AN-2543:RGB やYPbPr 等に使用するフル機能の広帯域Video-over-UTP ドライバ/レシーバ・ソリューション

回路の機能とその利点

カテゴリ5e(Cat-5e)などのシールドなしツイスト・ペア(UTP)ケーブルは、もともとはローカル・エリア・ネットワーク(LAN)のデータ通信を目的としたものですが、かなりの性能を持ち低コストであることから、他の多くの信号伝送アプリケーションにおいても経済的なソリューションとなっています。このようなアプリケーションの中に、ケーブルの4 本のツイスト・ペアのうちの3 本を使用して、コンピュータの赤、緑、青(RGB)ビデオ信号や、輝度と2 つの色差(YPbPr)による高精細のコンポーネント・ビデオ信号などの広帯域ビデオ信号を伝送するシステムがあります。必要となる水平および垂直同期パルスは、ビデオ信号のブランキング期間に埋め込まれるか、3 本のペア間でのコモンモードの差動信号として伝送されます。これらのシステムにはビデオ・クロス・ポイント・スイッチが含まれていることが多く、デジタル・サイネージ・アプリケーションのように少数のソースから多数のディスプレイにビデオ信号を分配したり、KVM(キーボード、ビデオ、マウス)ネットワークのように多数のソースから少数のディスプレイにビデオ信号を分配したりするために使用されます。

UTP ケーブルを通じて伝送される信号では、主に3 つの障害の影響を受けてビデオ信号が劣化します。

  • 表皮効果による非直線性の帯域制限。これにより、信号の分散と高周波信号成分のロスが発生します。この障害は、画像の鮮鋭度の低下と暗い縞模様の発生をもたらします。
  • 抵抗損失による低周波でのフラット損失。これにより、像のコントラストが低下します。
  • ツイスト率(撚り線の長さ)が異なるために生じる4 つのツイスト・ペア間での遅延スキュー。異なるツイスト率にするのは、ペア間のクロストークを最小限に抑えるためです。遅延スキューによって3 つの信号を受信する時間がずれるため、受信画像に色誤差が生じます。

図1 に示すソリューションは、トリプル・レシーバ/イコライザのAD8122 を使用してビデオ信号の高周波成分を復元し、同時に平坦なゲインを実現することにより、これらの障害を解決します。トリプル・スキュー補償アナログ遅延ラインのAD8120は、早く伝送される2 つの信号に遅延を追加することで3 つの信号の受信時間を正確に揃えます。トリプル・ドライバのAD8147 は、ソースのビデオ信号に対して必要となる、シングルエンドから差動への変換を実行します。

図1. イコライザ処理と遅延補償を備えたUTP ドライバ/レシーバ(簡略化した回路図:ピン、接続、デカップリングの一部は省略されています。)
図1. イコライザ処理と遅延補償を備えたUTP ドライバ/レシーバ(簡略化した回路図:ピン、接続、デカップリングの一部は省略されています。)

回路の説明

図1 に示したビデオ伝送システムではRGBHV ビデオ信号を使用します。ここでRGB は赤、緑、青のビデオ信号を、HV は水平方向と垂直方向それぞれの同期パルス信号を表します。したがって、5 つの信号が3 つのツイスト・ペア・ケーブルを通じて伝送されます。

ビデオ・システムの性能は時間領域で最良になるよう特性評価が行われます。そして、最も重要な仕様はステップ応答のセトリング・タイムです。ビデオ表示における2 つのピクセル間の遷移はステップ関数(公称)となっており、各ピクセルは一定の時間持続します。理想的には、ビデオのステップ応答は、ピクセル時間の数分の一以内(60Hz のUXGA の場合約6ns)に、最終値(フルスケールより約46dB 低い値、すなわち3.5mV)に対してほとんど認識できないほど微小な誤差レベルまでセトリングされます。周波数領域の性能指標にはいくつか重要なものがありますが、最も肝心なことはこれらの指標が時間領域でビデオ信号にどのような影響を与えるかです。例えば、システムの帯域幅は、ステップ応答の立上がり時間がセトリング・タイムの仕様を満足するように、十分短くできる帯域幅にする必要があります。ただし、広いシステム帯域幅によって短い立上がり時間が得られたとしても、リンギング、オーバーシュート、応答の遅れによって大きなセトリング誤差が発生する可能性があるため、帯域幅だけでは十分ではありません。簡略化したシステム・ブロック図を図2 に示します。

図2. Video-over-UTP システムの簡略化したシステム・ブロック図
図2. Video-over-UTP システムの簡略化したシステム・ブロック図

ドライバ


RGB 信号は通常、75Ω シングルエンドのソース終端された電圧源から送出され、75Ω の負荷終端を必要とします。負荷で適切に終端された信号振幅は、通常0mV~700mV の範囲で変化します。UTP を介してRGB 信号を伝送するため、信号をシングルエンド・モードから平衡(差動)モードに変換してから、UTP のソースと負荷の終端によって生じる6dB の損失を考慮して2 倍に増幅します。これは、AD8147 などのトリプル差動ドライバを使用することで容易に実現できます。

AD8147 は、その他の機能として、3 つの出力のコモンモード電圧(VOCM)の、TTL ロジック・レベルの水平および垂直同期パルス信号を次式に従ってエンコードすることができます。

数式01.

数式02.

数式03.

ここで、
K は、電源電圧の中央値(VMIDSUPPLY)に対するコモンモード・パルス電圧のピークの偏差を表します。
VSYNC およびHSYNC は、ロジック1 で+1、ロジック0 で−1 となるよう重み付けされた項です。

このエンコーディング方法により、正味のAC コモンモード電圧はゼロとなり、コモンモードによるケーブルからの電磁エミッションを最小限に抑えることができます。

このドライバの評価用ボードには、シングルエンドから差動へのモード変換、同期パルスのエンコーディング、K の調整などを実行するために必要なもののすべてが搭載されています。

レシーバ


UTP ケーブルの表皮効果によって伝送損失が生じ、これは周波数と共に増加します。これにより受信信号が丸められると共に分散が生じます。また、ケーブルの抵抗により、平坦な抵抗損失が発生します。図3 は、300mのUTP を使用したフル・スイングのビデオ・ステップ応答とケーブルの入力でのステップ信号を比較することで、これらの影響を示しています。

図3. イコライザ処理されていない300m Cat-5e ケーブルのステップ応答
図3. イコライザ処理されていない300m Cat-5e ケーブルのステップ応答

AD8122 トリプル・イコライザは、高い同相モード除去性能で差動モードからシングルエンド・モードへの変換を処理すると共に、信号の欠陥を補償します。図4 に、イコライザ出力における補正されたステップ信号を示します。信号は70ns 未満で1%の誤差までセトリングされています。図4 の時間スケールがナノ秒であることに注意してください。

図4. イコライザ処理された300m Cat-5e ケーブルのステップ応答(時間はns 単位)
図4. イコライザ処理された300m Cat-5e ケーブルのステップ応答(時間はns 単位)

説明を周波数領域に移し、100 フィート~1000 フィート(100フィート刻み)の各長さにおけるCat-5e ケーブルの周波数応答を図5 に示します。ここには、帯域制限の影響とフラット損失が明らかに表れています。

図5. 様々なケーブル長でのイコライザ処理されていないCat-5e ケーブルの周波数応答
図5. 様々なケーブル長でのイコライザ処理されていないCat-5e ケーブルの周波数応答

AD8122 の出力でのイコライザ処理された周波数応答(図6)と、イコライザ処理されていない周波数応答(図5)を比較することで、AD8122 によって受信信号の高周波成分とフラット損失が復元された効果を確認することができます。1000 フィート(300m)のケーブルでは、イコライザ処理されていないときに60MHz で50dB 以上だった損失が、AD8122 イコライザによって3dB まで改善されています。

図6. 様々なケーブル長でのイコライザ処理されたCat-5e ケーブルの周波数応答
図6. 様々なケーブル長でのイコライザ処理されたCat-5e ケーブルの周波数応答

説明を最後の障害に移し、トリプル遅延ラインのAD8120 によって3 つのペア間の時間スキューを補正します。そして、ダブル終端された75Ω のケーブルを通ったビデオ信号を2 倍のゲインで駆動してディスプレイに伝送します。

レシーバの評価用ボードには、AD8122 とAD8120 の他、高周波のブースト、平坦なゲイン、および3 つの遅延ラインを手動で調整するための5 個のポテンショメータなど、必要なすべてのサポート回路が搭載されています。また、AD8120 をシリアル制御するためのシリアル・インターフェースも提供されています。

まとめ


ビデオ信号の分配システムでは、末端で表示される画質が重要です。画質は、最終値の約3.5mV になるまでのステップ応答のセトリング・タイムで決まります。これがピクセル時間の数分の一でも超えると画質に影響を及ぼし始めます。図7 に、極端なケースとして、300m(1000 フィート)のCat-5e ケーブルを使用しイコライザ処理やスキュー補正をせずに受信した画像を示します。図7 には、ステップ応答の遅れを示す顕著な黒のスミアと、時間スキューによる色のオフセットが表れています。完全に補正された画像を図8 に示します。

図7. 300m のCat-5e ケーブルを伝送し、イコライザ処理とスキュー補正が行われなかった画像
図7. 300m のCat-5e ケーブルを伝送し、イコライザ処理とスキュー補正が行われなかった画像
図8. 300m のCat-5e ケーブルを伝送し、イコライザ処理とスキュー補正が行われた画像
図8. 300m のCat-5e ケーブルを伝送し、イコライザ処理とスキュー補正が行われた画像

バリエーション回路

低コストのトリプル・イコライザAD8124 はAD8122 の代替製品で、駆動が必要なUTP の長さが200m までのシステムに使用できます。AD8124 はAD8122 とピン互換ではなく、制御機能が少し異なります。

ドライバに関しては、AD8147 以外にも選択肢があります。AD8146 は、AD8147 と同様の機能を提供しますが、専用のシンクオンコモンモード回路が搭載されていません。AD8146 は通常、垂直および水平同期パルスをコモンモード電圧ではなく、ビデオ信号のブランキング期間に埋め込みます。AD8148 は、AD8147 と同様の機能を提供しますが、2 倍ではなく4 倍の固定ゲインを備えており、最大100 フィートのUTP を駆動するプリ・エンファシスとして設定できます。低消費電力が求められるシステムでは、AD8146 と同様の機能を持つ製品としてAD8133 が、AD8147 と同様の機能を持つ製品としてAD8134 が用意されており、消費電力を低減します。ただし、帯域幅が狭くなります。最後に、5V で動作する最小コストのシステムでは、CMOS ドライバのAD8141AD8142 を選択するのが最適です。

UTP の利用は多種多様で、広いエリアをカバーして複数のパッチ・ベイ間を通信でき、グラウンド・リファレンスが不要な場合もあります。これらの条件や他の条件では、ローカル・レシーバのグラウンド・リファレンスを基準としたコモンモードの受信電圧が大きく変動する場合があります。AD8143 などの幅広いコモンモード電圧範囲と平坦なゲインを備えた差動レシーバをイコライザの前に配置すると、このような要求の厳しい状況においても最大21V の入力コモンモード電圧範囲を実現できます。

AD8122 とAD8124 はどちらも、UTP ケーブルと共に同軸ケーブルにも対応しています。AD8122 はピンストラップ接続によっていずれかのモードに設定でき、AD8124 はVPOLE 制御を使用して周波数応答を変更することでいずれかのケーブル・タイプに対応します。