アプリケーションに最適な MEMS 加速度センサー の選択【Part 1】

はじめに

加速度センサーを使用すれば、加速度そのものに加えて、傾き、振動、衝撃などを計測することができます。そのため、ウェアラブル型のフィットネス機器から産業用プラットフォームの安定化システムに至る、さまざまなアプリケーションで使われています。製品の選択肢は数百種にも及び、性能とコストの幅はかなり広範囲にわたります。このことから、アプリケーションに最適な製品を選択する作業は容易ではなくなります。そこで、本稿では、Part 1、Part 2 の 2 回に分けて、その選択方法について解説します。Part 1 となる今回は、設計時に最適な加速度センサーを選択するために、設計者が知っておかなければならない主要なパラメータや機能について説明します。また、加速度センサーの性能が傾斜や安定化を扱うアプリケーションにどのような影響を及ぼすのか解説を加えます。なお、Part 2 では、アプリケーションの例として、ウェアラブル機器、状態基準保全(CBM: ConditionBased Monitoring)、IoT(Internet of Things)を取り上げる予定です。

これまで主に圧電式の加速度センサーなどが使われていたアプリケーションにおいて、MEMS( Micro ElectroMechanical Systems) をベースとする容量性の加速度センサーが使用されるようになってきました。次世代のMEMSセンサーは、CBM、構造ヘルス・モニタリング(SHM: Structural Health Monitoring)、アセット・ヘルス・モニタリング(AHM: Asset Health Monitoring)、バイタル・サイン・モニタリング(VSM: Vi t a l Si g nMonitoring)、そして IoT に対応するワイヤレス・センサー・ネットワークなどのアプリケーションに対するソリューションとなります。しかし、あまりにも多くのアプリケーションと加速度センサー製品が存在することから、適切なものを選択するうえで混乱が生じてしまうケースが多々あります。

加速度センサーの種類について明確な定義は存在しません。表 1 は、加速度センサーの分類として一般的だと考えられる内容をまとめたものです。いくつかのカテゴリと、それに対応するアプリケーションの例を示しています。帯域幅と重力加速度(単位は g)の測定レンジ(以下、g レンジ)の値は、各アプリケーションで標準的に使われている加速度センサーの一般的な値です。

表 1. 加速度センサーのグレードと標準的なアプリケーション分野
加速度センサーのグレード 主なアプリケーション 帯域幅 g レンジ
民生 モーション、静的加速 0 Hz 1 g
車載 衝突/安定化 100 Hz <200 g/2 g
産業 プラットフォームの安定化/傾き 5 Hz ~ 500 Hz 25 g
軍用 兵器/航空機のナビゲーション <1 kHz 8 g
ナビゲーション 潜水艦/航空機のナビゲーション >300 Hz 15 g

図 1 は、MEMS 加速度センサーの分類とそれぞれに対応するアナログ・デバイセズの製品についてまとめたものです。ここでは、特定のアプリケーションで重要な意味を持つ仕様と、機能/集積度のレベルに基づいて分類しています。本稿では、次世代の加速度センサー製品に注目することにします。それらの製品は、高度な MEMS構造、信号処理、そして世界水準のパッケージ技術を採用しています。それにより、消費電力を抑えつつ、より高額でニッチなデバイスに匹敵する安定性とノイズ性能を達成しています。以下では、そうした加速度センサーの性質やその他の重要な仕様について、アプリケーションとの関連性を示しながら詳しく説明します。

Figure 1
図 1 . アナログ・デバイセズが提供する M EMS 加速度センサーとアプリケーションの関係

傾斜や傾きの検知

重要な仕様: バイアス安定性、オフセットの温度ドリフト、ノイズ、再現性、振動整流、交差軸感度

振動や衝撃などの要因が存在する環境(以下、動的な環境)において、傾斜の検知を高い精度で実現するというのは、容量性の MEMS 加速度センサーにとっては要件が厳しいと言えます。容量性の MEMS 加速度センサーを使用して、動的な環境で 0.1° という傾きの測定精度を達成するのは非常に困難です。1° 以上なら十分に達成可能ですが、1° 未満になると難易度が高くなります。加速度センサーによって傾斜を効果的に測定するには、センサーの性能とアプリケーションの稼働環境について十分に理解する必要があります。なお、振動や衝撃が基本的に存在しない静的な環境では、動的な環境と比べて測定条件ははるかに良好になります。逆に言うと、振動や衝撃は、傾きの測定に悪影響を及ぼし、測定データに大きな誤差を生じさせる恐れがあるということです。傾きを測定する場合に最も重要な仕様は、オフセットの温度係数、ヒステリシス、ノイズ、短期/長期の安定性、再現性、そして良好な振動整流です。

ゼロ g バイアスについては、その精度、ハンダ付けに起因するシフト、プリント回路基板を備える筐体のアライメントに起因するシフト、温度係数などが考慮すべき事柄になります。これらに加え、感度の精度と温度係数、非直線性、交差軸感度などの誤差も観測が可能です。したがって、これらについては組み立て後にキャリブレーションを実施することによって影響を抑制できます。一方、ヒステリシス、経時に伴うゼロ g バイアスのシフト、経時に伴う感度のシフト、湿度に起因するゼロ g バイアスのシフト、経時に伴う温度の変化に応じたプリント基板の反りやねじれなどで生じる誤差には、キャリブレーションでは対処することができません。したがって、現場である程度の保守作業を行うことで誤差を低減する必要があります。

アナログ・デバイセズが提供する加速度センサーは、汎用的な MEMS 製品(品番は ADXLxxx)と iSensor®(品番は ADIS16xxx)という特殊用途向けの製品に分類することができます。iSensor という名称は、インテリジェントなセンサーを意味しています。その名のとおり、集積度が高いプログラマブルな製品(自由度は 4° ~ 10°)であり、動的な環境で稼働する複雑なアプリケーションにも適用できます。これらはプラグアンドプレイ方式のソリューションです。このソリューションには、工場から出荷される際に実施される完全なキャリブレーション、内蔵補償機能、信号処理機能が含まれています。これらにより、現場で保守を行う際、各種の誤差の多くを解決し、設計と検証の負担を大幅に軽減することができます。工場から出荷する際に行われる徹底的なキャリブレーションでは、センサーのシグナル・チェーン全体の感度とバイアスを動作温度範囲(一般的には -40°C ~ 85°C)の全体にわたって評価します。その結果、個々のデバイスに対応して、正確な測定を行うための補正式が得られます。この出荷時のキャリブレーションによって、システム・レベルのキャリブレーションは大幅に簡素化されるか、全く不要になります。

iSensor の各製品は、特定のアプリケーションを想定して設計されています。例えば、図 2 に示した「ADIS16210」は、傾斜の検知向けに設計/調整されており、そのままの状態で 1° 未満の相対精度が得られます。同製品が内蔵する信号処理機能とユニット単位のキャリブレーション機能によって、最適な精度が実現されるからです。なお、iSensor 製品については、後ほど詳しく説明します。

Figure 2
図 2 . 高精度の 3 軸傾斜センサー「ADIS16210」

最新世代の加速度センサーとしては「ADXL355」などが挙げられます。そのアーキテクチャは、傾斜の計測、状態監視、SHM、慣性計測や姿勢計測などのアプリケーションにも対応できるように、より多くの機能を利用できるものになっています。特定の用途に向けたものではありませんが、豊富な機能を備える集積度の高い回路ブロックで構成されています(図 3)。

Figure 3
図 3 . 低ノイズ、低ドリフト、低消費電力の 3 軸 M EMS加速度センサー「ADXL355」

以下では、汎用の加速度センサーである「ADXL345」と次世代の加速度センサーである ADXL355 を比較します。ADXL355 は、低ノイズ、低ドリフト、低消費電力であることを特徴とします。IoT アプリケーションのセンサー・ノードや傾斜計など、広範な用途に対して理想的な製品となります。ここでは、傾斜計測のアプリケーションにおける誤差の要因について比較し、どのような誤差であれば補償/除去が可能であるかを示します。表2 は、民生グレードの加速度センサーである ADXL345の理想状態での性能と、傾きの測定誤差の見積もり値を示したものです。ここでは、温度は 25°Cで一定であると仮定しています。ただ、できるだけ高い精度を得ようと思うなら、温度を安定化するか補償するための何らかの手段を適用することが不可欠です。完全には補償できない誤差の要因としては、オフセットの温度ドリフト、バイアスのドリフト、ノイズが挙げられます。一般的に、傾斜計測のアプリケーションに必要な帯域幅は 1 kHz 未満です。帯域幅を抑えればノイズを低減することができます。

表 2. ADXL345 の誤差の見積もり値
センサーのパラメータ 性能 条件/備考 標準的な誤差の見積もり値(重力加速度と傾き)
ノイズ ノイズX/Y 軸、290 µg/√(Hz) 帯域幅: 6.25 Hz 0.9 mg 0.05°
バイアス・ドリフト アラン偏差 X/Y 軸、短期間(10 日間程度) 1 mg 0.057°
初期オフセット 35 mg 補償なし 35 mg
補償あり 0 mg
誤差 補償なし 帯域幅: 6.25 Hz 36.9 mg 2.1°
誤差 補償あり 帯域幅: 6.25 Hz 1.9 mg 0.1°

表 3 は、ADXL355 の性能を同様の指標で示したものです。短期間でのバイアスのシフトについては、ADXL355のデータシートに記載されているルート・アラン分散曲線から見積もった値を示しました。25°Cにおいて、補償後の精度は汎用の ADXL345 の場合で 0.1° と見積もることができます。これに対し、産業グレードの ADXL355 では見積もり値が 0.005° となります。ADXL345 と ADXL355を比較すると、大きな誤差要因であるノイズは 0.05° から0.0045°、バイアス・ドリフトは 0.057° から 0.00057° へと大幅に低減していることがわかります。つまり、容量性の MEMS 加速度センサーの性能はノイズとバイアス・ドリフトの面で大きな進化を続けているということです。その結果、動的な環境において、従来よりもはるかに高い精度を達成できるようになっています。

表 3. ADXL355 の誤差の見積もり値
センサーのパラメータ 性能 条件/備考 標準的な誤差の見積もり値(重力加速度と傾き)
ノイズ X/Y 軸、290 µg/√(Hz) 帯域幅: 6.25 Hz 78 µg 0.0045°
バイアス・ドリフト アラン偏差 X/Y 軸、短期間(10 日間程度) <10 µg 0.00057°
初期オフセット 25 mg 補償なし 25 mg 1.43°
補償あり 0 mg
トータルの誤差 補償なし 帯域幅: 6.25 Hz 25 mg 1.43°
トータルの誤差 補償あり 帯域幅: 6.25 Hz 88 µg 0.005°

1° 未満の精度が求められるアプリケーションでは、必要な性能を達成するためにグレードの高い加速度センサーを選択することが極めて重要です。アプリケーションの精度は、アプリケーションの稼働条件(大きな温度の変化や振動)や、選択するセンサーのグレード(民生、産業、軍用など)によって異なります。例えば、ADXL345で 1° 未満の精度を達成するには、かなりの補償とキャリブレーションを施す必要があります。その結果、システムを稼働するために必要な作業とコストが増大します。稼働環境における振動の大きさや温度の変動量によっては、必要な精度を得ることが不可能であるケースもありえます。例えば、25°C ~ 85°Cの温度範囲に対してオフセットの温度ドリフト係数は 1.375° となり、すでに精度が 1° 未満という要件から外れていることになります。

Equation 1

一方、ADXL355 の場合、25°C ~ 85°Cにおけるオフセットの温度ドリフト係数は最大で 0.5° です。

Equation 2

ADXL354 と ADXL355 の再現性は X 軸と Y 軸で±3.5mg/0.2° 、Z 軸で±9 mg/0.5° です。これらは、使用期間を10年として見積もった値です。高温動作寿命試験(HTOL: High Temperature Operating Life Test)は、周囲温度が 150°C、電源電圧が 3.6 V という条件で 1000時間にわたって行い、温度サイクルは -55°C ~ 125°C、1000 サイクルとし、速度ランダム・ウォーク、広帯域ノイズ、温度ヒステリシスに起因するシフトを含んでいます。両センサーを使えば、あらゆる条件下において再現性のある傾きの測定が行えます。過酷な環境で大掛かりなキャリブレーションを実施することなく誤差を最小限に抑えられることに加え、配備後のキャリブレーションの必要性を最小限に抑えることも可能です。ADXL354と ADXL355 では、温度に対する安定性も保証されています。0 g オフセットの温度係数は最大で 0.15 mg/°Cです。安定性が高ければ、キャリブレーションと試験に伴う労力と費用を抑えられます。機器メーカーにとっては、より高いスループットを達成できることになります。また、ハーメチック・パッケージを採用していることから、工場からの出荷後も長期にわたって再現性と安定性が確実に維持されます。

一般に、振動整流誤差(VRE: Vibration RectificationError)に対する再現性と耐性については、性能が低く見えてしまう恐れがあることから、データシートには記載されません。例えば、ADXL345 は民生アプリケーション向けの汎用加速度センサーです。実は、民生用製品の設計者にとって、VRE は特に重要な項目ではありません。一方、慣性航法のアプリケーションや傾斜計測のアプリケーション、特に振動の激しい環境で稼働する要件の厳しいアプリケーションなどでは、VRE に対する耐性が設計者にとって最も重要な項目となる可能性があります。そのため、ADXL354/ADXL355、「ADXL356ADXL357」のデータシートには VRE について記載しています。

VRE は、加速度センサーが広帯域の振動にさらされた場合に生じるオフセット誤差です(表 4)。加速度センサーが振動にさらされると、傾きの測定時、VRE によって 0g オフセットの温度変化やノイズに起因する誤差よりも大きな誤差が生じます。その値をデータシートに記載すると、他の主要な仕様に目が向かなくなってしまう可能性が非常に高くなります。そのため、データシートにはVRE に関する記載がないケースが少なくないのです。

VRE は、DC に整流された AC 振動に対する加速度センサーの応答です。DC に整流された振動は、加速度センサーのオフセットをシフトさせる可能性があります。対象となる信号が DC 出力である傾斜計測のアプリケーションでは、特に大きな誤差が生じます。DC オフセットの小さな変化はすべて傾斜の変化として解釈される可能性があり、システム・レベルの誤差が大きくなる原因になります。

表 4. 傾きの角度で表した誤差
品番 0 g オフセットの最大傾き誤差の温度係数〔°/°C〕 ノイズ密度〔°/√Hz〕 振動整流〔°/g2 rms〕
ADXL354 0.0085 0.0011 0.0231
ADXL355 0.0085 0.0014 0.0231
1 ± 2 g の g レンジ、1 g 方向、2 . 5 g rms の振動に伴うオフセット

VRE は周波数に大きく依存し、加速度センサー(ここでは ADXL355)内で生じるさまざまな共振やフィルタによって引き起こされる可能性があります。振動は、それらの共振の Q 値と等しい倍率で増幅されます。また、高周波における振動は、共振器の 2 極応答の 2 次成分によって減衰します。センサーにおける共振の Q 値が大きいほど、振動は大きく増幅されるため、VRE も大きくなります。図 4 に示すように、測定における帯域幅が大きいほど、帯域内に高周波の振動が生じて VRE が大きくなります。振動に関連する多くの問題は、加速度センサーに対して適切な帯域幅を選択し、高周波の振動を除去することによって回避することができます1

Figure 3
図 4 . 異なる帯域幅で ADXL355 の V R E を測定した結果

一般に、静的な環境での傾きの測定には、帯域幅が 1.5kHz 未満で、g レンジが 約±1 g ~ ±2 g の加速度センサーが必要です。ADXL354 はアナログ出力、ADXL355 はデジタル出力の 3 軸加速度センサーです。いずれも温度センサーを内蔵し、ノイズ密度が低く(それぞれ 20 µg√Hzと 25 μg√Hz)、0 g オフセット・ドリフトが小さく、消費電力が少なく抑えられています。表 5 に示すように、測定範囲の異なる製品が用意されています。

表 5. ADXL354/ADXL355/ADXL356/ADXL357の測定範囲
品番 g レンジ〔g〕 帯域幅〔kHz〕
ADXL354B ±2, ±4 1.5
ADXL354C ±2, ±8 1.5
ADXL355B ±2, ±4, ±8 1
ADXL356B ±10, ±20 1.5
ADXL356C ±10, ±40 1.5
ADXL357B ±10.24, ±20.48, ±40.96 1

ADXL354/ADXL355とADXL356/ADXL357は、ハーメチック・パッケージを採用しています。そのため、長期的な安定性に優れています。一般に、優れたパッケージを採用すれば、それに応じて性能は高くなります(図 5)。安定性とドリフトに関連する性能を高めるために、メーカーには何ができるのかと考えた時、パッケージは見落とされがちです。しかし、アナログ・デバイセズは、パッケージの重要性を認識していました。実際、さまざまなアプリケーション分野に対応可能なセンサー用のパッケージを数多く提供しています。

高温かつ動的な環境

以前は、高温環境などの過酷な条件下で動作が可能な加速度センサーは存在しませんでした。その時代には、標準的な温度でしか動作が保証されていない IC を、規格を大きく超える温度条件の下で使用していたケースもありました。このことは、高温での製品の品質を保証するためのコストや作業に関する責任とリスクを、エンド・ユーザーが負うということを意味します。ハーメチック・パッケージは、高温における堅牢性が高いことでよく知られています。このパッケージにより、腐食の原因となる水分や異物の混入を防ぐことができます。アナログ・デバイセズは、温度に対する性能と安定性に優れた多様なハーメチック・シール製品を提供しています。アナログ・デバイセズでは、高温環境下におけるプラスチック・パッケージの性能を確認するために、かなり入念な作業を行っています。特に、リード・フレームとピンが高温でのハンダ付け処理に適応する能力を備えており、衝撃や振動が生じる過酷な環境でも接続を維持できることを確認しています。このような作業に基づき、「ADXL206」、ADXL354/ADXL355/ADXL356/ADXL357、「ADXL1001ADXL1002」、「ADIS16227ADIS16228」、「ADIS16209」を含む18種類の加速度センサーを提供しています。これらは-40°C ~ 125°Cの温度範囲に対応します。それに加え、工業用の重機を使用する環境や、ダウンホール掘削/探査などが行われる過酷な環境でも動作が可能な容量性のMEMS 加速度センサーを提供している企業はほとんど存在しません。

Figure 5
図 5 . 高度なパッケージ技術とキャリブレーションを適用することで性能は向上

温度が 125°Cを超える非常に過酷な環境では、傾斜の測定は極めて難易度の高い作業になります。ADXL206は、0.06° 未満の高精度を達成する低消費電力の 2 軸加速度センサーです。あらゆる機能を内蔵しており、ダウンホール掘削/探査などが行われる高温かつ過酷な環境でも使用できます。パッケージとしては、外形寸法が 13mm × 8 mm × 2 mm で、側面がろう付けされたセラミック製の DIL を採用しています。このことから、-40°C ~175°Cの周囲温度にも対応できます。175°Cを超えると性能は低下しますが、100 % 回復が可能です。

農業用の機器やドローンなどを使うアプリケーションでは、振動が存在する動的な環境で傾斜の測定を行うことになります。このような用途では、ADXL356/ADXL357のような大きな g を測定できる加速度センサー(以下、高 g 対応の加速度センサー)が必要です。小さい g にしか対応できない加速度センサー(以下、低 g 対応の加速度センサー)で測定を行うと、クリッピングが生じ、出力にオフセットが加わる可能性があります。検出軸が 1g の重力場にあることや、立上がり時間が短く減衰が緩やかな衝撃が加わることから、クリッピングが生じる可能性もあります。高 g 対応の加速度センサーであればクリッピングが抑えられるので、オフセットも抑制されます。そのため、動的な環境で稼働するアプリケーションにおける測定精度は高くなります。

図 6 は、Z 軸の g レンジが限られた条件下で ADXL356を使用した場合の測定結果です。測定範囲にはもともと1 g が存在しています。図 7 は、測定レンジを±10 g から±40 g に拡大した状態で同じ測定を行った結果です。加速度センサーの g レンジを広げたことで、クリッピングに起因するオフセットが抑制されていることがはっきりと見て取れます。

ADXL354/ADXL355とADXL356/ADXL357は、振動整流、長期安定性、ノイズの面で卓越した性能を達成しています。パッケージは小型で、静的、動的いずれの環境においても傾き/傾斜の測定を適切に行うことができます。

Figure 6
図 6 . ADXL35 6 における V R E の測定結果。Z 軸のオフセットは 1 g から、±10 g の g レンジ、Z 軸方向に1 g が存在するという条件で測定しています。
Figure 7
図 7. ADXL35 6 における V R E の測定結果。Z 軸のオフセットは 1 g から、± 4 0 g の g レンジ、Z 軸方向に1 g が存在するという条件で測定しています。

安定化

重要な仕様: ノイズ密度、速度ランダム・ウォーク、動作中のバイアス安定性、バイアス再現性、帯域幅

モーションを検出/把握する機能は、多くのアプリケーションに価値をもたらします。システムに対するモーションを測定することにより、性能の改善(応答時間の短縮、精度の向上、操作の高速化)、安全性や信頼性の向上(危険な状況に陥った際のシステムの停止)などを目的とした付加価値の高い機能を実現可能になるからです。モーションが複雑である場合には、ジャイロスコープと加速度センサーを組み合わせたセンサー・フュージョンが必要になることがあります。図 8 に示すような、IC を使用する大規模な安定化アプリケーションを構築するということです。具体的な例としては、UAV(無人航空機)をベースとする監視装置や、船上で使われるアンテナ指向システムなどが挙げられます2

Figure 8
図 8 . 6 自由度の慣性計測ユニット

図 8 に示した 6 自由度の慣性計測ユニットでは、複数種のセンサーを使用します。それにより、互いの弱点を補うことができます。1 軸か 2 軸の単純な慣性運動に見えるものであっても、加速度センサーとジャイロスコープのうち一方だけでは正確に測定が行えないケースがあります。振動や重力などの影響を補償するために、加速度センサーとジャイロスコープのセンサー・フュージョンが必要になる場合があるということです。加速度センサーによる測定結果のデータは、重力の成分とモーション加速度の成分から成ります。両成分は分離することはできません。それに対し、ジャイロスコープを併用すれば、加速度センサーの出力から重力の成分を取り除くことが可能になります。加速度センサーからのデータにおける重力の成分に起因する誤差は、加速後の位置の特定を目的とした積分処理を実行すると、すぐに大きくなってしまう可能性があります。誤差が累積することから、ジャイロスコープだけでは位置を特定することはできません。ジャイロスコープは重力を検知しないので、加速度センサーの補助用のセンサーとして使用することで大きな効果が得られます。

安定化アプリケーションでは、特にプラットフォームが動いている場合に、MEMS センサーを使ってその方向を正確に測定しなければなりません。図 9 は、角運動補正にサーボ・モーターを使用する標準的なプラットフォーム安定化システムのブロック図です。フィードバック/サーボ・モーター・コントローラは、方向センサーからのデータを、サーボ・モーターに対する補正制御用の信号に変換します。

Figure 9
図 9 . 基本的なプラットフォーム安定化システム3

必要な精度はアプリケーションに応じて異なります。また、民生グレードか産業グレードかにかかわらず、選択したセンサーに応じて必要な精度を達成可能かどうかが決まります。民生グレードのデバイスと産業グレードのデバイスとでは何が異なるのかを理解することも重要です。その違いはわずかであることもあります。したがって、製品の選択にあたっては慎重な検討が必要になります。表 6 に、慣性計測ユニットで使用される 2 種類の加速度センサーの違いを示しました。民生グレードの製品に対し、ミッドレベルの産業グレード品ではどのくらいの性能が実現されているのか比較しています。

表 6. 産業グレード品と民生グレード品の比較結果。産業グレードの MEMS デバイスについては、既知のすべての潜在的な誤差要因について詳細な評価が行われています。そのため、民生グレード品よりも 1 桁以上高い精度が達成されています2
加速度センサーのパラメータ 産業グレード品の標準的な仕様 標準的な民生グレード品に対する改善の度合い
ダイナミック・レンジ 最大 40 g 3 倍
ノイズ密度 25 µg/√Hz 10 倍
速度ランダム・ウォーク 0.03 m/s/√Hz 10 倍
動作中のバイアス安定性 10 µg 10 倍
バイアス再現性 25 mg 100 倍
-3 dB 帯域幅 500 Hz 2 倍

条件が厳しくなく、データの不正確さがある程度許容できる場合であれば、精度の低い製品でも十分だと言えるでしょう。ただ、動的な環境で使用できるセンサーに対する需要は急速に高まっているというのが現実です。精度の低い製品の場合、振動や温度の影響を抑えることができないため、3° ~ 5° 以下の指向精度の測定は行えず、かなりの不都合が生じます。ローエンドの民生用デバイスの場合、産業アプリケーションにおいて最大の誤差要因となり得る振動整流や角度ランダム・ウォークなどのパラメータの仕様は、明示されていないことがほとんどです。

動的な環境において 1° ~ 0.1° の指向精度で測定を行うには、温度ドリフトや振動の影響を排除可能な機能に着目して製品を選択する必要があります。センサーで高い性能を達成するためには、フィルタ機能やアルゴリズム(センサー・フュージョン)が重要な要素になります。ただ、民生グレード品と産業グレード品の間の性能差を埋めることはできません。アナログ・デバイセズの新たな慣性計測ユニットは、前世代のミサイル誘導システムに使われていたものに近い性能を達成しています。「ADIS1646x」や「ADIS1647x」などを使用すれば、標準的あるいは小型の慣性計測ユニットにおける高精度なモーション検出が可能になります。これらの製品は、従来はニッチな市場という扱いだったアプリケーション分野を大きく切り拓く存在になるでしょう。

本稿の Part 2 では、MEMS 加速度センサーの主要な性能項目が、ウェアラブル機器、CBM、SHM や AHM を含む IoT アプリケーションにどのように影響を及ぼすのか解説します。

参考資料

著者

Chris Murphy

Chris Murphy

Chris Murphyは、アイルランドのダブリンに本拠を置くEuropean Centralized Applications Centerのフィールド・テクニカル・リーダーです。2012年からアナログ・デバイセズに勤務し、モータ制御製品と工業用オートメーション製品の設計サポートを行っています。電子工学の修士号とコンピュータ・エンジニアリングの学士号を保有しています。