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閉じる宇宙で最初に誕生した星の光を捕捉するジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
もし、135億年前まで遡れるタイム・マシンを実現できたとしたら、何が起きるでしょうか。それを使用すれば、「宇宙の誕生」を目撃することができます。つまり、あらゆるものの起源になった最も偉大な瞬間を目にすることができるということです。タイム・マシンの実現などというものは、完全な夢物語だと思われるかもしれません。しかし、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST:James Webb Space Telescope)であれば、実際に宇宙の起源に迫ることができる可能性があります。宇宙初の星であるファースト・スターやファースト銀河は、ビッグ・バンによって生成された始原ガスを基にして誕生したと考えられています。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、そうしたファースト・スターやファースト銀河を観測できるように設計されました。同望遠鏡を使用すれば、いわば宇宙の果てや、時間の始まりまでを見渡すことが可能になります。そのため、同望遠鏡は「First Light Machine」という愛称で呼ばれています。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、これまでに構築された中で最も大きく、最も強力で、最も複雑なものです。同望遠鏡のことは宇宙天文台(space observatory)と表現することもできるでしょう。また、同望遠鏡は、比類のない多機能性を誇るスイスのアーミー・ナイフのようなものでもあります。同望遠鏡が備える科学機器を使用すれば、宇宙の歴史のあらゆる段階について研究し、これまで目にすることができなかった一部の宇宙空間や時間を観測することが可能になります。その結果として、太陽系外の惑星に存在する生命の痕跡を検出することもできるかもしれません。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、天文学の分野における偉大な技術的成果です。実際、同望遠鏡では前例のないレベルの高い精度が実現されています。また、極めて過酷な環境でも適切に稼働するパワー・マネージメント技術やセンサー技術も適用されています。そうした最高レベルの技術を結集することにより、太古の時代の宇宙で生じた微弱な赤外線信号を捕捉することが可能になっています。同望遠鏡が開発された目的は、全く異なる視点から天を眺め、宇宙そのものと、その中に存在する地球についての理解を根本から変質/変容させるような発見をすることです。同望遠鏡は、いわば人間の英知の神殿とでも言うべきものです。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使用すれば、過去の宇宙の様子を観測することができます。なぜなら、望遠鏡とは、現在の姿ではなく、過去の姿を見せてくれるものだからです。
驚異的な科学の基盤は、世界的な連携と多様性
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の開発を通して、3つの面で大きな飛躍が見られました。3つの面とは、技術、国際協力、大宇宙の広がりを理解するための探求です。このミッションには、30年の歳月と100億米ドル(約1兆3000億円)の資金が費やされました。また、14ヵ国のイノベータ/参加者が携わりました。同望遠鏡の開発に向けて、米国/カナダ/欧州の宇宙機関、数千人の技術者、数百人の科学者、300の大学、各種組織、大手技術企業が参集したのです。その中にはアナログ・デバイセズも含まれています。
この望遠鏡の運用初年度には、科学者たちが提案したGO(General Observer)プログラムに約6000時間が割り当てられます。科学者の内訳を見ると、その1/3は世界40ヵ国から集まった女性で占められています。
基本データ
主鏡の大きさ: 直径21.3フィート(約6.5m)。金メッキを施した六角形の展開式セグメントを18枚使用して構成
サンシールド(遮光板): 69.5フィート×46.5フィート(約21.2m×14.2m)の5層の展開式シールドで構成。テニス・コートの大きさに相当する
宇宙での位置: 地球から約100万マイル(約160万km)の第2ラグランジュ点付近で太陽を周回している
観測機器: 近赤外線カメラ(NIRCam)、近赤外線分光器(NIRSpec)、中赤外線観測装置(MIRI)、高精度のガイド・センサー(FGS)を備える近赤外線イメージャ/スリットレス分光器(NIRISS)
波長: 可視光、近赤外線、中赤外線(0.6μm~28.5μm)
赤外線分野の先駆者
宇宙望遠鏡の中で、これまでにいちばん大きな成功を収めたのは、おそらくハッブル宇宙望遠鏡でしょう。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡では、それと比べて6倍の大きさの鏡と100倍感度の高い技術を駆使しています。それにより、高名なハッブル宇宙望遠鏡ではどうしても実現できなかったことが行えるようになります。その主鏡を使えば、ハッブル宇宙望遠鏡や人間の目では捕捉できない赤外線光を集めることが可能になるのです。それにより、私たちはこれまで隠されていた宇宙の様子を目にすることができるようになります。
ハッブル宇宙望遠鏡では、主に可視光で見つけられるものに限定して観測が行われます。それに対し、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は近赤外線と中赤外線に重点を置いているので、従来と比べてはるかに高い鮮明度/感度で観測が行えます。
写真提供:NASA
宇宙が膨張すると、宇宙赤方偏移と呼ばれる過程を経て光が引き伸ばされます。はるか遠い昔に、波長の短い紫外線や可視光として放射された星の光は、今では引き伸ばされてはるかに波長の長い赤外線になっています。遠くにある星ほど、より昔の領域に位置することになり、その光はより赤方へと偏移しています。天文学者は、赤外線を対象にすることにより、時間の始まりの近くまで戻って宇宙を観測することができます。つまり、太古の恒星や銀河が誕生したときの様子を観測できるということです。
赤外線は波長が長いので、高密度の分子雲の中を通り抜けることができます。分子雲のチリは、可視光に対応する天文学用の機器で検出可能な光のほとんどを遮ってしまいます。原初の宇宙は、かつてないレベルの解像度と鮮明度を実現することによって初めて見えてくるのです。
スイスのアーミー・ナイフのような多機能性
2021年12月25日、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡はESA(欧州宇宙機関)のロケット「アリアン5」を使って宇宙に打ち上げられました。目的地である第2ラグランジュ点(L2)までの旅は1ヵ月にわたりました。その途中、モータ、プーリー、ケーブルを使って構成した精巧なシステムにより、5層の薄い膜状のサンシールドが展開されました。その後、望遠鏡の副鏡が展開され、続いて主鏡が展開されました。主鏡はセグメント化されており、六角形の鏡を18枚組み合わせることで実現されていました。
宇宙船の動作温度が華氏-380度(-229°C)を下回ったところで、鏡の位置合わせが開始されました。その後、まずはテスト運用が行われました。その最後の数ヵ月間、同望遠鏡は代表的な科学的対象物に向けられ、4つの科学機器のテスト、特性評価、キャリブレーションが実施されました。そのような作業を経て、通常の科学的な運用が始まりました。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、地球を挟んで太陽の反対側に停止し、L2の位置で周回します。L2では、各引力と機体の周回運動による力が平衡状態になります。そのため、宇宙船が軌道上にとどまるために必要な燃料の量を削減できます。L2において、太陽は地球の影にほぼ覆われ、コロナが見えるだけの状態になります。
過酷な環境における運用
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、地球から100万マイルも離れた場所で運用されます。しかも、深宇宙の強烈な放射線と華氏-370度(-223°C)を下回る極低温という極めて過酷な環境下で適切に動作しなければなりません。このような環境において、電子部品は最高レベルの強化が図られていない限りすべて損傷してしまいます。当然のことながら、そのような遠く離れた場所を訪れて修理を行うのは不可能です。つまり、技術的な障害が発生することは許されません。このような環境での運用を実現するためには、画期的な技術が必要になることは明らかです。
NASA(米航空宇宙局)は、最高レベルの信頼性と耐放射線性を備える部品を必要としていました。高エネルギーの荷電粒子との相互作用と、長期にわたる大量の電離放射線の総量に耐えられる製品が求められていたのです。このような要件を満たせるものとして選ばれたのが、アナログ・デバイセズの製品/技術です。具体的には、高い精度と耐放射線性を備えるパワー・マネージメント製品やセンサー製品がジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のシステムに採用されました。
アナログ・デバイセズは、50年にわたり、厳格なテストによって高い耐放射線性を備えることが確認された製品を提供してきました。そうした製品は、NASAの静止衛星のプロジェクトや、惑星への接近通過/着陸のミッションには不可欠なものでした。なかには、1974年に開発された製品が現在でも使われているという例もあります。ごく最近で言えば、火星探査機のパーサヴィアランスがその例に該当します。そしてジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡でも、そうした製品が使われているのです。「そのような製品の存在は、当社が長年にわたりイノベーションを実現しつつ、製品を陳腐化させないための取り組みも行ってきた証です」と、アナログ・デバイセズで航空宇宙/防衛/RF製品担当バイス・プレジデントを務めるBryan Goldsteinは語ります。
「当社は、耐放射線性を備える123種の製品によって、宇宙船の運用システムと11の科学機器をサポートしました。それにより、ミッションの成功に貢献しています。そうした製品の多くは、長年にわたりNASAの深宇宙ミッションで使用されてきた実績を有しています。」Gregg Bell
Managing Director, Aerospace & Defense, and RF Products | Analog Devices, Inc.
3つの技術的な課題
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の成功を確実なものにするためには、3つの技術的な課題を解決する必要がありました。1つ目は、高い精度を実現することです。2つ目は、パワー・マネージメントに関連する熱の制御方法の具現化です。3つ目は、赤外線を検出するための高度なセンサー技術を開発することです。これら3つの課題を解決するには、画期的な進歩、革新、発明が必要でした。
高い精度の実現
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ(NIRCam)では、波面センシング/制御と呼ばれるプロセスによって、1つの鏡として機能するのを妨げる可能性がある鏡の位置合わせの不完全性を測定します。また、132個のアクチュエータと小型の機械的モータによって、焦点を完全に1点に絞り、すべてのセグメントを1つの鏡として整列させます。この位置合わせのプロセスには再現性が求められます。なぜなら、望遠鏡を回転させて別の被写体に向けるたびに、鏡を再調整する必要があるからです。
パワー・マネージメントに関連する熱の制御
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のシステムで熱が発生すると、望遠鏡が捕捉した微弱な信号に干渉が及ぶ可能性があります。そこで、熱の制御を担うサブシステムによって宇宙船バス(crafts bus)の動作温度を維持します。つまり、宇宙天文台が常に適切な温度になるようにするということです。クライオクーラーは、世界で最も効率の良い冷蔵庫のように機能します。それにより、中赤外線観測装置(MIRI)の全体に熱を吸収するガスを送り込みます。MIRIの温度は華氏-447度(-266°C)に維持しなければなりません。これは、他の宇宙望遠鏡に求められるのよりも低い温度です。その結果、より遠くの赤外線を観測することが可能になります。
赤外線を検出するセンサー
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のセンサー技術は、3つの主要な要素がうまく組み合わせられることで真価を発揮します。3つの要素とは、鏡の大きさ、赤外線検出器、フィルタ・ホイールです。鏡が大きければ大きいほど、検出器に向けて多くのエネルギーを反射させることができます。そのため、同望遠鏡はこれまで軌道上に配備されたものの中で最大の鏡を備えています。
センシングの理論は単純ですが、実際には細部にわたって複雑な処理が必要になります。鏡によって集められた光は、フィルタリングされたり、分光されたりした後に、検出器に集光されます。検出器に取り込まれた光は、測定やその後の解析のために電圧に変換されます。
赤外線検出器は、エキゾチック半導体を使用して構成されたデバイスです。つまり、非常に珍しい特性を備える独特な材料で実現されています。そのことが、絶対零度に近いレベルまで温度を下げなければならない理由の1つです。例えば、MIRIでは検出器として前例のない1024×1024もの画素を備えたCCDが使われています。これは、ヒ素をドープしたシリコンで実現されています。センサーの各画素は、照射された光の量に対応して電圧を保持します。
技術をビルディング・ブロックとして提供する
アナログ・デバイセズは、自社の技術を、マイクロエレクトロニクスをベースとする基本的なビルディング・ブロックの形でお客様に届けます。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を構成する回路向けにも、そうしたビルディング・ブロックを提供しました。それにより、同望遠鏡のミッションを力強く支援しています。具体的には、オペアンプやコンバータなどで構成される基本的なシグナル・コンディショニング回路や、フィルタ回路、ゲイン・ブロックなどが使われています。アナログ・デバイセズで航空宇宙/防衛/RF製品担当プロダクト・ライン・マネージャを務めるChris Chipmanは、「当社は、NASAに対して実に様々な製品を提供しています。シグナル・チェーンの構成要素となるA/DコンバータやD/Aコンバータ、アンプ、電圧レギュレータ、リファレンスなど、その種類は多岐にわたります」と語ります。
例えば、アナログ・デバイセズのソリューションは、様々な維持管理、稼働状態の監視、オンボードのパワー・マネージメントに関する機能をサポートします。それらによって、様々なサブシステムに適切な電圧と電流が確実に供給されます。
地球上にもたらされた波及効果
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、人間の視覚を極めて高度な技術で拡張したものとして機能します。それにより、これまで目にしたことのないような宇宙の画像がもたらされます。この先進的な宇宙望遠鏡を構築するために開発された新たな技術は、地球上でも活かされています。その応用分野の一例としては、眼科の手術が挙げられます。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の実現に向けては、鏡を研磨した後、正確かつ迅速に測定を実施できるようにするために、画期的なプロセスが設計されました。そのプロセスは微調整された上で眼科の手術の分野に適用されています。Johnson & Johnson Visionが開発した「iDESIGN」は、患者の眼のマップを高い解像度で作成する技術です。そのマップは、レーシック手術を担当する執刀医向けのガイドを提供するという形で役立てられています。iDESIGNは、従来のアイ・トラッキング技術と比べて5倍の数のデータ・ポイントを提供します。それだけでなく、iDESIGNでは眼の収差や不規則性をマッピングすることもできます。解像度の高いマップを使用すれば、より正確な測定、より正確な治療が行えるようになります。手術の精度が高まるということは、レーシックによる矯正後の視力や生活の質が向上するということを意味します。
眼科手術への応用は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のために開発された技術から派生した多くの副産物のうちの1つにすぎません。当初、耐放射線性を備える部品は宇宙分野の用途に対応するために設計されていました。しかし、そうした部品は、現在ではガンを対象とする放射線療法などでも利用されています。また、原子力発電のような非炭素系エネルギー源の分野で活用されている副産物も存在します。「そうした新技術は、CERN(欧州原子核研究機構)の線形加速器のような高エネルギー粒子を扱うアプリケーションでも使用されています。その成果として、CERNでは『神の粒子』と呼ばれるヒッグス粒子が発見されました」(Chipman)。
今後の展開
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とそれに搭載されている科学機器は、特定の科学的な疑問に答えるために設計されました。天文学の分野では、次の冒険としてナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡などが計画されています。将来の宇宙天文台やミッションで取り組むべき新たな疑問が生まれることは間違いないでしょう。そうした疑問に対する答えを得ることで、宇宙の起源に関する私たちの知識の幅は広がっていきます。例えば、生命が存在する可能性がある惑星を検出できれば、間違いなく人類全体に大きな影響を与えることになるでしょう。もちろん、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡も、非常に大きな影響を与える可能性を秘めています。同望遠鏡は、産業の進路を変化させ、私たちの日常生活に直接影響を与えることになるかもしれません。宇宙や地球に関する新たな発見は、現在では想像すらできないような革新的な新技術、アプリケーション、驚きにつながる新たなアイデアが生み出されるきっかけになるでしょう。
アナログ・デバイセズのSignals+では、今後もジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が天文学にもたらす革命についてお伝えしていきます。ぜひ、ご期待ください。