遠隔・個別化医療の未来を担うアナログ・デバイセズ

遠隔・個別化医療の未来を担うアナログ・デバイセズ

アナログ・デバイセズは、画像診断機器(CT、MRI、超音波診断)、医療ライフサイエンス機器および分析装置、疾病管理およびウェルネス、という三つのセグメントに対してソリューションを展開しています。本稿ではそのうち、ウェルネス(ヘルスケア)を対象に、ハードウェア、ソフトウェア、電源、開発用プラットフォームなどの取り組みの一端をご紹介します。

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岩﨑 正統

健康寿命の延長が社会課題のひとつに

日本で少子高齢化が進んでいます。経済産業省が2018年に公表した「経済産業省におけるヘルスケア産業政策について」[1]に記載されている「日本の将来人口推計」グラフには、2002年(平成20年)の1億2808万人をピークに、2060年には8000万人台にまで減少するという人口推計が示されています(図1左)。65歳以上の高齢者の数は横ばいと推計されていますので、高齢者の比率(高齢化率)が今後急速に高まっていくことを意味します。

また、厚生労働省が発表している健康寿命[2]は、2019年(令和元年)の値で、男性72.68歳、女性75.38歳となっています。ここで健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を言います。一方、「0歳における平均余命」である平均寿命は、男性81.41歳、女性87.45歳です。この健康寿命と平均寿命との差は日常生活に制限のある「不健康な期間」を表します。その人数は高齢者の3割にも達し、今後平均寿命がさらに延びればその割合は5割に拡大すると言われています。

医療資源に負担がかかるだけではなく、健康保険を中心とする社会保障費は増大し、また、まだ働きたいのに働けない、働いてもらいたいのに働いてくれる人がいない、といった労働力不足の問題にもつながります。

では健康寿命を延ばすにはどうすればいいでしょうか。先ほど挙げた経産省の資料[1]には、厚生労働省が発表した「平成25年度 国民医療費の概況」[3]のデータを元にした診療費の傷病別内訳グラフが掲載されていて、2013年度医療費総額の28.7兆円のうち、生活習慣病関連が34.4%を占めていることが示されています(生活習慣病関連:悪性新生物、高血圧疾患、脳血管疾患、心疾患、糖尿病)。

これらを踏まえると、日々の生活において健康状態のモニタリングを行い、生活習慣病を予防するとともに、健康管理を行って病気の予防につなげることが、医療費の抑制や働き手の確保を図っていくうえでも重要と言えます。

図1. 経済産業省が発表した少子高齢化による人口減少と高齢者の増加の推計を示したグラフ(左)と、厚生労働省が発表した国民医療費の概況からその内訳を示したグラフ(右)(出典:「経済産業省におけるヘルスケア産業政策について」、2018年、経済産業省)
図1. 経済産業省が発表した少子高齢化による人口減少と高齢者の増加の推計を示したグラフ(左)と、厚生労働省が発表した国民医療費の概況からその内訳を示したグラフ(右)(出典:「経済産業省におけるヘルスケア産業政策について」、2018年、経済産業省)

ウェアラブル市場は年率18%で拡大

次に、日本の医療におけるICTの利活用に関する状況について説明します。

2018年に行われた診療報酬改定と2020年に行われた診療報酬改定[4]によって、情報通信機器を活用した診療の推進を図るために、オンライン診療のより柔軟な活用、オンライン医学管理料(のちにオンライン診療料に統合)の要件の見直し、対象疾患の見直し、へき地など医療資源の少ない地域などへの対応、希少性の高い疾患などを対象にしたかかりつけ医と遠隔医療の連携、などのガイドライン[5]が定められました。

国の方針として、患者の地域や状況によらず医療サービスを提供するために、情報通信機器を用いたオンライン診療の導入拡大を図ろうとする意図がうかがえます。

本稿(2023年3月)時点で、民生用のウェアラブル機器で取得した生体情報のモニタリング値を診断に用いることは認められていませんが、各個人が日頃の健康データをモニタリングすることには、生活習慣病などを予防するためにも十分に意義があると考えられます。さらに、個人がモニタリングした生体情報がオンライン診療に活用できるように規制などが緩和されれば、ウェアラブル機器及びヘルスケアの市場はさらに大きく動くと予想されます。

そのウェアラブル機器の市場ですが、人々の健康志向の高まりやヘルスケアに対する社会ニーズ、スマートフォンを中心としたIoTアプリケーションや健康管理サービスの拡大、および、半導体デバイスの小型化や進化に伴う製品の多様化などを背景に、さらなる拡大が期待されています。たとえば米MarketResearch.com社は、リストウェア、ヘッドウェア、フットウェア、ファッションとジュエリー、およびボディウェアのマーケットは、2021年度の1163億ドルから2025年には2475億ドルに拡大し、年平均成長率(CAGR)は18%にも達すると予測しています[6]。

当然ながら生体情報のモニタリング技術やウェアラブル機器の小型実装技術などは、遠隔医療や個別医療にも応用されていくことが見込まれます。

バイタル・サインの基本となる脈拍の計測

人々の健康状態(生命状態)を知る指標を「バイタル・サイン(vital sign)」と呼びます。医療現場や介護現場では、「呼吸数」、「体温」、「脈拍」、「血圧」の四つが用いられ、さらに「意識レベル」や「尿量」が追加で用いられる場合もあります。また、血液中の「酸素飽和度」(SpO2)もバイタル・サインとして扱う場合もあります。

これらのバイタル・サインのうち、ウェアラブル機器で測定可能な情報は、「呼吸数」、「体温」、「脈拍」、「血圧」、および「血中酸素飽和度」の五つです。残りの「意識レベル」は声掛けによる判定が必要ですし、「尿量」は実際に排尿してもらう必要があるため、ウェアラブル機器では計測できません。

次に、バイタル・サインの基本とも言える「脈拍」をモニターするウェアラブル機器の開発を例に挙げながら、バイタル・サインを取得するテクノロジーと、アナログ・デバイセズが提供するソリューションについて説明します。

脈拍を電子的に計測する方法としては心電波形を計測する方法や心音を計測する方法などが知られていますが、ウェアラブル機器で用いられているのが血管の容積変化を光学的に非侵襲で検知する「光電式容積脈波記録法」(Photoplethysmography)です(図2)。略してPPGと呼ばれます。体表近くの血管にLED光を照射し、その透過量(耳たぶなど)または反射量(手首など)をフォトダイオードで計測し、その変動から脈拍を求める方法です。

図2. 血管の容積変化を光学的に検知して脈拍を求める光電式容積脈波記録法(PPG)の概要
図2. 血管の容積変化を光学的に検知して脈拍を求める光電式容積脈波記録法(PPG)

ハード・ソフト・電源などをトータルで提供

PPGで脈拍を計測するウェアラブル機器を開発しようとした場合、ハードウェア面での課題として挙げられるのがセンシング信号の品質です。フォトダイオードの出力に対して、DC成分や外乱光成分を抑えながらAC成分を精度高く取得しなければなりません(図3①)。

アナログ・デバイセズでは、フォトダイオードのフロントエンドとして最適な心拍数モニタ用アナログ・フロントエンド「AD8232/AD8233」を提供しています。フォトダイオードの電流出力を電圧に変換するトランスインピーダンス・アンプ、DC成分や体動などの外乱成分を除去するハイパス・フィルタ(DCブロック)、ゲイン100の計装アンプなどを4mm×4mmサイズのパッケージに集積したソリューションで、消費電力はわずか170μAです。

臨床グレードのアナログ・フロントエンドが「MAX86178」で、PPG測定サブシステムのほか、心電図計測サブシステム、生体インピーダンス測定サブシステムを統合したソリューションです。これらのサブシステムを組み合わせることで、脈拍、心電図、血中酸素飽和度(SpO2)、および呼吸数を取得することができます。

スマートウォッチなどのケースの設計もウェアラブル機器のハードウェアにおける課題のひとつです(図3②)。LED光を皮膚に効率的に照射するとともに、その反射光が効率的にフォトダイオードに入るように、LEDやフォトダイオードの実装位置やガラス厚みの最適化を図らなければなりません。アナログ・デバイセズではウェアラブル機器を開発するお客様向けにPPGに最適な筐体設計案も提供しています。

また、ソフトウェアを開発するリソースが不足している、あるいは、すぐに使えるアルゴリズムが欲しい、というお客様向けに、アナログ・フロントエンドで受けたフォトダイオードの出力に対して信号処理を行って脈拍情報などを抽出するソフトウェア・アルゴリズム(図4)や、各種アルゴリズムを内蔵した超ローパワー生体センサー・ハブ「MAX32664」も提供しています。

魅力的なウェアラブル機器を仕上げるには電源設計も重要です。小型化が求められるウェアラブル機器は、搭載可能なバッテリー容量にも制限があり、ソリューションの省スペース化と省電力化は必須の要件です。

こうした課題に対してアナログ・デバイセズは幅広い電源ポートフォリオを展開しています。たとえば、複数のスイッチング・レギュレータ出力を単一のインダクタで構成できる「SIMO(Single-Inductor-Multiple-Output)」DC/DCコンバータや、バッテリ残量を高精度に計測する「Model Gauge」ソリューションがその一例です。

図3. バイタル・サインの代表である脈拍情報を取得するうえでの課題とアナログ・デバイセズのソリューション
図3. バイタル・サインの代表である脈拍情報を取得するうえでの課題とアナログ・デバイセズのソリューション
図4. 脈拍検出の信号処理アルゴリズムであるMUSIC法(MUltiple SIgnal Classification)の一例
図4. 脈拍検出の信号処理アルゴリズムであるMUSIC法(MUltiple SIgnal Classification)の一例

生信号が得られる開発用プラットフォーム

アナログ・デバイセズでは実際のアプリケーションを見据えたソリューションの提供にも力を入れています。スマートウォッチあるいはリストウェアの開発用プラットフォームが、時計型の「EVAL-HCRWATCH4Z(Gen4)」(図5左)とリストバンド型の「MAXREFDES105」(図5右)です。

EVAL-HCRWATCH4Zは、前述の心拍数モニタ用アナログ・フロントエンド「AD8233」、高精度な電気化学フロント・エンド「AD5940」、マルチモーダル・センサ・フロントエンド「ADPD4100」、ローパワー3軸加速度センサー「ADXL362」、容量デジタル・コンバータ「AD7156」で構成されています。機能としては、脈拍(PPG)のほか、心電波形(ECG)、生体電気インピーダンス(BIA)、EDA、体表温度、および動きを検知することができます。

アルゴリズム研究やアプリケーション開発が進められるように、ソフトウェア処理前の生信号がUSB経由で取得可能です。また、開発ツールとして「VSM Wave Tool」が提供されます。

後者のMAXREFDES105は、オプティカル・パルスオキシメーター兼ハートレート・センサー「MAX86174A」、超ローパワー生体センサー・ハブ「MAX32664」、ウェアラブル用パワーマネジメントIC「MAX20303」、ホストマイコン「MAX32630」など、アナログ・デバイセズが2021年8月に買収した旧マキシム系のデバイスで構成されています。こちらのプラットフォームでは、心拍数、心拍変動(HRV)、および血中酸素飽和度(SpO2)の計測が可能です。

両方のプラットフォームともに、脈波信号や心電波形などの生データを活用して新しい研究やアプリケーションを開発したいお客様にとって有用なプラットフォームと言えるでしょう。

図5. ウェアラブル機器の開発プラットフォームである時計型の「EVAL-HCRWATCH4Z(Gen4)」(左)とリストバンド型の「MAXREFDES105」(右)
図5. ウェアラブル機器の開発プラットフォームである時計型の「EVAL-HCRWATCH4Z(Gen4)」(左)とリストバンド型の「MAXREFDES105」(右)

まとめ

アナログ・デバイセズは、画像診断機器(CT、MRI、超音波診断)、医療ライフサイエンス機器および分析装置、疾病管理およびウェルネス、という三つのセグメントに対してソリューションを展開しています。本稿ではそのうち、ウェルネス(ヘルスケア)を対象に、ハードウェア、ソフトウェア、電源、開発用プラットフォームなどの取り組みの一端をご紹介しました。

2021年8月に買収した旧マキシムが展開していたメディカル向けおよびヘルスケア向けのソリューションが統合されたことで、より幅広いアプリケーションに対し、より優れたテクノロジーやソリューションを提供できるのがアナログ・デバイセズの強みであると考えています。

また、お客様の研究や最終製品の開発を加速するために、半導体デバイス(ハードウェア)だけではなく、ソフトウェア、開発環境、リファレンスプラットフォームなどの提供にも力を入れています。

今後の遠隔医療および個別化医療の普及や浸透に向けて、テクノロジーやソリューションを提供するとともに、新たなアプリケーションの提案を続けていきます。

※ 本稿は2023年3月の情報に基づいています。