AN-1401: 計装アンプの同相電圧範囲: ダイヤモンド・プロット

はじめに

オペアンプの場合、ヘッドルームの制限を決定するのは簡単です。設計者が検討する必要のある制限は 2 つだけ、つまり入力同相電圧範囲と出力電圧スイングだけです。しかし、計装アンプのヘッドルームの制限を決定する場合は、もっと複雑です。最も一般的な計装アンプのアーキテクチャは 2 個または 3 個のオペアンプを組み合わせて使用しますが、それぞれに入力範囲と出力範囲があります。これらの制限が組み合わされると、その動作範囲は、同相電圧、ゲイン、および REF ピンの電圧に依存します。計装アンプのデータシートには飽和境界を示すためにヘッドルームのグラフが記載されていますが、これらのグラフはごく一般的な構成でのデータを表しているに過ぎないので、多少の混乱を招くことがあります。このアプリケーション・ノートでは、計装アンプのヘッドルームのグラフ(VOUT 対VCM のプロット、あるいはダイヤモンド・プロットと呼ばれます)に関わるこのような混乱の主要点を明らかにし、さらに、計装アンプのヘッドルーム制限を動的に計算して計装アンプ設計の労力を大幅に軽減するアナログ・デバイセズのウェブ・ツールを紹介します。

図 1. レール to レールのオペアンプ 3 個で構成した単電源計装アンプのダイヤモンド・プロット

図 1. レール to レールのオペアンプ 3 個で構成した単電源計装アンプのダイヤモンド・プロット

計装アンプの基礎的事項

計装アンプはクローズド・ループ・ゲイン・ブロックです。これに対しオペアンプは、高いオープンループ・ゲインが得られるように設計されています。オペアンプは、受動デバイスや能動デバイスのさまざまな組み合わせを使って帰還を行うことにより、多様な機能を実行できるように構成できますが、計装アンプは、その入力間の差動信号を、固定またはプログラムされた大きさのゲインで単純に増幅するだけで、両方の入力に共通するいかなる信号(同相電圧)も除去します。計装アンプは、センサーや信号源に負荷がかからないように、バランスされた高インピーダンスの入力を 2 つ備えています。計装アンプは、同相電圧が大きい状況で小信号を測定するために、入力基準誤差を小さくし、同相ノイズ除去比を大きくするように最適化されています。

ダイヤモンド・プロット

計装アンプは入力同相電圧と無関係なように見えますが、内部的にはこの電圧にも対応しなければなりません。同相電圧は、特にその値が電源電圧に近づくにつれ、外部の入力電圧と出力電圧自体は範囲内にあっても、内部ノードを飽和させる可能性があります。ダイヤモンド・プロットは、入力範囲、出力範囲、および内部ノードを含め、あらゆるヘッドルーム制限の組み合わせをプロットすることによって、この制限を表します。ダイヤモンド・プロットは、与えられた入力同相電圧(VCM)に対して達成可能な出力電圧(VOUT)範囲、言い方を変えると、所定の出力電圧を生成することのできる入力同相電圧範囲を示す境界プロットです。

計装アンプのデータシートにあるダイヤモンド・プロットには、計装アンプの入力範囲、出力スイング、内部ヘッドルーム制限のすべてが示されていますが、電源電圧、REF ピン電圧(VREF)、ゲインなどの回路設定パラメータもダイヤモンド・プロットに影響を与えます。計装アンプを構成する各オペアンプの入力および出力のヘッドルーム制限は電源電圧に応じて変化します。つまり、電源電圧が変化すると、プロットが拡大したり縮小したりします。さらに、出力電圧は、理想計装アンプの伝達関数に従い、差動入力電圧、ゲイン、および VREF に関係します。

数式1

ここで
VIN_DIFF は、V+IN − V−IN で定義される差動入力電圧、VREF は REF ピンの電圧です。

VREF とゲインはともに出力電圧に影響します。また、出力電圧は x 軸の変数なので、VREF とゲインはダイヤモンド・プロットの形状にも影響する可能性があります。従来から、データシートでは、最も一般的な構成に対応する一連のグラフを使ってこれらの変化を示そうとしますが、公開された一組の式を使ってヘッドルームの制限を表すこともあります。

計装アンプ・ダイヤモンド・プロット・ツール(Instrumentation Amplifier Diamond Plot Tool)は、計装アンプ回路の設計とデバッグのプロセスを簡単にするために、ユーザーによるあらゆる構成に対してアナログ・デバイセズ製計装アンプのダイヤモンド・プロット制限値を計算します。

ダイヤモンド・プロットの読み方

ダイヤモンド・プロットを設計で利用する方法は、詳しい分析を行うことなく理解することができます。目的は、回路がプロットの有効範囲内で動作するようにすることです。回路がダイヤモンド・プロットの範囲内で動作すれば、飽和が生じることなく、計装アンプは意図した通りに動作します。これを確認するには、まず回路が動作する電圧範囲を理解することが重要です。


信号範囲とダイヤモンド・プロットの組み合わせによる飽和の回避


すべての回路には信号の動作電圧範囲があり、同相入力電圧と差動入力電圧はこの範囲内で変化します。この信号動作電圧範囲は、ダイヤモンド・プロット上に直接描くことができます。動作範囲がすべてダイヤモンド・プロットの中に入れば、その回路に飽和に関する問題は起きません。回路の動作範囲は、所定の同相電圧での所期の出力範囲を示す横線のように、単純なものとなることがあります。より可能性が高いのは、設計において対応しなければならないある範囲の同相電圧、あるいはむしろ除外しなければならない同相電圧範囲が存在する場合です。図で表すと、これは、VCM_MIN ~ VCM_MAX および VOUT_MIN~ VOUT_MAX の範囲で囲まれたボックスのようになります。入力電圧がシングルエンドの場合(1 つの入力が固定電圧で、もう 1 つの入力が変化する場合)に生じる面倒な問題の 1 つは、同相電圧が入力信号とともに変化することです。VOUT に対する VCMで表したこの線の勾配は ±1/(2G)なので、高ゲインの時は勾配が非常に小さくなりますが、低ゲインの時には大きな違いが出ます。入力信号条件の 3 つのケースを図 2 ~ 図 4 に示します。

図 2. 差動入力信号条件とそのプロット

図 2. 差動入力信号条件とそのプロット

図 3. +IN をシングルエンドにした入力信号条件とそのグラフによる表現

図 3. +IN をシングルエンドにした入力信号条件とそのグラフによる表現

図 4. -IN をシングルエンドにした入力信号条件とそのグラフによる表現

図 4. -IN をシングルエンドにした入力信号条件とそのグラフによる表現

これらの各条件が当てはまる例を以下に示します。

  • 4 素子可変ブリッジは差動入力の例です。
  • 負のリード線を接地した状態の絶縁熱電対の測定は、+IN をシングルエンドとした入力信号の例です。
  • 正電源のハイサイド電流検出は、-IN をシングルエンドとした入力信号の例です。

特定の回路に対してどの方法が適しているか明確でない場合、最大および最小同相電圧が既知である限り、差動入力を広く使用することができます。ただし、得られたボックスが、回路が実際には動作しないグラフ領域に重なる可能性はあります。


ダイヤモンド・プロットの分析


ダイヤモンド・プロットは、個々のヘッドルーム制限の集まりを表します。これらの制限がどこから来るのか、それらがダイヤモンド・プロットのどこに現われるのかを理解すれば、計装アンプをより効果的に応用する方法を洞察することができます。

まず、すべての計装アンプが守らなければならない基本的な制限、つまり入力範囲と出力範囲について考えます。これらの制限を図 5 に示します。ダイヤモンド・プロットで使用されている VOUT 対 VCM の軸上に変換すると、出力範囲の制限は VOUT = VOUT_H または VOUT = VOUT_L の位置の縦線として現れます。つまり、飽和を防ぐには、横軸の変数である VOUT が VOUT_L より大きく、VOUT_H より小さくなければなりません。

図 5. 入力範囲制限と出力範囲制限だけを示すダイヤモンド・プロット

図 5. 入力範囲制限と出力範囲制限だけを示すダイヤモンド・プロット

入力範囲は、これよりも少し複雑です。VREF が出力範囲内にあると仮定して VIN_DIFF を 0 V に設定すると、出力電圧は VOUT = VREF となります。これらの条件下で、依然として範囲内にある最大および最小同相電圧は規定入力範囲のリミットで、それぞれ VIN_H と VIN_L です。入力をこれらのリミットの 1 つに固定して出力電圧を変化させるには、入力の 1 つをリミットから移動させなければなりません。この移動を行うと、(V+IN + V−IN)/2 で定義される同相電圧(VCM)は、±ΔVOUT × 1/(2G)だけ変化します。ここで、G は計装アンプのゲインで、符号は、どちらの入力を制限値から移動させるかによって決まります。この式から、ゲイン 1 の場合の勾配(m)が ±1/2 であることは明らかです。ゲインが大きくなると勾配は小さくなります。視覚的には、ゲインが約 10 を超えると、入力範囲制限の線はほぼ水平に見えます。

回路設計者は、一般に、ダイヤモンド・プロットを参照する前に、入力範囲と出力範囲を考慮に入れています。したがって、これらの基本的な制限を認識した上で、計装アンプのアーキテクチャによる追加の制限をダイヤモンド・プロット上で知ることができます。理想的な計装アンプの制限は、図 5 に示す制限と、レール to レール入力およびレール to レール出力だけです。ほとんどの計装アンプには、ダイヤモンド・プロットによる追加の制限があります。実際、特別な間接電流帰還アーキテクチャを使用する AD8237 は、ほとんどの構成で理想的なダイヤモンド・プロットに合わせられる数少ない計装アンプの 1 つです。

ほとんどの計装アンプは、図 6 に示す伝統的な 3 オペアンプ・アーキテクチャをベースにしているので、内部的制限を把握する上で、3 オペアンプ型計装アンプは調べるだけの価値があります。3 オペアンプ型の計装アンプでは第 1 段で増幅が行われますが、同相電圧は第 2 段で除去されます。このため、プリアンプ段の 2 つの出力は、VCM ± G × VIN_DIFF/2 になります。これらの制限を VCM 対 VOUT軸平面に再度変換すると、プリアンプ出力制限の勾配は ±1/(2 × GD)になります。ここで、GD は減算器のゲインです。図 6 の回路に示すように、GD は通常 1 です。この勾配はプリアンプのゲインとは無関係なので、高いゲインでは入力範囲の勾配がほぼ水平になるとしても、この内部プリアンプの出力範囲制限はそうなりません。

図 6. 基本的な 3 オペアンプ型計装アンプ

図 6. 基本的な 3 オペアンプ型計装アンプ

検討すべきその他の制限は、減算用オペアンプの入力範囲だけです。減算用オペアンプの入力は、正のプリアンプ出力と REF ピンの間にある抵抗分圧器の中点です。通常、REF ピンは電源電圧の中点付近にあるので、減算用オペアンプの入力も電源の中点に近付ける傾向がありますその結果、VREF とプリアンプの正の出力の両方が同じ電源に非常に近い値でない限り、通常、この制限が回路に影響を与えることはまったくありません。

プロットの全体は、これらすべての制限を組み合わせることによって説明できます。図 7 は AD8221 のデータシートに記載されている G =100 のプロットで、どの線の部分がどの制限を表すのかラベル表示されています。出力範囲は垂直の線で、入力範囲はほぼ水平(±1/200 の勾配)、プリアンプの出力範囲の勾配は ±1/2 です。

図 7. AD8221 のラベル表示付きダイヤモンド・プロット

図 7. AD8221 のラベル表示付きダイヤモンド・プロット

アナログ・デバイセズのダイヤモンド・プロット・ツール


ダイヤモンド・プロットを簡単に生成して利用するために、アナログ・デバイセズはオンラインの計装アンプ・ダイヤモンド・プロット・ツールを開発しました(www.analog.com/designtools/en/diamond)。このツールは、ユーザーから与えられた回路条件に基づいてアナログ・デバイセズ製計装アンプのダイヤモンド・プロットを計算し、信号範囲がその計装アンプの動作範囲内に入っているかどうかを検出します(図 8 参照)。このツールは、計装アンプの動作範囲から外れているゲインや電源電圧などよくあるエラーもチェックします。

図 8. アナログ・デバイセズの計装アンプ・ダイヤモンド・プロット・ツールの画面

図 8. アナログ・デバイセズの計装アンプ・ダイヤモンド・プロット・ツールの画面

設計プロセスに要する時間を節約するために、この計装アンプ・ダイヤモンド・プロット・ツールは、すべての回路条件とヘッドルーム要件を満たす推奨計装アンプのリストも生成します(図 9 参照)。ツール使用時に[Filter this list by specifications(下記リストに条件を追加する)]をクリックすれば、ツール内でパラメータを指定してこのリストをフィルタすることができます。また、[View parametrics for recommended in-amp(推奨計装アンプのパラメータを表示する)]をクリックすると、www.analog.com 上のパラメータ検索テーブルにリストを表示することができます。仕様によるツール内でのフィルタリングには、選択されたゲインに対する補間的な仕様を表示できるという利点があり、より設計に関連した直接的比較が可能です。

図 9. ダイヤモンド・プロット・ツールにより作成された推奨オペアンプのリスト

図 9. ダイヤモンド・プロット・ツールにより作成された推奨オペアンプのリスト

まとめ

ダイヤモンド・プロットの基本的な理解は、計装アンプを使った設計で予期せぬ飽和が生じるのを避けるために不可欠です。ダイヤモンド・プロットは非常に便利なものですが、回路構成に依存するので、設計の具体的な回路条件に対して作成する必要があります。新製品の設計には、計装アンプ選択の最初の基準としてダイヤモンド・プロットを検討すれば、時間を節約することができます。しかし、これまでは、このような方法で設計上の選択肢を絞り込んでいくことは困難でした。計装アンプ・ダイヤモンド・プロット・ツールを使用すれば、ヘッドルームの検討項目の評価を迅速に行うことができ、設計者は自信を持って性能の検討に進むことができます。

著者

Scott Hunt

Scott Hunt

Scott Huntは、アナログ・デバイセズのスタッフ・エンジニアです。産業用プラットフォーム/技術グループで、高精度設計ツールに関する業務に携わっています。2011年に、高精度アンプを担当するプロダクト・アプリケーション・エンジニアとして入社。2016年からはシステム・アプリケーション・エンジニアとして科学用計測器を担当しました。2022年に高精度ウェブ・ツール・グループに異動してからは、プロダクトの定義に携わっています。レンセラー工科大学で電気/コンピュータ・システム工学の学士号を取得しました。