物流/小売のオートメーション化に必要な要素【Part 2】
はじめに
本稿は「物流/小売のオートメーション化に必要な要素【Part 1】」に続く記事(Part 2)です。Part 1では、ハンドヘルド機器に適用すべきバッテリ管理(バッテリ・マネージメント)技術について説明しました。それを通して、同技術が物流/小売分野のアプリケーションの収益に及ぼす影響についてもご理解いただけたはずです。Part 2では、ハンドヘルド機器に高度な機能を導入することによって、オートメーション・システム全体の効率がどのように改善されるのかを明らかにします。特に、gの大きい衝撃の検出機能、DSM(Dynamic Speaker Management)機能、物体の寸法を自動測定する機能に注目することにします。
高gの衝撃を検出することで、信頼性を保証する
物流/小売の現場では、モバイル・コンピュータやバーコード・スキャナといったハンドヘルド機器が使用されます。それらの機器は人の手で扱われます。当然のことながら、誤ってその機器を床に落としてしまうというケースは少なくありません。しかも、寿命期間の間に何度もそのような事態が生じる可能性があります。それらの機器は、恐らく落下するたびに物理的なダメージを負うことになるでしょう。また、統合された多くのサブシステムに機能障害が生じるケースもあり得ます。結果として、そのハンドヘルド機器には、物理的あるいは機能的な損傷が生じる可能性が高くなります。
ひと言で落下と言っても、ちょっとした落下から非常に加速した状態での落下まで、その強度は様々です。時には、工場の製造フロアに落下する機器の加速度が数百gに達することもあります。そうすると、損傷を回避するための機器の耐性が大幅に低下してしまうかもしれません。機器の動作寿命を長く保つには、その製品の仕様を超えないように注意することが重要です。とはいえ、ハンドヘルド機器が誤った方法で使用されることはあり得ます。また、人が偶発的に落としてしまうこともあります。そうした理由で機器が損傷した場合、その機器のメーカーは保証を無効にできることになっています(特に高価な機器の場合)。落下が原因で損傷したことを明確にするためには、機器が落下した際の加速度を高いサンプリング・レートで検出できるようにしておかなければなりません。多くの場合、そのような落下が起きた際には、短時間で加速した後に大きな衝撃が生じます(図1)。
メーカーは、機器を発売する前に衝撃に対する限界を確認します。そのために必要な固有のテスト環境とテスト手順も用意されています。例えば、米国の軍用規格であるMIL-STD-810G 516.6などでは、5台のテスト・ユニットを使用して実施するテストのプロセスを定義しています。そのプロセスでは、定められた温度条件の下、機器を計26回落下させます(コーナー落下が8回、エッジ落下が12回、正面/側面落下が6回)。テストを実施している際に機器の電源の切断、再起動、データの喪失が発生した場合、その機器は不合格だと見なされます。衝撃に対する耐性の高い機器であれば、落下後も機能を継続して実行できます。ただ、温度や化学物質への曝露といった環境的な要因によって、その能力が低下してしまう可能性もあります。
アナログ・デバイセズの「ADXL37xシリーズ」は、MEMS(Micro Electro Mechanical System)ベースの加速度センサーです。その特徴は、大きい加速度(以下、高g)に対応できる点にあります。このような製品を使用すれば、機器の使用中に生じるあらゆる加速度を高速かつ高い精度で監視できます。代表的な製品を例にとると、3mm×3mmのフットプリントで最大±400gの加速度に対応することが可能です。最高サンプリング・レート(5kHz以上)でも、低消費電力で動作できる点も特徴の1つです。連続動作時にも45μA未満の電流しか消費しません。そのため、ハンドヘルド機器やバッテリ駆動の機器での使用に適しています。従来の加速度センサーは、落下の情報を正しく検出し、その特徴を捉えられるほど検出速度が高くありませんでした。それに対し、高gに対応する加速度センサーは、従来の多くの加速度センサーと比べて約3倍のサンプリング・レートに対応しています。そのため、極めて高速な過渡的な現象の検出、偶発的な落下の正確な識別、落下事象の種類の特定を実現可能です。しかも、消費電力は従来の1/10程度に抑えられます。ADXL37xのような高gに対応する加速度センサーは、ギロチン・テストやHALT(Highly Accelerated Life Test)といった多様なテストを受けることになります。これらのテストでは、ハンドヘルド機器が稼働する過酷な環境や動作条件が再現されます。そうした条件下でも、高い堅牢性/信頼性が得られることを確認するためのテストが実施されるということです(図2)。
高g対応の加速度センサーが登場したことにより、倉庫においてハイエンドのバーコード・スキャナやモバイル・コンピュータにどのような偶発的な状況が生じるのかを監視できるようになりました。それにより、最終製品のユーザが、安全かつ高い信頼性でその製品を使用できる可能性が高まります。また、そうした最終製品のメーカーは、誤った方法での使用が検出された場合には製品の保証を無効にします。発生した損害についてメーカーが責任を負う必要がないということは、保証期間内に求められる高コストの修理を回避できるということを意味します。
DSMがもたらす効果
工場の製造フロアは極めて騒音の大きい環境だと言えます。ロボットやベルト・コンベア、その他の機械類が常に稼働しているからです。その結果、音声によるあらゆる種類のコミュニケーションが困難になる可能性があります。例えば、バーコード・スキャナ製品の中には、スキャンが完了したことを示すためにビープ音を鳴らすものがあります。その種の音を聞き取れるようにするには、ハンドヘルド機器/ウェアラブル機器からはっきりと大きな音声を発しなければなりません。しかし、オーディオ・アンプの消費電力によってバッテリの寿命が大幅に短くなることは避ける必要があります。つまり、スピーカの音量を上げるために、アンプとスピーカの能力を単純に高めればよいというわけではありません。
上記の問題を解決する技術がDSM(Dynamic Speaker Management)です。これを活用すれば、消費電力を増やしたり、安全な運用条件に影響を及ぼしたりすることなく、マイクロスピーカの出力を2.5倍に高められます。DSMには、効率の高いD級オーディオ・アンプを使用します。より詳しく言えば、ブースト・コンバータを内蔵し、コンパクトかつ低消費電力のものが利用されます。このようなアーキテクチャによって、PPR(Perceptual Power Reduction)の概念を具現化します。その結果、バッテリの寿命を確保することが可能になります。図3は、DSMに関連する概念を示したものです。DSMでは、取得したスピーカの音圧レベル(SPL:Sound Pressure Level)の応答と、人間の聴覚の閾値とを組み合わせることで、ユーザには聞こえない信号を動的に減衰させます。それにより、従来の静的なフィルタを使用する場合と比べて10%~25%の電力を節減できます(表1)。
HPF | PPRのカットオフ周波数 | PPRの閾値 | 音楽 | 音楽音量(最大15) | PPRがオフ〔mA〕 | PPRがオン〔mA〕 | 差〔mA〕 | PPRによるトータルの電力削減率 |
180Hz | 300Hz | –36 | トラック1(ロック・ミュージック) | 15 | 225.6 | 205.8 | 19.8 | 8.78% |
13 | 157.3 | 119.6 | 37.7 | 23.97% | ||||
180Hz | 300Hz | –36 | トラック2(ピアノと声楽) | 15 | 228.8 | 206.65 | 22.15 | 9.68% |
13 | 186.4 | 148.4 | 38 | 20.39% |
ここでは、DSMに対応するスピーカ用のD級アンプ(以下、DSMアンプ)として「MAX98390」を例にとります。注目すべきは、このDSMアンプが内蔵するブースト・コンバータ(10Vへのブーストが可能)です。このDSMアンプを使用すれば、温度に関するスピーカの制限を超えることなく、従来のアンプと比べてSPLを最大8dB高められます(図4)。
また、このようなDSMアンプを使用すれば、従来のアンプによくあるバズ・ノイズを伴うことなく、音声の音量を増幅できます。具体的には、動的なノッチ・フィルタによって、機械的なガタツキ音とポートの共振の相互作用による成分だけを減衰させます。音声とバズ・ノイズの両方を減衰させることはないので、従来のノッチ・フィルタを使用する場合と比べて明瞭かつ大きなサウンドが得られます(図5)。
迅速なプロトタイピングとアプリケーション開発の加速を可能にするには、どうすればよいのでしょうか。それに向けて、アナログ・デバイセズはマイクロスピーカに対応する評価用キット「MAX98390EVSYS」を提供しています。同キットには、リファレンス設計として用意された各種のファイルが含まれています。また、スピーカのパラメータを自動的に抽出するツールも備えています。このツールはGUI(Graphical User Interface)だけを使って操作できます。これを使うことにより、スピーカから主要なパラメータの値を最適な形で抽出することが可能になります(図6)。
ハンドヘルド機器やウェアラブル機器にMAX98390のようなDSMアンプを導入したとします。そうすると、バッテリの寿命に悪影響を与えることなく、より大きく明瞭なサウンドを得ることができます。MAX98390は、DSMアンプとしては業界最小のノイズ・フロア(9μV)と消費電力(3.7Vの場合で24mW)を達成しています。しかも、最高のダイナミック・レンジ(117dB)が得られます。また、同アンプは、6.3mm2の小型パッケージでも提供されています。そのため、メーカーとしては、他のマイクロスピーカや、より大きいバッテリ・パックを用意する必要はありません。そのようなことをすることなく、より大きく明瞭なサウンドを実現するDSMによって、作業員の安全性を高めることができます(図7)。
物体の寸法の自動測定
全世界の小包の出荷量は、2027年には2560億個に達すると予想されています1。倉庫、トラック、宅配業者に順次小包が搬送される間には、それらの寸法と重量を何度も測定しなければなりません。ただ、その作業が、人が巻尺を使って行うようなものだとすると、ミスが発生しやすくなります。より重要なのは、そのような手法に頼っていると、サプライ・チェーンのスループットが低下して商品の配送が遅くなってしまうことです。
商品には必要以上に大きな梱包が施されることがあります。このことは、サプライ・チェーン全体の効率を阻害する要因になり得ます。例えば、バンで商品を搬送する場合、その積載量には制限があります。商品本体の寸法が正確に測定されていない場合、恐らくは梱包のサイズが大きめになるでしょう。つまり、無駄に大きい梱包によって積載量が費やされてしまいます。言い換えれば、搬送の効率が低下するということです。また、梱包が大きいということは、材料が無駄に使われているということを意味します。
上記の問題に対する対処策としては、寸法を自動的に測定する固定型のシステムを使う方法が考えられます。そうすれば効率を高められることは確かです。しかし、その導入コストは高くつきます。また、特定の場所でしか運用できないかもしれません。そのため、固定型のシステムに代わるものが求められるようになりました。つまり、ポータブル型/ハンドヘルド型のスキャナが必要とされているのです。そうしたスキャナは、マシン・ビジョンの機能と物体の寸法を自動的に測定する機能を備えるものとして実現します。それを採用することで、効率を高め、無駄や環境への影響を抑えつつ、サプライ・チェーン全体の運用コストを削減することが可能になります。
そうしたポータブル・システムは、あらゆるサイズの物体をmm単位の精度で測定できるように設計されます。このレベルの精度が得られれば、小包に必要最小限かつ最適なサイズの梱包を施すことができます。そして、その状態で、サプライ・チェーン全体にわたり小包を移動させることが可能になります。あるいは、自律型のロボットによって物流センターの間で小包をより安全に搬送したり、最大積載量までバンに積み込んだりすることもできるでしょう。このようなレベルのスキャナを導入すれば、物流センター、倉庫、現場で物体を測定するための他のツールや測定機器が不要になります。つまり、固定型のシステムを使用する場合と比べ、測定のプロセスが簡素化されます。それだけでなく、精度の向上、効率の改善、無駄の削減、サプライ・チェーン全体の運用コストの低減を図れます。
物体の寸法の自動測定を正確に実施したい場合には、Time Of Flight(TOF)技術を使用することが多いでしょう。TOF技術は、制御された光源と光検出器をベースとします。TOFセンサーから変調された光(ビーム)を放射し、その反射光が光検出器で検出されるまでの時間(位相差、つまりは位相のシフト量)を測定します。それにより、TOFセンサーと対象物までの距離が明らかになります。
TOFセンサーでは、変調周波数ごとに3つの相関関係(120°シフト)を使用し、複雑な計算を行って結果を導く必要があります。また、複数の変調周波数を使用することで、曖昧さの含まれない範囲を拡大します(図8)。最高レベルの精度を得るためには、ピクセル単位の位相のオフセット補正機能、温度ドリフトの補正機能、ノイズを低減するための空間フィルタを適用しなければなりません。最適な分解能とフレーム・レートを使用することで、あらゆる形状のエッジと面を正確に検出/測定することが可能になります。
図9にTOFモジュールによる測定例を示しました。このモジュールをハンドヘルド・スキャナに実装すれば、物体の寸法をリアルタイムで測定できます。TOFモジュールとしては、1メガ・ピクセルに対応するアナログ・デバイセズの「ADTF3175」を使用しています。また、TOF対応の深度イメージ・シグナル・プロセッサ「ADSD3500」も併用しています。物体の識別や物体の認識/寸法測定には、分解能の高いマシン・ビジョン用のアルゴリズムが必要です。ADTF3175は、3Dセンサーとしては高い1メガ・ピクセルの分解能を提供します(ネイティブな分解能は1024×1024)。また、最大限の分解能を使用する場合には最高40fpsのフレーム・レートに対応できます。VGAの分解能(640ピクセル×480ピクセル)を使用する場合の最高フレーム・レートは90fpsです。このような性能を備えることから、高速で移動する物体を扱うアプリケーションにおいても、物体の寸法を自動的に測定することができます。また、倉庫や産業用の施設では、光のレベルが明るい状態から真っ暗な状態まで変化する可能性があります。ADTF3175では赤外のアクティブ光源を使用するので、同製品を採用したスキャナはそうした条件下でも確実に動作します。
図10に示したのは、ADSD3500などのイメージ・シグナル・プロセッサを組み合わせたハンドヘルド機器の例です。これにより、詳細かつ正確に3Dの物体の寸法測定を実施できます。ADSD3500は、深度計算専用のエンジンを搭載しています。そのため、画像処理のデータパスが高速化され、最大800×600の分解能による完全な深度処理に対応できます。また、最大1280×1024の分解能でプリフェーズ・アンラップ処理(Prephase-unwrap Processing)を実施することも可能です。ADSD3500の内部では、4入力レーンのMIPI CSI-2を介して1レーン当たり最高2.5Gbps、または2出力レーンのMIPI CSI-2を介して1レーン当たり最高2.5Gbpsの速度でデータ通信を実現できます。このことから、TOFによる測定も高いフレーム・レートで実施することが可能になります。
ADTF3175はTOFセンサーとしての機能を提供し、ADSD3500はTOFセンサーに必要な信号処理の機能を提供します。これらを組み合わせれば、TOFシステムの設計プロセスが大幅に簡素化されます。TOFセンサーからの未処理のデータ・フレームは、イメージ・プロセッサに直接入力されます。そして、TOFに関するあらゆる計算が実行されます。それによって得られた深度のデータは、ロー・エンドの外付けマイクロコントローラに引き渡しても構いません。高度なビデオ処理はマイクロコントローラから事実上、オフロードされ、DRAMを追加する必要もありません。
両製品を組み合わせることによって得られるメリットは、システム設計が簡素化されることだけでしょうか。もちろん、そのようなことはありません。TOFを利用する旧来型のアプローチを採用した場合と比べると、システム全体の消費電力が大幅に削減されます。そのため、性能や電力効率を低下させることなく、バッテリ駆動のハンドヘルド・スキャナやモバイル・コンピュータにTOFの機能を実装することができます。アナログ・デバイセズは、物流/小売分野で使用されるハンドヘルド・スキャナ向けに、革新的な技術を採用した多彩な製品を提供しています。各製品は、各種のアプリケーションの要件や、メーカー固有の要件に基づいて設計されています。例えば、高g対応の加速度センサーや、マイクロスピーカ用のアンプ、TOFセンサー、イメージ・プロセッサのように、高度な機能の実現を可能にする統合型のコンポーネントを用意しています。それだけでなく、パワー・マネージメントICや、バッテリ用の残量ゲージICなども提供しています(図11)。
物流/小売の分野では、効率を高め、運用コストを下げる必要に迫られています。結果として、それらの分野の最終アプリケーションに適用されるオートメーション技術の進化が促進されています。その成果として、自動的にデータを取得するハンドヘルド機器は、単なるバーコード・スキャナのレベルを超えるものに変貌しつつあります。そうしたハンドヘルド機器は、リアルタイムのデータ管理を通じて物流分野のオートメーションを変革します。また、効率の向上を実現する上で不可欠な要素にもなっています。
本稿で説明したように、高gの衝撃の検出機能はハンドヘルド機器の信頼性の確保に役立ちます。また、DSM機能はユーザの安全を確保することに貢献します。更に、物体の寸法を高い精度で自動測定する機能を利用すれば、効率の改善を図れます。これらの機能を導入することで、スキャナによる生産性を大幅に高められます。加えて、Part 1の記事で説明したように、スマートなバッテリ・マネージメント技術を組み合わせることも重要です。そうすれば、ハンドヘルド機器のメーカーは、次世代のスキャナを設計/提供できるようになります。それらの機器は、物流分野のサプライ・チェーン全体における効率の向上とコストの削減に大いに役立つでしょう。
参考資料
1 James Melton「Global parcel volume to grow at 8.5% CAGR through 2027(世界の小包の量は2027年までに8.5%のCAGRで増加)」Digital Commerce 360、2022年9月
著者について
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