はじめに
多くのアプリケーションでは、高いコモンモード電圧に重畳した微小な差動電圧を検出することが求められます。そうしたアプリケーションの例としては、モータの制御、電源電流の監視、バッテリを構成する各セルの電圧の監視といったものが挙げられます。また、そうしたアプリケーションの中には、ガルバニック絶縁が必要なものと必要ないものがあります。加えて、アナログ制御を使用するアプリケーションとデジタル制御を使用するアプリケーションが存在します。このように考えると、測定の対象となるケースは以下の4つに分けられます。
- アナログ出力、ガルバニック絶縁あり
- デジタル出力、ガルバニック絶縁あり
- アナログ出力、ガルバニック絶縁なし
- デジタル出力、ガルバニック絶縁なし
実際に測定を行う際には、それぞれに対して最適な方法を選択しなければなりません。
差動電圧とコモンモード電圧の関係
図1に示したのは、計測システムの入力部の回路例です。測定の対象となる信号(差動電圧)は、図中のVDIFFです。一方、VCMはコモンモード電圧を表しています。コモンモード電圧には、測定すべき有益な情報は含まれていません。むしろ、測定精度を低下させる原因になることもあります。例えば、バッテリのセルの電圧を計測するシステムを構築する際には、コモンモード電圧の存在を前提として考えなければなりません。一方で、コモンモード電圧は、センサーが偶発的に高い電圧に接触し、障害が生じた結果として生成されることもあります。いずれにせよ、計測システムにとってコモンモード電圧は望ましいものではありません。その影響を排除しながら差動電圧の値だけを正確に測定する必要があります。
コモンモード電圧を除去する能力
計測システムには、差動ゲインとコモンモード・ゲインがあります。差動ゲインの値は通常1以上です。一方、コモンモード・ゲインの理想的な値はゼロです。オペアンプ回路の反転入力部と非反転入力部には、適用する抵抗のミスマッチによってわずかな差が生じます。その結果、DCゲインが発生します。つまり、現実のコモンモード・ゲインはゼロではなくなります。ある回路において、差動ゲインが以下の式で表されるとします。
一方、コモンモード・ゲインは以下のように表せます。
差動ゲインをコモンモード・ゲインで割ると、同相ノイズ除去比(CMRR:Common-mode Rejection Ratio)が得られます(以下参照)。
CMRRは、上の式の対数をとり、dB単位の値として表されます(以下参照)。
現実のアプリケーションは、外部の干渉源が数多く存在する条件下で稼働します。例えば、AC電源ライン(50Hz/60Hzとその高調波)や、スイッチが頻繁にオン/オフされる装置、RF信号の伝送源といった干渉源が結合するということです。それらの干渉は、回路の差動入力の両方に等しく誘導されます。つまり、差動入力には同相信号が加わります。一般に、計装アンプにはDC信号に対する高い同相ノイズ除去(CMR:Common-mode Rejection)性能が求められます。それに加えて、差動入力に加わる同相信号の影響を排除するために、AC信号に対する高いCMR性能も求められます。特に重要なのは、AC電源ラインの周波数とその高調波に対するCMR性能です。DCの同相誤差のほとんどは、抵抗のミスマッチの関数として表されます。一方、ACの同相誤差は、反転入力と非反転入力の間の位相差や遅延時間の関数として表されます。これらは、高い速度に対応可能で十分にマッチングのとれたコンポーネントを使用することによって最小化できます。また、コンデンサによってトリミングを施すことも可能です。低周波アプリケーションの場合、必要に応じて出力フィルタが使用されることもあります。通常、DCの同相誤差は、キャリブレーションまたはトリミングによって除去することができます。一方、ACの同相誤差は測定分解能を低下させることがあるので、十分に注意を払わなければなりません。アナログ・デバイセズのすべての計装アンプ製品は、DCの同相誤差とAC(低周波)の同相誤差の両方を対象として優れた除去性能を達成しています。
ガルバニック絶縁
アプリケーションによっては、システムの電子回路とセンサーの間が直接、電気的に接続されないようにすることが求められます。その種のアプリケーションには、センサー、システム、あるいはその両方を保護するためにガルバニック絶縁を適用しなければなりません。多くの場合、システムの電子回路はセンサーに関連する高電圧から保護する必要があります。本質安全の実現を義務づけられているアプリケーションの場合、故障によって火花が生じたり、爆発性ガスが発火したりするのを防ぐために、センサーの励起回路と電源回路に絶縁を施さなければなりません。また、心電図の測定器(心電計)のような医療用アプリケーションでは、双方向の保護が必要になります。特に、偶発的な電気ショックから患者を保護するのは極めて重要なことです。一方で、患者が心停止した場合には、心拍の回復を試みるために除細動器を緊急使用することがあります。その場合、患者には非常に高い電圧がかけられます。そうした電圧から心電計を保護する仕組みも必要です。
アプリケーションによっては、2つのシステム・グラウンドの間の小さな抵抗成分によって、許容できないほどの高電圧が生じるグラウンド・ループが形成されることがあります。ガルバニック絶縁は、そのループを遮断することを目的として使用されることもあります。例えば、数百mΩの抵抗成分に数mAの電流が流れることにより、グラウンドに数百µVの誤差が生じるといったことが起こり得ます。高い精度が求められるシステムでそのようなことが起きると、測定分解能が制限されてしまいます。産業用の施設などでは、数千Aの電流によってグラウンドに数百Vもの誤差が生じ、危険な状態に陥ることもあり得ます。
ガルバニック絶縁は、磁界(トランス)、電界(コンデンサ)、光(光アイソレータ)を利用することで実現されます。もちろん、いずれの方法にも長所と短所があります。ただ、どの方法を採用する場合でも、アイソレータのフローティング側に電力を供給するためには、通常、絶縁型の電源(またはバッテリ)が必要になります。絶縁バリアとしてトランスを使用するアイソレータの場合、電源の絶縁と信号の絶縁を容易に組み合わせることができます。それ以外の方法では、トランスを使用するDC/DCコンバータが別途必要になるかもしれません。そうすると、コストが増大することになります。
ガルバニック絶縁か、高インピーダンスか?
ここまでに説明したように、多くのアプリケーションでは、高いコモンモード電圧が存在する状態で微小な差動電圧を検出することが求められます。ただ、ガルバニック絶縁によって提供される本質安全やグラウンド・ループを遮断する能力については、必須の要件であるとは限りません。ガルバニック絶縁が不要なアプリケーションであれば、高いコモンモード電圧を許容できるアンプ(CMR性能が高いアンプ)を用意するだけで要件を満たせることがあります。口の悪い方は、その種の製品のことを「poor man's isolation amplifier」などと呼ぶこともあるようです。なぜなら、ガルバニック絶縁による絶縁バリアではなく、高いインピーダンスによってシステムからセンサーを分離するという考え方を採用しているからです。つまり、これは真の意味での絶縁ではありません。しかし、アプリケーションによっては、コストを非常に低く抑えつつ、目的を達成できることになります。その場合、絶縁型のDC/DCコンバータを使用することなく、システム全体に同じ電源から給電することができます。
図2は、上記のようなアプリケーション向けに設計されたアンプ製品の内部回路を示したものです。この「AD629」は、高いコモンモード電圧に対応可能なディファレンス・アンプです。8ピンのDIPまたはSOICのパッケージの中に、図2に示した回路が集積されています(典型的な接続例も示しています)。この回路は、1個の単純なオペアンプと5個の抵抗を組み合わせただけの非常にシンプルなものに見えます。そのため、オペアンプICと抵抗を組み合わせて同等の回路を自作できそうにも思えます。もちろん自作することも不可能ではないでしょうが、抵抗の値を0.01%の精度でマッチングさせなければならないことには注意が必要です。更に、温度ドリフトは3ppm/°C以下に抑えなければなりません。抵抗の自己発熱はDCのCMR性能を、浮遊容量はACのCMR性能を低下させます。そのため、自作を試みたとしても、性能、サイズ、コストのすべての面でAD629を使う場合と比べて悪い結果に終わるでしょう。
産業分野のプロセス制御アプリケーションの場合、アナログの入出力に対応しつつガルバニック絶縁も必要になるケースが少なくないはずです。そうしたアプリケーションには、「AD202/AD204」のような製品が適しています。AD202/AD204は入力段と出力段の間にガルバニック絶縁を適用した完全なアイソレーション・アンプです。絶縁にはトランスを使用しており、外付けのDC/DCコンバータを使用することなく、入力段にも絶縁電力を供給できます。AD202/AD204の入力部には、シグナル・コンディショニングを実現できるようにするための汎用オペアンプが用意されています。AD202/AD204のCMR性能は、ゲインが100の場合で130dBです。また、2000Vpeakのコモンモード電圧に対するアイソレーションを実現できます。図3に示したのは、AD202を使用した回路の例です。このような構成により、最大2000Vのコモンモード電圧に重畳している±5Vの信号を測定することができます。絶縁されたブリッジの励起、冷接点補償、線形化といった何らかのシグナル・コンディショニング機能が必要になることもあるでしょう。そうしたアプリケーションでは、十分に絶縁された完全なシグナル・コンディショナ・モジュール「3B/5B/6B/7Bシリーズ」のような製品を利用できます。
産業用のアプリケーションでは、スマート・センサーのデジタル出力とガルバニック絶縁に対応しなければならないといったケースがあります。代表的な例としては、モータ制御のアプリケーションが挙げられます。その場合、モータの障害によって制御用の回路が破壊されてしまうおそれがあります。デジタル絶縁は、アナログ絶縁よりも費用対効果の面では有利ですが、外付けのDC/DCコンバータが必要になります。「AD7742」は、同期型のV/F(電圧‐周波数)コンバータです。図4に示したように、同ICはフォトカプラ、DC/DCコンバータと組み合わせて使用することができます。システムのマイクロプロセッサ/マイクロコントローラにより、リモートに配備されたAD7742を制御してA/D変換を実行することができます。スタンドアロンのアプリケーションでは、「AD7715」のような製品を使用すると便利です。同ICは、分解能が16ビットのシグマ・デルタ型A/Dコンバータ(ΣΔ ADC)を内蔵するシリアル出力のアナログ・フロント・エンドです。V/Fコンバータ(AD7742)のデジタル出力は1本でしたが、AD7715には絶縁しなければならないデジタル信号線が5本存在します。ただ、5個のフォトカプラと1個のDC/DCコンバータを用意する必要はありません。その代わりに、トランスを内蔵する5チャンネルの高速ロジック・アイソレータ「AD260」を使用すれば、図5のような回路を構成できます。
ガルバニック絶縁が必要ないのであれば、状況はよりシンプルになります。その例としては、バッテリのセルの電圧を監視するアプリケーションが挙げられます。ディファレンス・アンプであるAD629を使えば、複数のセルを直列接続したスタックによって生じるコモンモード電圧を除去しつつ、個々のセルの電圧を測定可能な回路を構成することができます。コモンモード電圧よりはるかに低い電源電圧を使用する場合でも、高インピーダンスの抵抗回路によってオペアンプの入力部が保護されるので、DC/DCコンバータは必要ありません。図6に、120Vのバッテリを対象とした監視回路の例を示しました。この回路では、AD629を使用して1.2Vのセルの電圧を測定します。
最後に取り上げるのは、ガルバニック絶縁は必要としないデジタル出力のアプリケーションの例です。ここでは、マイクロプロセッサで制御される電源からの供給電流を監視したいケースを考えます。図7の回路では、分解能が12ビットのADC「AD7887」と共にAD629を使用しています。AD629は、シグナル・コンディショニングの機能とCMR性能を提供します。同ICの高い入力インピーダンスとCMR性能により、DC/DCコンバータは不要になります。
*これらの図は、簡潔な説明を行うために用意したものです。現実のアプリケーションで利用できるテスト済みの回路ではありません。詳細については、各製品のデータシートを参照してください。また、オンライン・セミナー・ノート、「Practical Analog Design Techniques(実用的なアナログ設計手法)」、各種の書籍、「Practical Design Techniques for Sensor Signal Conditioning(センサーに適した実用的なシグナル・コンディショニング回路の設計手法)」(アナログ・デバイセズから入手可能)なども設計を行う際の情報源として役立つはずです。なお、高電圧を使用する回路を扱うときには細心の注意を払ってください。