Thought Leadership

Maurice O'Brien
Maurice O'Brien,

産業用オートメーション担当戦略マーケティング・マネージャ

著者について
Maurice O'Brien
Maurice O’Brienは、アナログ・デバイセズの工業自動化の戦略マーケティング担当役員で、工業自動化に重点を置いたシステム・レベルのソリューション提供の責任者です。この職務に就く前に、当社の工業用イーサネット部門に3年間従事し、パワー・マネージメントのアプリケーションとマーケティングの職務を15年間務めていました。リメリック大学(アイルランド)で電子工学の学士号を取得しています。
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モータ制御の効率を高めて、産業分野のCO2排出量を大幅に削減する


なぜ、今すぐ産業分野のCO2排出量を削減しなければならないのか?

現在は、世界中が「ネット・ゼロ」を目標に掲げている状況にあります。ネット・ゼロというのは、温室効果ガスの排出量を実質的にゼロに抑えようというものです。それに向けて、各国政府はCO2の排出量を削減するための規制を強化しています。地球温暖化の脅威を肌で感じる一般消費者も、CO2の排出量削減に貢献できる製品やサービスを選択するようになりました。ネット・ゼロの達成に向けた取り組みは、産業分野の製造企業に対して新たな機会をもたらします。製品の製造に関連して排出されるCO2を削減するためには、新たな技術を導入する必要があるからです。産業分野でCO2の排出量を削減するためには、いくつかの事柄に注目する必要があります。それらのうち、本稿では以下の2つの項目について詳しく解説することにします。

  • エネルギー効率の向上を実現可能なモータ・ドライブの配備数を増やす
  • デジタル・トランスフォーメーションの戦略によって製造分野の効率を高める

2015年に採択されたパリ協定では、2050年までに地球温暖化による気温の上昇を1.5°Cまでに抑えるという目標が掲げられました。これを達成するには、CO2の排出量を現在の値と比べて80%以上削減する必要があります。現在のペースでCO2を排出し続けると、気温は1.9°C~2.9°C上昇すると予想されています。そうすると、世界のGDPは著しく低下し、最大で人口の33%が移住すると考えられています。更に、災害に関連して生じる年間の損失額は数兆米ドルの規模に達すると推定されています。

世界の気温上昇は既に1.1°Cに達しています。専門家らは、2030年代にはその値が1.5℃を超える可能性が高いと見ています。1.5°C以下に抑えるという目標を達成するのは非常に大きな課題だと言えます。この課題を解決するためには、投資先を化石燃料から別のものに移行しなければなりません。エネルギー効率を高める技術や、再生可能エネルギーを利用する技術、あるいは原子力発電なども移行先として考えられます。二酸化炭素の回収/有効利用/貯留(CCUS:Carbon Capture, Utilization, and Storage)など、CO2の排出量の削減に貢献できるものが新たな投資先の候補になるでしょう。図1は「World Energy Outlook 2019」(世界のエネルギー展望 2019)から引用したものです1。この図が表しているのは、CO2の排出量を6Gt(ギガトン)に削減することによって1.5°C以下という目標を達成するための大まかな道筋です。この図には、2つの主要なシナリオによってCO2の削減量がどのようになるのかが示されています。2つのシナリオとは、公表政策シナリオ(Stated Policies Scenario)と持続可能な開発シナリオ(Sustainable Development Scenario)のことです。公表政策シナリオは、既に公表されている具体的な政策イニシアティブだけが行われた場合に想定される結果です。一方の持続可能な開発シナリオは、世界の気候、エネルギーへのアクセス、大気質に関する目標の達成を可能にする道筋を示すものであり、パリ協定に完全に準拠しています。同時に、同シナリオでは、増加する世界の人口を前提とし、信頼性を確保しつつ手ごろな料金でエネルギーをあまねく供給することを非常に重んじています。図1を見ると、2つのシナリオの間には大きなギャップが存在することがわかります。パリ協定の目標達成に最も大きく貢献するのは、エネルギー効率の向上です。図1に示したように、それが削減効果全体の37%を占めます1。世界でエネルギーに関連して排出されるCO2の量は、2022年に0.9%増加しています。その量は、36.8Gt以上という過去最大の水準に達しています。それに対し、産業分野のCO2排出量は2022年に1.7%減少し、9.2Gtとなりました。ただ、同分野で排出されるCO2の量は2022年に全体の25%を占めていました1。したがって、2050年にネット・ゼロを達成するためには、産業分野におけるエネルギー効率の向上に対して多くの投資を行うことが急務になります。

Figure 1. CO2 emissions reductions by measure in the Sustainable Development Scenario relative to the Stated Policies Scenario.

図1. 公表政策シナリオと持続可能な開発シナリオによるCO2排出量の削減効果1

より効率の高いモータで、産業分野のCO2排出量を大幅に削減する

2022年に世界の電力供給量は2万8642TWhに達しました。それに伴うCO2の排出量は13.6Gtに上ります(世界のCO2排出量の36%)2。産業分野では、世界の電力供給量の30%が消費されます。そのうち、電動モータによる消費電力の量は69%を占めます3。産業分野には約450Muのモータが導入されており、2022年には約52Muのモータが新規に配備される見込みです(ブラウンフィールドのアップグレードとグリーンフィールドの新規導入の両方を含みます)。したがって、より高効率の新たなモーション制御システムを導入すれば、消費電力とCO2の排出量を大幅に削減できるはずです。産業分野では、ポンプ、ファン、圧縮空気システム、材料の処理システム、加工システムなどを駆動するためにモータが使用されます。配備済みのすべてのモータ駆動システムを最大限の効率で動作させることができれば、世界の電力需要は10%低下します。それにより、2030年のCO2の排出量は2490Mt減少すると推定されています3(図2)。

Figure 2. Industrial motors key statistics.
図2. 産業用モータに関する主要な統計データ

モータ・ドライブの導入数を増やし、エネルギー効率を高める

最も基本的で最も低効率のモーション・ソリューションでは、グリッド接続/AC電源で動作する3相モータを使用します。それをベースとし、スイッチギアによるオン/オフ制御や保護回路を実現します。この種の基本的なモーション・ソリューションは、負荷がどのように変動したとしても、それとは関係なく比較的固定の速度で動作します。出力変数(ポンプやファンが対象とする流量など)の調整は、スロットル、ダンパ、バルブなどの機械的制御によって実現されます。また、大きな速度変更はギアによって行われます。既に配備済みモータのうち70%~80%はグリッド接続型のものだと推定されています。それらをインバータまたは可変速ドライブ(VSD:Variable Speed Drive)で駆動するようにすれば、エネルギーの消費量を大きく削減できるはずです。

整流器、DCバス、3相インバータ段を使用すれば、可変周波数、可変電圧出力のインバータを構成できます。それをモータに適用すれば、可変速制御が可能になります。このようなインバータ駆動型のモータは、負荷とアプリケーションに対する最適な速度で動作します。それにより、エネルギーの消費量を大幅に削減することができます。つまり、高効率のポンプやファンが実現されるということです。一般に、ポンプ、ファン、あるいはコンプレッサの既存のモータにインバータを追加すれば、消費電力を約25%削減できます4

より高い性能が求められるモーション制御アプリケーションに対しては、VSDを適用するとよいでしょう。それにより、トルク、速度、位置を正確に制御することができます。その場合、基本的なオープンループのインバータ・ドライブに、電流と位置の測定機能を追加することになります。対象となる典型的なアプリケーションの例としては、コンベア、巻線機、印刷機、押出機が挙げられます。産業分野で使用されている全モータのうち、インバータで駆動されているか、VSDに接続されているものは20%~30%程度だと推定されています。既存のモーション制御システムのより多くを、グリッド接続方式からインバータ駆動/VSD方式に変更すれば、産業分野に配備されている約450Muのモータによるエネルギーの消費量とCO2の排出量を大幅に削減することができます。

モータのエネルギー効率に関する規制が果たす重要な役割

インテリジェントなモーション制御ソリューションが提供され、より多くのアプリケーションで固定速度のモータからVSDなどを適用した高効率のモータへの移行が進めば、エネルギーの消費量は大幅に減ります。エネルギー効率に関する規制の効果もあり、今後はそのような動きが加速するでしょう。エネルギーの消費量を削減すれば、CO2の排出量を抑えて、より持続可能性の高い製造が実現されます。IEC(International Electrotechnical Commission)は、より効率の高いモータ駆動システムの導入を促進するために、エネルギー効率の高い電動モータに関する規格を定めています。例えば、電動モータの試験に関する規格としてはIEC 60034-2-1が策定されました。また、モータの効率について4つのクラス(IE1~IE4)を定義したIEC 60034-30-1という規格も提供されています。IE1~IE4の意味は以下のとおりです。 

  • IE1:標準的な効率
  • IE2:高い効率
  • IE3:プレミアムな効率
  • IE4:スーパー・プレミアムな効率

これにより、各メーカーのモータの効率のレベルを比較するのが容易になりました。また、これらの規格は、各国が最低エネルギー効率基準(MEPS:Minimum Energy Performance Standard)に対する効率のレベルを規定するための基準にもなっています。つまり、各国におけるエネルギー効率の向上とCO2の排出量の削減に関する目標の達成を下支えしているということです。各国政府によってモータのMEPSが定められた結果、大きな成果が得られるようになりました。2020年以降、世界の電動モータ・システムによる消費電力の76%を占める国々が、IE2またはIE3の効率を求めるMEPSを導入しました。それにより、産業分野で消費される電力の量が削減されています5。EU(欧州連合)の場合、2021年7月1日から、0.75kW~1000kWのモータに対してIE3(プレミアムな効率)以上、0.12kW~0.75kWのモータに対してIE2(高い効率)以上の効率を達成することを求めています。2023年7月1日からは、75kW~200kWのモータに対するMEPSの要件がIE4(スーパー・プレミアムな効率)に引き上げられる予定です。

モータ駆動システムの稼働期間を通したTCO(Total Cost of Ownership)の内訳を見ると、モータの購入コストが5%、メンテナンス・コストが20%であるのに対し、電力に関するコストは70%に上ることがわかります6(図3)。したがって、より効率の高いモータ駆動システムを導入することにより、CO2の排出量だけでなく、産業用モータの運用コストを大幅に削減できることになります。

Figure 3. Total cost of ownership for motor system.
図3. モータ・システムのTCO

産業分野の効率向上につながるデジタル・トランスフォーメーションの戦略

VSDでは、電圧、電流、位置、温度、電力、エネルギー消費量のデータを、振動やその他のプロセス変数を監視する外付けセンサーで取得したデータと組み合わせて使用します。新たな技術が適用されたモーション・アプリケーションは、IT/OT(情報技術/運用技術)を融合するためのイーサネット・ベースのネットワークによって互いに接続されます。それにより、モーションに関するデータやインサイトを、クラウド・ベースのデータ・ストレージまたはオンプレミスのストレージに伝送します。従来と比べれば、モーションに関するデータとインサイトにアクセスするのは容易になっています。それらに関する分析を、性能の高いクラウド・コンピューティングとAIによって行い、製造フローを最適化することで、製造に伴うエネルギーの消費量やCO2の排出量を削減することができます。モーションに関するインサイトにアクセスできれば様々なメリットを享受できます。例えば、装置の寿命の延伸、製造品質の向上、予期せぬダウンタイムと廃棄材料の削減、製造工場の安全性の向上を図ることができます。

最新のモータ駆動システムには様々な機能が盛り込まれています。例えば、モーションのデータとインサイトをインテリジェントなエッジで生成するための高度なセンシング機能、信号処理機能、エッジで稼働するAI、接続用のソリューションなどです。これらによって得られた新たなインサイトは、製造実行システム(MES:Manufacturing Execution System)に伝送されます(図4)。そうすれば、MESによって、配備済みのモータの中で公称定格をはるかに下回る出力で動作していて、十分に活用されていないのに多くの電力を消費しているものを検出することができます。もう1つの重要な機能は、定格に近すぎる出力や定格を少し上回る出力で動作しているモータを検出することです。そうした動作も、消費電力の増加と、寿命に関連する潜在的な問題につながります。数百台から数千台ものモータが設置された大規模な製造施設では、消費電力とCO2の排出量を削減する上で、デジタル・トランスフォーメーションの戦略が特に重要な役割を担います。

Figure 4. Key technologies to deliver motion insights.
図4. モーションのインサイトを提供するための主要な技術

世界経済フォーラムのグローバル・ライトハウス・ネットワーク

世界経済フォーラムのShaping the Future of Advanced Manufacturing and Value Chains(先進的な製造業とバリューチェーンの未来を形作る)プラットフォームは、製造業界で最先端の位置にいる企業を「ライトハウス(Lighthouse)」として認定するグローバル・ライトハウス・ネットワーク(Global Lighthouse Network。以下、GLN)を構築しました7。GLNは、いくつもの製造企業から成るコミュニティです。それらの企業は、先進的な技術を駆使してスマート製造向けの新たなイノベーションの実現を促進することで、生産性と持続可能性を高めています。また、GLNはデジタル・トランスフォーメーションの戦略が産業分野におけるCO2の排出量の削減を加速した実例を紹介しています8。2023年1月の時点で、GLNには13のサステナビリティ・ライトハウスを含む世界中の132の製造拠点が含まれています8。例えば、Schneider Electricのル・ヴォードライユ工場は、デジタル・トランスフォーメーションの最先端にあるサステナビリティ・ライトハウスの1つです9。同工場は、より持続可能性の高い製造の促進に向け、データ駆動型のインサイトの効果を実証するものとして以下のような実績を上げています。

  • 消費電力を 25% 削減
  • 廃棄材料を 17% 削減
  • CO2 の排出量を 25% 削減

まとめ

ネット・ゼロの達成に向けた取り組みは、産業分野の製造企業に対して新たな機会をもたらします。製品の製造に関連して排出されるCO2の量を削減するためには、新たな技術を導入する必要があるからです。産業分野の活動が活発になっている(その約半数は中国とインドで生じています)ことに伴い、モータの配備台数は2040年までに倍増すると見込まれています10。そのため、より効率の高い新たなモータ駆動システムによってもたらされるCO2排出量の削減効果とビジネス・チャンスの規模は、大幅に増大すると考えられます。アナログ・デバイセズは、より持続可能性が高く効率的な未来に向けたオートメーション化の促進に全力で取り組んでいます。当社の先進的な技術とソリューションは、高精度なモーション制御やシームレスな接続性、エッジにおけるインサイトの生成/分析能力の強化などに役立ちます。それらは、あらゆるレベルで効率を高めることに注目し、次世代の製造システムに対応できるように設計されているからです。当社のモーション向けソリューションの詳細については、analog.com/jp/intelligentmotionをご覧ください。

参考資料

1 World Energy Outlook 2019(世界のエネルギー展望2019)、International Energy Agency、2019年

2 Electricity Market Report 2023(電力市場レポート 2023)、International Energy Agency、2023年2月

3 Paul Waide、Conrad U. Brunner「Energy-Efficiency Policy Opportunities for Electric Motor-Driven Systems(電気モータ駆動システムのエネルギー効率に関する政策の機会)」International Energy Agency、2011年

4Program Insights: Variable Frequency Drives(プログラム・インサイト:可変周波数ドライブ)」Consortium for Energy Efficiency, Inc.、2019年

5 Conrad U. Brunner、Rita Werl、Maarten van Werkhoven「How International Standards for Electric Motor Systems Support Policies of Countries Using These in Their Regulations.(電動モータ・システムの国際規格は、規制にむけた各国の政策をどのように支援するのか?)」International Electrotechnical Commission

6The Future Is Energy-Efficient, the Future Is Data-Driven(未来を担うのは、エネルギー効率とデータ駆動)」ABB、2022年

7Global Lighthouse Network: Shaping the Next Chapter of the Fourth Industrial Revolution(グローバル・ライトハウス・ネットワーク:第4次産業革命の次章を築く)」World Economic Forum、2023年1月

8Global Lighthouse Network(グローバル・ライトハウス・ネットワーク)」World Economic Forum

9New Recognition for Schneider Electric from World Economic Forum(Schneider Electricが、世界経済フォーラムの新たな認定を取得)」Schneider Electric、2022年

10 World Energy Outlook 2017(世界のエネルギー展望2017)、International Energy Agency、2017年