AN-1308: 電流検出アンプの同相ステップ応答

はじめに

電流検出アンプは、アナログ・デバイセズが得意とするアンプの1 つで、大きな同相電圧が存在する状態で小さな差動信号を増幅するのに使用します。電流検出アンプの標準的なアプリケーションは、シャント抵抗両端の電圧を増幅することです。アナログ・デバイセズは、動作電源電圧が最小1.8V、入力同相耐電圧が最大600V の各種電流検出アンプを提供しています。

表1. アナログ・デバイセズの電流検出アンプの電源電圧と入力同相電圧
Device Number VSUPPLY Input Common-Mode Voltage
Min Max Min Max
AD8293G80 1.8V 5.5V 1.8 V 5.5 V
AD626 2.4 V 10 V -24 V 24 V
AD8274 2.5 V 18 V −40.5 V 40.5 V
AD8279 4 V 36 V −45.3 V 40.5 V
AD8210 4.5 V 5.5 V −2 V 65 V
AD8207 4.5 V 5.5 V −4 V 65 V
AD8418/AD8418A 2.7 V 5.5 V −2 V 70 V
AD628 4.5 V 36 V −120 V 120 V
AD629 5 V 36 V −270 V 270 V
AD8479 5 V 36 V −600 V 600 V

シャント抵抗を使用する多くのアプリケーションでは、時間に応じて変化する同相電圧の問題があります。同相電圧が変化するシャント・アプリケーションの例として、H ブリッジ・モーター・ドライバ、ソレノイド・コントローラ、DC/DC スイッチング・コンバータなどがあります。これらのアプリケーションでは、電流検出アンプから見た同相電圧はPWM のようにバッテリ電圧からグラウンドまで変化します。

理想的な電流検出アンプは入力同相電圧の変化に反応しません。しかし実際には、電流検出アンプの同相除去は有限であり、一般にDC で規定して100μV/V、すなわち80dB 程度です。

表2. アナログ・デバイセズの電流検出アンプのCMRR
Device Number CMRR (dB)
ADA4830-1 65
AD8270 76
AD8210 80
AD8207 80
AD8203 82
AD8418/AD8418A 86
AD8207 90
AD8210 100
AD8211 120
AD8293G80 140

DC の同相除去比(CMRR)による出力誤差に加えて、アンプのAC のCMRR と同相ステップ応答に関連する誤差があります。このアプリケーション・ノートでは、電流検出アンプの同相ステップ応答を中心に説明します1

同相ステップ応答

理論上、電流検出アンプは実際の入力値(つまり、同相電圧)に関係なく、その入力の差(差動電圧)に基づいた出力を生成します。しかし実際、アンプの出力は入力の同相レベルが異なると変化する可能性があります。同相入力の変化による出力の変化は同相ステップ応答と呼ばれます。

入力同相電圧の変化が大きいアプリケーションでは、アンプの同相ステップ応答が特に重要になる可能性があります。それは、アンプが入力同相電圧の変化から整定するとき、新たな同相レベルによって生じる新たなオフセットにより、アンプの出力が無効になる可能性があるからです。したがって、アンプの長いセトリング・タイム(この間の大きな誤差)がアンプの動的性能を大きく低下させる可能性があります。

同相ステップ応答の測定

電流検出アンプの非常に高速かつ高精度の同相ステップ応答を達成するのは大変困難です。それには、非常に安定した高速のソース、完全にシールドされたコネクタ、適切に設計された回路を必要とします。テスト・セットアップの機能ブロック図を図1 に示します。

図1. 機能ブロック図
図1. 機能ブロック図

PWM 入力


波形発生器によって0Hz~100kHz のPWM 信号を生成し、MOSFET ドライバの入力信号として使用します。


MOSFET ドライバ


このドライバはMOSFET に大電流を注入し非常に高速のスイッチングを実現して、発熱が過渡にならないようにします。ドライバによって供給される電流は数百ミリアンペア、場合によっては数アンペアに達します。


MOSFET


ドライバの出力は正電圧なので、N チャンネル・パワーMOSFET を使用します。これらのMOSFET は最大100V の電圧に耐え、標準的な立上がり時間と逆回復時間はそれぞれ、35nsと115ns です。更に、これらのMOSFET のRON は44mΩ(信号の完全性を維持するのに十分な値)で、最大130W の電力を消費可能です。これらのMOSFET の出力は、電流検出アンプの同相入力電圧(VCM)となります。


電流検出アンプ


このアンプは、大きな同相電圧が存在する状態で小さな差動信号を増幅します。このアプリケーションでテストした電流検出アンプは同相電圧が最大80V で、5V 単電源から給電しました。


同相ステップ応答


電流検出アンプの出力に同相ステップ応答波形が生じます。この応答では、入力が反転または非反転かによって決まる立上がりエッジまたは立下がりエッジの正または負のピーキングによる波形を観測することができます。

同相ステップ応答測定用の簡略回路図を図2 に示します。この回路図でモデル化した電流検出アンプはAD8210 です。

図2. 電流検出アンプの同相ステップ応答測定の簡略回路図
図2. 電流検出アンプの同相ステップ応答測定の簡略回路図

同相ステップ応答の測定結果

アナログ・デバイセズのシャント回路構成用の電流検出アンプをいくつか評価し、競合他社から広く販売されている電流検出アンプと比較しました。最初に評価した電流検出アンプAD8210 は単電源、双方向電流検出アンプで、−2V~+65V の同相電圧に耐えることができます。このデバイスは、出力オフセットの調整に用いるリファレンス・ピン(VREF)と20 倍の固定ゲインを備えています。

電流シャント・アンプ構成の双方向ディファレンス・アンプAD8207 も評価しました。このデバイスは、+5V 電源で−4V~+65Vの同相電圧、+3.3V 電源で−4V~+35V の同相電圧に耐えることができます。また、500nV/℃未満のオフセット・ドリフト(代表値)と10ppm/℃未満のゲイン・ドリフト(代表値)を実現するゼロ・ドリフト・コアを採用しています。また、20 倍の固定ゲインも備えています。

AD8418 とAD8418A も評価しました。これら2 つの電流検出アンプは、全動作温度範囲で0.1μV/℃のオフセット・ドリフト(代表値)を実現するゼロ・ドリフト・コアを採用し、−2V~+70V の同相電圧範囲を備えています。また、これら2 つのアンプは車載アプリケーションに対して十分に評価されており、入力EMIフィルタと、パルス幅変調(PWM)タイプの入力同相電圧で高精度の出力を可能にする特許取得済みの回路を備えています。

60V の入力同相電圧に対して、アナログ・デバイセズの各種電流検出アンプと競合製品の波形の比較を図3 に示します。

図3. アナログ・デバイセズと競合他社の電流検出アンプの同相ステップ応答の測定
図3. アナログ・デバイセズと競合他社の電流検出アンプの同相ステップ応答の測定

同相ステップ応答の測定手法

電流検出アンプの同相ステップ応答を正確に測定するには、接続、使用部品、部品配置に注意を払います。


接続


ノイズの誘導や発生、配線の干渉を防ぐため、電源、波形発生器、入力、出力、オシロスコープのプローブなどのコネクタ配線やその他のインターフェース・コネクタは、テスト対象のデバイス(DUT)のできるだけ近くに配置する必要があります。

システム内に異なるグラウンド電位が生じることによるグラウンド・ループの問題を防ぐため、グラウンド接続は1 点接地と呼ばれる1 点に全て集めた接続にする必要があります。

オシロスコープのプローブのグラウンドにワニ口クリップを使用する代わりに、プローブ・チップ・グラウンド(電線コイルのようなもの)を使ってこれをプローブに挿入します。このようなプローブ・チップを入手できない場合は、単線またはより線のコイルを作成し、プローブ・ポイント(電流検出アンプの入力ピンと出力ピン)の隣に半田付けして必要な信号だけを測定します。これにより、不要なリンギングやピーキングを生じる可能性がある誘導性ノイズが除去されます。


使用部品


回路のリップル電圧を低減するため、電源にバイパス・コンデンサを付加する必要があります。また、使うコンデンサには配慮が必要です。セラミック・コンデンサは高安定性、高効率、低損失なので、バイパス・コンデンサに使用するのに適しています。

このアプリケーションで使用される入力同相電圧は60V なので、MOSFET ドライバの負荷抵抗の電力定格を大きくし、負荷抵抗を流れる大電流に耐えられるようにする必要があります。

MOSFET ダイオードの充放電をたびたび繰り返すことによる損失を最小限に抑えるため、MOSFET の逆回復時間は確実に短いものにしてください。


部品配置


MOSFET、電流検出回路を含むMOSFET ドライバ回路を構成するディスクリート・デバイスはMOSFET ドライバのできるだけ近くに配置して、AC インピーダンスを最小限に抑え、長いパターンによって生じるノイズや干渉を防止する必要があります。

まとめ

テストして検証したように、アナログ・デバイセズの電流検出アンプのオーバーシュートやアンダーシュートは700mV 未満です。競合製品にはほぼ2Vのオーバーシュートがあります。このアプリケーションで解説したアナログ・デバイセズの電流検出アンプは、入力同相電圧の立上がりエッジと立下がりエッジの両方で、競合製品より速く安定しました。更に、これらのアンプは最大60V の非常に高い入力同相電圧を実際に除去します。競合製品に対するこれらの利点により、アナログ・デバイセズの電流検出アンプは、回路誤動作の防止、過放電バッテリの防止、さらにはバッテリ・モニタ、電源レギュレータ、電気自動車、発電機、モーター制御などのシステムの健全性の維持に最適です。

更に詳しくは

はじめにのセクションに記載されているオートゼロ・アンプの改善された同相ステップ応答に関する詳細な特許情報については、ウェブにてImproved Common Mode Step Response for Autozero Amplifiers の特許資料を参照してください。

以下のデータシートも参照してください。

  • AD8210
  • AD8207
  • AD8418
  • AD8418A

1 米国特許 No. 8624668 により保護されています。その他の特許は申請中です。

著者

Paul Blanchard

Paul Blanchard

Paul Blanchardは、マサチューセッツ州ウィルミントンにあるADIの計装/航空宇宙/防衛事業部門に所属するアプリケーション・エンジニアです。2002年に、計装アンプや可変ゲイン・アンプを担当するAdvanced Linear Products(ALP)グループに配属になりました。2009年には、Linear Productsグループ(LPG)のメンバーとして、主に車載レーダー、電流検知、AMRなどに関連するアプリケーションを担当しました。現在は、Linear and Precision Technology(LPT)グループに所属し、入力信号に対する高精度のコンディショニングに使用するシグナル・チェーン技術に取り組んでいます。ウースター工科大学で電気工学の学士号と修士号を取得しています。

Generic_Author_image

Anna Fe Briones