電流出力型DACの電源電圧を動的に制御、過大な発熱の抑制が可能に
要約
本稿では、電流出力型のD/Aコンバータ(以下、IDAC)を使用する際、その消費電力を少なく抑える方法を紹介します。ここで言うIDACには、電流のソースだけでなく、電流のシンクに対応可能なタイプの製品も含まれます。また、IDAC製品の中には複数のチャンネルを備えるものも数多く存在します。各チャンネルから負荷に電流が供給されると、各チャンネルの電源電圧(PVDD)と負荷電圧の差であるヘッドルーム電圧が小さくなります。IDACの正常な動作を維持するためには、十分なヘッドルーム電圧を維持しなければなりません。その一方で、このヘッドルーム電圧が大きすぎると消費電力に関する問題が生じます。IDACのチップ内部では、ヘッドルーム電圧に依存して電力が消費されるからです。その消費量が増大すると、システム全体の電力効率が低下します。また、それによってダイの温度が過剰に上昇すると、信頼性に影響が及ぶ可能性もあります。本稿では、このような懸念を解消する方法を紹介します。その方法とは、IDACのPVDDの値を動的に制御するというものです。PVDDの値を必要十分なレベルに抑えれば、出力電流と負荷電圧の値に依存することなくIDACのチャンネルの動作を維持できます。しかも、IDACの消費電力を最小限に抑えることが可能になります。本稿では、この方法の実装例も示すことにします。その回路では、アナログ・デバイセズの単一インダクタ・マルチ出力(SIMO:Single-inductor Multiple-output)技術を採用したDC/DCコンバータを活用します。それにより、IDACのPVDDの動的制御を容易に実現できます。それだけでなく、ソリューションのサイズを小さく抑えることも可能になります。
IDACに関する基礎理論
本稿では、IDACの消費電力に注目します。それに向けて、まずはそれに関する基礎理論を押さえておきましょう。
IDACの出力段
図1は、IDACの出力部を簡略化して示したものです。この部分では、PMOS(NMOS)トランジスタを使用して電流のソース(シンク)を実現します。このMOS段のソースは負荷に接続されます。MOS段から負荷に電流が供給されることにより、負荷電圧VOUTの値が決まります。この回路では、MOS段を飽和状態に維持し、出力インピーダンスを高く保つ必要があります。また、定められた正確な値の電流によって負荷を駆動しなければなりません。そのためには、負荷電圧を十分に低く維持する(シンク動作の場合は十分に高く維持する)必要があります。
熱に関する制約
図1からわかるように、IDACの出力部から電流が供給されると、ヘッドルーム電圧(電源電圧PVDDと負荷電圧VOUTの差)が小さくなります。上述したように、IDACの正常な動作を維持するためには、このヘッドルーム電圧を十分な大きさに維持しなければなりません。一方、IDACの消費電力の観点からは、このヘッドルーム電圧が過大にならないよう配慮する必要があります。IDACのチップ内部(出力部)で消費される電力は、ヘッドルーム電圧と出力電流の積によって決まるからです。この消費電力の量が増大すると、IDACのチップの温度が上昇します。チップ内で多くの電力が消費されるということは、ダイのジャンクション温度が動作限界を超えるレベルまで上昇する可能性があるということを意味します。このことは、チャンネル密度が高いシステムや周囲温度が高いシステムでは大きな懸念事項になるでしょう。
ここで、図1に示したIDACのチャンネルが次のような条件に基づいて構成されていると仮定します。すなわち、PVDDが3.5V、負荷が10Ωで、その負荷に対して300mAの最大出力電流を供給する(ソース)としましょう。その場合、負荷電圧VOUTの値は3V、ヘッドルーム電圧の値は0.5Vです。そうすると、チップ内では約0.15W(= 0.5V × 300mA)の電力が消費されることになります。では、IDACのチャンネルがフルスケールよりも少ない電流をソースする場合や、負荷インピーダンスが低い場合にはどのようになるでしょうか。その場合、負荷電圧が低下し、出力用のMOS段には過大なヘッドルーム電圧が存在する状態になります。そうすると、多くの消費電力によって多くの熱が生成されます。それらの熱は、チップから放散されることになります。
以下の式に示すように、IDACのジャンクション温度は消費電力に依存します。
ここで、各変数/定数の意味は以下のとおりです。
TJ:ジャンクション温度
PDISS:チップの消費電力
θJA: ジャンクションの熱抵抗(通常はデータシートに値が記載されている)
TA:周囲温度
式(1)を別の観点から見ると、所定の消費電力の値に対し、IDACが許容できる最高周囲温度の値がわかります。すなわち、以下の式が成り立ちます。
ここで、あるIDACのパッケージが49ボールのWLCSPだと仮定します。このパッケージの熱抵抗θJAは30℃ /Wです。また、このパッケージが許容できる最高ジャンクション温度TJ(MAX)は115℃です。先ほどの例のように、IDACの1つのチャンネルが内部で0.15Wの電力を消費するとします。その場合、温度は4.5℃(= 0.15W × 30℃ /W)上昇することになります。このことから、安全を確保できる最高周囲温度TA(MAX)は110.5℃まで低下します。
続いて、1つのパッケージ内に4つのチャンネルを内蔵するIDACを考えます。その場合、各チャンネルが内部で0.15Wの電力を消費するとしたら、チップ内で計0.6Wの電力が消費されることになります。その結果、4つのチャンネルによってPDISS × θJA =0.6W × 30℃ /W = 18℃の温度上昇が生じます。したがって、安全を確保できる最高周囲温度は97℃まで低下してしまいます。
今日の光通信システムでは、チャンネル密度に対する要求がより厳しくなっています。そうしたなか、最終的なアプリケーションにおいてTA(MAX)が97℃に制限されるのは好ましいことではありません。実際、このことは懸念事項になり得るということが明確になりつつあります。光通信システムの場合、IDACの負荷としては、レーザ・ダイオード、シリコン・ベースの光増幅器、シリコン・フォトマルチプライヤといった光デバイスが想定されます。それらを駆動するマルチチャンネルのIDACは、一般的に単一の基板や単一のシステムに実装されます。高密度の実装を行う場合、システムの温度が大幅に上昇する可能性があります。
電源電圧の動的制御
IDACのチップ内で過剰に電力が消費されるという問題は、電源電圧PVDDを動的に変化させることで改善できます。この手法は、ダイナミック消費電力制御(DPC:Dynamic Power Control)と呼ばれています。DPCでは、出力電流と負荷電圧の値に依存することなくIDACのチャンネルの動作を維持するために、必要十分な値の電源電圧を供給します。
DPCの機能は、様々な方法で実現できます。例えば、A/Dコンバータ(ADC)を使用して負荷電圧を検出し、マイクロコントローラによって必要なPVDDの値を計算するといった具合です。PVDDの値を変化させるには、そのための電圧が別途必要になるかもしれません。その電圧は、図2、図3に示すようにDACを使用することで生成できます。いずれの方法においても、DC/DCコンバータ(スイッチング・レギュレータ)の出力を制御するためにDACを使用しています。DC/DCコンバータとしては、FB(フィードバック)ノードを利用したプログラマブルな出力が可能なものを選択します。図2の回路では、電圧出力型のDACを使用して制御用の電圧を生成します。一方、図3の回路では電流出力型のDACを使用しています。この構成については、電流ソース/シンク型のDACを別途用意するという単純な方法も考えられますが、DPCの対象となるIDACの別のチャンネルを使用することでも対応可能です。
以下では、DPCの機能の具体的な実装方法を紹介します(図4)。まず、IDACの例としては「AD5770R」を取り上げます。このDACのPVDD(PVDD2~PVDD5)をDPCによって制御します。ホストとして使用するのは、高精度のアナログ・マイクロコントローラ「ADuCM410」です。DC/DCコンバータとしては、SIMO技術を採用したパワー・マネージメントIC(PMIC)「MAX77655」を使用します。
このDPCの機能は、アナログ・デバイセズの他のIDAC製品を対象とし、他のDC/DCコンバータ製品を使用して実現することもできます。なお、MAX77655の場合、I2Cに対応するバスを使用して出力電圧を容易に制御できます。そのため、図2、図3の例のように別のDACを用意する必要はありません.
DPC用の回路の詳細
図4は、DPCがもたらすメリットを示すために必要なシステム全体を表しています。SIMO技術を採用したDC/DCコンバータ(以下、SIMOコンバータ)の各チャンネルを使用することで、IDACのPVDD2~PVDD5に電源電圧を供給します。ホストとなるマイクロコントローラは、SIMOコンバータの出力とIDACの出力電流を制御する役割を担います。このIDAC(AD5770R)は、診断用のマルチプレクサを内蔵しています。それを利用すれば、各チャンネルの出力電流と負荷電圧の値を取得できます。マイクロコントローラが内蔵するADCにより、IDACの多重化された出力を検出してデジタル・データに変換します。
DPC用のアルゴリズムは様々な形で実現できますが、それらは2種類に大別されるはずです。1つは、IDACによって値が既知のインピーダンスを駆動する場合を対象としたアルゴリズムです。もう1つは、IDACによって値が未知または変化するインピーダンスを駆動する場合を対象としたものです。
インピーダンスの値が既知である場合、マイクロコントローラを使用することで必要な最小電源電圧を算出できます。その結果に応じ、PVDDの値を設定すればよいでしょう。
では、インピーダンスの値が未知であるか変化する場合にはどうすればよいのでしょうか。実際、温度に応じて負荷の値が変動するといったケースは少なくないはずです。その場合、まずはマイクロコントローラによってPVDDを十分に高い値に設定します。次に、その状態における負荷電圧を検出します。その上で、マイクロコントローラによってPVDDの値を引き下げます。ここで設定すべき最適な値は、負荷電圧と最小ヘッドルーム電圧の和になります。以上のステップは、IDACのチャンネルの入力コードが変化するたびに実施することができます。あるいは、一定の時間間隔で実行しても構いません。最終的なアプリケーションに適したタイミングで実行すればよいでしょう。
どのような方法を採用する場合でも、注目すべき重要な値はIDACの最小ヘッドルーム電圧です。PVDDと負荷電圧の差が大きすぎると、IDACの出力段で多くの電力が無駄に消費されます。その結果、チップ内で多くの熱が生成されることになります。
実測評価の結果
ここでは、図4の回路の評価結果を示します。それにより、DPCの効果を確認していただきましょう。まずは図5をご覧ください。これは、IDACの1つのチャンネル(IDAC5)に注目して各値をプロットしたものです。このチャンネルは、22Ωの負荷を駆動できるように設計されています。フルスケールの電流範囲は100mAです。また、このIDACの電源電圧については、PVDD- AVEEが2.5V以上という要件を満たさなければなりません。最小ヘッドルーム電圧は0.275Vです。これらの条件を満たせるよう、マイクロコントローラ上で稼働するファームウェアによって制御を行う必要があります。
チップ内の消費電力は、PVDDと負荷電圧の差を測定することで計算します。図5では、DPCを適用した場合と適用しない場合の値を示しました。DPCを適用しない場合のPVDDは2.5Vの固定値です。AVEEの値は0Vです。
では、システム全体の消費電力はどのようになるのでしょうか。これについては、DC/DCコンバータとIDAC(AVDDピン)に供給される3.3Vの電源の電流値を測定することで把握できます。図6は、0mAから100mAまでの全出力電流範囲における3.3V電源の全消費電力をプロットしたものです。
図7、図8に示したのは、PVDDピンとIDACのチャンネルの出力ピンで観測された電圧リップルです。図4に示したように、IDACはSIMOコンバータの出力によって直接駆動されます。そのため、IDACのAC電源電圧変動除去比(AC PSRR)によっては出力にある程度のリップルが現れることが想定されます。ここで、AC PSRRは、IDACに印加される電源電圧のAC的な変動が出力電流においてどの程度除去されるのかを表します。この種のリップルは、SIMOコンバータの出力コンデンサを最適化することで更に低減できます。必要であれば、PMICの出力にフィルタを適用してもよいでしょう。図7、図8に示した結果は、SIMOコンバータの出力とIDACの電源ピンの間にLCフィルタを適用した状態で取得しました。なお、IDACは多くの電流をソース/シンクする可能性があります。したがって、LCフィルタ向けには等価直列抵抗(ESR)の小さいインダクタを選択するとよいでしょう。
基板設計の例
ハードウェアの実装方法としては、最終的なアプリケーションに応じて様々な形態が考えられます。図11(上)に示したのは、ユニポーラ電源を使用する場合の基板の設計例です。この例では、PMICとしてMAX77655だけを使用します。一方、図11(下)に示したのは、バイポーラ電源を使用する場合の基板の設計例です。この例では、もう1つのPMICとしてDC/DCコンバータ「ADP5073」を追加し、負電源を生成するようにしています。どちらの基板にも、マイクロコントローラの実装スペースは含まれていません。ご覧のように、いずれの基板も非常にコンパクトに実現されています。それぞれのサイズは1.275インチ × 0.605インチ(約32.4mm × 15.4mm)、1.502インチ × 0.918インチ(約38.2mm × 23.3mm)です。なお、これらはコンパクトなサイズを実現できることを示すために用意したものです。本稿で示した評価結果は別のボードを使用して取得しました。図9、図10に、図11に示した両ソリューションの3次元のレンダリング結果を示しておきます。
まとめ
本稿で説明したとおり、DPCを利用すれば、電流出力型DACのチップ内で消費される電力の量を低減できます。負荷の動作に悪影響を及ぼすことなく、トータルの消費電力を削減することが可能になります。SIMOコンバータは、AD5770RのようなIDACを駆動するための理想的なソリューションです。このタイプのDC/DCコンバータを採用すれば、コンパクトな基板によって高い電力効率を達成することが可能になります。
※初出典 2025年 EDN Japan
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