ハイサイドの電流検出

質問:

MOSFET のゲートの前に 100 Ωの抵抗を挿入するのは、安定性を得ることにつながるのですか?

RAQ Issue: 151

回答:

はじめに

MOSFET のゲートにつながるラインには何を配置するべきなのか―。本稿では、若手技術者の師匠となる存在として、Gureux氏に何度か登場してもらいます。同氏のように経験豊富なエレクトロニクス技術者は、この質問にどう答えるのでしょう。それは、おそらく「約 100 Ωの抵抗を挿入すべきだ」というものになるはずです。これは正解には違いないのですが、その理由も聞きたいところです。つまり、その有用性と抵抗値の妥当性についても知りたくなります。そのような好奇心に応えるために、次の例で検証を行ってみます。本稿の主役は、若手アプリケーション・エンジニアの Neubean 君です。Neubean 君は、MOSFET のゲートにつながる配線に 100 Ωの抵抗を挿入すると、本当に安定性が得られるのかどうかを確認するためのテストを実施することにしました。以下では、この部分に挿入する抵抗をゲート抵抗、または RGATE と称することにします。Neubean 君が行う実験は、30年の経験を持つアプリケーション・エンジニアであるGureux 氏が監修します。同氏は、必要に応じ、Neubean 君に対して専門的なアドバイスを行います。

ハイサイドの電流を検出する方法

Figure 1
図 1 . ハイサイドの電流検出

図 1 に示したのは、ハイサイドの電流を検出するための典型的な回路です。ゲイン抵抗 RGAIN には、負帰還によって電圧VSENSE が印加されます。RGAIN を流れた電流は、P チャンネルの MOSFET(PMOS)を介して抵抗 ROUT に流れます。それにより、グラウンドを基準とする出力電圧が生成されます。全体のゲインは、以下の式で表されます。

Equation 1

抵抗 ROUT に付加したコンデンサ COUT は、出力電圧にフィルタ処理を適用する役割を担います。PMOS のドレイン電流は、検出した電流にすぐに追従しますが、出力電圧は単極の指数曲線の形状で変化します。

回路中のゲート抵抗 RGATE は、アンプを PMOS のゲートから分離する役割を果たします。その値はどう設定するのが適切なのでしょうか。経験豊富な Gureux 氏は「もちろん 100 Ωだ」と答えるでしょう。

さまざまな抵抗値を試す

Gureux 氏の生徒である Neubean 君は、このゲート抵抗について考えをめぐらしていました。Neubean 君は、ゲート‐ソース間の容量が大きすぎるか、ゲート抵抗の値が大きすぎれば、安定性の問題が生じるはずだと考えていました。RGATE と CGATE が互いに悪影響を及ぼすことが明らかになれば、1 0 0 Ωのゲート抵抗( あるいはそれ以外の値のゲート抵抗) を使えば、常に最適な結果が得られるという定説を覆すことができるでしょう。

Figure 2
図 2 . ハイサイドの電流検出についてシミュレーションするための回路

図 2 は、電流の振る舞いについて検討するためのシミュレーション用回路です。シミュレータとしては「LTspice」を使用します。Neubean 君は、RGATE の値が高すぎると、安定性の問題が生じると信じています。そのことを示すためにシミュレーションを実施しようというのです。実際、RGATE と CGATE によって生じる極は、オープンループにおける位相余裕を侵食します。しかし、Neubean 君にとっては驚くべきシミュレーション結果が得られました。RGATE がどのような値でも、時間領域の応答では何の問題も生じなかったのです。

回路は、単純なものにあらず

Figure 3
図 3 . エラー電圧からソース電圧までの周波数応答

周波数応答を確認した結果、Neubean 君は、オープンループの応答について考慮する必要があることに気づきました。ループを形成するフォワード・パスは、負帰還をユニティで結合した場合、差分電圧を起点とし、結果的に反転入力端子に至ります。Neubean 君は、ここで VS/(VP - VS)、すなわち VS/VEのシミュレーションを実行して結果をプロットしました。図 3 は、オープンループの条件下における周波数応答をプロットしたものです。このボーデ線図において、DC ゲインがほとんどなくなるところがクロスオーバー周波数です。ここでは、位相余裕の問題は認められません。このプロットは、クロスオーバー周波数が 0.001 Hz 未満であることから、全体的に非常に奇妙なものに見えます。

Figure 4
図 4 . ハイサイドの電流検出回路のブロック図

この回路は、制御システムに分解して示すと図 4 のようになります。ここで、「LTC2063」というゼロドリフト・オペアンプを例にとります。これは、ほぼすべての電圧帰還型オペアンプと同様に、高い DC ゲインと 1 つの極を持ちます。図中のオペアンプはエラー信号を増幅し、RGATE と CGATE で構成されるフィルタを介して PMOS のゲートを駆動します。CGATE と PMOSのソースは共にオペアンプの反転入力端子に接続されています。RGAIN はそのノードから低インピーダンスのソースへと接続されます。図 4 においても、RGATE と CGATE によるフィルタは、特に RGATE が RGAIN よりかなり大きい場合に、安定性の面で問題を引き起こすと予想されます。CGATE の電圧は、システムにおいて RGAIN に流れる電流に直接影響を与え、オペアンプの出力の変化よりも遅れて変化することになります。

Neubean 君は、RGATE と CGATE が不安定さの原因にならない理由ついて、おそらく 1 つの解釈にたどり着くはずです。つまり、「ゲートとソースの電圧は固定なので、RGATE と CGATE で構成される回路は無関係だ。ゲートを調節しさえすればソースが追従する。これはソース・フォロアなのだから」との考えに至るでしょう。

しかし、経験豊富な Gureux 氏はそれを否定し、「実際にはそうではないね。それが成り立つのは PMOS が回路のゲイン・ブロックとして正常に動作しているときだけだ」とアドバイスしました。

このような助言を受けて、Neubean 君は数式について検討してみることにしました。

「PMOS のゲートに対する PMOS のソースの応答を直接モデル化できたらどうなるのだろう。つまり、V(VS)/V(VG) はどうなるのか」―。このように考えた Neubean 君は、ホワイトボードに次のような式を書きました。

Equation 2
ここで、ωG は以下の式で表されます。
Equation 3

 また、A はオペアンプのゲイン、ωA はオペアンプの極です。

もう 1 つ、Neubean 君は以下の式も書きました。

Equation 4

Neubean 君は、すぐに重要な項である gm について確認しました。MOSFET では、gm は以下の式で表されます。

Equation 5

図 1 の回路を見直していたとき、Neubean 君は閃きます。RSENSE を流れる電流がゼロのとき、PMOS を流れる電流はゼロのはずです。電流がゼロであれば、PMOS は事実上オフになっているということになります。つまり、このとき PMOS は使用されておらず、バイアスもなければゲインもありません。したがって、gm はゼロになります。gm = 0 のとき、VS/VE は 0Hz において 0、VS/VG は 0 Hz において 0 です。したがって、ゲインはなく、図 3 のプロットは妥当であるかもしれません。

故意に不安定な状態を作り出す

上記の新たな事実を基に、Neubean 君は急いで ISENSE をゼロ以外の何種類かの値に設定してシミュレーションを実施してみました。

Figure 5
図 5 . エラー電圧からソース電圧までの周波数応答。検出電流がゼロではない場合の結果です。

図 5 は、より標準的な VE から VS までの応答の振幅/位相を示したものです。0 dB より大きい部分と 0 dB 未満の部分で交差している個所、つまりはクロスオーバーの部分も含まれています。約 2 kHz の辺りを見ると、100 Ωでは位相余裕が大きく、100 kΩではやや小さく、1 MΩではさらに小さくなっています。ただ、不安定な状態ではありません。

Neubean 君は実験室に向かいました。そして LTC2063 を使用したハイサイドの検出回路を改変し、検出電流の量を増やしました。不安定な動作か、または最低でもリンギングのようなものが確認できることを期待して、まず 100 kΩ、次に 1 MΩという値の大きな RGATE を挿入します。しかし、そのような現象は確認できませんでした。

Neubean 君は、まず、MOSFET のドレイン電流を増やすために、ISENSE の量を増やしました。次に、RGAIN の値を下げてドレイン電流を増やそうとしました。しかし、どちらの方法でも、回路は不安定にはなりませんでした。

Neubean 君は、再びシミュレーションに戻り、ゼロではないISENSE を設定して位相余裕を確認しました。不可能ではないのかもしれませんが、シミュレーションでも、不安定な状態や位相余裕の不足は確認できなさそうです。

Neubean 君は Gureux 氏に会いに行き、回路が不安定にならない理由を尋ねました。Gureux 氏は、Neubean 君に「やるべきことをやってみなさい」とアドバイスします。Neubean 君はGureux 氏のそうした助言には慣れているので、RGATE と総ゲート容量に依存する実際の極について検討することにしました。それぞれの値が 100 Ω、250 pFの場合、極は 6.4 MHz に現れます。抵抗値を 100 kΩとすると極は 6.4 kHz に、1 MΩにすると極は 640 Hz に生じます。LTC2063 のゲイン帯域幅積(GB 積)は 20 kHz です。LTC2063 にゲインを与えると、クローズドループのクロスオーバー周波数は RGATE、CGATE による極の影響を受けて容易に下側にずれます。

そうです。不安定になり得るのです

オペアンプのダイナミクスは、RGATE、CGATE による極の範囲まで及ぶ必要があります。そのことを理解したうえで、Neubean君は GB 積を高めるための選択を行いました。オペアンプとして「LTC6255」を使用することにしたのです。この IC の GB積は 6.5 MHz です。5 V の電源電圧に対応するので、この回路に直接適用できます。

Neubean 君は、LTC6255 や、100 kΩのゲート抵抗、300 mAの検出電流を使用するという条件でシミュレーションを試みました。そして、シミュレーション上で RGATE を追加しました。その結果、RGATE が大きすぎると、別の極によって回路が不安定になることがわかりました。

Figure 6
図 6 . 時間領域のプロット。リンギングが発生しています。
Figure 7
図 7. 電流を加えたときの VE から VS までの標準的なボーデ線図。位相余裕が不足しています。

図 6 と図 7 に示したのは、RGATE の値を大きくしたときのシミュレーション結果です。検出電流を 300 mA に固定したとき、不安定になることがわかります。

実験の結果

Neubean 君は、何らかの量の電流を検出している際、回路の動作が望ましくない状況になっていないかどうかを確認したいと考えました。そこで、値の異なる 3 種類の RGATE を対象とし、LTC6255 の負荷電流をステップ状に変化させてみました。ISENSE は、並列の負荷抵抗を追加し、瞬時に切り替えを実施することによって、ベースとなる 60 mA から 220 mA に遷移しました。このケースでは、MOSFET のゲインがかなり小さいことはすでに示されているため、ISENSE がゼロでないケースの測定は行っていません。

図 8 に示すように、100 kΩと 1 MΩの抵抗を使った場合、まさに安定性が損なわれた状態になります。出力電圧に対して十分なフィルタ処理が適用されているので、ゲート電圧はリンギングの検出器になります。リンギングは位相余裕が小さいか、またはマイナスの状態になっていることを表します。リンギングの周波数は、クロスオーバー周波数と同じ値になります。

Figure 8
図 8 . RGATE が 100 Ω という条件で、ステップ電流をローからハイに変化させた結果
Figure 9
図 9 . RGATE が 100 Ω という条件で、ステップ電流をハイからローに変化させた結果
Figure 10
図 10 . RGATE が 100 kΩ という条件で、ステップ電流をローからハイに変化させた結果
Figure 11
図 11. RGATE が 100 kΩ という条件で、ステップ電流をハイからローに変化させた結果
Figure 12
図 12 . RGATE が 1 MΩ という条件で、ステップ電流をローからハイに変化させた結果
Figure 13
図 13 . RGATE が 1 MΩ という条件で、ステップ電流をハイからローに変化させた結果

ブレーンストーミングのひととき

Neubean 君は、これまでにハイサイドの電流検出用の IC をいくつも目にしてきました。そのため、残念ながらユーザーがゲート抵抗の値を決める機会はないことを理解しています。ゲート抵抗に関連するすべての部分は IC に集積されているからです。高電圧に対応するハイサイド電流検出 IC として、Neubean君は「AD8212」、「LTC6101」、「LTC6102」、「LTC6104」を思い浮かべました。これらの中で、AD8212 は P チャンネルの MOSFET ではなく、PNP トランジスタを使用しています。Neubean 君は Gureux 氏に対して、「最近のデバイスは、ここまでに議論した問題をすでに解決しているので、意味のある話ではなかったですね」と語りかけました。

まるでこのコメントを予測していたかのように、Gureux 氏はNeubean 君の言葉を遮って次のように答えました。

「例えば、遠隔に設置したバッテリ式の計測器に使用する状況を考えてみよう。その場合、オペアンプの消費電流は可能な限り少なく抑えたいはずだよね。また、入力オフセットにドリフトが発生しない製品が必要になるはずだ。このような場合には、メインのオペアンプとして LTC2063 や『LTC2066』が望ましいと考えられるよね。また、そのようなケースでは、おそらく微小な電流を、おそらく 470 Ωのシャント抵抗を使って、ノイズが少ない状態で、できるだけ正確に測定する必要があるだろう。そうすると、レール to レール入力に対応できる『ADA4528』を使いたくなるかもしれない。このような場合には、MOSFET を駆動するための回路を使う必要があるね」。

結論は……

かなり大きなゲート抵抗を使うと、ハイサイドの電流検出回路が不安定になる可能性があることは間違いありません。Neubean君は、彼の師匠である Gureux 氏にこの結論を伝えました。Gureux氏は、「RGATE によって、実際に回路が不安定になるケースはある。この振る舞いに気づく人がいなかったのは、問題が誤って定式化されてしまったからだろう」と指摘しました。ポイントはゲインです。今回、例にとった回路では、ゼロではない信号を測定するためにゲインが必要でした。

Gureux 氏は次のように答えました。

「確かに、クロスオーバーのポイントで極が位相余裕を侵食していたら、リンギングが発生することになるだろう。ただ、君がゲート抵抗として 1 MΩという値を使用したのは馬鹿げている。100kΩでも常識はずれだ。1 つ覚えておくべきことがある。ゲート容量の電圧を一方のレールともう一方のレールの間でスイングさせようとする場合、オペアンプの出力電流を制限するのは常に正しいと言える」。

Neubean 君はこの説明に納得しました。そのうえで次のような質問を重ねました。「それでは、ぼくが使用すべき抵抗の値はいくつなんですか」。

Gureux 氏は自信を持って答えました。「100 Ω だよ」。

著者

Aaron Schultz

Aaron Schultz

Aaron Schultz(aaron.schultz@analog.com)のこれまでのキャリアは多様で、システム・エンジニアリングの領域で、設計とアプリケーションに関する多くの役割を担ってきました。バッテリ管理、太陽光発電、調光用の LED 駆動回路、低電圧かつ大電流に対応する DC/DC 変換、高速の光ファイバ通信、先進的な DDR3 メモリの研究開発、カスタム・ツールの開発、妥当性検証、基本的なアナログ回路といった広範な分野を対象としています。ただ、こうしたキャリアの半分以上は電力変換に関する業務が占めており、その専門性はジェネラリストとしての特性にも価値を与えています。現在は、LPS事業部門でアプリケーション・エンジニアリング・マネージャを務めています。学歴としては、カーネギー・メロン大学(1993年)とマサチューセッツ工科大学(1995年)を卒業。趣味はジャズピアノの演奏です。