概要
本稿では、ソフトウェアによる構成が可能なI/Oデバイスについて説明します。また、その種のデバイスに最適な電源/データの絶縁ソリューションを紹介します。それらを組み合わせることにより、産業用アプリケーションの設計をシステム・レベルで行う際に直面する課題の解決を図ることができます。ICを設計する際には、システムのレベルで考察を実施することにより、多くのメリットが得られるようになります。本稿で紹介するソリューションの場合、消費電力をシステムのレベルで最適化する機能を備えています。この機能によって得られる効果は、システム・レベルのアプローチによってもたらされるメリットの端的な例です。
はじめに
産業分野には、プロセス制御、FA(Factory Automation)、ビルの制御などをはじめとする多種多様なアプリケーションが存在します。そうしたアプリケーションを実現するには、システム・レベルの絶縁型I/Oソリューションを設計しなければならないケースが少なくないでしょう。その際には、消費電力、絶縁型のデータ伝送の方法、フォーム・ファクタなど、数多くの事柄について検討しなければなりません。図1に示したのは、消費電力、絶縁手段、専有面積といった課題を解決可能な絶縁型I/Oソリューションの例です。このシングルチャンネルのソリューションは、主要な2つの要素から成ります。1つは、電力とデータの伝送を絶縁型で実現する「ADP1034」です。もう1つは、ソフトウェアによる構成が可能なI/O製品である「AD74115H」です。わずか2つのICと最小限の外付け回路を使用することにより、シングルチャンネルの絶縁型I/Oシステムが実現されています。
システム・レベルのソリューション
ADP1034は、高性能の絶縁型パワー・マネージメント・ユニットです。絶縁型のフライバック・レギュレータ、反転昇降圧レギュレータ、降圧レギュレータを備えているため、3種の絶縁された電源レールを提供することができます。また、同ICは低消費電力のデジタル・アイソレータを7個備えています。そして、プログラマブルな電力制御(PPC:Programmable Power Control)機能を備えていることを大きな特徴とします。同機能を使用すれば、単線のインターフェースにより、VOUT1の電圧をオンデマンドで調整することができます。図1の回路では、そのVOUT1によってAD74115Hの電源AVDDに6V~28Vを供給します。AD74115Hの電源AVCCとDVCCには、ADP1034のVOUT2から5Vを供給しています。VOUT2からは、必要に応じて外部リファレンスに給電することも可能です。ADP1034のVOUT3は、AD74115Hの電源AVSSに-5V~-24Vを供給するために使用しています。
消費電力を最適化するPPC機能
チャンネル間の絶縁を実現するモジュールを設計する際には、おそらく消費電力とチャンネル密度が最大のトレードオフ要因になるはずです。モジュールを小型化してチャンネル密度を高めるにつれ、モジュールの最大消費電力の要件に対応するために、チャンネルあたりの消費電力を削減しなければならなくなります。ここで言うモジュールとは、ADP1034とAD74115Hを組み合わせた図1の回路に相当します。図1のモジュール(以下、I/Oモジュール)を採用すれば、絶縁型の電源、絶縁型のデータ伝送機能、ソフトウェアで構成が可能なI/O機能を利用できます。
図1のI/Oモジュールが消費電力の面で最適なソリューションとなる理由は、PPC機能にあります。上述したように、同機能を使用すれば、VOUT1の電圧(AD74115HのAVDD)をオンデマンドで調整することができます。それにより、特に電流出力モードにおいて、軽負荷の条件下でI/Oモジュールの消費電力を最小限に抑えることが可能になります。
PPC機能を使用する場合、システムのホスト・コントローラはSPI(Serial Peripheral Interface)を介して必要な電圧に対応するコードをAD74115Hに送信します。AD74115Hは、単線のシリアル・インターフェース(OWSI:One-wire Serial Interface)を介して、そのコードをADP1034に引き渡します。このOWSIには、CRC(Cyclic Redundancy Check)機能が実装されています。その目的は、過酷な産業環境で生じがちな電磁干渉に対する堅牢性を実現することです。
消費電力の削減に関する一例を挙げます。AVDDが24V、負荷が250Ω、出力電流が20mAである場合、I/Oモジュールの総消費電力は748mWになります。ここでPPC機能を使用してAVDDの電圧を8.6V(負荷電圧とヘッドルームの和)に下げると、I/Oモジュールの消費電力は約348mWになります。つまり、消費電力を400mW削減できるということです。
消費電力の計算例
ここでは、消費電力について具体的な計算を行ってみます。以下に示す計算例1と計算例2は、250Ωの負荷に対して20mAの電流を出力するユース・ケースを想定したものです。A/Dコンバータ(ADC)はイネーブルであり、20SPSの変換レートで動作するというデフォルトの設定を前提とします。
【計算例1】
まず、PPC機能を使用しない場合の例を示します。以下のような手順により、I/Oモジュールの消費電力を算出することができます。
[AD74115Hの出力電力]= (AVDD = 24V)×20mA = 480mW
[AD74115Hの入力電力]= AD74115HQUIESCENT(206mW) +[ADCの電力](30mW) + 480mW = 716mW
[I/Oモジュールの入力電力]= 716mW + [ADP1034の電力](132mW) = 848mW
[負荷電力]= 20mA2×250Ω = 100mW
[I/Oモジュールの総消費電力]= ([I/Oモジュールの入力電力]-[負荷電力]) = 748mW
続いて、PPC機能を有効にした場合の例を示します。AVDDを8.6V(20mA×250Ω +[3.6Vのヘッドルーム])まで下げれば、以下に示すようにI/Oモジュールの消費電力を348mWまで削減できます。
【計算例2】
[AD74115Hの出力電力]= (AVDD = 8.6V)×20mA = 172mW
[AD74115Hの入力電力]= AD74115HQUIESCENT(136mW) +[ADCの電力](30mW) + 172mW = 338mW
[I/Oモジュールの入力電力]= 338mW + [ADP1034の電力](100mW) = 448mW
[負荷電力]= 20mA2×250Ω = 100mW
[I/Oモジュールの総消費電力]= ([I/Oモジュールの入力電力] - [負荷電力]) = 348mW
図2に、実際に消費電力を測定した結果を示しました。この実測値は、25°Cの温度条件の下、AD74115Hのアプリケーション・ボードを使用して取得しました。ご覧のように、実測値は計算値よりもわずかに少なくなっています。実測値は、デバイスの製造ばらつきによって多少変動します。
図3に、負荷RLOADと消費電力の関係を示しました。PPC機能を使用する場合に、負荷抵抗の値に対してI/Oモジュールの消費電力がどのように変化するのかを見てとることができます。この測定結果は、PPC機能を使用し、負荷抵抗の各値に対して最適なAVDDの値をプログラムすることで取得しました。ADP1034の効率を示すために、そのVINPに15V、24Vという異なる電圧を印加した場合の結果をプロットしています。温度の条件は25°Cです。
続いて、図4をご覧ください。これは、温度の条件を変更した場合の負荷と消費電力の関係を示したものです。PPC機能を使用し、負荷抵抗の各値に対して最適なAVDDの値をプログラムすることで取得しました。
表1. 代表的なユース・ケースにおけるAD74115Hの消費電力(PPC機能を使用)
VINP (V) | AVDDの電圧〔V〕 | ユース・ケース | 負荷 | 消費電力〔mW〕 | |
24 | 8.6 | 電流出力 | 250Ω | 322 | |
24 | 18 | 電圧入力 | なし | 250 | |
24 | 18 | 電流入力(外部電源) | 24mA | HARTはイネーブル | HARTはディスエーブル |
422 | 334 | ||||
24 | 18 | 電流入力(HART®対応のループ電源) | 24mA | 456 | |
24 | 16.5 | 電圧出力(バイポーラ、12Vレンジ) | 1kΩ | ZSのコード | FSのコード |
345 | 333 | ||||
24 | 18 | 2線式のRTD | 250Ω | 260 | |
24 | 18 | 3線式のRTD | 250Ω | 295 | |
24 | 18 | 4線式のRTD | 250Ω | 268 | |
24 | 18 | デジタル入力(ロジック) | 2.4mAのシンク | 297 | |
24 | 18 | デジタル入力(ループ電源) | 250Ω | 667 | |
24 | 12 | デジタル出力(内部) | 12Vのリレー、コイルの抵抗成分は約278Ω | ソース | シンク |
265 | 285 |
デジタル出力のユース・ケース
産業用のアプリケーションにおいて、デジタル出力は最も消費電力の多いユース・ケースとして認識されています。I/Oモジュールを構成するAD74115Hは、内部/外部、ソース/シンクのデジタル出力をサポートしています。一方、ADP1034は、内部のデジタル出力機能に対して十分な電力をソースすることが可能です。また、最大100mAの電流を連続的にソース/シンクすることができます。その場合、デジタル出力回路用の電源DO_VDDは、AVDDに直接接続されます。電流が100mAよりも多い場合には、外部のデジタル出力機能を使用しなければなりません。その場合、追加の電源をDO_VDDに接続する必要があります。
内部デジタル出力のユース・ケースにおけるタイムアウト
内部デジタル出力のユース・ケースでは、プログラムが可能な時間T1の間、短絡電流について高い制限値(約280mA)を許容できるようにすることができます。その目的は、最初に電源を投入した際に容量性の負荷を高速に充電することです。時間T1が経過した後、短絡電流についてはもう1つの制限値(約140mA)が適用されます。この制限値はプログラムが可能な時間T2の間、有効になります。短絡に関するこれらの条件の下では、システムにおいて電流の需要が増すことになります。そのため、ADP1034のVOUT1の電圧が低下しないように注意しなければなりません。これを保証するためには、DO_VDDとして必要な電圧が24Vである場合、ADP1034に対するシステムの電源電圧として24Vを使用することが推奨されます。これは、24Vのリレーに対して一般的に求められる電圧です。12Vのリレーを使用する場合には、負荷に対して十分な量の電流をソースできるように、システムの最小電源電圧(ADP1034のVINP)を18Vに設定することが推奨されます。
図5、図6は、DO_VDDとT1/T2における短絡電流の制限値の関係を示したものです。これらの図は、ADP1034から多くの電流を供給する場合にも安定性が得られるということを証明しています。
データの絶縁、ソリューションのサイズ
ADP1034は、アナログ・デバイセズが特許を取得済みのiCoupler®技術を採用しています。3つの絶縁された電源レールを提供するだけでなく、SPIのデータ用の絶縁チャンネルとGPIO(General Purpose Input/Output)用の3つの絶縁チャンネルを利用できます。パッケージのサイズは7mm×9mmです。同ICは非常に集積度が高く、チャンネルの絶縁に関するすべての要件が小さな面積に集約されています。それにより、基板上の実装面積に関する課題が解決されます。また、消費電力が少ないことも特徴の1つです。ADP1034のコントローラ側は、SPI用の絶縁チャンネルが使用されていない場合には、そのチャンネルが低消費電力の状態になるよう制御を行います。つまり、各チャンネルは必要なときだけアクティブになります。I/Oモジュールでは、GPIO用の3つの絶縁チャンネルをAD74115HのRESET、ALERT、ADC_RDYピンに適用しています。そのため、コスト増を伴うアイソレータICを追加することなく、AD74115Hの絶縁に関するすべての要件を満たすことができます。
まとめ
本稿では、チャンネル間の絶縁を実現するI/Oモジュールのソリューションを紹介しました。消費電力を抑えつつ、小さなフォーム・ファクタでこのようなモジュールを設計するのは、経験豊富な設計者にとっても難しい作業になる可能性があります。本稿で説明したとおり、ADP1034とAD74115Hを組み合わせたI/Oモジュールは、高い集積度とシステム・レベルの設計アプローチによって実現されています。このことから、I/Oモジュールの設計に関する課題が解消されます。このI/Oモジュールを採用すれば、単一のシステム電源を基に、絶縁された3つの電源レールを使用することができます。また、絶縁型のデータ伝送を実現する単一のICを使用することから、部品コストが大幅に削減されます。AD74115Hの高い柔軟性を組み合わせて設計したシステムを採用すれば、産業用アプリケーションのI/Oに関する要件の大半を満たすことが可能になります。