質問:
入力と出力の値が近いときは、出力電圧をレギュレーションしようとしてもうまくいきません。どうしてでしょうか?
回答:
デューティ・サイクルが非常に大きい場合や小さい場合、特にその状態でスイッチング周波数が高い場合は、タイミング違反が発生してシステムの性能が低下することがあります。
概要
この記事はシリーズの3回目で、一般的なスイッチモード電源(SMPS)の設計時に生じがちなミスと、その適切な改善策について解説します。この記事では、パワー・トランジスタとブースト・コンデンサに焦点を当てながら、電力段を設計する際に生じる厄介な問題を取り上げていきます。パワー・トランジスタにはデューティ・サイクルの最大値と最小値が定められており、これに違反するとSMPSの性能を低下させる結果となります。更に、ブースト・コンデンサを軽視すると、トランジスタが意図したように動かなくなってしまいます。
はじめに
本稿では、降圧コンバータを使って、パワー・トランジスタのタイミング仕様を無視するとどういうことになるのかを示すと共に、ブースト・コンデンサを使わないことで生じる問題についても説明します。降圧コンバータ動作についての詳細な解説は、このシリーズの最初の記事「スイッチング電源で生じた問題の解析と改善、インダクタの使用条件を規格内に収める」を参照してください。パワー・トランジスタにはオン時間とオフ時間の最小値が定められています。これはFETのゲート・コンデンサの充放電が正常に行われるようにして、オン/オフが問題なく行われるようにするためです。これらの時間を無視すると(例えばスイッチング速度が高すぎる場合)、出力が不安定になる、スイッチング周波数が乱れるなどの問題が発生し始めます。更に、これらのトランジスタをうまく動作させるにはブースト・コンデンサが欠かせません。ブースト・コンデンサがないとトランジスタの駆動強度が足りなくなって、完全にオンにすることができなくなります。
ブースト・コンデンサとは何なのか?
ブースト・コンデンサは、トップNチャンネルMOSFETの正常な機能を維持する役割を果たします。図1ではオレンジでハイライト表示されています。
トップNチャンネルMOSFETが閉じると、そのスイッチ・ノードは入力ソースとほぼ同じ電位になります。これは、トップMOSFETのソース電圧が(ゲート・ドライバからの)ゲート電圧より高いことを意味します。正のゲートがNMOSの閾値電圧より高い電圧をソースしないと、MOSFETをオンにすることはできません。したがって、ゲート電圧を常にソース電圧より高い値に保つためにブースト・コンデンサが使われます。
ブースト・コンデンサ軽視の弊害
設計者は、ブースト・コンデンサを省略することが利点だと認識しているわけではありませんが、そのような判断がもたらす弊害を認識することなくB O M のサイズとコストを減らすためにそのような判断を下してしまうということは考えられますし、あるいは単純に忘れてしまうということも考えられます。しかし、図2 を見れば分かるように、トップF E T を完全にオンにするのに十分な電圧をチップからゲートに供給するのを助けるには、ブースト・コンデンサが必要です。
トップFETが完全にオンにならなければ、そのデバイスは出力電圧をレギュレーションすることができません。FETはその直線領域で動作し、大量の電力を消費してチップの温度を上昇させます。
この問題を解決するには、ブースト・コンデンサを追加する必要があります。どの程度の容量のコンデンサを使用すれば良いのか分からない場合は、自分が設計するアプリケーションに最も近い例をデータシートで探して採用しましょう。ブースト・コンデンサが必要なデバイスにコンデンサを付け忘れると、SMPSを故障させてしまいます。ブースト・コンデンサを追加すれば、トップ・ゲート・ドライバに十分な駆動強度を持たせてFETをその飽和領域で動作させることができ、スイッチとして機能させて最大限の入力電圧をSWノードに供給することができます。これを図3に示します。
最小オン時間仕様への違反
多くの設計者はボード面積を小さくするためにできるだけ高いスイッチング周波数を選びますが、この選択には、スイッチング損失の増大によって電力効率が低下するという代償が伴います。しかし、デバイスの周波数が高く降圧比も大きい場合はデューティ・サイクルが小さくなり、最小デューティ・サイクル値を割ってしまうおそれがあります。最小デューティサイクルを式1に示します。
ここで、tmin-onはインダクタを入力で充電するための最小時間です。スイッチング・コンバータには最小オン時間が仕様規定されていて、FETを正しく機能させるにはこの仕様に従う必要があります(FETを瞬時に切り替えることができなくなる)。スイッチング周波数は設計者が自由に選択できます。しかし、スイッチング周波数が高すぎて降圧比も大きすぎる場合は、オン時間が最小値未満に低下してしまいます。
オン時間が最小値を割ると、1周期におけるインダクタ電流の放電速度が充電速度を上回ってしまいます。したがって新しい周期の開始時には、開始点が前のサイクルの開始点より低くなります。これは電流垂下と呼ばれます。最終的には電流と出力電圧の両方が大きく低下してしまうので、図4に示すように、デバイスが内部的にデューティ・サイクルを大きくして(オン時間が長くなる)出力電圧を安定させます。
このインダクタ電流リップルの低下はコンバータの出力電圧にも現れます。このため出力電圧リップルのノイズが多くなり、敏感な負荷に影響を与えたりEMI性能が低下したりする結果となります。この影響を図5に示します。
この問題は簡単に解決できます。オン時間は主にスイッチング周波数に影響されるので、設計者は周波数を下げることによってこの問題を改善することができます。ただし、これにはより大きな電力段部品、主として大きなインダクタが必要になります。降圧コンバータの機能向上は周期間のオン時間を一定に保つと共に、図6のような安定した電流リップルと図7のような安定した出力リップルを維持することで実現できます。
最小オフ時間仕様への違反
一部のアプリケーションでは降圧比を小さくする必要がありますが、これはコンバータの最小オフ時間仕様への違反となるおそれがあります。tmin-offはtmin-onの補数であり、インダクタが入力で充電されない時間の最小値です。オンタイムに関する要求と同じように、FETを正しく機能(正しく放電)させるには、SMPSを設定された時間だけオフにする必要があります。要求されるデューティ・サイクルが、式2に示す許容最大デューティ・サイクルより大きくなると、最小オン時間仕様への違反となります。
デューティ・サイクルが最大値を超えた場合は、最小オフ時間仕様への違反を避けるためにSMPSが設定周波数をフォールドバックします。これを図8に示します。このデバイスの最初の設定は2MHzです。
図9では、負荷が大きくなった場合でも出力電圧を一定に保つために、デバイスが周波数をフォールドバックしていることが分かります。周波数が約495kHzまで低下してから再び657kHz付近まで再上昇していますが、これはデバイスが0.28A付近までDCMで動作するためです。デバイスは負荷0.7Aになるまで657kHzで正しい動作を維持できますが、その後は、負荷が約1.4Aになるまで正しい出力電圧を維持するために周波数が減少していきます。負荷が1.4Aに達すると、デバイスは出力電圧を維持しながら周波数を100kHz(仕様に定める最小フィードバック周波数)未満に下げることができなくなるので、出力電圧が低下し始めます。
この問題の解決策は、最小オン時間への違反の場合ほど簡単ではありません。多くの設計には入力電圧と出力電圧が設定されているので、オフ時間を長くできるようにデューティ・サイクルを変更することはできません。しかし、デューティ・サイクルが小さくなれば最小オフ時間に違反せずに済むので、入力電圧を大きくできれば、デバイスを設定周波数で動作させることができます。これを図10に示します。デバイスの設定動作周波数は2MHzです。
最小オン時間の場合と異なり、周波数を下げるという方法が通用するのは一定の負荷までに限られます。最小オフ時間仕様に違反しないようスイッチング周波数を十分に下げることができない場合の最も効果的な対策は、より高いデューティ・サイクルと短いオン時間に対応できる別のデバイスを選ぶことです。
まとめ
SMPS設計時に生じがちなミスについてのシリーズを締めくくるこの記事では、パワー・トランジスタを正しく機能させることに焦点を当てました。デューティ・サイクルの要求値が高すぎたり低すぎたりするとスイッチング・コンバータが不安定になり、スイッチング周波数の低下、不安定な出力電圧、そして電流に関するインダクタ性能の不足など、望ましくない結果を招くことになります。更に、ブースト・コンデンサを軽視すると、トランジスタの正常な動作を妨げるだけでなく、負荷、トランジスタ、あるいはチップ自体に致命的な結果をもたらすおそれもあります。