自動運転車向けパワー・システムの現状を把握する

自動運転車向けパワー・システムの現状を把握する

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Tony Armstrong

Tony Armstrong

はじめに

自動運転車に対応する準備は既に整っているのでしょうか。これは、筆者が最近自身に頻繁に問いかけている質問です。もしかしたら、読者の中にも同じ思いを持っている方もいるかもしれません。筆者の場合、10代の娘が運転を始めたばかりなので、個人的な関心も少し含まれています。初めて運転の練習を行った後に「どうだった?」と尋ねたところ、彼女からはやや思いがけない答えが返ってきました。車を運転すること自体にはそれほど不安はなかったようですが、自分の周囲で車を運転する人々のことが気になったというのです。後部車両は必ずリア・バンパーに近づいてくるし、方向指示器は絶対に出さないし、自分の都合で突然前に割り込んでくるし、といった具合に不満を訴えていました。実際、そうした不満は筆者も感じていました。特に、カリフォルニア州北部で運転したときの経験から言えば、彼女の訴えに共感するしかありません。

その話から、筆者は、自動運転車のことに思いを巡らせました。自動運転車では、運転席に必ずドライバが座るというわけではありません。もちろん、実際にはその席には誰かしら座るのでしょうが、その人が制御機構を使用することはないでしょう。自動運転車は、車両内外に設置された様々なセンサーが接続された小型メインフレーム・コンピュータのようなものになります。そのコンピュータ上で、ドライバによる操作の代わりに、一連のコードが実行されます。そのコンピュータはクラウドに接続されており、車両周辺の外部環境について、リアルタイムにシミュレーションを実施できます。そして、その時点の周囲の交通条件に基づいて、とるべき動作を予測することが可能です。このような処理が、気候、環境、交通条件などの条件を加味して行われます。

2018年に、アリゾナ州で自転車を押していた歩行者が、自動運転のテストを行っていた車両(SUV)と衝突するという事故が発生しました。地元の警察によると、被害者は横断歩道がない場所で道路を横断していたそうです。事故の現場には自転車がありましたが、事故が発生したときには、被害者はその自転車には乗っていなかったとされています。被害者は近くの病院に救急搬送されましたが、残念なことに搬送直後に死亡が確認されました。

事故が起きたとき、自動運転に対応するこの車両の運転席にはドライバが座っていました。ただ、その人は実際に車両を制御しているわけではありませんでした。地元当局によると、事故が発生した際、他には人は乗っていなかったそうです。アリゾナ州では、必要に応じて車両を運転するための人が運転席に座っていなくても、自動運転車の試験を行うことが法的に許されています。そのような地域は、米国内にはごくわずかしかありません。この事故は、自動運転車の能力に対する世間の信頼を揺るがすものになったと言えるでしょう。

自動運転車が完成するまでのタイムライン

いくつかの問題に遭遇したとしても、将来的に自動運転車が実現されることは間違いありません。では、自動運転車はいつ完成するのでしょうか。それまでには、現時点から見てどれだけの時間が必要なのでしょうか。

自動車業界では、現状の自動車から自動運転車への移行は、2つの標準的な取り組み方によって進められています。1つは、既存の車両を少しずつ移行させる段階的な進め方です(例:Teslaのオートパイロット機能)。もう1つは、最初から完全な自動運転車を開発して提供しようという革新的な進め方です(例:Googleの自動運転車)。どちらが成功につながる方法なのか、筆者にはわかりません。おそらく、最終的には両者が共生的に融合していくのだろうと考えています。

では、次の数年間のうちにどのようなことが行われるのでしょうか。筆者がこの分野の主要な専門家から収集した情報によると、以下のような進展が見込まれます。

  • ナビゲーション・システム/GPSシステムとの同期がとられた、より高度な運転支援機能が開発されます。
  • Googleなどの企業により、自動運転車が遭遇し得るあらゆる状況に関するデータの収集と蓄積が行われます。
  • 地図を製作する企業により、主要な都市の3Dマッピング・データの拡充が図られます。
  • 自動車メーカーとハイテク車載システム・プロバイダの緊密な連携により、光検出、ライダー、レーダー・センサー、GPS、カメラといったあらゆる要素の協調的な動作が実現されます。
  • 上記のすべての機能を搭載する車両について、あらゆる地域と気候の下で試験が実施されます。

2020年頃には、先に挙げた半自動運転機能を搭載する車両により、交差点、信号、渋滞時の走行に対応できるようになっているはずです。しかし、それだけの自動運転能力を備える車両であっても、緊急時に備えて人間が注意を払わなければならない状況に変わりはありません。2024年頃になれば、そうした半自動運転車によって、悪天候や夜間など、より厳しい条件下でも正常な走行が行えるようになります。また、その頃までには、無人車両の配車サービスが始まっているかもしれません。当然のことながら、自動車メーカーは、歩道や交差点において、手を上げるといった歩行者からの合図を理解する車両を製造する必要があります。また、それ以外にも多数の自動運転機能を車両に搭載しなければ、上記のような事柄を実現することはできません。2030年代の半ばまでには、完全な自動運転車が路上を走行するようになっている可能性があります。

このようなタイムラインに沿った進展が実際に見られるとしたら、当然のことながら、半導体業界にもその恩恵がもたらされます。自動運転車の実現に必要な多数のシステム向けに、多様なデジタルICやアナログICを数多く供給することになるからです。

重要性を増すパワー・マネージメントIC

完全な自動運転車は、多数の異なる電子システムで構成されることは明らかです。先進運転支援システム(ADAS)、自動運転用コンピュータ、自動駐車支援システム、ブラインド・スポット・モニタリング(BSM)システム、インテリジェント・クルーズ・コントロール・システム、夜間暗視システム、ライダーなどが代表的な例です。それぞれのシステムは、数多くのデジタルICとアナログICを使用して構成されます。各ICを正しく動作させるために必要な電圧と電流のレベルは、それぞれに異なります。そうしたすべての電力は、自動車のバッテリやオルタネータから直接供給することが求められる可能性があります。1つの電源電圧を生成するレギュレータを基に、別の電源電圧を生成しなければならないこともあるでしょう。その代表的な例が、FPGAやGPUといったVLSIレベルのデジタルICのコア部に供給する電圧を生成するケースです。この用途では、1V未満の動作電圧と数十Aの電流の供給を求められることがあります。

ADASを例にとると、システム設計者は、車内のノイズに関する様々な規格に確実に準拠するように設計を行わなければなりません。車載環境の中でも放熱量が少なく効率が高いことが重視される領域では、リニア・レギュレータではなくスイッチング・レギュレータが使われるようになりつつあります。通常、スイッチング・レギュレータは入力電源バス・ラインに配置される1つ目の能動部品になるので、レギュレータ回路全体のEMI(電磁妨害)性能に多大な影響を及ぼします。

EMIには、伝導性のものと放射性のものがあります。伝導性のEMIは、製品に接続されるワイヤや、プリント回路基板のパターンを伝わります。ノイズは回路内の特定の端子やコネクタに局在するので、伝導性のEMIについては、多くの場合、適切なレイアウトやフィルタを設計することによって、開発初期の段階で対応できます。

一方、放射性のEMIは、それとは全く性質が異なります。基板上では、電流が流れるすべての場所に電磁場が生じます。基板上のすべてのパターンがアンテナになり、すべての銅プレーンが共振器になります。純粋な正弦波やDC電圧以外のあらゆる信号は、周波数スペクトル上の至るところにノイズを発生させます。電源をどれだけ慎重に設計したとしても、どの程度の放射性EMIが発生するかは、システムをテストしてみなければ、はっきりとしたことはわかりません。また、放射性EMIのテストは、基本的に設計が完了するまでは正式に実施することはできません。

EMIを低減するためには、フィルタがよく用いられます。フィルタによって、特定の周波数または周波数範囲のノイズを減衰させるということです。ノイズのエネルギーのうち、空間を伝わる(放射される)ものは、金属製の電磁シールドを追加すれば弱まります。パターンを伝わる(伝導する)ものは、フェライト・ビーズなどのフィルタを追加することで抑えられます。EMIを完全に除去することはできませんが、他の通信用部品やデジタル部品が許容できるレベルまで減衰させることは可能です。また、EMIについては、いくつかの規制機関が、満たすべきレベルを規格として定めています。

EMI/EMC性能に優れる高電圧対応のレギュレータ・ソリューション

上述したようなアプリケーション上の制約を踏まえて、アナログ・デバイセズのPower by Linearグループは、1つの製品を開発しました。それがモノリシックの同期整流方式降圧コンバータ「LT8650S」です。3V~42Vという広い入力電圧範囲に対応するデュアルチャンネル製品であり、EMI/EMC(電磁両立性)性能に優れる点を1つの特徴とします。ADASを含む車載アプリケーションでは、コールド・クランクやアイドリング・ストップからの再始動時に、最も低い3Vという入力電圧に対応する必要があります。一方で、ロード・ダンプの際に過渡的に発生する40V以上の最大入力電圧にも対応しなければなりません。同ICは、このような車載アプリケーションにとって理想的な製品です。図1に示すように、LT8650Sは高い入力電圧、4Aの出力電流に対応する2つのチャンネルを備えています。最小で0.8Vを出力できるので、現在製品化されている最も動作電圧が低いマイクロプロセッサ・コアでも駆動できます。また、同期整流方式を採用しており、2MHzのスイッチング周波数で最大94.4%の効率を実現します。加えて、Burst Mode®動作により、無負荷、スタンバイ状態における静止電流を(両チャンネル共に)6.2µA未満に抑えられます。したがって、常に電源が投入された状態で運用されるシステムに最適です。

図1. LT8650Sの使用例。2MHzのスイッチング周波数、5V/3.3Vの出力電圧、4Aの出力電流に対応します。

図1. LT8650Sの使用例。2MHzのスイッチング周波数、5V/3.3Vの出力電圧、4Aの出力電流に対応します。

LT8650Sのスイッチング周波数は、300kHz~3MHzの範囲でプログラム可能であり、いずれの周波数でも同期をとることができます。最小オン時間が40ナノ秒であることから、高電圧を扱うチャンネルにおいて、2MHzのスイッチング周波数で、16Vの入力電圧VINから2.0Vの出力電圧VOUTへ降圧することが可能です。2つの内蔵入力コンデンサに加えて、BSTピンとINTVCC ピンに付加するコンデンサを内蔵する独自のアーキテクチャ「Silent Switcher(サイレント・スイッチャ)®2」により、ホット・ループの面積が最小限に抑えられています。また、適切に制御されたスイッチング・エッジと、一体型のグラウンド・プレーンとボンディング・ワイヤの代わりに銅ピラーを使用する内部構造が組み合わせられていることから、LT8650のEMI/EMC性能は、非常に優れたレベルに達しています。図2は、同ICのEMI出力の特性を示したものです。この優れたEMI/EMC性能は、基板レイアウトの影響を受けにくく、2層基板を使った簡素な設計を採用した場合でも、性能面のリスクが軽減されます。車載部品に関する規格であるCISPR25のクラス5では、EMIのテストで使用するピーク・リミット値が定められています。LT8650Sは、スイッチング周波数が2MHzの場合に、負荷に関する動作保証範囲内において、同規格で定められたEMIのテストに余裕を持って合格します。スペクトル拡散周波数変調を併用すれば、EMIノイズのレベルを更に引き下げることも可能です。

図2. LT8650Sの放射性EMI

図2. LT8650Sの放射性EMI

LT8650Sは、高い効率を実現するハイ・サイド/ロー・サイドのパワー・スイッチを内蔵しています。また、必要な昇圧用ダイオード、発振器、制御用のロジック回路を1つのダイ上に集積しています。リップルの小さいBurst Modeで動作させることにより、出力リップルを10mVp-p未満に抑えつつ、少ない出力電流で高い効率を維持することができます。パッケージとしては、外形寸法が4mm × 6mmで、熱特性が強化された32ピンの小型LGAを採用しています。

LT8650Sの入力電圧範囲よりも更に広い入力電圧範囲が必要になるアプリケーションに向けて、アナログ・デバイセズは「LT8645S」を開発しました。このICも、モノリシックの同期整流方式降圧コンバータです。EMI/EMC性能に優れると共に、3.4~65Vの入力電圧に対応するため、一般車両にもトラックにも適用できます。コールド・クランクやアイドリング・ストップからの再始動時の3.4Vという低い入力電圧から、ロード・ダンプの際に過渡的に発生する60V以上の入力電圧にも対応できるということです。図3に示すように、シングルチャンネルの製品であり、5V/8Aを出力可能です。同期整流方式を採用していることから、2MHzのスイッチング周波数で最大94%の効率を実現できます。また、Burst Mode動作によって無負荷、スタンバイ状態における静止電流を2.5µA未満に抑えることが可能です。そのため、常に電源が投入された状態で稼働するシステムに最適です。

図3. LT8645Sの使用例。2MHzのスイッチング周波数で、5Vの電圧、8Aの電流を出力することが可能です。

図3. LT8645Sの使用例。2MHzのスイッチング周波数で、5Vの電圧、8Aの電流を出力することが可能です。

LT8645Sのスイッチング周波数は、200kHz~2.2MHzの範囲でプログラム可能であり、いずれの周波数でも同期をとることができます。2つの内蔵入力コンデンサに加えて、BSTピンとINTVCCピンに付加するコンデンサを内蔵するSilentSwitcher 2により、ホット・ループの面積を最小限に抑えています。また、適切に制御されたスイッチング・エッジと、一体型のグラウンド・プレーンとボンディング・ワイヤの代わりに銅ピラーを使用する内部構造が組み合わせられていることから、LT8645SのEMI/EMC性能は非常に優れたレベルに達しています。図4は、同ICのEMI出力の特性を示したものです。この優れたEMI/EMC性能は基板のレイアウトの影響を受けにくく、2層基板を使った簡素な設計を採用した場合でも、性能面のリスクが軽減されます。LT8645Sは、負荷に関する動作保証範囲内において、CISPR25のクラス5で定められたEMIのテスト(ピーク・リミット値)に余裕を持って合格します。スペクトル拡散周波数変調を併用すれば、EMIのレベルを更に引き下げることも可能です。

図4. LT8645Sの放射EMI

図4. LT8645Sの放射EMI

LT8645Sは、高い効率を実現するハイ・サイド/ロー・サイドのパワー・スイッチを内蔵しています。また、必要な昇圧用ダイオード、発振器、制御用のロジック回路を1つのダイ上に集積しています。リップルの小さいBurst Modeで動作させることにより、出力リップルを10mVp-p未満に抑えつつ、少ない出力電流で高い効率を維持することができます。パッケージとしては、外形寸法が4mm × 6mmで、熱特性が強化された32ピンの小型LQFNを採用しています。

まとめ

上述したようなアプリケーション上の将来の自動運転車(トラックを含む)に必要な車載システムが、急速なペースで開発されています。このことは、現時点でも明らかな進化として確認できます。もちろん、必要な電圧と電流のレベルは今後も変化していくでしょう。しかし、高いEMI/EMC性能を実現するという要件がなくなることはありません。また、動作環境の条件が厳しいという事実が変わることもありません。幸い、アナログ・デバイセズのPower by Linear製品を使ったソリューションは拡充され続けています。2030年代の半ばまでの道のりはとても長く感じられますが、当社は将来にわたってシステム設計者を支援し続けます。

筆者の娘による運転の話に戻りましょう。既に、今日の車両システムは、彼女が周囲のドライバと容易にやり取りできるよう支援してくれています。彼女が運転席でくつろぎ、自動運転を楽しむことができるようになるのは、それほど遠い未来の話ではないでしょう。