大電流、高速過渡応答、低ノイズのマルチフェーズ電源ソリューション【Part 1】

大電流、高速過渡応答、低ノイズのマルチフェーズ電源ソリューション【Part 1】

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Erik Lamp

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Xinyu Liang

Xinyu Liang

概要

高性能のプロセッシング・ユニットには、多くの電流を供給可能で過渡応答が高速な電源回路が必要になります。本稿では、このような要件に対応可能なマルチフェーズの電源ソリューションを紹介します。そのソリューションでは、モノリシック型の降圧コンバータIC「LT8627SP」を活用します。同ICは出力ノイズを低減するために、Silent Switcher® 3という新たなアーキテクチャを採用しています。また、その極めて高速な過渡応答を活かしたマルチフェーズ動作を実現できます。このマルチフェーズの電源回路は、制御帯域幅が非常に広いため、他のソリューションと比べて値の小さい出力コンデンサを使用可能です。このことから、負荷が変動した際の過渡応答として、非常に短い回復時間を達成することができます。本稿では、この電源回路の詳細について説明すると共に、実際の設計時に役立つヒントや考慮すべき事柄などについての解説も行います。

はじめに

今日のコンピューティング環境では、非常に性能の高いCPUやFPGA、ASICなどが使用されています。それらの消費電力は、性能の向上に伴ってますます増大しています。また、そうした高性能のプロセッサは、5Gに対応するトランシーバーやビームフォーマといった高速RFアプリケーションでも使用されています。この種のアプリケーションでは、求められる帯域幅とノイズ・レベルが理由となって、プロセッサ用の電源に対する要件がより一層厳しくなっています。従来、多くのRFアプリケーションでは、多くの出力電流を得るために降圧コンバータとLDO(低ドロップアウト)レギュレータから成る2段構成の電源回路が使われていました。しかし、その種のソリューションはサイズが大きく、効率が悪く、より多くのヒートシンクを必要とします。供給しなければならない出力電流の量が多くなると、単一の降圧コンバータを使用する方法は適切なソリューションだとは言えなくなります。結果として、そうしたアプリケーションでは、マルチフェーズの電源回路が広く使用されるようになりました。つまり、複数の降圧コンバータをインターリーブ動作させる手法が一般的になったということです。この手法であれば、インターリーブ方式によるスケーラビリティが得られるだけでなく、リップルを低く抑えつつ、高い電流供給能力を実現できます。但し、この手法において、過渡応答を高速化しつつ、RFノイズを極めて小さく抑えるというのは容易ではありません。複数個の降圧コンバータを使用して構成したマルチフェーズの電源回路によって、RFアプリケーションで使われる高速ASICなどに給電するためには、多くの出力コンデンサと複数段のLCフィルタが必要になるからです。そうした部品を追加すると、基板上の実装面積が非常に大きくなり、コストも増加することになるでしょう。本稿では、LT8627SPが採用しているSilent Switcher 3の効果について詳しく説明します。同ICを複数個組み合わせてマルチフェーズの電源回路を構成する場合、このアーキテクチャの効果により、ノイズ性能を著しく高めつつ極めて高速な過渡応答を実現することができます。また、以下では、様々な負荷の条件に対応するために、設計において考慮すべき様々な事柄についても触れることにします。

Silent Switcher 3を採用した製品は、ゲインの高い誤差アンプをベースとしてノイズを極めて小さく抑えられるように設計されています。具体的には、10Hz~100kHzで4µVrms(代表値)というレベルまでノイズを抑えられます。また、極めて高いEMI(電磁干渉)性能と極めて高速な過渡応答を実現することが可能です。LT8627SPは、このアーキテクチャを採用した製品の1つです。その定格電流は最大で16Aです。そのため、大電流を供給する必要があり、なおかつノイズに敏感なアプリケーション用のものとして、マルチフェーズの電源回路を構成したい場合には最適な選択肢になります。特に負荷がASICである場合には、電源回路から供給すべき電圧が低い(1V未満)という重要な条件に注目する必要があります。12V系の電源分配システムを使用する場合、マルチフェーズの降圧構成は最小オン時間の影響を受けやすくなります。革新的なアーキテクチャであるSilent Switcher 3を採用した製品であれば、15ナノ秒という最小オン時間が実現されます。LT8627SPを例にとると、1MHzを超えるスイッチング周波数でも問題なく適切な動作が得られます。しかも、リップル、実装面積、ノイズ、帯域幅の面でも有利です。

50Aのデジタル負荷への対応、回復時間を最小化するには?

電源における重要な特性の1つは回復時間です。ここで言う回復時間とは、負荷が過渡的に変動した際、出力電圧がレギュレートされた値に戻るまでにかかる時間のことです。どのような電源でも回復までには相応の時間を要しますが、回復時間には制御ループの帯域幅が影響を及ぼします。制御ループの帯域幅が広ければ、負荷が変動している期間に流れるインダクタの電流の量を高速に増やしたり減らしたりすることができます。それにより、出力コンデンサにおける電荷量の変化を補償し、回復時間をより短く抑えることが可能になります。図1に示したのは、LT8627SPを使用して4相のマルチフェーズ構成を実現した例です。この電源回路を使用すれば、RFアプリケーションで使用される高性能のデジタル負荷に対し、最大50Aの電流を供給することができます。スイッチング周波数は2MHzであり、出力電圧VOUTは1.8Vです。負荷に過渡的な変化が生じている際、電荷の補償時間を短縮するためには、等価直列抵抗(ESR)の小さいセラミック・コンデンサを使用します。ポリマー・コンデンサや電解コンデンサはESRが大きいため避けなければなりません。1相あたり90°のインターリーブ/PWM(Pulse Width Module)動作を適用すると、等価リップル周波数を高めて、制御帯域幅を広げることができます。

図1. LT8627SPを使用して構成した4相インターリーブの電源回路(その1)。RFアプリケーションで使用するデジタル負荷に対して、1.8VOUT、50Aの電力を供給します。
図1. LT8627SPを使用して構成した4相インターリーブの電源回路(その1)。RFアプリケーションで使用するデジタル負荷に対して、1.8VOUT、50Aの電力を供給します。

補償回路は、帯域幅を可能な限り広く確保しつつ、少なくとも45°の位相マージンと8dB以上のゲイン・マージンを達成するように調整されています。ここで、図2のボーデ線図をご覧ください。45°の位相マージンと9dBのゲイン・マージンを確保しつつ、280kHzの最大帯域幅が得られるように調整されていることがわかります。図2には、比較対象として、LT8627SPを単相で使用した場合の特性も示してあります。この評価は、1相あたりの出力容量が等価になるようにし(100µFが2個、1µFが1個、0.1µFが1個)、1.8V/12Aの出力という条件で実施しました。つまり、図2のボーデ線図では同じ基準で安全性を確認できるようにしてあります。

図2. LT8627SPを使用して構成した電源回路のボーデ線図。4相/50A出力の場合と単相/12A出力の場合を比較しています。
図2. LT8627SPを使用して構成した電源回路のボーデ線図。4相/50A出力の場合と単相/12A出力の場合を比較しています。

続いて、回復時間を比較するための評価結果を示します。4相、単相それぞれの場合について、1相あたり6A/マイクロ秒のスルー・レートで負荷が50%変化する場合の過渡応答を確認しました。図3に示した4相の場合の結果を見ると、過渡応答の立上がりエッジでは約2.5マイクロ秒の回復時間が実現されています。図4に示した1相の構成における回復時間と比べて、約1/10に短縮されていることがわかります。

図3. LT8627SPを使用して4相の電源を構成した場合の過渡応答。負荷を25Aから50Aに変化させています。回復時間が最小になるように最適化してあります。
図3. LT8627SPを使用して4相の電源を構成した場合の過渡応答。負荷を25Aから50Aに変化させています。回復時間が最小になるように最適化してあります。
図4. LT8627SPを使用して単相の電源を構成した場合の過渡応答。負荷を6Aから12Aに変化させています。回復時間が最小になるように最適化してあります。
図4. LT8627SPを使用して単相の電源を構成した場合の過渡応答。負荷を6Aから12Aに変化させています。回復時間が最小になるように最適化してあります。
図5. LT8627SPを使用して構成した4相インターリーブの電源回路(その2)。0.8Vを出力します。負荷が22Aから50Aに1マイクロ秒で変化した場合でも、5%未満のVPPを達成できます。
図5. LT8627SPを使用して構成した4相インターリーブの電源回路(その2)。0.8Vを出力します。負荷が22Aから50Aに1マイクロ秒で変化した場合でも、5%未満のVPPを達成できます。

大電流を必要とするワイヤレス・アプリケーション、過渡応答のVPPを最小化するには?

Silent Switcher 3を適用した製品は、多くのお客様に採用されています。例えば、ワイヤレス・アプリケーションの分野では、同ICを使用して構成したマルチフェーズ電源が広く使われています。図5に示したのは、そうしたお客様によって設計された電源回路の一例です。この回路では、LT8627SPを使用して0.8VOUTを生成します。給電の対象とするのは、大電流を要する高速SoC(System on Chip)です。この回路であれば、負荷が1マイクロ秒の間に22Aから50Aへ変化する場合でも、適切に対応できます。過渡的な変化が生じてもSoCの性能が低下しないようにするためには、負荷が変化している期間のピークtoピークの出力電圧VPPを5%(40mV)未満に抑えることが望ましいとされています。

先述したように、LT8627SPを4相インターリーブで使用する場合、約300kHzというかなり広い制御帯域幅の実現を期待できます。また、時間領域で見ると、負荷が変化した際の電圧の偏差と制御帯域幅の関係は、以下の式によって大まかにモデル化することが可能です。

数式 1

したがって、リップル電圧を10mVに抑えるには、出力コンデンサの値を最小でも1583µFに設定しなければならないことがわかります。実際の設計では、これよりも大きい値を選択しなければなりません。ただ、図1の例とは異なり、図5の回路では、より多くのポリマー・コンデンサを使用しています。それにより、満たさなければならない回復時間の間に十分な減衰が得られるようにしています。出力コンデンサもループの帯域幅と安定性に影響を及ぼします。出力コンデンサの最終的な値を決定する際には、トライ&エラーを経ることになるでしょう。

図5の回路では、LT8627SPを1MHzのスイッチング周波数を使用し、4相のインターリーブを実現しています。したがって、リップルの周波数は4MHzになります。出力コンデンサの最小値を決定した結果、スルー・レートが28A/マイクロ秒、負荷の変化が22A→50A→22Aという条件下でVPPとして35mV(4.4%)という値を達成できました。図6に示したのが過渡応答の様子です。また、制御ループの安定性を確認するために、50Aの負荷を使用してボーデ線図を取得しました(図7)。制御ループの帯域幅は322kHz、位相マージンは50°となっています。

図6. 過渡応答の様子。負荷が28A/マイクロ秒のスルー・レートで22Aから50Aに変化した場合の結果です。
図6. 過渡応答の様子。負荷が28A/マイクロ秒のスルー・レートで22Aから50Aに変化した場合の結果です。
図7. LT8627SPを4相で使用し、VPPを最小化した場合のボーデ線図
図7. LT8627SPを4相で使用し、VPPを最小化した場合のボーデ線図

続いて、効率と熱性能(条件は全負荷)の評価結果を示します。効率については、12Vの入力、0.8Vの出力という条件で、60Aまでの負荷に対して評価を行いました(図8)。付随する損失を含めると、負荷が25Aの場合、コンバータのピーク効率は89%となりました。負荷が60Aの場合、コンバータの効率は84%でした。

図8. 効率の評価結果。LT8627SPを使用して4相の電源を構成した場合の結果です。スイッチング周波数は1MHz、入力電圧は12V、出力電圧は0.8Vです。
図8. 効率の評価結果。LT8627SPを使用して4相の電源を構成した場合の結果です。スイッチング周波数は1MHz、入力電圧は12V、出力電圧は0.8Vです。

図9に示したのは、4相の電源を構成した場合の熱画像です。負荷が60Aである場合、各LT8627SPの温度は最も低いもので61.6°C、最も高いもので66°Cでした。つまり、4つのICの間で温度の最大偏差は約5°Cとなっています。この結果は、各相の間で電流の分担が非常に良好に実現されていることを表しています。

図9. 熱性能の評価結果。LT8627SPを使用して4相の電源を構成した場合の結果です。スイッチング周波数は1MHz、入力電圧は12V、出力電圧は0.8Vです。
図9. 熱性能の評価結果。LT8627SPを使用して4相の電源を構成した場合の結果です。スイッチング周波数は1MHz、入力電圧は12V、出力電圧は0.8Vです。

LT8627SPを使用する際に配慮すべき事柄

LT8627SPを、ピーク電流モードの制御ICとして使用すれば、マルチフェーズの動作を簡単に実現できます。ただ、実際に設計を行う際には配慮すべき事柄もあります。以下、特に注意すべき点についてまとめます。

  • 電流の分担を適切に行うには、図 1 の回路図に示したように、全 LT8627SP の VC ピンを互いに接続する必要があります。
  • LT8627SP を均等に 4 相インターリーブで動作させる場合、それぞれの CLKOUT の位相を 90°シフトして、次の LT8627SPの SYNC ピンに入力するようにします。それにより、各LT8627SP のスイッチ・ノードの波形は図 10 に示すようになります。マルチフェーズに対応する降圧コンバータ IC がもたらす最大のメリットは、インターリーブ動作を実現できることです。位相を均等にインターリーブすることにより、出力リップル電圧の周波数が逓倍されるので、出力コンデンサの値を大幅に低減することができます。インターリーブを適用した場合のリップルの周波数が高いほど、制御ループはより広い帯域幅でリップル・ノイズに耐えられるようになります。LT8627SP では、クロックの位相シフト量として 3 種類の値(180°、120°、90°)を設定できます。また、スイッチング周波数は最高で 4MHz です。つまり、特別なデバイスを追加することなく、最大 12 相のインターリーブ動作を実現することが可能です。
  • 電圧の検出を適切に行うためには、各 LT8627SP の OUTS ピンを互いに接続する必要があります。この構成では、制御ループに対してすべての誤差アンプ(EA:Error Amplifier)が関与することになります。したがって、ボーデ線図にはすべてのEA の性能が反映されるようにしなければなりません。そのためには、検出ポイント(出力電圧)と OUTS ピン側を互いに接続し、各 EA で均等な変動が観察されるようにする必要があります。
  • RT ピンには、周波数を設定するための抵抗を接続します。マスタとして機能する LT8627SP の RT ピンには、実際のスイッチング周波数に対応する値の抵抗を接続します。スレーブとして機能する LT8627SP の RT ピンには、実際のスイッチング周波数(マスタの LT8627SP のスイッチング周波数)よりも 20% 低い周波数に相当する値の抵抗を接続します。
図10. 各LT8627SPのスイッチ・ノードの波形.
図10. 各LT8627SPのスイッチ・ノードの波形

まとめ

5Gに対応する通信アプリケーションなどでは、非常に性能の高いデジタル・プロセッサが使用されます。それらのプロセッサに給電するための電源回路の設計は必ずしも容易ではありません。そうした場合、電源回路は、高速な過渡応答を実現しつつ非常に多くの電流を供給できるように設計する必要があります。また、回復時間を最小化したり、負荷が変化している期間の出力電圧のピークtoピーク値を最小限に抑えたりすることが必要になります。本稿で紹介したのは、こうした課題に対する簡単な解決策です。その中核を成すのは、Silent Switcher 3を採用したLT8627SPでした。この種のコンバータICを複数個並列に接続してインターリーブ動作させれば、あたかも単一の降圧コンバータであるかのように使用することができます。それにより、電源の帯域幅と負荷に対する能力が強化されます。つまり、過渡応答が高速で大電流を供給可能な電源回路を実現することが可能になります。