質問:
電源システムの効率の改善や部品点数の削減を図りたいケースがあります。そうした場合に、センス抵抗の値を調整したり、センス抵抗用のフィルタ部品を取り除いたりしても構わないでしょうか?
回答:
センス抵抗の値が大きすぎたり、小さすぎたり、フィルタ用の機能を省いたりすると、電源システムの効率の低下、ノイズ性能の悪化といった問題が生じる可能性があります。
概要
本稿は、スイッチング電源(SMPS:Switch-mode Power Supply)の設計時に生じがちなミスと適切な改善方法について説明するシリーズ記事のPart 2です。この種の回路は、スイッチモード電源、スイッチング・レギュレータ、スイッチング方式のパワー・コンバータ、DC/DCコンバータ、DC/DCレギュレータなどとも呼ばれます。本稿では、センス抵抗に注目し、DC/DCコンバータのフィードバック段で生じる厄介な問題に対処する方法を紹介します。フィードバック回路は、出力電圧を一定の値に維持するために使用されます。そのフィードバック回路にインダクタを流れる電流から取得した信号を高精度かつ確実に引き渡す上で、センス抵抗は非常に重要な役割を果たします。その信号が歪んでいると、インダクタのリップルが実際よりも大きい(または小さい)値として観測され、フィードバック回路が意図したとおりに機能しなくなる可能性があります。なお、センス抵抗は検出抵抗とも呼ばれ、一般的にはRSENSE と表記されます。
はじめに
本稿では、降圧コンバータを例にとり、センス抵抗の値が不適切である場合にどのような影響が生じるのかを明らかにします。また、センス抵抗に適用されるフィルタ部品を取り除いた場合に生じる現象についても解説します。なお、降圧コンバータの基本的な動作については、本シリーズ記事のPart1に相当する「スイッチング電源で生じた問題の解析と改善、インダクタの使用条件を規格内に収める」を参照してください。実は、降圧コンバータの動作と効率を最適化することを目的として、不適切な値のセンス抵抗が選択されるケースは少なくありません。そのようなことをすると、降圧コンバータの性能は却って低下します。また、センス抵抗用のフィルタ部品は、フィードバック回路に正確な情報を引き渡すための重要な役割を果たします。それを取り除けば、やはり降圧コンバータの性能は低下することになります。
センス抵抗とは何か?
インダクタを流れる電流は、小さなセンス抵抗RSENSEによって電圧に変換されます。図1では、RSENSEではなくRSENと表記していますが、以下の説明ではRSENSEを使用することにします。
このRSENSEによって生成された電圧は、出力をレギュレートするためのフィードバック回路に信号として引き渡されます。当然のことながら、その信号はインダクタの電流を正確に表すものでなければなりません。そのため、センス抵抗の値を適切に選択することが非常に重要です。また、得られる信号が、データシートに記載されているセンス抵抗両端の最大電圧を超えないようにしなければなりません。そのためにも、センス抵抗の値は必ず適切に選択する必要があります。
センス抵抗の値が小さすぎる場合に生じる問題
効率を高めるという意図で、値の小さいセンス抵抗が選択されることがあります。センス抵抗は、インダクタ、降圧コンバータの出力と直列に配置されます。それにより、インダクタを流れる電流の波形(三角波)を検出してフィードバック・ループで使用します。このセンス抵抗で生じる電力損失は、Ploss = I2L×RSENSEで算出されます。従って、センス抵抗の値を小さくすれば効率がわずかに改善します。しかし、それには代償が伴います。センス抵抗の値が小さすぎると、センス抵抗によって得られる信号の振幅も小さくなりすぎてしまいます。そうすると、S/N比(Signal to Noise Ratio)が低下します。つまり、ノイズの大きさが、インダクタの電流から得た信号の大きさに近くなるということです。S/N比が低いということは、センス抵抗から本来の信号を分離することができず、出力信号にノイズが重畳した状態になるということを意味します。通常、そのノイズの影響は出力信号のジッタとして顕在化します(図2)。
この問題に対処するには、次の式に従って適切なRSENSEの値を選択する必要があります。
ここで、VSENSE(max)の値については、降圧コンバータIC(コントローラIC)のデータシートで説明されています。また、最大負荷電流であるImaxについても説明されています。降圧コンバータは、この最大負荷電流Imaxに対応できることになります。この最大電流は、インダクタの電流リップルの1/2と平均負荷電流の和として定義されます(以下参照)。
図3は、各電流の波形を示したものです。式(1)、式(2)を使用すれば、十分に大きく、インダクタの電流リップルを的確に捕捉できるRSENSEの値を選択できます。また、その値はアナログ・デバイセズのLTpowerCAD®を使用すれば容易に選択することが可能です。このツールは、適切な動作を保証するために推奨されるRSENSEの値を計算して提示してくれます。設計した回路の効率については、LTpowerCADの「Power Loss and Efficiency」タブの機能を使用して検討するとよいでしょう。それらの機能を利用すれば、回路における電力損失の原因(MOSFETのスイッチング損失やインダクタのDCR損失など)を特定することができます。その結果を踏まえて、より高い効率が得られる部品を選択すれば、問題の解決を図れます。なお、インダクタのDCRを電流検出に使用する機能を備えるコンバータ製品も存在します。そうした製品を採用すれば、センス抵抗を使用する必要はありません。その場合、インダクタ両端の電圧を検出することになりますが、信頼性とノイズ性能の低下と引き換えに、効率を改善することができます。ただ、一般的にはセンス抵抗を使用する方法の方が望ましいと言えます。それでも効率を可能な限り高めることが重要な場合には、インダクタのDCRを利用して電流検出を行う方法も有用な選択肢になります。
センス抵抗の値が大きすぎる場合に生じる問題
降圧コンバータを設計する際、値が大きすぎるセンス抵抗が選択されることはほとんどありません。ただ、基板のレイアウトに問題がある場合には、結果としてセンス抵抗の値が大きくなりすぎる可能性があります。配線パターンの抵抗成分がセンス抵抗の値に加わり、トータルの抵抗値が大きくなってしまうのです。一般に、DC/DCコンバータIC(コントローラIC)は電流制限の機能を備えています。この機能は、センス抵抗の両端に印加できる最大電圧を基にしています。その値を超えると、DC/DCコンバータICは電流制限モードに移行します。それにより、負荷電流の増加に伴って出力電圧は急激に低下するようになります。つまり、DC/DCコンバータの出力電圧はレギュレートされなくなります(図4)。
この問題は、インダクタとセンス抵抗の間の配線パターンが必要以上に長い場合や、通電用の配線パターンがICの1本の検出ピンに接続されている場合にしばしば生じます。センス抵抗として値がmΩレベルのものを選択しているとすると、わずかな抵抗成分が加わっただけでも敏感に反応してしまいます。
上記の問題は、図5に示すケルビン接続を採用することによって回避できます。センス抵抗からの配線パターンは、基板上のパッドや通電用の配線パターンから分離されています。ケルビン接続の配線パターンははるかに細く、寄生抵抗が加わらないようにセンス抵抗のできるだけ近くに配置します。それにより、VSENSEの値は、センス抵抗の両端の電圧だけを正確に反映した値になります。ケルビン接続が適切に行われていない場合や、トレースが長い場合、あるいは単純に誤った値を選択している場合には、事実上、センス抵抗の値が高くなります。そうした場合、はるかに早くVSENSE(max)の値に達するので、負荷電流がさほど多くないのに電流制限の機能が作動してしまい、負荷レギュレーションが劣化します。
フィルタ用の部品に関する問題
上述したように、センス抵抗としては値が小さい(mΩのレベル)ものが用いられます。このことが理由となり、何らかの要因によって検出用のアーキテクチャには顕著な影響が及ぶことがあります。その要因になり得るものとしては、表面実装部品(SMD)である抵抗に固有の寄生成分が挙げられます。具体的には、等価直列インダクタンス(ESL)が問題になります。従って、検出用の配線パターンの部分にRCフィルタを追加し、このESLの影響を排除しなければなりません。このフィルタ用の部品を使用しないことによって、設計上のメリットが得られることはありません。ただ、部品点数やサイズ、コストを抑えるために省いたり、単にそれらの部品を追加するのを忘れたりする可能性があります。
ESLには、センス抵抗の寄生インダクタンスだけでなく、基板のレイアウト/配線に起因するインダクタンスも含まれます。ESLは、以下の式で計算できます。
ここで、VESL(step)は、センス抵抗の両端に加わる電圧です。フィルタのRC時定数は、センス抵抗の時定数の計算値(ESL/R)と同等か、それよりも小さくしなければなりません。このフィルタを取り除くと、センス抵抗は、その抵抗特性に加えて誘導特性を示すようになります。その結果、センス抵抗の信号波形にはスパイク(電圧ステップ)が現れます(図6)。
また、出力リップルが増大すると、DC/DCコンバータICは、負荷電流がさほど多くないのに電流が制限値に達したと誤って認識してしまいます。そのため、負荷レギュレーションが劣化します(図7)。
この問題に対処するためには、適切なサイズのフィルタを追加する必要があります。フィルタの定数の値は、図8に示す式によって決めることができます。
適切なフィルタを追加することにより、検出用のアーキテクチャに供給される電圧が改善されます。フィルタを付加しない場合にセンス抵抗に印加される信号と比べると、RCフィルタによって信号が滑らかになります(図9)。ESLに起因するステップが明らかに除去されているということです。誘導性のスパイクが現れなくなった結果、波形は期待どおりの三角波になります。
まとめ
本稿では、降圧コンバータの設計において、センス抵抗に関する問題を解析する際に役立つ事柄を紹介しました。また、本稿で例にとった望ましくない事態に備えられるように、実用的な解決策についての解説も行いました。見落とされがちですが、センス抵抗の値は、負荷が変動しても出力電圧を維持できるようにするための重要な要素です。消費電力を抑えたいがために不適切な値のセンス抵抗を選択したり、基板レイアウトに起因する寄生抵抗の考慮を怠ったりすると、回路全体の性能が低下するおそれがあります。また、センス抵抗に付加するフィルタ用の部品を省くと、検出用のアーキテクチャにフィードバックされる信号が不適切なものになり、システムの性能が更に低下します。