概要
O-RANとは、オープンな無線アクセス・ネットワークを実現するための仕様です。その背景には、3GPP(3rd Generation Partnership Project)が掲げる5G関連の目標があります1。その達成に向けて、ワイヤレス・コミュニティを変革し、ワイヤレス装置の新たな構築スタイルを導入して、イノベーションを実現するための触媒としてO-RANは策定されました。高い費用対効果を実現しつつ成功に結び付けるには、オープン・ソース化された無線装置や最適化された5G対応デバイスを利用できるようにする必要があります。本稿では、電力効率に優れたソリューションを設計/構築するための方法を紹介します。
5Gが抱える課題
無線技術者やネットワーク技術者は、5Gに関連して掲げられている目標を達成するために複数の手法を取り入れています。例えば、データ・サービスをネットワークのエッジに移したり、Massive MIMOとスモール・セルを活用したりすることで、通信容量とスループットの両方を高めるといった具合です。Massive MIMOでは、アレイ状に配置された多数のアンテナを使用します。それにより、通信容量を増加させるだけでなく、中央のロケーションにとってのカバレッジの拡大に貢献します。また、従来のマクロセルと同様に、中央のロケーションを中心として比較的広い範囲をカバーします。但し、Massive MIMOでは、2.6GHz以上といったより高い周波数を使用します。そのため、電波がうまく建物を通過することができません。そこで、到達が難しい屋外のエリアや屋内をカバーするためにスモール・セルが使用されます。一般家庭や企業の施設、商業施設、競技場など、屋内外には、果たしてどれだけ多くのエリアが存在するのでしょうか。そのように考えれば、5Gを成功に導くには、スモール・セルの活用が不可欠であることがわかります。ただ、このことは、1つのネットワークに膨大な数のスモール・セルが含まれるということを意味します。また、多様な配備方法も用意しなければなりません。そのため、そうした設備を低コストで導入/運用できるか否かが成功の鍵を握ることになります。
利用可能な技術
ここ数年の間に、5G向けのソリューションを実現する方向で様々な技術が進化しました。まず、ベースバンドの領域では、引き続きムーアの法則に従ってゲートあたりのコストが低下しています。それだけでなく、より複雑な機能を無線技術に組み込めるようになっています。現在では、デジタル・プリディストーション(DPD:Digital Predistortion)のような機能を含む制御アルゴリズムの多くを、無線システムに直接組み込むことができます。新世代の無線の利用が進めば、それ以外にも多くの可能性が生まれます。
もう1つ、強力な動きを見せているのがO-RAN2などの業界団体です。そうした団体は、スケール・メリットを活かしてコストの低減を実現しようとしています。また、サプライ・チェーンのセキュリティを高め、ワイヤレス・ネットワークによる新たなマネタイズの方法を提供することを目指して、ワイヤレス業界全体で連携して取り組みを進めています。稿末に示した参考資料3には、「O-RAN Allianceは要件を明確に定義し、目標の達成に必要なエコシステム/サプライ・チェーンの構築を支援するために、事業者によって設立されました。
O-RAN Allianceは、目標の達成に向けて(オープン化とインテリジェンス化という原則の)具現化に取り組みます」と記されています。同アライアンスは、3GPPの仕様に対応する物理インターフェースの定義を行っています。それにより、業界全体で相互運用が可能なホワイト・ボックス・ソリューションとしてそのインターフェースを標準化/実装できるようにすることに焦点を絞って活動を行っています。また、同アライアンスは、ハードウェアに関する要件の定義や、O-CU/O-DU/O-RU(O-RANの定義に基づく、オープンな集約ユニット、オープンな分散ユニット、オープンな無線ユニット)のリファレンス設計の提供も行っています。そうしたすべての活動によって、フロントホールとベースバンド・プロセッサの標準化が可能になり、ソリューションの更なるコスト低減を実現しようとしています。それらに、無線ICをはじめとする5G対応のICを組み合わせることで、スモール・セルのあるべき姿が定まり、標準規格に対応する実装が可能になります。このような業界団体の取り組みは非常に重要です。
加えて、ここ数年の間に無線技術も急速に進化しました。現在では、3GPPが38.104仕様や稿末の参考資料1の中で定めている性能の要件を満たす無線技術が複数の形態で提供されています。そうした技術は高度に統合された状態で製品化されており、アナログ部品やRF部品だけでなく、DPD、CFR(Crest Factor Reduction)といった重要なアルゴリズムも備えています。そうしたデバイスはCMOSの微細プロセスで製造されますが、RFフロント・エンドについても技術の進化が見てとれます。低コストのRF向けプロセス(SiGe、SOI、GaN、GaAsなど)によって、上記の標準規格で定められた要件を満たす集積度の高いLNA(低ノイズ・アンプ)や大出力/高性能のPA(パワー・アンプ)が実現されています。
もう1つ、大きな進化を遂げているのが、集積度が高く効率的なパワー・ソリューションです。そうしたソリューションは、サイズを抑えて電力を供給できるPoE(Power over Ethernet)や、標準的なパワー・デバイス、監視機能、保護機能などに対応しています。無線環境において非常に高い効率やノイズ性能を実現しつつ、PAなどの主要なデバイスを保護するためのオプションも備えているということです。
これらの技術を組み合わせることによって、高性能/低コストのスモール・セル向けプラットフォームを実現できます。そうしたプラットフォームは、小電力/大電力のシステムの両方に対応できるので、通信事業者のネットワーク全体にわたって効率的に配備することが可能です。
システムの概要
図1は、5Gに対応するスモール・セルのブロック図です。ここでは、4T4R(4つのトランスミッタ、4つのレシーバー)という標準的な構成を例にとっています。実際には、2T2Rの構成をとることもできますし、24dBm以上の電力クラスに対応することも可能です。以下では、この図を基に、オープンな無線ユニット(O-RU)で扱う様々な帯域や電力レベルに応じて簡単にスケーリングできる5G対応デバイスについて説明します。
無線の主要な要素
ここ10年の間に、トランシーバ ーICは高 性能なプ ラットフォームへと進化しました。例えば、アナログ・デバイセズのRadioVerse™ファミリには、最高200MHzの占有帯域幅をサポートし、DPDなどの高度な機能を搭載するものなど、多様なトランシーバーICが含まれています。また、この製品ファミリは、5Gに対応するデバイスに求められるニーズを満たすだけではありません。これまでどおり、LTEやマルチキャリアGSM(Global System for Mobile Communications)の要件にも対応します。このような製品については、絶えず新世代品が開発されています。その最新製品の1つが、4T4R構成の「ADRV9029」です(図2)。これ以外にも、DPDを搭載するものや搭載しないもの、2T2Rの構成のものなど、多様な製品が提供されています。
各RadioVerse製品には、LNAとPAを除き、無線システム全体を構築するために必要なあらゆるものが含まれています。例えば、送受信に必要なすべての回路、シンセサイザ、クロックなどを網羅しています。また、AGC(自動利得制御)とゲイン制御アンプの実行に必要なステート・マシン、VGA(可変ゲイン・アンプ)も内蔵しています。RadioVerse製品は、最高6GHzの広い帯域に対応します。LNAとPAについては、そのような仕様に対応する高性能品は存在せず、必要な帯域または周波数範囲に応じて適切な製品を選択しなければなりません。そのため、システムを完成させるためには、RadioVerse製品とLNA/PAを組み合わせる必要があります。以下では、5G NR(New Radio)に対応するスモール・セルの設計において送受信に使用するシグナル・チェーンについて説明します。また、その構成要素となるデバイスの選択に関する知見を提供します。
レシーバーのシグナル・チェーン
ADRV9029とレシーバー用のフロント・エンド・モジュール「ADRF5545A」(図3)を組み合わせれば、それら2つのICだけでほぼレシーバーを構築できることになります。ADRF5545Aの代わりに、ピン互換の「ADRF5515」を使用することも可能です。わずかな数の受動部品を追加することにより、図4のようなシグナル・チェーンを構成できます。結果として、非常にコンパクトで高性能なレシーバーが実現されます。このアーキテクチャがもたらす最大のメリットは、高い集積度によって得られます。すなわち、非常に少ないコストで実装できるだけでなく、消費電力も最小限に抑えられます4。
RadioVerseファミリのアーキテクチャによって、従来のレシーバーの設計に必要だった多くの要素を排除することが可能になります。一部のRF信号を増幅/フィルタリングするためのコンポーネントに加え、チャンネル・フィルタ(アナログ、デジタル)やベースバンド・アンプなど、多くの無線機能が不要になるのです。一般に、それらはシステムの中でサイズと消費電力が最も大きい要素だと言えます。そのため、ダイレクトRFサンプリングなどのアーキテクチャを採用する場合と比べて、占有面積と消費電力が大幅に削減されます。
図4に示すように、このスモール・セル用のレシーバーは、主にTDD(Time Division Duplex)向けのサーキュレータ、ADRF5545A、SAW/BAW(表面弾性波/バルク弾性波)フィルタまたはモノブロック・フィルタ、バラン、トランシーバーから成ります。ADRV9029をはじめとするRadioVerse製品は、ノイズ性能が高く、入力1dB圧縮ポイントが小さいので、アンプやVGAを追加する必要はありません。このシグナル・チェーンを使用すれば、アンテナからビットまで(RF信号からデジタル・データまで)に至るシステム全体のノイズ指数(NF:Noise Figure)を2dBにまでに抑えることができます。この設計では、ADRF5545Aという集積型のRFフロント・エンド・モジュール(FEM)を採用しています。ただ、ディスクリート構成の回路を採用することによってメリットが得られる設計も少なくありません。FEMでは高い集積度が得られるわけですが、それと引き換えに、アンテナ用のフィルタの要件がやや厳しくなるというトレードオフがあるからです。それでも、Massive MIMOやその他のTDDシステムなどを設計する際には、集積度の高いソリューションは魅力的な選択肢になります。一般に、ディスクリート構成のフロント・エンドは、FDD(Frequency Division Duplex)システムの設計に適しています。
ここで、LNAまでの損失が約0.5dB、バンド・フィルタにおける損失が1dBであると仮定しましょう。そうすると、2つのアクティブ・デバイスのデータシートに記載された値から、レシーバーのシグナル・チェーン全体の公称NFは約2dBになるはずです。信号/ノイズ + 歪み(SINAD)がMCS-4と同じく0dBであると仮定すると、5GのG-FR1-A1-1の搬送波(約5MHz)に対するリファレンスの感度は約-104.3dBmとなります。これだけの感度があれば、38.104のセクション7.2.2に定められているワイド・エリアの伝導要件も、マージンを十分に確保して満たすことができます。ここで、表1をご覧ください。同じ条件下でローカル・エリア/スモール・セルの設計に求められる感度は-93.7 dBmです。こちらに対しては、十分すぎるほどの余裕があります。性能が高くない一部のスモール・セル・アプリケーションに対しては、「GRF2093」(Guerrilla RF製)といった1段構成のLNAとSAWフィルタを組み合わせることで対応できる可能性もあります。
ワイド・エリア〔dBm〕 | ミッドレンジ〔dBm〕 | ローカル・エリア〔dBm〕 | |
5MHz BW/15kHz | –101.7 | –96.7 | –93.7 |
20MHz BW/15kHz | –95.3 | –90.3 | –87.3 |
50MHz BW/30kHz | –95.6 | –90.6 | –87.6 |
100MHz BW/30kHz | –95.6 | –90.6 | –87.6 |
また、38.104のセクション7.4.1では、(ワイド・エリアにおいて)-52dBmの干渉信号の下で、レシーバーの感度の低下を6dB以下に抑えるACS(Adjacent Channel Selectivity)ブロッキング性能を求めています。図5に示したNFと入力レベルの関係から、-52dBmにおいては、それよりも低いレベルと比べてノイズはほとんど増加しません。実際、ノイズ・フロアは-40dBmの手前まで上昇していないことが見てとれます。ACSの要件として-44dBmが求められるローカル・エリアに対しても理想的です。
一般的なブロッキングの要件(7.4.2)としては、(ローカル・エリアにおいて)-35dBmの干渉信号を、±7.5MHzのオフセットで帯域内のレシーバーに印加した場合に、感度の低下を6dB以下に抑えることが求められます。図5に示したように、アナログ・デバイセズの製品で構成したシグナル・チェーンでは、感度は約0.9dBしか低下しません。挟帯域のブロッキングは、やや電力の小さいCWに似たスティミュラスになりますが、それについても問題はありません。
更に興味深い課題は、セクション7.5.2の帯域外ブロッキングです。ここでは、-15dBmの干渉信号がアンテナの入力に印加されるケースを想定します。動作帯域幅が200MHz未満のスモール・セルの場合、この信号とその帯域端との周波数の差は、最も近い場合で20MHzとなります。このテストでは、動作周波数から20MHz以内の帯域を除いて、1MHz~12.75GHzの掃引を実施することが求められます。このような条件に対し、図4のシグナル・チェーンには有利な点が複数存在します。まず、サーキュレータの帯域幅が有限であり、帯域外の信号の多くが除去されるということが挙げられます。但し、動作帯域に近い信号に対しては大きな効果は働きません。もう1つは、ADRF5545Aの後段のフィルタによって、いくらかのフィルタリングが行われることです。一般的には、20MHzの帯域外信号に対して、約20dBの除去性能が得られます。更に、アナログ・デバイセズのトランシーバー・ファミリは、そのアーキテクチャに固有で、なおかつ非常に有効な独自機能として、帯域外成分の除去機能を内蔵しています。アプリケーション・ノート「AN-1354」の図20を見れば、その本質的な帯域外除去性能を確認できます。具体的には、感度の低下については、通過帯域からどちらの方向に周波数を掃引しても、より大きな信号を許容できることがわかります。帯域端の近くでは、6dBの感度の低下に対して約10dBに対応できます。それ以上離れると、内蔵するフィルタによって帯域外の信号が大きく減衰します。その信号は、帯域内に折り返す(エイリアス)ことなく、オンチップのフィルタと外付けのフィルタによってほぼ減衰されます。
シグナル・チェーン全体で見ると、20MHzの除外帯域までは、-15dBmの帯域外信号が約-40dBm~-45dBmに抑えられます。それ以上離れた場合には、除去性能は更に高くなるでしょう。図5から、このレベルであれば、感度はほとんど低下しないと考えられます。
おそらく、より大きな問題になるのはFEMの直線性です。このレベルでは、3次相互変調歪み(IM3)がかなり大きくなると予想されます。使用するFEMによっては、帯域選択フィルタを2つ目のLNAの前に移動し、一般的に大きな相互変調歪みを生成する帯域外信号から保護することが望ましいかもしれません。一方、ここで採用しているタイプのFEMでは、2つの段の間にフィルタを配置するのは不可能です。そのため、代替策を講じることになります。
図3に示したように、標準的なFEMには、2段目のLNAをバイパスするためのスイッチが用意されています。これは、帯域外に大きな干渉信号が存在する場合に、相互変調歪みの影響を抑えるために使われます。ゲインを抑えることで、2段目のLNAが、非直線性が増す方向に駆動されないように保護するということです。LNAのゲインの切り替えによって、シグナル・チェーンのS/N比は1dB低下します。しかし、大きな干渉信号によって引き起こされる相互変調歪みを抑えることにより、全体的なダイナミック・レンジは維持されます。つまり、ノイズ性能の損失を上回る効果が得られるということです。それによってワーストケースのNFは約5.7dBとなりますが、それでもまだローカル・エリア(スモール・セル)におけるリファレンスの感度の要件の範囲内に収まります。それ以外のフィルタリングの要件には、アンテナ部のフィルタによって対応します。干渉信号の除去性能は、レシーバー用のFEMのゲイン圧縮ポイントと3次インターセプト・ポイントによって決まります。
トランスミッタのシグナル・チェーン
ADRV9029に、RF対応の適切なドライバ(駆動アンプ)またはVGA(選択肢についてはanalog.com/jp/rfを参照)と適切なPAを組み合わせれば、屋内向けのピコセル、屋外向けのピコセル、屋外向けのマイクロセルを簡単に構築できます5。それらに加え、わずかな数の受動部品を使用するだけで、非常にコンパクトで効率的なトランスミッタを構成することが可能です。そのシグナル・チェーンは図6のようになります。このアーキテクチャの最大のメリットは、高い集積度が実現されていることです。言い換えれば、非常に低いコストで実装できます。また、アナログ・デバイセズの一部のトランシーバー製品が備えるDPD機能を活用すれば、消費電力も最小限に抑えることが可能です。
図6に示したスモール・セル向けのトランスミッタは、主にサーキュレータ、PA、フィルタ、トランシーバーで構成されています。また、PAの出力部にカプラを付加しています。このカプラは、出力の歪みのモニタリングに使用します(アンテナのVSWR[電圧定在波比]とフォワード電力のモニタリングにも使用できます)。これをDPDと組み合わせて使用すれば、送信機能の動作効率とスプリアス性能を向上させることが可能です。外付けのDPD機能(FPGAなど)も利用できますが、アナログ・デバイセズのトランシーバーが備えるDPD機能を使用する場合、同機能を動作させても消費電力は最大で350mWしか増加しません。なお、消費電力の増加量は、PAに必要な補正量に依存します。低消費電力のPAを選択した場合、必要な補正量も小さく抑えられるので、DPD機能による消費電力も少なくなります。また、DPD機能を内蔵している場合、オブザベーション・レシーバーのSERDES(Serializer/Deserializer)のレーンが完全に不要になります。そのため、SERDESのレーン数は、外付けのベースバンドICを使用する場合の半分になります。加えて、DPDの帯域幅の拡張が完全にトランシーバー内で処理されるので、トランシーバーのペイロードが低減されます。仮に、同等のDPD機能をFPGAに実装したとすると、消費電力は約10倍になります。つまり、その方法は、低消費電力であることが求められるスモール・セルやMassive MIMOに対しては、電力効率が低くすぎて適切ではありません。一方、トランシーバーが内蔵するDPD機能であれば、非常に少ない消費電力でコスト効率良くスモール・セルに適用することができます。つまり、効率の面でメリットがあることに加え、外付けのコンポーネントに大きな演算負荷をかけることなく、送信側の直線性を高めることができます。
図7、図8は、消費電力が少ないスモール・セルと中程度のスモール・セルの評価結果です。アナログ・デバイセズのトランシーバーが内蔵するDPD機能をアプリケーションに適用した場合の例を表しています。ご覧のように、5つの隣接する20MHzのLTE搬送波(合計100MHz)に対するスティミュラスが示されています。一般に、LTEでは最小45dBのACLR(Adjacent Channel Leakage Ratio:隣接チャンネル漏洩電力比)が必要になります。実際、多くの実装ではそれ以上の性能が求められます。アナログ・デバイセズのテスト用の施設では、あらゆる電力クラスの新たなPAの試験が常に行われています。アナログ・デバイセズが提供するDPD技術の最新情報とPA製品の最新のリストについては、「Power Amplifier Test Report」をご覧ください。
全体の構成
図9に示したのは、シグナル・チェーンの全体像です。この図には、送信/受信制御に必要な信号の一部が含まれています。それらの信号は、電力効率を高めるために、TDD方式に対応してアンプをそれぞれのサイクルで有効/無効にするために使用します。また、この回路をFDD方式で使用する場合には、未使用のスロットの電源をオフにすることで消費電力を削減できます。LNAには、送信電力がコア・アンプの入力ではなく終端に返ってくることを防ぐための入力スイッチが必要です。そうした様々な信号を、ASIC、FPGA、トランシーバーなどによって生成し、制御を実現します。
レシーバーのシグナル・チェーンには、アナログ信号のゲインの低下に応じてデジタル・データのストリームに変更を加える機能が含まれています。それにより、Low-PHYを経て下流のベースバンドに引き渡される信号の絶対レベルが維持されます。
ここで示したアプリケーションは、シングル・バンドに対応するものです。トランシーバーは広帯域に対応しており、6GHzまでのあらゆる周波数を使用できます。しかし、シグナル・チェーンを構成するすべてのデバイスがそのような特質を備えているわけではありません。前述したように、LNAやPAなどのデバイスは、一般的に対応可能な帯域が限定されており、使用する帯域に基づいて製品の選定を行う必要があります。通常は、ピン互換の複数の製品によって6GHz以下の一般的な帯域全体が網羅されており、簡単に置換できるようになっています。つまり、5Gの帯域やO-RANで提案されている帯域を含めて、TDD/FDDの一般的な帯域全体がサポートされています。
クロック・ツリー
クロック・ツリーについては、システムに応じて複数の異なる構成を適用できます。タイミングの正確なアライメントが求められる場合には、2段構成のクロック合成が必要になります。最初の段は、無線信号をデジタル化する際のタイミング調整を正確に行うASIC、FPGA、またはコントローラを介してベースバンド・ブロックに接続しなければなりません。本稿のアプリケーション例では、フロントホールまたはローカルのGPSレシーバーから供給されるPTP(Precision Time Protocol)情報の処理が必要になります。それによって、無線システムとベースバンド・プロセッサは、無線フレームがいつ処理されるべきなのかを正確に把握します。
「AD9545」は、メイン・クロックの周波数、位相、時間を、無線システムに対応させて正確に調整する処理に最適な製品です。この製品ファミリは、リファレンスを使用することなく一時的に動作するように構成することができます。この使い方には、TCXO(Temperature Compensated Crystal Oscillator:温度補償水晶発振器)またはOCXO(Oven Controlled Crystal Oscillator:恒温槽付水晶発振器)を併用する場合、リファレンス・クロックに障害や中断が生じても精度を維持できるというメリットがあります。
タイミングのアライメントに高い精度が求められない構成、または正確なアライメントが必要な構成の2つ目の段には、クロック分配デバイスが必要です。同デバイスの役割は、無線システム全体で使用する一連のクロックを生成することです。それには、JESD204、eCPRI(Enhanced Common Public Radio Interface)、イーサネット、SFP(Small Form-factor Pluggable)や、無線システム全体にわたるその他の主要な信号に必要なクロックが含まれます。「AD9528」は、最大14の異なるレートに対応して低ジッタのクロックを供給可能なクロック・ジェネレータです。JESD204B/JESD204Cのデバイス・クロックやSYSREF信号などをサポートします。
2段構成のクロック回路のブロック図を図10に示しました。タイミングについて高い精度のアライメントが求められないアプリケーションについては、AD9545を削除/バイパスし、AD9528だけで対応しても構いません。システムに対する入力クロックは、ネットワークの基本的なタイミングに基づき、イーサネット機能を実現するブロックまたはFPGA内(アーキテクチャによって異なります)のベースバンド/ネットワーク機能によって再生されます。無線システムの具体的な要件に応じ、これ以外にも多くの構成が可能です。図10に示したのは、代表的な構成例にすぎません。
消費電力
消費電力には多くの要素が寄与します。例えば、選択するFPGAや実装する機能、使用するトランシーバー、有効にするオプション、必要なクロック・ツリー、生成されるRF電力などによって消費電力は決まります。
標準的なミッドレンジのFPGA(SoC)に、O-RANのCUS-Plane/M-Planeの処理とIEEE 1588 v2 PTPのスタックの同期処理を実装したとします。その場合の消費電力は約15Wです。TDD/FDDのうちどちらかの方式を採用してADRV9029を動作させた場合、消費電力は、どのようなDFE機能をイネーブルにするかによって、5W~8Wの範囲で変動します。システムの消費電力については、これにクロッキング、レシーバー、トランスミッタ、その他の消費電力を加算する必要があります。表2に示したのは、トランスミッタ側のシグナル・チェーンを除いたシステムの消費電力の例です。トランスミッタのシグナル・チェーンの消費電力は、出力電力のクラスに応じて大きく異なります。
デバイス | 必要な個数 | TDD、70:30の標準的な消費電力(4T4R) |
ミッドレンジのFPGA(SoC) | 1 | 約15W |
ADRV9xxx | 1 | 約5W |
ADRF5545A | 2 | 0.6 W |
AD9545 | 1 | 0.7 W |
AD9528 | 1 | 1.4 W |
PA用のドライバ | 4 | 1.2 W |
その他 | 1 | 2 W |
合計 | 14 | 26W~29W |
この無線システムにおいて、Tx:Rxのデューティ・サイクルが70:30であったとします。そのトータルの消費電力は、(正確な構成によって異なりますが)PAに伴う電力を除くと26W~29Wとなります。表3には、PAの消費電力の例を示しました。クラスABの一部のPAは、主にトランジスタの線形領域で動作します。そのため、効率は20%~50%になると考えられます。ここで大きな効果を発揮するのが、トランシーバーICが内蔵するDPD機能です。帯域幅が狭く消費電力の少ないPAであっても、DPDを利用すれば効率を高めることが可能です。DPDによって数十mWの電力が消費されますが、それを十分に相殺できるだけのメリットが得られます。
デバイス | 必要な個数 | TDD、70:30の標準的な消費電力(4T4R) |
PA(アンテナあたり+24dBm) | 4 | 約2.5W |
PA(アンテナあたり+37dBm) | 4 | 約47W |
低消費電力のスモール・セルの場合、約2.5Wの消費電力が追加されると、トータルの消費電力は約30Wに達します。しかし、PoEソリューションによって給電される受動冷却式の屋内向けスモール・セルにとっては問題のない数値です。
PoEソリューションの1つの実装例を図11に示しました。このソリューションでは、ブリッジ・コントローラ「LT4321」を使用しています。同ICを使えば、整流器の代わりにMOSトランジスタを理想ダイオードとして使用することが可能になります。その結果、効率が大幅に改善されます。LT4321の後段には、IEEE 802.3btに準拠するPD(受電装置)インターフェース「LT4295」を配置しています。同ICの後段には、ここまでに示した消費電力の要件を満たすローカルのレギュレータを配置します。必要に応じて、最大90W超の電力を供給することになります。
PoE向けの変換デバイス以外にも、スモール・セルのリファレンス設計に使用できる製品は数多く存在します。例えば、「ADP5054」ファミリは、アナログ・デバイセズ製のトランシーバーへの給電を対象として特別に設計された統合型の電源ICです。それ以外にも、多くの降圧コンバータや低ノイズのLDO(低ドロップアウト)レギュレータを提供しています(図12)。
オプション
本稿で紹介した無線アーキテクチャには、柔軟性が高いという長所があります。つまり、様々な市場の要件に対応できるということです。このアーキテクチャは、FDDとTDDの両方を含む様々なアプリケーションに対して最適化されています。ロー・バンド、ミッド・バンド、ハイ・バンドに対して同等に優れた性能を示し、スモール・セルにもMassive MIMOにも対応できるプラットフォームとして利用できます。また、トランスミッタとレシーバーの両方の回路において、様々なトレードオフにより、コスト、サイズ、重量、消費電力を最適化できます。本稿では、性能と集積度の高さに焦点を絞って解説を行いました。しかし、少し異なる選択によってコストを削減するといった、シンプルなトレードオフを行うことも可能です。
例えば、一部の低消費電力のPAについてはドライバは必要なく、削除しても構わないはずです。また、スモール・セルのアプリケーションの多くは、小さなRF電力しか扱いません。そのため、サーキュレータをシンプルなTRスイッチに置き換えられる可能性があります。更に、ローカル・エリアにおける性能だけが求められる場合には、2段のLNAをシンプルな1段のLNAに置き換えることが可能です。そうすれば、良好な無線性能を提供しつつ、コストを抑えることができます(図13)。それ以外にも、広範な周波数と電力に関するオプションを様々に組み合わせることで、多様なケースに対応することが可能になります。
まとめ
本稿で紹介した5G対応のデバイスは、通信アプリケーションを対象として提供されています。特に、O-RANのO-RUに適した低コストの実装を可能にします。具体的には、RadioVerseファミリの製品や、RFアンプ、クロックの再生/同期、PoE、POL(Point of Load)レギュレータなどを紹介しました。このような集積度の高いデバイスを組み合わせることで、5Gに対応するスモール・セル、マクロセル、マイクロセル、Massive MIMOなどのアプリケーションを実現できます。
FPGA、eASIC(ストラクチャードASIC)、ASICで提供される適切な物理層とソフトウェアを組み合わせることにより、O-RU向けのソリューションを開発することができます(図14)。このソリューションは、Intel®、Comcores、Whizz Systemsとの連携によって開発しました。こうしたソリューションは、RF特性に関する要件だけでなく、高性能なO-RANプラットフォームを配備するために必要なコストや消費電力の要件も満たします。