要約
本稿では、計測器アプリケーション用の高精度装置を設計する場合に生じる課題について詳しく説明し、直線性の高い逐次比較レジスタ(SAR)A/Dコンバータ(ADC)、完全統合型超低ドリフト高精度リファレンス、クワッド整合抵抗ネットワーク、ゼロドリフト・ロー・ノイズ・アンプで構成された高精度シグナル・チェーン・ソリューションを紹介します。また、「計測器アプリケーションにおいて7.5桁の精度を実現する方法:パート1」で示した測定結果について解説します。
はじめに
様々な高精度装置産業においては、ディスクリート部品で構築されたマルチスロープ積分型ADCを採用する、7.5桁以上の高分解能デジタル・マルチメータ(DMM)に依拠するのが一般的です。これらのADCは、かなり正確な測定を可能にする一方で、その設計とトラブルシューティングのプロセスは、多くの場合、設計を簡素化するために市販のADC集積回路(IC)を選択するほとんどの設計者にとっては、より複雑なものになりがちです。
過去10年間、6.5桁のDMM設計において、24ビット・シグマ・デルタADCが広く用いられました。しかし、7.5桁の精度と直線性を実現する上で、より高性能のADCが制限要因になりました。更に、リファレンス電圧の問題に対処することが、特に埋め込みツェナー電圧リファレンスの場合に、1つの課題を提示しています。極めて低い温度ドリフトを達成するには、複雑な外部シグナル・コンディショニング回路を必要とするためです。
こうした状況は、3相標準器、電磁波測定キャリブレータ、高精度データ・アクイジション(DAQ)システム、ラボ用電子天秤、地震計測器、自動試験装置(ATE)内のソース・メジャー・ユニット(SMU)/パワー・メジャー・ユニット(PMU)など、様々な高精度アプリケーションにあてはまります。
本稿では、直線性の高いSAR ADC、完全統合型超低ドリフト高精度リファレンス、クワッド整合抵抗ネットワーク、ゼロドリフト・ロー・ノイズ・アンプで構成された高精度シグナル・チェーン・ソリューションを紹介します。いくつかの重要な仕様についての実際の測定結果を示すと共に、参考に資するためいくつかの代表的なアプリケーションについて解説します。
ソリューションおよび評価システムの紹介
高精度ソリューションは、7.5桁の高精度シグナル・チェーン・ボードとコントローラ・ボードの2つのボードで構成されます。
- まず、入力信号は、差動モードおよびコモンモードのフィルタリングを行うEMIフィルタを通過します。その後、ADC入力範囲に収まるよう信号を変換するAFEシグナル・コンディショニング回路に進行します。この回路によって、温度に対する極めて低いドリフト、最小限のノイズ干渉、および正確なゲインが確保されます。システムの精度と温度ドリフト特性を確保するため、アナログ・デバイセズのオーブン制御高精度電圧リファレンスであるADR1001を用いて5Vリファンレス電圧をADCに、2.5Vコモンモード電圧をAFE回路に供給します。
- 後続の重要なステップは、コンディショニングした信号を、直線性と高分解能で定評のある、アナログ・デバイセズのAD4630-24に入力することです。
- コントローラ・ボードは、ADCからデータを集め、それをPCに転送します。アナログ・デバイセズのEVAL-AD4630-24のACEソフトウェアを用いて、AD4630(サンプリング・レート、ADCチャンネル、アクイジション・モード)を設定し、ADCのデータを解析します。
図2は、評価システムのセットアップです。直流電源はシグナル・チェーン・ボードに供給される信号を発生し、Zedboardがデータを収集してそれをUSB経由でPCに転送します。
図3は、8.5桁DMMで測定した直流電源の直線性曲線を示すものです。DMMは、読取りレートが500PLC(power line cycle = 電源ライン・サイクル)に設定されています。オフセット誤差とゲイン誤差に対処し、2点キャリブレーションを実施した後、DMMを併用した直流電源の直線性誤差は、±0.1ppmの範囲に収まり、優れた結果を示しています。直流電源によるこのレベルの性能は、7.5桁の高精度シグナル・チェーンの能力を評価するのに非常に適しています。
テスト結果
シグナル・チェーン・ボードの性能を完全に評価するために、ノイズ・テスト、直線性テスト、温度係数(TC)テスト、および24時間精度テストの4ステップでテストを実行しました。
ノイズ・テスト
ボードの性能を評価する最初のステップは、ノイズ特性を評価することで、これは、その後のテストの基盤となるものです。システムのノイズ・レベルが高い場合では、ノイズは測定データの直線性と精度がわずかに変化する原因となり、全体的な性能が低下する原因となる可能性もあります。合計4つのボードを測定しました。2つのボードのAFE回路にはアナログ・デバイセズのADA4522が組み込まれ、他の2つのボードには、ADA4523-1が組み込まれています。特有の実験設定値は次のとおりです。
- ボードの2つの入力端子はグラウンドに短絡します。
- ADCのサンプリング・レートは62.5kHzまたは1MHzで、ADCの平均値レジスタは4096または65536に設定されています。出力レートは15Hzに固定したままです。
- 3サンプルを平均して1つのデータ点を生成します(5Hz、10PLCの読取りレート)。合計50個のデータ点が集められ実効値ノイズを計算します。
ADR1001がこの実験のリファレンスとして機能します。
表1に、これら4つのボードで測定されたノイズを示します。
- ADA4523-1のボードの方が、ADA4522のボードより低ノイズの性能を示しています。ADA4523-1のボードのノイズは、62.5kHzのFSで約500nV rmsとなっており、これは0.05ppmのノイズ(500nV rms/10V)に相当します。
- サンプリング・レートをこれより高めながらも(例えば、62.5kHzの16倍の1MHz)、出力レートを15Hzのまま維持すると、ノイズ・レベルを4倍も低くすることが可能です。これはオーバーサンプリング理論の原理と整合します。
ボード | 合計測定ノイズ(FS = 62.5kHz) | 合計測定ノイズ(FS = 1MHz) |
ボード1(ADA4522) | 727.27 nV | 242.42 nV |
ボード2(ADA4523-1) | 530.73 nV | 122.02 nV |
ボード3(ADA4522) | 818.18 nV | 318.18 nV |
ボード4(ADA4523-1) | 439.39 nV | 121.21 nV |
図4に、読取りレートが10PLCの場合(FS = 1MHz)の、ボード3とボード4の入力に伴う実効値ノイズを示します。
- オレンジ色の曲線は、ADA4523-1のボードの方が低ノイズの性能を持つことを示しています。
- 2つのボードの場合は、全体的な実効値ノイズは、入力に伴って増加しています。これには、2つの重要な要因が考えられます。つまり、(1)入力(VIN)が増加するのに伴い、比(VIN/VREF)が増加し、それによって全体的なシステム・ノイズに対するVREFのノイズの寄与が大きくなることと、(2)入力信号は直流電源で発生したものですが、これは、直流電源の出力実効値ノイズが出力信号振幅と共に増加する可能性があるため、理想的ではないことです。
- 2つの曲線は単調増加ではなく、どちらも同様の特性を示しています。この特性の理由は、直流電源の品質が理想的なものではないことに帰すことができます。
直線性テスト
ADA4522/ADA4523-1 + AD4630-24 + ADR1001の評価
直線性テストでは、ADCは62.5kHzのサンプリング・レートに設定され、平均値レジスタが4096に設定されます。また、出力データ・レートは15Hzで、30サンプルが収集され、平均値が読み取られます。これは100PLCの読取りレートに相当します。
入力として直流電源が±9Vの信号を発生します。この±9Vの入力信号が選択されたのは、ADR1001、ADR1399、ADR4550Dグレードの性能の比較を行うためです。ボード2(ADA4523-1)の結果を表2に示します。
入力電圧(mV) | ADC読取り値 | キャリブレーション後の入力電圧読取り値 | 誤差(ppm) |
9000 | –483369652.3 | –9000 | 0 |
8000 | –429662903.8 | –7999.999873 | 0.0141 |
7000 | –375956223.4 | –7000.001015 | –0.1128 |
6000 | –322249399.4 | –5999.999482 | 0.0576 |
5000 | –268542733 | –5000.000884 | –0.0982 |
4000 | –214835963 | –4000.000357 | –0.0396 |
3000 | –161129232.7 | –3000.00057 | –0.0633 |
2000 | –107422478.8 | –2000.000342 | –0.0379 |
1000 | –53715760.87 | –1000.000785 | –0.0872 |
0 | –8977.033 | 0 | 0 |
0 | –7377.033 | 0 | 0 |
–1000 | 53699320.73 | 999.9992934 | –0.0785 |
–2000 | 107406047.8 | 1999.999132 | –0.0964 |
–3000 | 161112827.2 | 2999.999945 | –0.0061 |
–4000 | 214819567.7 | 4000.000034 | 0.0038 |
–5000 | 268526316.7 | 5000.000282 | 0.0313 |
–6000 | 322232987 | 5999.999065 | –0.1039 |
–7000 | 375939825.3 | 7000.000974 | 0.1083 |
–8000 | 429646511.3 | 8000.000048 | 0.0053 |
–9000 | 483353244.4 | 9000 | 0 |
最初の列は入力電圧、2番目の列はADCの読取り値、3番目の列は、ADCの読取り値に2点キャリブレーションを行った後に得られた測定電圧、4番目の列はフルスケールINL(積分非直線性)誤差です。表2は、全システムのINL誤差が0.11ppmに達することを示しています。
4つの回路ボードの直線性を図5に示します。示されているように、4つの回路ボードのINLは、0.2ppmを超えません。これは、AD4630-24のINLの仕様(代表値)と一致します。0.2ppmの直線性は、現在の7.5桁DMMが示す1.5ppmの直線性に比べ、大幅に良好な値となっています。
次に、ADCを62.5kHzのサンプリング・レートに設定し、平均値レジスタを1024に設定します。また、出力データ・レートは60Hzで、12サンプルを収集し、平均値を読み取ります。これは10PLCの読取りレートに相当します。この設定は通常、図6に示すように、ノイズが大きくなり、INLの結果は±0.32ppmとなります。
ADA4522/ADA4523-1 + AD4630-24 + ADR1399
ADR1399は、アナログ・デバイセズのLM399と同様の性能を持っており、高精度DMMで広く用いられています。ADR1399のADCリファレンスとしての性能を評価するため、ADR1001の出力を切り離します。その代わりに、SMAコネクタを介してADR1399ドータ・ボードをシグナル・チェーン・ボードに接続します。このセットアップは、ADCへの電圧リファレンスとシグナル・コンディショニング回路へのバイアス電圧を供給します。ADR1399の代表的な出力電圧は7Vですが、LT5400-1を用いてADR1399の出力を減衰し、ADCリファレンスとして4.67V、バイアス電圧として2.33Vを得ます。そのようにして、テストでは±9Vの入力電圧が用いられます。
各シグナル・チェーン・ボードには別々のADR1399ドータ・ボードが装着されています。ボード1およびボード2のADR1399のパッケージはLCC、ボード3およびボード4のADR1399のパッケージはTO-46です。
図7に、100PLCでのADR1399のINLの結果を示します。これは±0.3ppmの範囲内に収まっています。ADR1001の0.2ppmのINLと比べると、ADR1399の0.3ppmのINLは若干劣っていますが、それでも代表的な7.5桁DMMの1.5ppmのINLよりは低い値となっています。また、ADR1399のLCCパッケージとTO-46パッケージには、INL測定に関して大きな差はありませんでした。
ADA4522/ADA4523-1 + AD4630-24 + ADR4550D
ADR4550Dドータ・ボードをボード3およびボード4に接続して直線性仕様を測定しました。図8に示すように、INLは±0.4ppmの範囲に収まっています。
温度係数テスト
代表的な7.5桁DMMの温度係数は5ppm + 1ppmで、8.5桁DMMの場合は、0.5ppm + 0.01ppmです。
ADA4522/ADA4523-1 + AD4630-24 + ADR1001
システムの温度係数は100PLCの読取りレートで測定しています。テスト・ボードは恒温装置内に置き、温度は40ºCに設定します。サーモスタットが安定するまで待ってから、直流電源を用いて0V+、5V、9V、0V–、–5V、–9Vに信号を入力し、ACEソフトウェアでADCの読取り値を読み出します。次に、温度を23ºCおよび0ºCに設定し、上記テストを繰り返します。ゲイン誤差とオフセット誤差の温度係数は、次式で計算されます。実際の測定値は、ADCの読取り値に9.313nVを乗じた値である点に注意してください。ADCによる読取り値と入力電圧の間には0.5倍のゲインがあるため、分母は入力電圧の半分になっています。
入力電圧 | ADC読取り値(T = 40°C) | ADC読取り値(T0 = 0°C) | ADCの読取り値誤差 | ppm/°C | 誤差タイプ |
0 V+ | 5655.7 | 5802.767 | 147.067 | 0.0068481749 | オフセット |
5 V | –268593323.267 | –268587481.167 | 5695.033 | 0.5303784233 | ゲイン |
9 V | –483472282.7 | –483461764.133 | 10371.5 | 0.5366098861 | ゲイン |
0 V– | 7360.167 | 7428.9 | 68.733 | 0.0032005521 | オフセット |
–5 V | 268606411.1 | 268600957.167 | –5522.666 | –0.5143258846 | ゲイン |
–9 V | 483485748.533 | 483476016.2 | –9801.066 | –0.5070962648 | ゲイン |
入力電圧 | ADC読取り値(T = 23°C) | ADC読取り値(T0 = 0°C) | ADCの読取り値誤差 | ppm/°C | 誤差タイプ |
0 V+ | 5738. | 5802.767 | 64.367 | 0.0052126076 | オフセット |
5 V | –268590538.167 | –268587481.167 | 2992.633 | 0.4847024544 | ゲイン |
9 V | –483467520.6 | –483461764.133 | 5692.1 | 0.5121790077 | ゲイン |
0 V– | 7348 | 7428.9 | 80.9 | 0.0065514930 | オフセット |
–5V | 268603652.3 | 268600957.167 | –2776.033 | –0.4496207883 | ゲイン |
–9 V | 483480833.567 | 483476016.2 | –4898.267 | –0.4407493775 | ゲイン |
異なるリファレンスを用いたボードの温度係数の結果を図9、図10、図11に示します。
表4に、ADR1001、ADR1399、ADR4550Dの温度係数の結果の比較を示します。前述の精度分析および実験データより、次の点がわかります。
- LT5400がオフセット誤差のTCに寄与します。この面に関しては様々なリファレンスの中で顕著な違いは観測されていない点に注目することが重要です。
- LT5400およびリファレンスがゲイン誤差のTCに寄与します。ADR1001を用いたシグナル・チェーン・ボードが最も良好なTC性能を示しています。ADR1001と比較してADR1399およびADR4550Dは、TCに関しわずかに有効性が低下しています。
ADR1001使用ボード | ADR1399使用ボード | ADR4550D使用ボード | 代表的な7.5桁DMM | 代表的な8.5桁DMM | |
オフセット誤差/レンジ誤差(ppm/ºC) | 0.017 | 0.016 | 0.01 | 1 | 0.01 |
ゲイン誤差/読取り値誤差(ppm/ºC) | 0.59 | 1.12 | 1.44 | 5 | 0.5 |
24時間精度テスト
代表的な7.5桁DMMの24時間精度は8ppm + 2ppmで、8.5桁DMMの場合は、0.5ppm + 0.05ppmです。
ADA4522/ADA4523-1 + AD4630-24 + ADR1001
24時間精度は100PLCの読取りレートで測定しています。まず、テスト・ボードを恒温装置内に置き、温度は23ºCに設定します。サーモスタットが安定するまで待ってから、直流電源を用いて0V+、5V、9V、0V–、–5V、–9Vに信号を入力し、ACEソフトウェアでADCのデータを読み出します。24時間後、このテストを繰り返します。ゲイン誤差およびオフセット誤差の24時間精度を計算するのは、温度係数誤差を判定するのと似ていますが、唯一の違いは、温度変動がない点です。
シグナル・チェーン・ボードの24時間精度の結果を、図12、図13、図14に示します。
表5に、ADR1001、ADR1399、ADR4550Dの24時間精度の結果の比較を示します。前述の精度分析および実験データより、次の点がわかります。
- LT5400がオフセット誤差に寄与し、リファレンスが異なっても顕著な違いは生じません。
LT5400およびリファレンスのLTDがゲイン誤差に影響します。ボードの中で、ADR1001が最も良好な24時間精度性能を示しています。一方、ADR1399およびADR4550Dが示す精度はADR1001に比べ低くなっています。
ADR1001使用ボード | ADR1399使用ボード | ADR4550D使用ボード | 代表的な7.5桁DMM | 代表的な8.5桁DMM | |
オフセット誤差/レンジ誤差(ppm) | 0.07 | 0.09 | 0.2 | 2 | 0.05 |
ゲイン誤差/読取り値誤差(ppm) | 0.55 | 1.84 | 9.23 | 8 | 0.5 |
焦点となるアプリケーション:DMM(デジタル・マルチメータ)
表6に、代表的な高精度DMMを用いたシグナル・チェーン・ボードの仕様比較表を示します。
- ADA4523-1 + AD4630 + ADR1001またはADR1399で測定した性能は、7.5桁DMMを上回っています。
- ADA4523 + AD4630 + ADR1399の24時間精度、直線性、TCは、ADR1001を用いた場合よりも若干劣ります。
- 1年精度は、前述の計算式から求めた理論的な推定値です。リファレンスのLTDは仕様値に大きく影響します。LTDが1年精度に及ぼす影響を軽減するために、実装前や顧客に出荷する前に、部品やボードをベーキング処理します。このプロセスは、部品の早期寿命ドリフトをかなりの程度除去するのに役立ちます。
6.5桁DMM | 7.5桁DMM1 | 7.5桁DMM2 | 8.5桁DMM | ADA4523-1 + AD4630 + ADR1001 |
ADA4523-1 + AD4630 + ADR1399 |
|
桁数 | 6.5 | 7.5 | 7.5 | 8.5 | 7.5 | 7.5 |
入力レンジ(V) | 10 | 20 | 10 | 10 | 10 | 9 |
分解能(ppm) | 1 | 0.1 | 0.1 | 0.01 | 0.05 | 0.05 |
24時間精度(ppm) | 15 + 4 | 7 + 4 | 8 + 2 | 0.5 + 0.05 | 0.55 + 0.07 | 1.84+0.09 |
1年精度(ppm) | 35 + 5 | 24 + 4 | 16 + 2 | 8 + 0.05 | 13.4 + 1.5(理論値) | 23.1 + 1.5(理論値) |
直線性(ppm) | 3 | 3.5 | 1.5 | 0.1 | 0.2 | 0.3 |
ノイズ(ppm) | 1 | 0.1 | 0.1 | 0.01 | 0.05 | 0.05 |
TC(ppm/ºC) | 5+1 | 5+1 | 0.5 + 0.01 | 0.59 + 0.017 | 1.12+0.016 |
実際のDMM装置は、本稿で説明したものより複雑です。実際の装置には、入力保護、電圧、電流、インピーダンスの測定のための回路が加わり、不確実性が増加します。本稿では、特定の部品の性能を例示するため、より単純なシグナル・チェーン・セットアップに焦点を合わせます。設計エンジニアは、高精度装置を作成する際に、これらの結果をリファレンスとして使用できます。
焦点となるアプリケーション:電磁波測定キャリブレータ
電磁波測定器は、圧力計、温度計、プロセス・メータのように、キャリブレーションが必要です。キャリブレータには、高精度DC信号測定モジュールが内蔵されています。下記の表は、表6の7.5桁DMMの場合と同様に、キャリブレータを使用して±10Vの電圧を測定する場合の代表的な仕様を示します。ADA4523-1 + AD4630 + ADR1001/ADR1399 + LT5400を電磁波測定器用高精度キャリブレータに用いることもできます。
範囲 | 読取り | 分解能 | 24時間精度(20 ± 1)ºC | 1年精度(20 ± 1)ºC | TC |
±10 V | 低 | 1 μV | 2 ppm +0.05 ppm | 14 ppm +0.08 ppm | 1 ppm +0.3 μV |
中 | 1 μV | 2 ppm +0.35 ppm | 14 ppm +0.38 ppm | ||
高 | 10 μV | 2.6 ppm +1.05 ppm | 14.6 ppm +1.08 ppm |
焦点となるアプリケーション:3相標準器
単相または3相の電力計および電力量計のテストにおいて、標準器はリファレンスのグレード標準の役割を果たします。これは、正確なテストを行うために、電源周波数(50Hzまたは60Hz)での極めて高い精度を必要とします。表8に、3相標準器の代表的な仕様を示します。ADA4523-1 + AD4630 + ADR1001のシグナル・チェーンの場合、24時間電圧精度とドリフトの仕様は、これらの標準器と同様です。
標準器1 | 標準器2 | ADA4523-1+ AD4630 +ADR1001 | |
基本周波数 | 15Hz~70Hz | 40Hz~1000Hz | 50 Hz |
24時間電圧精度 ドリフトLTD | 40ppm +10ppm0.5ppm/K<15ppm/年 | 12ppm + 8ppm0.4ppm/K15ppm/年 | 14ppm +1ppm0.54ppm/K15ppm/年(理論値) |
焦点となるアプリケーション:高精度データ・ロガー
データ・ロガーは、広い範囲の測定機能および制御機能で用いることができます。様々な振幅と周波数の電圧、熱電対、電流の高精度測定を実現するために、24ビットADCが一般に用いられます。
こうしたデータ・アクイジション・シグナル・チェーンを開発するハードウェア設計者は、通常、様々なセンサーと直接インターフェースできるよう、高い入力インピーダンスを必要とします。この場合、回路を様々な入力信号振幅(ユニポーラまたはバイポーラ、シングルエンドまたは様々なコモンモード電圧の差動)に適応させるために、多くの場合、プログラマブルなゲインが必要です。PGIA(プログラマブル・ゲイン計装アンプ)の多くは、シングルエンド出力で構成されているため、完全差動型の高精度SARアーキテクチャに基づくシグナル・チェーンをフル速度で直接駆動することはできず、少なくとも1つのシグナル・コンディショニング段またはドライバ段が必要となります。
図15に、PGIA AFEソリューション1を示します。
- TC仕様が優れていることから、ADA4523-1およびLT5400/LT5401が選択されています。
- ADG5234は容量が低いために用いられています。
- 初段のゲインは1または5で、2段目のゲインも1または5です。ADG5234を切り替えることで、合計ゲインを1、5、または25にできます。
- 最終段はADA4523-1およびLT5401で構成され、信号をADCの入力範囲に収まるよう減衰します。
- AD4630-24およびADR4550Bと組み合わせると、このシグナル・チェーンを高精度データ・ロガー・アプリケーションで用いることができます。
表9に、様々な入力レンジおよび出力データ・レート(ODR)に対するノイズ仕様を示します。0ºC~40ºCの動作温度範囲での代表的な精度仕様は±400ppm + 2μVです。ADA4523-1、AD4630、ADR4550B/LTC6655LNの組み合わせで、特に±5000mVのレンジと±1000mVのレンジで、ノイズ・レベルは大幅に低下しています。
ODR(Hz) | レンジ(mV) | 従来のデータ・ロガーの実効値ノイズ(μV) | PGIA回路1のRTI実効値ノイズ(μV)(ADR4550B) | PGIA回路1のRTI実効値ノイズ(μV)(LTC6655LNB) |
15000 | ±5000 ±1000 ±200 |
11.8 2.6 1.0 |
3.3 1.08 0.93 |
3.0 1.08 0.93 |
50 | ±5000 ±1000 ±200 |
0.88 0.2 0.08 |
0.15 0.07 0.06 |
0.15 0.06 0.06 |
5 | ±5000 ±1000 ±200 |
0.28 0.07 0.03 |
0.08 0.03 0.02 |
0.08 0.03 0.02 |
更に、このシグナル・チェーンでは、INLおよび精度が卓越しています。表10を見ると、ADA4523-1 + AD4630 +ADR4550B/LTC6655LNで実現される精度は、従来のデータ・ロガーで一般的な仕様値である400ppmより10倍良好な値となっています。
INL(0ºC~40ºC)(ADR4550B) | INL(0ºC~40ºC)(LTC6655LNB) | TC精度(ADR4550B) | TC精度(LTC6655LNB) | |
Gain = 1 | 0.39 ppm | 0.24 ppm | ±(42 ppm + 2.9 ppm) | ±(54 ppm + 6.1 ppm) |
Gain = 5 | 0.16 ppm | 0.12 ppm | ±(45 ppm + 4.6 ppm) | ±(54 ppm + 5.4 ppm) |
Gain = 25 | 1.31 ppm | 2.26 ppm | ±(48 ppm + 14 ppm) | ±(58 ppm + 14 ppm) |
もう1つのPGIA AFEソリューションを図16に示します。ここでは、2つの段を用いてアンプからノイズを低減しています。この回路は、異なるLT5400-X部品を用いることで様々なゲイン・オプションが可能になっています。それにより、ユーザは特定の要件に応じて様々なゲインを設定できます。
- マルチプレクサのS1Aを接続した場合、ゲイン = 1
- マルチプレクサのS3Aを接続した場合、ゲイン = 5
- マルチプレクサのS2Aを接続した場合、ゲイン = 21
表11に、PGIA回路1および回路2の入力換算(RTI)実効値ノイズを比較して示します。回路2の方が高ゲインかつ高ODR時のノイズが低くなっています。直線性とTCのテスト結果はどちらのPGIA回路も同様です。
ODR (Hz) | ゲイン | PGIA回路1のRTI実効値ノイズ(μV) | PGIA回路2のRTI実効値ノイズ(μV) |
19000 | 1 25または21 |
3.31 1.08 |
3.37 0.82 |
50 | 1 25または21 |
0.155 0.058 |
0.159 0.051 |
5 | 1 25または21 |
0.083 0.018 |
0.085 0.018 |
まとめ
DMMなどの高精度計測器アプリケーションでは、シグマ・デルタADCが広く用いられています。しかし、INL仕様に限界があるため、高い直線性と精度を実現するのは困難な課題になる可能性があります。更に、埋め込みツェナー電圧リファレンスを用いる場合の複雑な外部シグナル・コンディショニング設計は、確立した製品の性能を向上しようとする開発者にとってボトルネックとなります。
0.1ppm INL、2MSPSのSARであるAD4630-24、完全統合型超低ドリフトのADR1001、低ノイズ、ゼロドリフトのADA4523-1、1ppm/ºCのLT5400などの部品を使用することで、アナログ・フロントエンドのシグナル・チェーンは、0.6ppmの24時間精度、0.2ppmの直線性、0.05ppmのノイズ、0.6ppm/ºCの温度係数という、傑出した仕様値を達成できます。これらの実測定による結果は、このシリーズ記事のパート1で示した理論的解析および計算と非常に良く一致しています。このことは、このシグナル・チェーンが、DMM、電磁波測定キャリブレータ、3相標準器、高精度データ・ロガーなど、各種高精度アプリケーションに適していることを示唆しています。
参考資料
Harvey, Barry、「ppmレベルの精度のオペアンプ回路は実現できるのか?」アナログ・ダイアログ、Vol. 53、No. 3、2019年7月
Pachchigar, MaithilおよびNeeko Garlitos、「プログラマブル・ゲイン機能を備える計装アンプの設計、広帯域/ 高精度のシグナル・チェーンに対応するには?」アナログ・ダイアログ、Vol. 56、No. 4、2022年10月