pHEMTのパワー・アンプに最適なアクティブ・バイアス・ソリューション

概要

pHEMT(Pseudomorphic High Electron Mobility Transistor)は、ドレイン‐ソース間の抵抗が0Ωに近い空乏型(デプレッション型)のトランジスタです。このような特性を備えていることから、スイッチング周波数が高くても高いゲインを実現できます。但し、ドレインのチャンネルの導電性が高いことから、ゲートとドレインのバイアスを適切なシーケンスで供給/遮断しなければ、デバイスのバーンアウトが生じるおそれがあります。本稿では、デプレッション・モードで動作するpHEMTのRFアンプに最適なバイアス方法を紹介します。デプレッション・モードのFET(Field Effect Transistor)には、負のゲート電圧が必要です。また、そのオン/オフ動作は適切なパワー・シーケンスを適用して実行する必要があります。本稿では、ゲート電圧が固定のバイアス回路とドレイン電流が固定のバイアス回路を例にとり、両者の比較を行います。また、バイアス回路のノイズとスプリアスがRF性能に及ぼす影響について詳しく解説することにします。

はじめに

まずは図1をご覧ください。これは、デプレッション・モードで動作するpHEMTのRFアンプの概要を示したものです。このアンプでは、ゲートにRF信号を入力し、ドレインから出力を得ます。その出力は、ACカップリング・コンデンサに入力されます。それにより、RF信号がドレインとゲートのDCバイアス電圧から分離されます。メインの電源電圧は、インダクタを介してFETのドレインに印加されます。

図1. デプレッション・モードのRFアンプのアーキテクチャ
図1. デプレッション・モードのRFアンプのアーキテクチャ

デプレッション・モードのデバイスには重要な特性があります。それは、ゲート電圧が0Vの場合にドレイン‐ソース間の抵抗値が0Ωに近くなるというものです。そのため、その種のデバイスを適切に動作させるには、ゲートに負の電圧を印加する必要があります。図1の例では、その電圧が内蔵インダクタを介して印加されています。

このバイアス方法には1つの欠点があります。それは、2つの電源を同時にオンにすることはできないというものです。ドレイン用のバイアス電圧をゲート用のバイアス電圧よりも先に印加すると、ドレイン電流が急に増加し、直ちにバーンアウトが発生してしまいます。従って、ゲート用の負のバイアス電圧を先に印加し、チャンネルをピンチオフしなければなりません。図1のRFアンプは、表1に示した手順に従ってオン/オフ制御を行う必要があります。

表1. デプレッション・モードのアンプの制御手順
パワーオンのシーケンス パワーオフのシーケンス
1. 負の電圧をゲートに印加し、ゲートをピンチオフ・モードに移行させます。 1. RF信号を停止します。
2. レインに正の電圧を印加します。 2. ゲートの電圧を低下させて(絶対値を大きくする)、ゲートをピンチオフさせます。
3. ゲートの電圧をより高い値に設定し、静止電流が流れる状態に移行させます。 3. ドレイン電圧を0Vに低下させます。
4. RF信号を印加します。 4. ゲート電圧を0Vに上昇させます。

実際には、ピンチオフの操作は省略可能です。例えば、正常な動作に必要な最終的なゲート電圧が既知であれば、ピンチオフの操作を省略し、直ちにその電圧を印加しても構いません。

固定のゲート電圧を生成するバイアス回路

図2に示したのは、デプレッション・モードのRFアンプに適用されるパワー・マネージメント回路の例です。この回路は、値が固定のゲート電圧を生成し、それを維持するために使用されます。また、スイッチング・レギュレータ、LDO(低ドロップアウト)レギュレータ、負荷スイッチを使用することでドレイン電圧も生成します。ゲート電圧の生成には、インターリーブ型反転チャージ・ポンプ「ADP5600」を使用しています。これは、電圧インバータとLDOレギュレータを内蔵する製品です。ドレイン電流の値は、負電圧を生成するそのLDOレギュレータ用のフィードバック抵抗によって設定されます。適切なパワー・シーケンスによって安全を確保するために、スイッチング・レギュレータのイネーブル(EN)ピンには、負電圧ジェネレータのパワー・グッド(PGOOD)信号が接続されています。それにより、ドレイン電圧よりも先に負のゲート電圧が得られることを保証しています。

図2. 値が固定のゲート電圧を生成するバイアス回路
図2. 値が固定のゲート電圧を生成するバイアス回路

この回路の最大の欠点は、RFアンプのVGATEとIDRAINの関係において、部品間のばらつきが考慮されていないことです。(ゲート電圧の値が固定だと仮定した場合)ドレイン電流の部品間のばらつきは非常に大きく、回路ごとにドレイン電流の値が異なる可能性があります。通常、ドレイン電流のばらつきは、圧縮(OP1dB)と3次相互変調歪み(OIP3)に影響を及ぼします(ゲインも影響を受けますが、両者よりもその度合いは小さくなります)。ただ、この方法にも長所はあります。その1つは、ドレイン電流がRF入力とRF出力の電力に基づいて増減することです。RFの入力電力が少なければ消費電力は少なくなり、同電力が多ければ消費電流も多くなります。

アクティブ・バイアス制御

図2の方法に代わるものとして本稿で紹介するのが、アクティブ・バイアス制御という手法です。その方法では、固定のゲート電圧を供給するのではなく、固定のドレイン電流を実現します。図3に示したのがその実装例です。この制御回路の主要な構成要素は、降圧レギュレータ「LT8608」とアクティブ・バイアス・コントローラ「HMC920」の2つです。HMC920は、電流量を測定しつつゲート電圧を変化させることでドレイン電流の値を調整します。それにより、RF入力の条件が異なる場合でも電流の値を固定値に保つことができます。このICは、3V~15Vのドレイン電圧とトータルで最大500mAのドレイン電流に対応できます。

図3. アクティブ・バイアス制御回路。値が固定のドレイン電流を生成します。
図3. アクティブ・バイアス制御回路。値が固定のドレイン電流を生成します。

HMC920は、高電圧、大電流に対応するリニア・レギュレータを内蔵しています。このレギュレータは、3V~15Vの正の電圧と最大500mAの電流を供給できます(LDOCCピン)。その出力は、同ICが内蔵するMOSFET(スイッチ)を介してVDRAINポート(VDRAINピン)に接続されています。このMOSFETは、パワー・シーケンスを実現するために使用されます。LDOレギュレータのフィードバック抵抗R5とR8の値は、パワー・アンプに所望のドレイン電圧を設定するために、以下の式に従って調整する必要があります。

数式 1

ここで、VDRAINは所望のドレイン電圧、IDRAINは所望のドレイン電流です。0.5という定数は、内蔵MOSFETのオン抵抗RDS(ON)の値です。

HMC920が内蔵するチャージ・ポンプは、負の電圧VGATEを生成します。同ICは、RSENSEに生じる電圧の値を検出することによって、ドレイン電流の値を把握します。そして、その値に応じてVGATEの値を変化させます。なお、ドレイン電流を設定するためには、以下の式に従って、RSENSE(R4とR19)の値を決定する必要があります。

数式 2

HMC920に電源電圧VDDを印加して起動させると、ENピンに信号が送信されて制御ループが機能し始めます。当初、VDRAINはグラウンドに短絡することで強制的にゼロに設定されています。一方、VGATEは、最初はVNEGの最小電圧の値に設定されています。この状態から、ドレイン電圧VDRAINは設定された値まで上昇します。RSENSEでは電圧降下が生じ、それに応じてコントローラがゲート電圧を変化させます。ターンオフする際には、論理レベルのローの信号がENピンに送信されます。VGATEがVNEGまで低下することによってアンプがオフになり、VDRAINがゼロまで低下します。最終的に、VGATEはゼロに達します。このサイクルによって、デプレッション・モードのアンプを安全に動作させるための適切なパワー・シーケンスが実現されます。HMC920は、過電流/低電流に対応するアラーム機能、短絡保護機能、電力フォールドバック機能といった安全を確保するための機能も備えています。これらの機能の詳細については、同ICのデータシートをご覧ください。

HMC920は、広帯域に対応する低ノイズ・アンプ「ADL8106」に最適なパワー・マネージメント・ソリューションとして実装されています。ADL8106は、20GHz~54GHzに対応する製品です。公称ドレイン電圧は3V、静止ドレイン電流は120mAとなっています。図4、図5は、図3の回路を使用した場合の起動時/停止時の様子を示したものです。

図4. 起動時のパワー・シーケンス。VDDを供給すると、ENがハイになって制御ループが機能し始めます。まずVGATEがターンオンし、続いてVDRAINがターンオンします。
図4. 起動時のパワー・シーケンス。VDDを供給すると、ENがハイになって制御ループが機能し始めます。まずVGATEがターンオンし、続いてVDRAINがターンオンします。
図5. 停止時のパワー・シーケンス。VDDの供給を停止すると、ENがローになります。VGATEは再びVNEGの最小値まで低下し、VDRAINはゼロまで低下します。最終的にVGATEもゼロに達します。
図5. 停止時のパワー・シーケンス。VDDの供給を停止すると、ENがローになります。VGATEは再びVNEGの最小値まで低下し、VDRAINはゼロまで低下します。最終的にVGATEもゼロに達します。

ノイズとスプリアスの抑制

通常、RFアンプの出力にはスプリアスとノイズが含まれています。そのレベルは、HMC920の出力ノイズとスプリアスに加え、RFアンプのPSMR(Power Supply Modulation Ratio:電源変調比)に依存します。図6は、スイッチング・レギュレータ(LT8608)の入力とVDRAIN/VGATEの出力ポートにおける電源電圧変動除去比(PSRR)の関係を示したものです。図7と図8には、VGATEとVDRAINの出力スペクトルを示しました。これらの図には、ADL8106のPSMRに基づいて許容できる最大出力ノイズとスプリアスのプロットも示してあります。パワー・マネージメント回路によってRFアンプの性能が損なわれることがあってはなりません。そのため、パワー・マネージメント回路からの出力ノイズとスプリアスは許容レベルを下回っている必要があります。これらのパラメータに関する理論、測定、計算の詳細については、連載記事「シグナル・チェーン用の電源システムを最適化する」をご覧ください。

図6. LT8608とHMC920を組み合わせた場合のPSRR。VDDが5V、VDRAINが3V、IDQが120mA、VGATEが-0.64Vという条件で評価を実施しました。
図6. LT8608とHMC920を組み合わせた場合のPSRR。VDDが5V、VDRAINが3V、IDQが120mA、VGATEが-0.64Vという条件で評価を実施しました。
図7. HMC920のVDRAINの出力スペクトル。ADL8106の最大許容ノイズもプロットしてあります。
図7. HMC920のVDRAINの出力スペクトル。ADL8106の最大許容ノイズもプロットしてあります。
図8. HMC920のVGATEの出力スペクトル。ADL8106の最大許容ノイズもプロットしてあります。
図8. HMC920のVGATEの出力スペクトル。ADL8106の最大許容ノイズもプロットしてあります。

外付けの負電圧ジェネレータを使用する

図3の例では、HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータを使用して負のゲート電圧を生成していました。これについては、外付けの負電圧(負電圧ジェネレータ)を使用することも可能です。図9に示したのは、ゲート電圧を得るための負の電源としてADP5600(インバータと負電圧に対応するLDOレギュレータ)を使用する場合の構成例です。このようにすると、HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータを使用する場合と比べてノイズ指数が少し低下し、ゲインが高くなります。

図9. 負電源としてADP5600を使用する場合の構成例
図9. 負電源としてADP5600を使用する場合の構成例
図10. ADL8106のノイズ指数。HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータを使用する場合と外付けの負電圧ジェネレータを使用する場合を比較しています。
図10. ADL8106のノイズ指数。HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータを使用する場合と外付けの負電圧ジェネレータを使用する場合を比較しています。
図11. ADL8106のゲイン。HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータを使用する場合と外付けの負電圧ジェネレータを使用する場合を比較しています。
図11. ADL8106のゲイン。HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータを使用する場合と外付けの負電圧ジェネレータを使用する場合を比較しています。

この手法の実際のノイズ性能も、外付けの負電圧ジェネレータから生じる出力ノイズに依存します。図7、図8に示したように、HMC920を外付けVNEGモードで使用する場合にも、生成されるノイズ/スプリアスは許容できる最大電圧リップルを下回ります。このモードを活用するには、VNEGFBピンをグラウンドに接続し、負電圧ジェネレータのフィードバック制御を無効にする必要があります。なお、エンハンスメント型のRFアンプ(ゲート電圧が正)を使用する場合には、VNEGFBピンとVGATEFBピンの両方をグラウンドに接続しなければなりません。

まとめ

デプレッション・モードのガリウム・砒素(GaAs)アンプ(pHEMTベースのRFアンプ)は、広い帯域幅と広いダイナミック・レンジを提供します。このことから、その種のアンプはRFアプリケーションで広く使用されています。但し、その場合には負のバイアス電圧を用意する必要があります。また、適切なパワー・シーケンスを適用しなければなりません。アンプにバイアスを供給する方法としては、値が固定の負のゲート電圧を生成する回路を使用することができます。この方法を採用した場合、RF出力のレベルに応じて消費電流が動的に変化することが長所になります。本稿では、ドレイン電流の値を固定しつつ、低ノイズのドレイン電圧とゲート電圧を生成する回路を紹介しました。それらの電圧を安全なシーケンスで適用できるようにすれば、RFアンプ本来の性能が損なわれることはありません。また、値が等しいドレイン電流で駆動することになるため、デバイス間の性能ばらつきの影響を抑えることが可能です。但し、この方法では、RF電力のレベルに関わらずドレイン電流の値が固定であることが欠点になり得ます。この手法では、所望の最大出力電力レベルが得られるように、ドレイン電流の値を十分に高く設定しなければなりません。ただ、その値が高すぎると、電流を無駄に消費してしまうことになります。つまり、その値を決定する際には、十分な注意と考察が必要です。また、HMC920が内蔵する負電圧ジェネレータをオーバーライドするために、外付けの負電圧ジェネレータを使用することも可能です。但し、それによるノイズの改善効果はごくわずかにとどまります。

著者

Gweneivere Lasay

Gweneivere Lasay

Gweneivere Lasay graduated from Mapua University in 2017 with a bachelor’s degree in electronics engineering. She has more than 4 years of professional experience in the field of power semiconductors and SMPS design. She joined Analog Devices in March 2022 as a product applications engineer with the RF and High Speed Power Attach Group.