要約
高精度アンプでは、入力バイアス電流などによって電圧オフセット誤差が発生します。このアーティクルでは、この問題を検討し、ディスクリートあるいは集積型の抵抗ネットワークによるソリューションを提案します。分析の結果、高コストのディスクリート抵抗による方法よりも集積型抵抗のほうが性能も高くなる可能性があることが明らかとなりました。
同様のアーティクルはマキシムの「エンジニアリングジャーナルvol. 67」 (PDF、5MB)にも掲載されました。
高精度エレクトロニクスでは、アンプ段は精密に設計された性能仕様を満足する必要があります。そのようなアンプを設計する際に問題となるのが、アンプ入力へ流入する電流によって発生する電圧オフセットです。このアーティクルでは、オフセットの原因を分析したあと、集積型抵抗ネットワークを用いたソリューションを提案します。
問題の分析
問題の解決を試みる前に、まず、その原因を理解する必要があります。そのために、シンプルな形の理想的なオペアンプを検討します(図1)。
図1. 理想的なオペアンプの簡略図
この回路は、電子工学を学び始めたばかりの学生にもよく知られています(アンプ入力電流はゼロと仮定します)。
上式を変形すると以下のようになります。
この分析をもう少し現実的にするために、有限の入力抵抗を導入し、オペアンプに有限の入力バイアス電流を与えます。この効果は、理想的なオペアンプの入力のそれぞれに電流ソースを接続する形で表現されます(図2)。
図2. 図1の理想的なオペアンプに対する入力バイアス電流を電流ソースで表現します。
VIN = 0Vと仮定し、この電流ソースについて、1つずつ、その効果を分析します。VINにおけるインピーダンスは他のインピーダンスに比べて十分に小さいと仮定すると、IBIAS+はグランドにシャントされ、何の効果も持たなくなります。
VOUT = IBIAS- × R2
問題の解決
抵抗(図3のR3)を追加すると、この回路を改善することができます。この抵抗の効果を考える必要があります。この抵抗は、正入力をIBIAS+ × R3だけマイナス側にオフセットする効果を持ちます。つまり、R3を調節すれば、負入力へのバイアス電流の影響を打ち消すことができます。なお、この回路においては、正入力と負入力のバイアス電流は等しいという近似が成立します
図3. 図2の回路に補償抵抗(R3)を追加すると、入力バイアス電流の影響をキャンセルします。
これは電圧加算回路であり、正端子に加わる電圧に電圧ゲインをかけ、負入力への漏れ電流によるオフセットを加えたものが出力電圧となります。ですから、VIN = 0から、簡単にVOUTを算出することができます。VIN = 0、つまり、正入力の電圧は正入力への漏れ電流によるものですから、R3は次のように表すことができます。
R3がR1とR2の並列接続に等しいとき、入力バイアス電流によって発生する電圧はキャンセルされます。高精度アプリケーションでこの手法を用いる場合、以下のように抵抗値を決定します。
- ゲインの精度を高くするため、R2/R1の比は高精度でなければなりません。
- 入力バイアス電流による誤差を補償するため、R1とR2の並列接続とR3とのマッチングも高精度でなければなりません。
- 温度が変化したときにも、抵抗の関係が崩れない必要があります。
集積型抵抗
たとえばMAX5421は15kΩの抵抗を内蔵し、+5Vあるいは-5Vで動作します。同じシリーズのMAX5431は57kΩの抵抗を内蔵し、+15Vあるいは-15Vで動作します。これらのデバイスは高精度な集積型抵抗を内蔵しているだけでなく、スイッチで抵抗を切り替えることができます。つまり、この抵抗でオペアンプ回路の設定を行うと、ゲインを1、2、4、および8から選ぶことができます。
データシートを見ればわかるように、これらデバイスは一定の抵抗で、抵抗比が2、4、および8の抵抗ペアノードを持ちます。抵抗比が1のときは、ノードの低抵抗のみが表れる場合です。そのため、いずれの抵抗比に対しても、マッチング抵抗はワイパ抵抗と等しくなります(表1)。
表1. MAX5421/MAX5431抵抗分圧器のマッチング抵抗設定
MAX5421 (VDD = +5V, VSS = -5V) |
MAX5431 (VDD = +15V, VSS = -15V) |
||
Wiper Resistance (kΩ, typ) | Ratio: 1 | 0.3 | 0.5 |
Ratio: 2, 4, 8 | 8 | 14 | |
Matching Resistance (kΩ, typ) | Ratio: 1 | 0.3 | 0.5 |
Ratio: 2, 4, 8 | 8 | 14 |
抵抗の許容差は表2に示すとおりです。
表2. MAX5421/MAX5431抵抗分圧器の抵抗許容差
Part | Divider Ratio Accuracy (±%, max) |
MAX5421_A | 0.025 |
MAX5421_B | 0.09 |
MAX5421_C | 0.5 |
MAX5431_A | 0.025 |
MAX5431_B | 0.09 |
MAX5431_C | 0.5 |
これらの許容差は-40℃~+85℃という動作温度範囲の全域にわたって保証された最大値であるため、ゲインも高精度となります。集積型抵抗を高精度アンプと組み合わせる場合は、図4のように用います。
図4. 高精度抵抗(MAX5421 IC)と汎用レイルトゥレイルオペアンプ(MAX4493)を組み合わせた高精度アンプ。
MAX5421やMAX5431などの集積型抵抗チップには、抵抗間のマッチングと温度トラッキングが優れているというメリットがあります。システムのゲインは、ゲイン設定抵抗を電子的に切り替えて設定します
集積型抵抗は、絶対的な抵抗値に大きな許容差があります。しかし、これら回路では抵抗比でゲインを±0.025%以内の高精度に設定されているため、この点は問題になりません。マッチング抵抗を外付けにすると適切な値を選ぶのに苦労しますが、集積型マッチング抵抗であれば簡単です。集積型抵抗は工場出荷時に調整がされており、ゲイン設定抵抗は温度変化に正確に追従します。R1とR2の許容差はR3にも存在するため、R3は常にR1とR2の並列値と等しくなります。
R3が不要なシステムでは、MAX5420やMAX5430といったディジタル方式のプログラマブル高精度抵抗分圧器を選び、コストを削減することができます。これらのデバイスはマッチング抵抗を内蔵していない点を除いては、MAX5421やMAX5431と同じ性能を有しています。固定ゲインのアプリケーションには、マッチング抵抗なしで、抵抗比が固定の抵抗器ペアのみで構成される抵抗分圧器のMAX5490、MAX5491、およびMAX5492が最適です。
ディスクリート抵抗によるアプローチ
ゲイン設定抵抗にディスクリート部品を使う方法を検討します。ディスクリート抵抗は、許容差が±0.025%以内であるだけでなく、動作温度範囲全域でその許容差を保つペアとしなければなりません。そのためには、許容差0.0125%の抵抗を選ぶ必要があります。通常、抵抗のデータシートには初期許容差と温度係数が記されています。そこから、対象温度範囲における許容差の最大値を算出します。温度係数が小さい超高精度のディスクリート抵抗の仕様をもとに試算をしてみました。
初期許容差:0.005%
温度係数:2ppm
動作温度範囲:-40℃~+85℃
この範囲における抵抗許容差は、次式で表されます。
オペアンプと集積抵抗の組み合わせに匹敵するゲイン許容差とするためには、このような超高精度の抵抗が必要になります。確かにそのようなディスクリート抵抗器は存在しますが、1つが数ドルと非常に高価です。入力オフセットのマッチング抵抗はここまで条件が厳しくはありませんが、集積型抵抗に近い性能を持つディスクリート部品でさえあまりにも高コストとなります。抵抗1ペアでMAX542xシリーズやMAX543xシリーズの製品よりも高価になってしまいます。しかも、MAX542xシリーズやMAX543xシリーズの製品であれば、4回路のゲイン設定に必要な抵抗とマッチング抵抗、そして、ゲインの切り替えに必要なスイッチとロジックまでが内蔵されています。
RTOL = -(0.005 + (40 + 25) × 2 × 10-6)% (0.005 + (85 - 25) × 2 × 10-6)% RTOL = -0.018% 0.017%
まとめ
入力バイアス電流が原因で高精度システムに発生する電圧オフセット誤差という問題について検討を行いました。ディスクリート抵抗と集積型抵抗を比較した結果、高コストのディスクリート部品よりも集積型抵抗のほうが性能がよいという結論に達しました。