インターネットおよび通信インフラストラクチャのめざましい成長に伴い、電気通信、ネットワーキング、およびコンピュータの電源システムでは、デジタル制御手法がますます一般的になりつつあります。その理由は、この手法が柔軟性、コンポーネント数削減、高度な制御アルゴリズム、システム通信、外部ノイズへの耐性、パラメータ変化など、魅力的な利点を備えているからです。デジタル電源は、ハイエンド・サーバー、ストレージ、電気通信用ブリック・モジュールなどに広く使われています。これらのアプリケーションでは、多くの場合、絶縁が必要とされます。
デジタル電源における絶縁の課題は、高速、高精度、そしてコンパクトなサイズのデジタルまたはアナログ信号を絶縁バリア越しに送ることです1。しかし、従来のフォトカプラ・ソリューションは帯域幅が狭く電流伝達率(CTR)も低いことから、温度変化に伴う変動が大きく、時間とともに性能も低下するという問題がありました。トランス・ソリューションにも、サイズが大きい、磁気飽和が生じる、といった問題があります。これらの問題が、一部の高信頼性、コンパクトなサイズ、長寿命が求められるアプリケーションでのフォトカプラやトランスの使用を制限しています。本稿では、アナログ・デバイセズのiCoupler®製品をデジタル電源設計に使用することでこれらの問題を解決するデジタル絶縁手法について解説します。
絶縁が必要な理由
電源を設計する際には、オペレータやその他の人員を感電や危険なエネルギーから保護するために、安全基準に従うことが不可欠です。絶縁は安全基準を満たすための重要な方法です。絶縁条件には、ヨーロッパにおけるVDEやIEC、米国におけるULなど、世界中の様々な機関によって、様々なレベルの入力および出力電圧が定常状態と過渡状態の両方について規定されています。例えば、UL60950には5つの絶縁カテゴリが規定されています。
- 機能的絶縁:装置を正しく機能させるためだけに必要な絶縁。
- 基本絶縁:感電に対する基本的な保護を提供するための絶縁。
- 付加絶縁:基本絶縁に不具合が生じた場合に感電のリスクを軽減するため、基本絶縁に付加する形で適用される独立した絶縁。
- 二重絶縁:基本絶縁と付加絶縁の両方で構成される絶縁。
- 強化絶縁:感電に対して一定の保護を提供する単一の絶縁システムで、この規格に規定された条件下において二重絶縁と同等のもの。
1次側制御と2次側制御の比較
コントローラの位置に応じて、絶縁型電源の制御方法は1次側制御と2次側制御の2種類に分かれます。表1は1次側制御と2次側制御の機能比較です。下の表で、UVPは低電圧保護を、OVPは過電圧保護を意味します。
機能 | 1次側制御 | 2次側制御 |
パワーアップ | コントローラへの電力供給には直接電源または簡易DC安定化電源が必要 | コントローラへの電力供給には付加絶縁を備えた電源が必要 |
ゲート駆動 | 1次側スイッチのゲート・ドライバに絶縁は不要で、同期整流器のゲート・ドライバには絶縁が必要 | 同期整流器のゲート・ドライバに絶縁は不要で、1次側スイッチのゲート・ドライバには絶縁が必要 |
入力UVP/OVP | 絶縁は不要 | 絶縁が必要 |
出力UVP/OVP | 絶縁が必要 | 絶縁は不要 |
制御ループ | 出力電圧の安定化には絶縁型制御ループが必要 | 絶縁型制御ループは不要 |
システム通信 | 絶縁が必要 | 絶縁は不要 |
リモート・オン/オフ | 絶縁は不要 | 絶縁が必要 |
2次側制御
ADP1051はPMBus™インターフェースを備えたアナログ・デバイセズの高機能デジタル電源コントローラで、中間バス・コンバータのような高電力密度、高効率のアプリケーションをターゲットにしています2。ADP1051は柔軟なステート・マシン・アーキテクチャに基づくデバイスで、逆電流保護、プリバイアス・スタートアップ、定電流モード、調整式出力電圧スルー・レート、適応型デッド・タイム制御、チップ内電圧–時間バランス機能といった魅力的な機能を数多く備えており、アナログ・ソリューションと比較して外付けコンポーネントが大幅に減ります。一般に、ADP1051は2次側制御に使われる方が多いのですが、これはシステムとの通信を容易に行えるためです。したがって、同期整流器やVOUT検出のPWM信号などの信号が、システムとの通信のために絶縁境界を越える必要はありません。しかし、この場合は、スタートアップ段階で、2次側コントローラであるADP1051に1次側から初期電力を供給する補助電源が必要です。さらに、ADP1051からのPWM信号は絶縁境界を越える必要があります。ここでは3つのアプローチを検討しました。ゲート駆動トランス、デジタル・アイソレータ、および絶縁型ゲート・ドライバです。
ゲート駆動トランス
ゲート駆動トランス・ソリューションを使用したデジタル電源のブロック図を図1に示します。このアプローチでは、2次側コントローラのADP1051が、デュアルチャンネルの4A MOSFETドライバであるADP3654にPWM信号を送ります。これにより、ADP3654がゲート駆動トランスを駆動します。ゲート駆動トランスの役割は、駆動信号を2次側から1次側へ転送して1次側MOSFETを駆動することです。補助絶縁型電源は、スタートアップ段階でADP1051に電力を供給します。
ゲート駆動トランス・ソリューションの利点としては、時間遅延が小さいこととコストが安いことが挙げられます。しかし、トランスは飽和を避けるために一定のオン時間が経過したらリセットする必要があるので、ADP3654使用時はゲート駆動トランスの設計をより慎重に行う必要があります。ハーフ・ブリッジ・トポロジのゲート駆動トランスの設計に関しては、多くの場合ダブルエンド型のトランスが使われます。図2を参照してください。
ADP3654によって駆動されるゲート駆動トランスの回路を図2に示します。ADP3654のVOA出力とVOB出力は、DC阻止コンデンサCDCを通じてゲート駆動トランスに接続されます。すべての動作条件下で必要な電圧時間を考慮して、ハーフ・ブリッジには最大50%のデューティ・サイクルが選択されています。コアの選択が完了すれば、式1を使って1次巻き線数NPを計算できます。
ここで、VDDは1次巻線の電圧、fsはスイッチング周波数、∆Bはスイッチング周期の半分でのピークtoピーク磁束密度変化、Aeはコアの等価断面積です。VOAがハイになってVOBがローになると、Q1がオンになってQ2がオフになります。VOBがハイになって、VOAがローになると、Q2がオンになってQ1がオフになります。注意すべきは、このゲート駆動トランスは対称ハーフ・ブリッジに適していますが、非対称ハーフ・ブリッジやその他のアクティブ・クランプ・トポロジには適していないという点です。
デジタル・アイソレータ
デジタル・アイソレータ・ソリューションを実装したデジタル電源のブロック図を図3に示します。デュアル・チャンネル・デジタル・アイソレータADuM3210が、2次側コントローラのADP1051から1次側ハーフ・ブリッジ・ドライバにPWM信号を転送するためのデジタル・アイソレータとして使われています。
複雑なゲート駆動トランス設計と比較して、デジタル・アイソレータ・ソリューションはより小型で信頼性も高く、使いやすくなっています。デューティ・サイクルに制限はなく、このソリューションには飽和の問題もありません。また、このソリューションは50%以上PCBスペースを節約するので、高電力密度の設計を実現できます。
絶縁型ゲート・ドライバ
設計の更なる簡略化、電気的絶縁の組み込み、そして強力なゲート駆動能力を実現するために、4AのADuM7223絶縁型ハーフ・ブリッジ・ゲート・ドライバは、独立した絶縁側のハイサイド出力とローサイド出力を提供することができます。絶縁型ゲート・ドライバ・ソリューションを図4に示します。
図5のADuM7223絶縁型ゲート・ドライバは、ハーフ・ブリッジを駆動するためのブートストラップ・ゲート・ドライバとして構成されています。DBSTは外部ブートストラップ・ダイオードで、CBSTは外部ブートストラップ・コンデンサです。各サイクルでローサイドMOSFET Q2がオンになると、VDDがブートストラップ・ダイオードを介してブートストラップ・コンデンサを充電します。消費電力を最小限に抑えるには、順方向電圧降下を小さく抑え、逆回復時間を短くして、超高速のダイオードを使用する必要があります。
1次側制御
1次側制御に補助絶縁型電源は不要であり、制御アーキテクチャもシンプルなので、一部の低コスト・アプリケーションでは1次側制御を利用する方が一般的です。以下では、絶縁制御の経路に応じて3つのアプローチを検討します。すなわち、リニア・フォトカプラ、標準アンプを使用する一般的フォトカプラ、および絶縁型アンプです。
リニア・フォトカプラ
デジタル電源の出力電圧を絶縁するには、通常、高速で高精度の絶縁帰還が必要です。多くの場合は2次側から1次側にアナログ信号を送るためにフォトカプラが使われますが、フォトカプラのCTRは温度変動が非常に大きく、性能も時間とともに低下します。TCET1100の正規化したCTRと周囲温度の関係を図6に示します。この図では、–25°Cから+75°CにおけるCTRの変動が30%を越えています。
出力電圧を転送するために帰還ループ内に直接使われる一般的なフォトカプラで出力電圧精度を確保することは、非常に困難です。一般的なフォトカプラは、出力電圧ではなく補償信号を転送するためにエラー・アンプとともに使われます。ADP1051はデジタル・ループ補償がすでにチップ内に実装されているので、補償信号は必要ありません。この問題を回避する方法の1つは、図7に示すように、リニア・フォトカプラ・ソリューションを使用して出力電圧を直線的に転送することです。ただし、リニア・オプトカプラはコストが高いので、ユーザはその分のコストを負担しなければなりません。
一般的なフォトカプラと標準的なアンプ
1次側制御を実現するために使用できる回路がもう1つあります。この回路には、一般的なフォトカプラと標準的なアンプを使用します。図8を参照してください。この場合は、温度変化によるフォトカプラの広いCTR範囲に悩まされることなく、高い出力電圧精度を実現できます。測定結果は出力電圧の変動が±1%の範囲で、CTRの範囲が100%~200%であることを示しています。
CTRの式は次の通りです。
CTRが温度によって変化すると、アンプの出力がこの変化を補償して出力電圧の精度を維持します。アンプの出力が飽和する場合は、温度によるCTRの変動に関する条件を満たすために、アンプの安定動作点とスイング範囲をうまく設計する必要があります。
絶縁型アンプ
3つめの方法は、図9に示すADuM3190のような絶縁型アンプです。ADuM3190はフォトカプラと比較して帯域幅が広く精度も高いので、1次側コントローラを備えたリニア帰還電源に最適な絶縁型アンプです。これは、一般的に使われるフォトカプラ・ソリューションやシャント・レギュレータ・ソリューションよりも、過渡応答、電力密度、安定性を改善できます。適切な設計を行えば、ADuM3190は±1%の出力電圧精度を実現できます。
まとめ
今日の電気通信、ネットワーキング、コンピュータに使われる電源システムでは、安全、高信頼性、高電力密度、そしてインテリジェント管理に関する要求が厳しくなっていることから、絶縁手法の果たす役割がますます重要になることが見込まれます。アナログ・デバイセズのiCoupler技術を採用したADuM3210、ADuM7223、ADuM3190とデジタル電源コントローラADP1051の組み合わせは、従来のフォトカプラ・ソリューションやトランス・ソリューションよりも高い信頼性、広い帯域幅、そして高い電力密度を備えたソリューションを実現します。