
アプリケーション・ノート使用上の注意
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AN-2550: IF およびベースバンドのゲインが可変でベースバンドのフィルタリングがプログラム可能な、IQ 復調器をベースとするIF/ベースバンド・レシーバ
回路の機能とその利点
図1 に示す回路は、柔軟で周波数アジャイルな、ダイレクト・コンバージョン中間周波数/ベースバンド・レシーバです。5dB の固定変換ゲインによりカスケード・ノイズ指数が減少します。可変ベースバンド・ゲインを用いれば、信号レベルを調整できます。ベースバンド・アナログ/デジタル(ADC)ドライバは、プログラマブルなローパス・フィルタも内蔵しており、チャンネル外のブロッカやノイズを除去できます。
このフィルタの帯域幅は、入力信号の帯域幅変化に対応して動的に調整できます。そのため、この回路が駆動するADC の実現可能なダイナミック・レンジを、フルに利用できます。
回路の中核をなすのは、フラクショナルN フェーズ・ロック・ループ(PLL)と電圧制御発振器(VCO)を集積したIQ 復調器です。ただ1 つの(可変)リファレンス周波数で、PLL/VCO は750MHz~1150MHz の局部発振器を実現できます。正確な直交バランスと低出力DC オフセットにより、エラー・ベクトル振幅(EVM)の低下が最小限に抑えられています。
この回路内の全コンポーネント相互のインターフェースは完全差動型です。段間でDC カップリングが必要な場所では、隣接する段同士のバイアス・レベルは相互に互換性があります。
回路の説明
レシーバ・アーキテクチャ
この回路ノートでは、レシーバ用のダイレクト・コンバージョン(ホモダインまたはゼロIF とも呼ばれます)アーキテクチャを説明します。ダイレクト・コンバージョン無線は、複数の周波数変換を行うことのできるスーパーヘテロダイン・レシーバと比べ、ただ1 つの周波数変換を実行します。1 周波数変換には以下の利点があります。
- レシーバの複雑さ、および必要な段数を低減できると同時に、性能向上と消費電力削減が可能
- イメージ除去の諸問題および不要なミキシングの生成を回避でき、必要なのはベースバンドでのローパス・フィルタ(LPF)のみ
- 高選択性(隣接チャンネル除去比[ACRR])
図1 に、フラクショナルN・PLL およびVCO を集積した直交復調器とその後段のプログラマブル・ローパス・フィルタと可変ベースバンド・ゲインを示します。シグナル・チェーンの最後の部分は、アンチエイリアシング・フィルタおよびデュアルA/D コンバータです。
理想的には、初段の入力および最終段の出力によってシステムのダイナミック・レンジ(S/N 比)が決まるはずです。しかし、これが成立しない場合もあります。
IQ 復調器、フラクショナルN PLL、VCO
入力信号は、ADRF6801 直交復調器に印加され、ここで周波数がゼロIF に変換されます。ADRF6801 は、必要なLO を供給する周波数シンセサイザを内蔵しています。この周波数シンセサイザは、フラクショナルN PLL とVCO で構成され、標準的なクローズド・ループ・モードで用いた場合のLO 周波数範囲は750MHz~1150MHz です。
ADRF6801 は、2 つのダブル・バランスド・ミキサーを用いています。1 つはI チャンネル用、1 つはQ チャンネル用です。ミキサーに供給されるLO は、2 分割する直交位相スプリッタを用いて生成されます。これはI チャンネル用に0º、Qチャンネル用に90º を供給します。ADRF6801 によってRF 入力からベースバンドのIおよびQ出力にもたらされる変換ゲインは、約5dBです。
ローパス・フィルタ、ベースバンド可変ゲイン・アンプ(VGA)、ADC ドライバ
ローパス・フィルタリング、ベースバンド・ゲイン、ADC ドライバの諸機能は、全てADRF6510 を用いて実現できます。I およびQ の経路に分かれた信号はADRF6510 に印加され、ここで、まずプリアンプによって増幅され、次に、ローパス・フィルタによって不要な帯域外信号やノイズが低減され、最後にVGA によって増幅されます。
ADRF6510 の各チャンネルは次に示す3 つの段階に分割できます。
- プリアンプ
- プログラマブル・ローパス・フィルタ
- VGA および出力ドライバ
プリアンプのゲインは、ユーザがGNSWピンを介して6dB または12dB を選択可能です。ローパス・フィルタのコーナー周波数は、SPI ポートを介して1MHz~30MHz の範囲を1MHz 刻みでプログラムできます。VGA のゲイン範囲は50dB で、30mV/dB のゲイン・スロープがあります。VGA のゲインはGAIN ピンで制御され、その範囲は、GNSW ピンがローにプルダウンされている場合は、−5dB~+45dB、GNSW ピンがハイにプルアップされている場合は、+1dB~+51dB です。出力ドライバは、1.5V p-pの差動信号を1kΩ の負荷に対して駆動しながらも、60dBc を上回るHD2 およびHD3 を維持できます。
ADRF6510 で許容可能なHD レベルを維持しながらローパス・フィルタに印加できる最大連続波(CW)信号は2V p-p で、この場合、ゲインは最小となります(GNSW = 0V およびGAIN =0V)。
ADRF6510 からはAD9248 などのADCにIQ 信号を印加できますが、その前に段と段の間でパッシブなローパス・フィルタ処理を行う必要があります。
アンチエイリアシング・フィルタ
I 信号およびQ信号がアンチエイリアシング・フィルタを通過することで、以下の効果が得られます。
- 帯域外ノイズの減少
- ADRF6510 の出力ノイズの減少(特に高ゲイン時)
- ADC からの電荷キックバックの減少
- 帯域外ブロッカの減少(ただし、ADRF6510 でのフィルタ処理によって減少していなくてはならない)
アンチエイリアシング・フィルタは、30MHz~120MHz の範囲にコーナーを持つよう設計されたローパス・フィルタです。信号のスペクトル成分が30MHz 未満であることが分かっている場合は、より低いコーナー周波数を選択できます。
このシステムでは、合計で5 通りのアンチエイリアシング・フィルタをテストしました。テストした最初の3 通りのアンチエイリアシング・フィルタは、図2 に示すRC タイプです。フィルタ1 は、R = 33Ω、C = 18pF です。これにより、コーナー周波数は約134MHz になります。
フィルタ2 は、R = 33Ω、C = 39pF で、これによりコーナー周波数は62MHz になります。最後に、フィルタ3 は、R = 33Ω、C =68pF で、コーナー周波数は35.5MHz です。
図3 に示すフィルタ4 はコーナー周波数が33MHz のLC フィルタ、図4 に示すフィルタ5 はコーナー周波数が33MHz のRLCフィルタです。
A/D コンバータ
信号は、アンチエイリアシング・フィルタからADC に印加されます。AD9248 デュアル14 ビット、65MSPS、3V ADC は、高性能サンプル&ホールド・アンプと内蔵電圧リファレンスを特徴としています。
測定結果:ADRF6510 およびADRF6510/ADRF6801 の組み合わせのEVM
4QAM、5MSPS の変調信号をADRF6801 直交復調器の入力に印加し、エラー・ベクトル振幅(EVM)を測定しました。2 つのAD8130-EBZ評価用ボードを用いて、ADRF6801 とADRF6510 の差動出力をシングルエンド信号に変換しました。
EVM は、デジタル・トランスミッタやデジタル・レシーバの性能の質の尺度であり、また、実際のコンステレーション・ポイントと理想的な位置との差を表す尺度です。この差は、図5 に示すように振幅と位相誤差の両方が原因となります。
図6 に、ADRF6801 単独の場合、およびADRF6801 の後段にADRF6510 を配置した場合の、EVM とADRF6801 への入力電力の関係を示します。ADRF6801 およびADRF6510 を組み合わせた場合の曲線では、ADRF6801 の入力電力を掃引するに伴い、1.5V p-p 出力電圧を維持するためにADRF6510 のゲインが変化しました。ADRF6510 のプリアンプ・ゲインは6dB に設定されています。
ADRF6801 を単独でテストした場合、+5dBm の入力電力まで、高い入力信号レベルでもEVMは悪化しない点に注意してください。しかし、ADRF6801 がADRF6510 を駆動している場合は、EVM は約0dBm の入力電力で悪化し始めます。その理由は、ADRF6510 のローパス・フィルタが処理できるのは2V p-p に過ぎず、プリアンプ・ゲインが6dB に設定されアナログ・ゲインが最低の場合、ADRF6510 の入力ピンでは、1V p-p になるためです。信号レベルがこれを超えると、EVM を悪化させる歪みの原因になり始めます。
入力信号レベルが低い場合は、S/N 比が小さくなり、EVM 測定の悪化が始まります。ADRF6801 単独でテストした場合は、EVM は約−25dBm で悪化し始めました。しかし、ADRF6801 がADRF6510 を駆動している場合は、EVM は−40dBm まで悪化し始めません。両方の部品を低信号レベルで測定した場合、EVMの悪化が見られます。その大きな理由は、ADRF6510 によって発生するノイズです。ただし、ADRF6801 がADRF6510 を駆動している場合の方が、バスタブのフロアはより平坦で安定しています。また、より小さい信号を識別する能力もはるかに良好です。これはベースバンド可変ゲインによるものです。
ADRF6510 およびADRF6801 についてのより包括的なEVM測定については、それぞれのデータシートを参照してください。
測定結果:ADC を含む完全なシグナル・チェーン
図7~図16 では、シグナル・チェーンにADRF6801、ADRF6510、AD9248 が含まれています。3 つのデバイスは全て相互にDCカップリングされています。ADRF6801 とADRF6510 の間のコモンモード電圧は2.6V です。ADRF6510 とAD9248 の間のコモンモード電圧は2.0V です。ADC のフルスケールは2V です。ADRF6801 への入力電力を掃引し、−3dBFS のADC 入力時に適切な信号レベルとなるよう、ADRF6510 のゲインを変化させました。S/N 比、SFDR、THD、HD2、HD3 は、ADC およびVisualAnalog ソフトウェアを用いて測定しました。サンプリング・レートは、Agilent 8665B 低位相ノイズ・シグナル・ジェネレータにより65MSPS に設定しました。ADRF6510 の2 種類のフィルタ帯域幅、5MHz および30MHz を用いました。また、ADRF6510のプリアンプ・ゲインを6dB から12dB に変更しました。ADRF6801 に供給したRF は895MHz で、LO は900MHz に設定しました。これにより5MHz のIF トーンが生じます。リファレンスには100MHz を用いました。このリファレンスを4 分周し、25MHz のPFD 周波数を得ました。100MHz の信号は、Wenzel のモデル119-3651-00 の水晶発振器によって発生しました。
この回路ノートで収集したデータは、AD9248 ADC のS/N 比(71.6dB)およびSFDR(80.5dBc)が、ADRF6801 とADRF6510を組み合わせた場合の性能を上回っていることを示しています。システムの全体的なS/N 比とSFDR は、主としてADRF6510 の出力ノイズによって制限されています。このノイズは、中間バンドで測定しゲインが20dB でフィルタ帯域幅が30MHz の場合に−130dBV/√Hz と仕様規定されています(ADRF6510 のノイズとゲインおよび帯域幅設定の関係の詳細については、ADRF6510 のデータシートを参照してください)。
ADRF6510 のフィルタは、入力電力レベルが高い場合(この場合は低ゲインの場合)、圧縮を示します。これにより高調波歪みが増加します。低入力電力レベルでは、ADC は本質的にADRF6510 の出力ノイズ・フロアを測定し、HD2 トーンおよびHD3 トーンはノイズ・フロア未満となります。ADRF6510 では、低入力電力時にゲインが高くなるため、出力ノイズ・フロアが増加します。
図7 および図8 に、ADC を含む全シグナル・チェーンのS/N 比を示します。低電力レベルでは、電力が1dB低下するごとにS/N比もほぼ1dB 低下しています。ADRF6510 のゲインは最大となっており、更に低い入力電力レベルでは−3dBFS を供給できなくなっています。信号の振幅は低下しますが、ノイズは比較的一定のままであり、そのためS/N 比が低下しています。−3dBFSを達成するのに十分な信号強度と十分なゲインがある場合、S/N比は安定レベルに近づきます。最良のS/N 比はアンチエイリアシング・フィルタ3 で達成されましたが、アンチエイリアシング・フィルタ1 を除く全てのフィルタ間での差はわずか約1dBでした。このフィルタ1 はその他のフィルタに比べS/N 比が劣っていることがその原因です。
図8 に示すように、ADRF6510 のフィルタを30MHz に設定した場合、最大入力電力時にS/N 比が急激に低下しています。これは、ADRF6510 フィルタでの圧縮によるもので、HD2 およびHD3 が突然悪化する原因となり、全体的なノイズ・フロアが急激に増加します。




図9 および図10 に、様々なアンチエイリアシング・フィルタに対するシステム全体のSFDRを示します。フィルタ4 およびフィルタ5 の性能は非常に劣っており、入力電力範囲のほとんどにおいてSFDR が40dB となっています。これは、SFDR を制限するHD3 トーンによるものです。その他のアンチエイリアシング・フィルタでは、範囲のほとんどにおいて、SFDR は60dB を上回っています。入力電力が低くなるとわずかに悪化しますが、これは主なトーンが−3dBFS にないためです。
高入力電力レベルでは、SFDR は、ADRF6510 のフィルタでの圧縮を原因とする高調波で制限されます。




図11、図12、図13、図14 に、システムのHD2 およびHD3 を示します。アンチエイリアシング・フィルタ4 および5 は、ここでも性能が劣っており、HD2 性能は約−55dBc、HD3 性能はわずか−40dBc となっています。フィルタ1、2、3 の性能はこれよりはるかに良く、HD2 とHD3 は−70dBc を超える良好な結果を示しています。
入力電力範囲の下限では、HD2 およびHD3 の成分が非常に小さいためノイズ・フロアより低く、実際に記録されるのはノイズです。出力ノイズが減少してHD トーンが現れるようになるほどADRF6510 のゲインを減少させると、適切な測定を行うことができました。
入力電力範囲の上限では、HD2 およびHD3 は著しく悪化しました。これはADRF6510 フィルタの圧縮によるものです。








アンチエイリアシング・フィルタ性能のまとめ
5 種類のアンチエイリアシング・フィルタをテストし、その結果を示しました。RC タイプのフィルタは、LC タイプやRLC タイプに比べ、大幅に優れた高調波歪み性能を示しました。ADRF6510 を用いてAD9248 を駆動する場合、全てのメトリクスにわたってアプリケーションで最高性能を発揮するためには、コーナー周波数ができるだけ低いRCタイプのフィルタを使用することを推奨します。
コモンモード掃引
ADRF6510 の出力とAD9248 の入力の間のコモンモード電圧を2V 以外の何らかの電圧で動作させ、なおかつ良好な性能を維持することができます。
図15 および図16 に、コモンモード掃引に対する標準的なメトリクスを全て示します。システムは、1.5V~3V の間のコモンモードに対し優れた性能を維持します。低コモンモード電圧での悪化は主にADRF6510 によるもので、高コモンモード電圧での悪化はADRF6510 とAD9248 の組み合わせによるものです。ADRF6510/AD9248 に対しては、コモンモード電圧を2.25V に設定すると最適です。




バリエーション回路
異なるIQ 復調器、PLL およびVCO、ADC
アナログ・デバイセズは、ADRF6806 やADRF6807 などの集積化IQ 復調器を提供しています。これらのIQ 復調のRF 周波数範囲は、それぞれ、50MHz~525MHz および700MHz~1050MHz です。どちらのデバイスも、出力コモンモードは1.65V であり、3.3V ドライバおよびADC により対応しやすくなっています。
アナログ・デバイセズは、IQ 復調器機能とシンセサイザ機能を分離するソリューションも提供しています。同じ周波数範囲で動作するIQ 復調器は、ADL5380、ADL5382、ADL5387 です。ダイナミック・レンジおよび直交システムは、これらのIQ 復調器間の相違の一部です。
VCO を内蔵したシンセサイザ製品には、ADF4350、ADF4351、ADF4360 などがあります。これらは、135MHz~4350MHz の広い周波数範囲にわたって動作し、位相ノイズおよび出力電力のメトリクスが異なります。
直交復調器の前にADL5330 などのカスケード・ノイズの低い可変ゲイン・アンプ(VGA)を追加することは、VGA のノイズ指数が直交復調器のノイズ指数よりも低い場合、システムのゲインを増加するだけでなく、全体的なシステム・ノイズ性能の向上にも寄与します。後続段のノイズ指数は、最初のVGA のゲインで除算されます。固定ゲイン・アンプではなくVGA を用いることのもう1 つの利点は、直交復調器への入力信号を一定レベルに維持するようにAGC ループを設計できることです。歪みを最小限に抑えるには、直交復調器および後続段に印加される信号レベルを制限できる、この機能を保持することが重要です。