要約
このアプリケーションノートでは、高電圧高輝度LEDドライバMAX16833の設計プロセスをステップバイステップで詳しく説明します。このプロセスによって試作設計を迅速化し、初回で成功する確率を高めることができます。標準的な設計シナリオを設計上の制約事項に基づいた計算例とともに示します。部品を選択する際のトレードオフについても説明します。外付け部品の値の計算に役立つ表計算も紹介します。このアプリケーションノートは、ブーストコンバータのトポロジに焦点を合わせています。しかし、基礎となる計算式を理解していれば、他のトポロジにも同じプロセスを適用することができます。バックブーストコンバータの設計例については、アプリケーションノート5659 「Step-by-Step Design Process for the MAX16833 High-Voltage High-Brightness LED Driver, Part 2」をご覧ください。
はじめに
このアプリケーションノートは、試作設計を迅速化し、初回で成功する確率を高めるために、高電圧高輝度LEDドライバ
MAX16833の設計プロセスをステップバイステップで詳しく説明するシリーズのパート1です。MAX16833はピーク電流モード制御LEDドライバであり、LEDストリングをいくつかの異なるアーキテクチャ(ブースト、バックブースト、SEPIC、フライバック、ハイサイドバックのトポロジ)で駆動することができます。このシリーズのパート2であるアプリケーションノート5659 「
Step-by-Step Design Process for the MAX16833 High-Voltage High-Brightness LED Driver, Part 2」はバックブーストコンバータのトポロジに注目しています。このパート1のアプリケーションノートはブーストのトポロジに焦点を当てています。
MAX16833は、外付けpチャネルMOSFETを駆動するための調光ドライバ、過渡的な過電圧や低電圧を伴わないLEDへの超高速PWM電流スイッチング、アナログ調光、100kHz~1MHzの範囲でプログラム可能なスイッチング周波数のほか、ランプ出力による周波数ディザリングか、またはいくつかの外付け部品での電圧リファレンスによる高精度なLED電流設定の、どちらかのオプションなど、いくつかの特長を備えています。
このパート1の設計例では、7個のLEDで構成したLEDストリングを1Aの定電流で駆動します。各LEDが3V (typ)の順電圧降下と0.2Ωのダイナミック抵抗を持つと仮定します。また、LEDドライバ回路は6V~16Vの範囲で変動する12V (typ)の車載バッテリから直接受電して動作するものとします。LEDストリングの電圧が常に入力電圧を上回るため、ブースト構成を選択しています。
図1. 標準動作回路
インダクタの選択(ブースト)
適正なインダクタ値を選択するため、次の式で最大デューティサイクルを計算する必要があります。
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(式. 1) |
ここで、VLEDはLEDストリングの順電圧(V)、VDは整流ダイオードの順電圧降下(約0.6V)、VINMINは最小入力電源電圧(V)、VFETはスイッチングMOSFETがオンのときの平均ドレイン-ソース間電圧(当初0.2Vと仮定)です。
最大デューティサイクルとLED電流によって、平均インダクタ電流が決まります。
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(式. 2) |
ピークインダクタ電流は次のように定義されます。
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(式. 3) |
ここで、ΔILはpeak-to-peakインダクタ電流リップル(A)です。
最後に、次の式で最小インダクタ値を計算することができます。
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(式. 4) |
以下では、「
はじめに」で概説した設計問題に基づく計算例を取り上げます。50%のインダクタ電流リップルを選択します。リップル電流を小さくするには、それだけ大きな(そして通常、高価な)インダクタが必要です。リップル電流が大きい場合は、傾斜補償と入力静電容量を増やす必要があります。
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(式. 5) |
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(式. 6) |
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(式. 7) |
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(式. 8) |
最小インダクタ値が決まったら、できる限りLMINに近く、かつLMINを下回らない実インダクタ値を選択する必要があります。選択したインダクタ値を使用して、ピークインダクタ電流とリップルを再度計算します。これらの数値は、さらに計算を進めるために必要です。
選択したインダクタの定格電流がILPを上回ることを確認します。通常、ピークインダクタ電流に対して20%の余裕を見込んでおきます。
入力コンデンサの選択
ブーストコンバータでは入力電流が連続的であるため、RMSリップル電流は小さくなります。バルク容量とESRの両方が入力リップルに寄与します。アルミニウム電解コンデンサとセラミックコンデンサの両方を並列に使用する場合は、リップルに対するバルク容量とESRの寄与が同等であると仮定します。セラミックコンデンサのみを使用する場合は、入力リップルの大部分がバルク容量から生じます(セラミックコンデンサのESRが極めて小さいため)。最小入力バルク容量と最大ESRを計算するには、次の式を使用します。
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(式. 12) |
ここで、ΔVQ_INは入力リップルのうちコンデンサの放電による部分です。
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(式. 13) |
ここで、ΔVESR_INはESRによる入力リップルです。
最大120mVの入力リップルが許容可能であると仮定します(VINMINの2%)。また、この入力リップルの95%がバルク容量から生じるものとします。実際の部品で計算値が容易に得られない場合は、この仮定を再検討する必要があるかもしれません。規定した設計仕様に基づいて、入力コンデンサは次のように計算されます。
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(式. 14) |
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(式. 15) |
2つの4.7µFのコンデンサを並列に使用して、8.5µFの最小バルク容量を達成します。選択したコンデンサが動作電圧で最小バルク容量の要件を満たすことを確認します(セラミックコンデンサでは、電圧の変化とともに静電容量が大幅に減少することがあります)。
出力コンデンサの選択
出力コンデンサの目的は、出力リップルを低減することとスイッチングMOSFETがオンしたときにLEDへの電流をソースすることです。バルク容量とESRの両方が総出力電圧リップルに寄与します。セラミックコンデンサを使用する場合は、リップルの大部分がバルク容量から生じます。必要なバルク容量を計算するには、式16を使用します。
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(式. 16) |
ここで、ΔVQ_OUTは出力リップルのうちコンデンサの放電による部分です。
残りのリップル、ΔVESR_OUTは、出力コンデンサのESRから生じます。このESRは次の式で計算することができます。
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(式. 17) |
許容される総出力リップルを算定するには、許容されるLED電流リップルにLEDストリングのダイナミックインピーダンスを掛けます。LEDのダイナミックインピーダンスは、動作LED電流におけるΔV/ΔIと定義され、LEDのデータシートにあるI-V曲線から求めることができます。LEDのデータシートにI-V曲線が掲載されていない場合は、自分で測定する必要があります。
バルク出力容量の実効ESRとESLを引き下げるには、複数のセラミックコンデンサを並列に使用します。
PWM調光中に、セラミック出力コンデンサがいくらか可聴ノイズを生じることがあります。このノイズを低減するには、電解またはタンタルコンデンサをセラミックコンデンサとともに使用して必要なバルク容量の大部分を実現します。音響ノイズが小さいセラミックコンデンサを使用することもできます1。
0.1 × ILEDの最大LED電流リップルを仮定します。また、選択したLEDのダイナミックインピーダンスが0.2Ωであるものとします(7個のLEDで構成したLEDストリングでは、合計1.4Ω)。その場合、総出力電圧リップルは次のように計算されます。
VOUTRIPPLE = 0.1A × 1.4Ω = 140mV |
(式. 18) |
リップルの95%がバルク容量から生じるとすれば、出力コンデンサは次のように計算されます。
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(式. 19) |
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(式. 20) |
4つの4.7µFのコンデンサを並列に使用して、18.3µFの最小出力容量を達成します。選択したコンデンサが動作電圧で最小バルク容量の要件を満たすことを確認します(セラミックコンデンサでは、電圧の変化とともに静電容量が大幅に減少することがあります)。
過電圧保護
LEDがオープンの場合、コンバータは出力電圧を引き上げて目的のLED電流を達成しようとします。これは、出力電圧が危険なレベルに近付く可能性があるということです。過電圧状態を検出して出力電圧を制限するために、OVP入力が用意されています。VOVPが1.23Vを超えた場合は、放電して1.16VになるまでNDRVが強制的にローに設定されます。
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(式. 21) |
この設計例では、42VのVOVが許容可能であると仮定します。ROVP2に10kΩを選択します。その場合、次のようになります。
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(式. 22) |
電流検出
MAX16833は電流モード制御LEDドライバです。つまり、インダクタ電流とLED電流に関する情報がループにフィードバックされます。
LED電流検出
LED電流は、直列のハイサイド電流検出抵抗か、またはICTRL入力に印加された電圧のどちらかによってプログラムされます。
VICTRL > 1.23Vの場合は、内部リファレンスによってRCS_LED (VISENSE+ - VISENSE-)両端の電圧が200mVに調整されます。したがって、電流検出抵抗RCS_LEDによってLED電流が設定されます。
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(式. 23) |
VICTRL < 1.23Vの場合は、LED電流はRCS_LEDとVICTRLによって決定されます。そのため、アナログ電圧でLEDを調光することが可能です。
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(式. 24) |
VICTRL = 1.23Vのときは、両方の式が同じであることに注意してください。
RCS_LEDは、LEDストリング端子間の短絡検出にも使用されます。ISENSE+とISENSE-間の電圧が1µs以上300mVを超えた場合は、IC内の短絡保護がアクティブ化されます。
スイッチングFET電流検出と傾斜補償
デューティサイクルが50%を超える場合、傾斜補償なしでは、負荷過渡事象によってサブハーモニック発振が生じてループが不安定になることがあります。ループの安定性を保つには、抵抗を追加します(CSとスイッチングMOSFETのソース間のRSC)。MAX16833の内部には、RSC経由で電流を供給して電圧VSCを生み出す電流ソースがあります。この電圧がRCS_FET両端の電圧に追加され、結果がリファレンスと比較されます。
VCS = VSC + VCS_FET |
(式. 25) |
安定性を保つために必要な傾斜補償電圧の最低値は、次のとおりです。
VSCMIN = 0.5 × (インダクタ電流下降傾斜 - インダクタ電流上昇傾斜) × RCS_FET |
(式. 26) |
FET電流検出抵抗のRCS_FETには、スイッチングMOSFETの電流と傾斜補償電流の両方が流れます。
図2. 傾斜補償
傾斜補償電圧は次のように定義されます。
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(式. 27) |
必要な最低傾斜補償電圧を計算するため、最低電源電圧と最小インダクタ値を仮定します。
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(式. 28) |
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(式. 29) |
したがって、
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(式. 30) |
十分な余裕を見込むために係数1.5を掛けています。
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(式. 31) |
RCS_FETが決まったら、RSCを次のように計算することができます。
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(式. 32) |
規定した設計仕様に基づいて、傾斜補償抵抗と電流検出抵抗は次のように計算されます。
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(式. 33) |
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(式. 34) |
この値を下回らない、最も近い標準抵抗値は68mΩです。
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(式. 35) |
エラーアンプの補償
ブースト構成では、スイッチングコンバータで右半平面(RHP)ゼロが生じてループが不安定になります。ループ補償の目標は、0dBを超えるループ利得に180°未満の位相シフト(と十分な位相マージン)を保証することです。左半平面(LHP)の極を追加することによって、ループ利得を約1/5 fZRHPで0dBにロールオフすることが可能で、RHPゼロによる不安定化を回避することができます。エラーアンプを補償して、予期されるいかなる動作条件の変動に対してもループの安定性を確保する必要があります。ワーストケースのRHPゼロ周波数は、次の式で計算されます。
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(式. 36) |
スイッチングコンバータの出力にも極があります。出力極fP2は次の式で計算することができます。
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(式. 37) |
ここで、COUTは上で計算したバルク出力容量であり、ROUTは実効出力インピーダンスです。
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(式. 38) |
ここで、RLEDは、動作電流におけるLEDストリングのダイナミックインピーダンス(Ω)です。
ループは、直列抵抗とコンデンサ(RCOMPとCCOMP)をCOMPとSGNDの間に追加することによって補償されます。RCOMPはクロスオーバー周波数を設定し、CCOMPは積分器のゼロ周波数を設定します。最大限の性能を引き出すには、次の式を使用します。
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(式. 39) |
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(式. 40) |
設計例に従うと、次のようになります。
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(式. 41) |
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(式. 42) |
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(式. 43) |
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(式. 44) |
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(式. 45) |
PWM調光
アナログ調光はICTRLの電圧を0V~1.23Vの範囲で掃引することによって制御可能ですが、LED電流を変化させずにLEDを調光する方が望ましい場合もあります。MAX16833では、PWMDIM入力と%-overbar_pre%DIMOUT%-overbar_post%出力を使用したPWM調光が可能です。
MAX16833は、ハイサイドpチャネルMOSFETを駆動するように設計されています。ローサイドnチャネルMOSFETではなくハイサイドpチャネルMOSFETで調光することによって、MAX16833ボードとLEDの間に必要な接続を1つ削減することができます。図3は、ブーストまたはバックブーストLEDドライバの作成に3つの接続しか必要としないMAX16833の一般的なソリューションを示しています。
図3. 3端子のMAX16833ソリューション
MAX16833は、フロントライトアセンブリ用に設計されているため、500:1未満の調光が必要とされるようなアプリケーションにのみ適しています。
可能な調光比を最大限に高めるため、いくつかの措置をとることができます。
- 低い調光周波数を使用します。人間の眼は、通常、100Hzを超える調光比を区別することができません。
- スイッチング周波数を引き上げます。これには、パワー部品の必要なサイズを低減するという別の利点もあります。ただし、効率は低下します。
- インダクタ値を低減します。これによってインダクタリップル電流が増加するため、放射妨害波が増大し、効率が低下します。
注:非常に低い調光周波数(たとえば、1Hzの方向指示器など)では、ブーストコンバータの出力がバッテリの1.5V以下まで放電しないように慎重な検討を行う必要があります。これは、VISENSE+とVINの間の電圧差を検出することによってLED端子間の短絡が検出されるためです。VISENSE+がバッテリ電圧の1.5V以下まで低下すると、%-overbar_pre%FLT%-overbar_post%出力がローにアサートされ、誤って障害発生が通知されます。ISENSE+入力はバイアス電流が200µA (typ)で、PWMDIM信号のオフフェーズ中にCOUTを放電させることがあります。OVP抵抗分圧器もリーク経路の1つであり、出力コンデンサを放電させることがあります(図4を参照)。
図4. 出力コンデンサのリーク経路
EMI対策の考慮事項
周波数ディザリング
MAX16833/MAX16833Cは、内蔵発振器の周波数ディザリング(スペクトラム拡散)を簡素化するLFRAMP出力を備えています。設計上、厳重なEMI対策が要求される場合は、この機能の使用を検討します。LFRAMPは、1つのバイパスコンデンサによって設定された周波数で1V~2Vの三角波を出力します。
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(式. 46) |
fLFRAMPは、fSWの少なくとも10分の1である必要があります。
500Hzのディザリング周波数を仮定すれば、CLFRAMPは次のように計算することができます。
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(式. 47) |
内蔵発振器の周波数ディザリングを行うには、LFRAMPとRT/SYNCの間に抵抗を接続します。
図5. LFRAMPを使用しない場合
図6. LFRAMPを使用した内蔵発振器の周波数ディザリング
発振器周波数の変動は、RDITHによって決定されます。
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(式. 48) |
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(式. 49) |
図7は、内蔵発振器に対する周波数ディザリングの効果を示しています。
図7. LFRAMPの動作
内蔵発振器が100kHz~1MHzの範囲で動作するようにRRTとRDITHを選択します。
12.5%のΔfSWが望ましいものと仮定します。
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(式. 50) |
図8. 出力スペクトル成分
適切なレイアウト
ディザリングに加えて、優れたEMI性能を実現するには適切なレイアウトも重要です。レイアウトでEMIを最小限に抑える際に重要なのは、不連続な電流経路を特定することです。
図9. 簡略回路図
図10は、外付け部品のいくつかについて電流と時間の関係を示しています。di/dtが大きい領域をオレンジ色の線で囲んでいます。
図10. さまざまな電流波形
図11. di/dtが大きい経路がレイアウトに極めて重要
EMIを改善するため、赤色で強調した部品をできる限り互いに近付けて配置します。これらの部品の間でトレースをできる限り短くして、di/dtが大きい経路上の寄生インダクタンスを低減します。
EMIに対するその他の設計上の考慮事項
周波数ディザリングとレイアウトの最適化を行った後、さらにEMIを改善する必要がある場合は、他にもいくつかの設計手法を適用可能です。LXノードの立上りと立下りを低速化すれば、EMIを低減することができます。そのための最も一般的な2つの方法は、小さなゲート抵抗をN1に追加するか、または小さなフェライトビーズをN1のドレインに追加することです。どちらを追加してもEMIが多少改善しますが、その代わり効率は低下します。
結論
ブーストLEDドライバの包括的な回路図を図12に示します。このアプリケーションノートで概説したステップバイステップの設計プロセスに従うことによって、プロジェクトのデバッグおよびテストフェーズ中に相当な時間を節約することができます。
図12. 計算例に基づいた標準アプリケーション回路
参考文献