINL誤差である0.9ppmを合わせると、合計オフセット誤差 = √(0.22 + 0.92) ≈ 1ppmとなります。
誤差源 | 最大値 | オフセット誤差 |
ADA4523のバッファ | ±10Vの範囲で±0.02μV/ºC | ±0.002 ppm/°C |
ADA4523のアッテネータ | ±5Vの範囲で±0.025 μV/ºC | ±0.005 ppm/°C |
LT5400の抵抗マッチング | 1 ppm/°C | ±0.2 ppm/°C |
AD4630のゼロ誤差ドリフト | ±0.007ppm/ºC(代表値) | ±0.007 ppm/°C |
AD4630のINL | ±0.9 ppm | ±0.9 ppm |
ゲイン誤差
ゲイン誤差による不確実性の寄与は、信号に依存します。例えば、入力信号が0であるとすると、最終出力の読取り値は、リファレンスのオフセット・ドリフト誤差によって変動しない可能性があります。つまり、リファレンスのオフセット・ドリフト誤差が読取り値の不確実性を誘発します。リファレンスのオフセット・ドリフトの他、抵抗ネットワークのTC、ADCのゲイン誤差ドリフト、リファレンスのヒステリシス、アンプのCMRRを考慮し分析する必要があります。
図3を用いてLT5400-7が寄与するゲイン誤差をシミュレーションします。
- 理論上、入力が10VのときのAFE回路の出力(OUT+ – OUT–)は、–5Vであるはずです。
- R8/R9とR1/R7の間のマッチングが1ppm、R13/R12とR11/R10の間のマッチングが1ppmと仮定すると、出力は–3.5μVとなり、–1μVのオフセット誤差を差し引くとゲイン誤差は–2.5μVとなります。
- LT5400-7の最大抵抗マッチング比のTCが±1ppm/ºCであるとすると、ゲイン誤差の寄与は±0.5ppm/ºCとなります。
入力が±10V、バッファのVcm変動が±10V、U4のVcm変動が0V~4Vの場合のADA4523-1のCMRRは140dB minで、入力の変動に伴って、限られたCMRRが追加のゲイン誤差を誘発する可能性があります。
温度変化は±1ºCなので、リファレンスの温度ヒステリシスは無視できます。動作温度が広い他のアプリケーションでは、リファレンスのヒステリシス誤差を考慮する必要があります。
表8に様々な誤差源によるゲイン誤差をまとめます。
- 合計TC誤差 = √(0.52 + 0.22 + 0.072) ≈ 0.54ppm/ºC。
- 温度の不確実性が±1ºCであることを考慮すると、TCによる合計誤差は0.54ppmです。
- アンプのCMRR誤差とリファレンスの温度ヒステリシス誤差を合わせると、合計ゲイン誤差 = √(0.542 + 0.12 + 0.12) ≈0.6ppmとなります。
誤差源 | 最大値 | ゲイン誤差 |
LT5400の抵抗マッチング | ±1 ppm/°C | ±0.5 ppm/°C |
ADR1001のTCVOS | ±0.2 ppm/°C | ±0.2 ppm/°C |
AD4630のゲインTC | ±0.07ppm/ºC(代表値) | ±0.07ppm/ºC(代表値) |
ADA4523のバッファのCMRR | 140 dB CMRR | ±0.1 ppm |
ADA4523のアッテネータのCMRR | 140dBに加え誘発された±0.5μV(0V~4VのVcm) | ±0.1 ppm |
ADR1001のヒステリシス | <<1 ppm | <<1 ppm |
分析に基づき、ADA4523-1 + LT5400-7 + AD4630-24 +ADR1001によるシグナル・チェーンでは、推定される24時間精度(Ta = 23 ± 1ºC)は、±(0.6ppm + 1.0ppm)です。表7および表8から、アンプのTC、リファレンスのTC、抵抗マッチングのTC、ADCのINLは全て、システムの精度を向上する上で重要である、と結論できます。
1年精度の分析(Ta = 23 ± 5ºC)
計測器の場合、精度は時間経過と共に低下します。その理由は、部品パラメータが時間経過と共に変化し、不確実性が時間の平方根に比例して増加するためです。計測器の精度は時間と共に示すことが重要です。通常、精度は±(読取り値の% + レンジの%)または±(読取り値のppm + レンジのppm)として仕様規定され、時間は30日、90日、または1年があります。また、動作時の周囲温度は23 ± 5ºCです。
温度によるオフセット誤差およびゲイン誤差
表7を参照すると、次のようになります。
- 合計TC誤差 = √(0.0022 + 0.0052 + 0.22 + 0.0072) ≈0.2ppm/ºC。
- 温度の不確実性が±5ºCであることを考慮すると、TCによる合計誤差は1ppmです。
- ADCのINL誤差である0.9ppmを合わせると、合計オフセット誤差 = √(12 + 0.92) ≈ 1.35ppmとなります。
表8を参照すると、次のようになります。
- 合計TC誤差 = √(0.52 + 0.22 + 0.072) ≈ 0.54ppm/ºC。
- 温度の不確実性が±5ºCであることを考慮すると、TCによる合計誤差は2.7ppmです。
- アンプのCMRR誤差とリファレンスの温度ヒステリシス誤差を合わせると、合計ゲイン誤差 = √(2.72 + 0.12 + 0.12) ≈2.70ppmとなります。
分析に基づき、ADA4523-1 + LT5400-7 + AD4630-24 +ADR1001によるシグナル・チェーンでは、推定される精度(Ta =23 ± 5ºC)は、±(2.70ppm ± 1.35ppm)です。
時間によるオフセット誤差およゲインび誤差
部品が異なればそのLTDの仕様も異なります。1年間を通して動作温度が28ºCであるとすると、アレニウスの式を用いて28ºCでの加速係数を引き出すことができます。加速係数は、以下のとおりです。
Eaは活性化エネルギーで0.68eV、kBはボルツマン定数で8.62 × 10–5eV/K、TopおよびTstressは動作温度およびテスト・ストレス温度(単位:K)です。
LT5400を例にとると、抵抗マッチング比のLTD仕様は、35ºC、2000時間の場合2ppm未満であることがデータシートに示されています。式1を用いると、28ºC、1年間のドリフト値を計算できます。加速係数は、以下のとおりです。
これは、28ºCにおいて2000 × 1.81 = 3629時間のドリフト仕様が2ppm未満であることを意味し、1年(8760時間)後のLT5400のドリフト量は√8760/3629 × 2 ppm = 3.1 ppmとなります。
ADR1001の25ºC、1000時間でのLTD仕様は4ppmで、1年後のADR1001のドリフト量は13ppmとなります。ADR1399の25ºC、1000時間でのLTD仕様は7ppmで、1年後のADR1399のドリフト量は23ppmとなります。
ADA4523-1の平均LTDは0.03μV未満です。
表9は、1年後の28ºCで推定精度は±(13.1ppm + 0.62ppm)であることを示しています。
±(2.70ppm + 1.35ppm)の推定精度(Ta = 23ºC ± 5ºC)を合わせると、最終的な1年精度は±(13.4ppm + 1.5ppm)となります。
誤差源 | 部品の1年間のドリフト | オフセット誤差 | ゲイン誤差 |
ADA4523のバッファ | ±0.03 μV | ±0.003 ppm | |
ADA4523のアッテネータ | ±0.03 μV | ±0.006 ppm | |
LT5400の抵抗マッチング | ±3.1 ppm | ±0.62 ppm | ±1.55 ppm |
ADR1001 | ±13 ppm | ±13 ppm | |
合計 | ±0.62 ppm | ±13.1 ppm |
表10 に、A D A4523-1 + L T5400-7 + A D4630-24 +ADR1001の理論上の精度仕様をまとめます。これは、市販の代表的な7.5桁DMMの仕様と同様のものです。
入力レンジ(V) | 24時間精度(ppm) | 1年精度(ppm) | ノイズ(ppm) | TC(ppm/ºC) | |
ADA4523-1+ LT5400-7 +AD4630-24 +ADR1001 | 10 | 0.6 + 1 | 13.4 + 1.5 | 0.1 | 0.54 + 0.2 |
7.5桁DMM2 | 10 | 8 + 2 | 16 + 2 | 0.1 | 5 + 1 |
まとめ
0.1ppm INL、2MSPSのSARであるAD4630、完全統合型超低ドリフトのADR1001、低ノイズ、ゼロドリフトのADA4523-1、1ppm/ºCのLT5400などの部品を使用することで、シグナル・チェーンが比類のない精度と性能を実現できることを、理論的な分析と計算を通じて実証しました。「計測器アプリケーションにおいて7.5桁の精度を実現する方法:パート2」では、完全な設計ソリューションと測定結果を詳しく説明します。
参考資料
1 Barry Harvey、「ppmレベルの精度のオペアンプ回路は実現できるのか?」アナログ・ダイアログ、Vol. 53、No. 3、2019年7月