データコンバータシステムにおけるゲイン誤差の較正方法

データコンバータシステムにおけるゲイン誤差の較正方法

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David Fry

要約

すべてのデータコンバータシステムは、電圧リファレンスを必要とします。高精度なシステムには多数の誤差の原因がありますがその中で最も重要なものの1つがシステムのゲイン誤差です。このゲイン誤差は、いくつかの方法で較正することが可能です。ディジタル方式の較正が一般的ですが、誤差が伴うため、分解能の増大によって補正することになります。また、電圧リファレンスの調整によって較正を行うことも可能であり、この方法の場合は誤差が伴いません。このアプリケーションノートでは、ディジタルポテンショメータを使用して電圧リファレンスを調整する方法を説明します。

ゲイン誤差の問題

トレーニングで良く出題される質問の1つに、データコンバータシステムではどのくらいの分解能のディスクリート電圧リファレンスを使用するか、というものがあります。初心者の解答は、通常は10~12ビットの範囲になります。間違いではありませんが、これは引っかけ問題です。分解能と精度は別個の実体である、というのが本当の答えです。正しい、最良の解答を一般的な言葉で分かりやすく表現すると、高分解能のデータコンバータは低分解能のデータコンバータより高精度である、ということになります。しかし、この答えでもまだ十分ではありません。正確なリファレンス、較正、またはその両方によって、低い分解能を使用するシステムで高い精度を実現することが可能です。

多数の要因がデータコンバータシステムの精度に影響を与えますが、その中で最も重要なものの1つがシステムのゲイン誤差です。ゲイン誤差は、DACについて次の図1に示すように、オフセット誤差を無視した最大コードでの理想値からの偏差として定義されます。ADCについても同様に定義されます。

図1. ゲイン誤差とオフセット誤差
図1. ゲイン誤差とオフセット誤差

ディジタル方式によるゲイン誤差の較正

ゲイン誤差は、アナログ信号チェーンの非理想的な利得と、電圧リファレンスの誤差によって発生します。この誤差は、ディジタル方式で較正することが可能です。しかし、ディジタル方式の場合、より高分解能のコンバータをシステムで使用する必要があり、簡単にコスト増大につながる可能性があります。

このディジタル方式について、誇張した例を使用して以下に示します。理想的なDACと非理想的なアナログ出力アンプを使用してシステムをモデル化しています(図2)。説明を単純にするため、DACの分解能は4ビットのみであると仮定します。

図2. ディジタル式ゲイン較正を例示したシステム
図2. ディジタル式ゲイン較正を例示したシステム

最初に、システムのゲイン誤差がゼロ、AV = 1の理想的な状況を考えます。DAC入力コードの増大に応じて、出力電圧が2.5Vまで増大します(VREF = 2.5V)。次に、より現実的な、ただし誇張された状況を考えます。利得AVを1.1 (ゲイン誤差 = 10%)とします。出力電圧は先ほどと同様に増大しますが、今度は、コード15でVOUT = 2.75Vになります。ルックアップテーブルを使用してDACコードを変更するか、ディジタル領域でアルゴリズムを実装することによって、システムをディジタル方式で較正することができます。1.1という利得を修正して全体の利得を1.0に戻すために、コードに1/1.1 = 0.909を乗算します(図3)。理想的な較正なしのシステムおよび較正済みの現実的なシステムの特性もグラフで示します。

図3. ディジタル方式で較正したDACシステム
図3. ディジタル方式で較正したDACシステム

図3に、理想的なDACの特性と、ゲイン誤差が+10%の較正がない場合の特性を示します。DACコードを変更することによって、+10%のゲイン誤差を較正することができます。しかし、このアプローチに問題が伴うことは、較正されたコードおよび微分非直線性(DNL)を見れば明らかです。最初は、DACコードが正常に増大しています。しかし、DNLは一定の正の値になっています。積分非直線性(INL)が0.5 LSB INLまで増大した段階で、入力コード5から6にかけて較正済みコードが増大しなくなっています。これをさらに検討すると、どのような較正が必要とされる場合でも、INLが0.5 LSBまで増大した後で修正が加えられ、1 LSBだけ戻されることが分かります。DNLはどこかの時点で±1 LSBになります。これに対する唯一の回避策は、DACの分解能を増大させることです。

この方法によるディジタル方式のゲイン誤差の較正は非常に効果的であり、実際にマキシムでも、MAX5774を含む数種類のデバイスでこの手法を使用しています。MAX5774は、32チャネル、16ビットDACおよび複合デバイスです。この製品ファミリは乗算器と加算器を内蔵しており、ゲインとオフセットの両方の較正が可能です。

このディジタル方式による較正には、ATEを使用して較正を容易に行うことができるという大きなメリットがあります。しかし、ATEを使用する必要があることから、これをデメリットと考える人もいます。ルックアップテーブルや較正係数の作成とプログラミングを手作業で行うことも可能ですが、時間がかかるため実際の製造環境においてはほとんど価値がありません。

電圧リファレンスの調整によるゲイン誤差の較正

ゲイン誤差を較正するもう1つの方法は、電圧リファレンスを調整することです。この方法は、高い精度を必要とするが必ずしも高い分解能は必要としないシステムに特に適しています。

このアプローチのポイントは、MAX6143のような調整可能なリファレンスを使用することです。このリファレンスの調整前の初期精度は0.04%であり、温度係数は-40℃~+125℃の範囲で3ppmです。その他の調整可能なリファレンスを最後の表1に示します。

MAX6143は、出力、グランド、およびTRIM端子の間に単にポテンショメータを追加することによって調整可能です(図4)。

図4. MAX6143の標準動作回路図
図4. MAX6143の標準動作回路図

MAX6143の出力電圧は、次式にしたがって調整することができます。

Equation 1.
ここで、
  • VOUTは出力電圧
  • VNOMは公称出力電圧、
  • Rはポテンショメータの分圧比、Equation 2.
  • kはMAX6143の場合0.06 (typ) (6%)です。
したがって、両極端はR = 0およびR = 1になります。R = 0の場合VOUT = VNOM x 1.06、R = 1の場合VOUT = VNOM x 0.946です。

電圧リファレンス調整の実装

この方式による利得の較正は、2種類の方法で実装することができます。手動のポテンショメータを使用する方法と、ディジタルポテンショメータを使用する方法です。

最初は、手動のポテンショメータを使用するのが最も簡単な方法のように思えます。しかしこのアプローチには、自動較正が容易ではないというデメリットがあります。それに対してディジタルポテンショメータは、最終テスト時または現場においてさえ自動較正を容易に実施することができるため、自動較正のための最も簡単な方法になります。

優れたポテンショメータの例として、図4ではSPI™対応のインタフェースを備えた128タップ、低ドリフトのディジタルポテンショメータMAX5436を使用しています。外付け部品なしで単にMAX5436を接続することによって、-5.36%~+6% (typ)の調整範囲が分解能0.08%~0.1%の範囲で提供されます。この調整範囲と分解能は、ほとんどのアプリケーションにとって十分以上です。

結論

データ変換アプリケーションにおけるゲイン誤差較正の問題について解説しました。一般に使用されるディジタル較正方式は積分非直線性(INL)誤差が発生する原因になり、それを修正する必要があることを示しました。また、この誤差は修正ポイントにおける±1 LSBの微分非直線性(DNL)誤差の発生にもつながります。この誤差を許容することができない場合、より高い分解能のコンバータを使用する必要があり、結果としてコストの増大につながります。

手動またはディジタルポテンショメータを使用したディジタル方式で電圧リファレンスを調整することによって較正を行うことができます。これによって、ディジタル方式に伴うDNLおよびINL誤差の発生を回避することができます。

表1. マキシムの調整可能なリファレンス

型番 電圧オプション(V) 調整範囲
MAX6143 2.5, 3.3, 4.096, 10.0 ±6% (typ)
MAX6160   1.23V to 12.4V
MAX6173 2.5 ±6% (typ)
MAX6174 4.096 ±6% (typ)
MAX6175 5.0 ±6% (typ)
MAX6176 10.0 ±6% (typ)
MAX6177 3.3 ±6% typ
MAX6220 2.5, 4.096, 5.0 ±0.6% (min)
MAX6225 2.5 ±0.6% (min)
MAX6241 4.096 ±0.6% (min)
MAX6250 5.0 ±0.6% (min)
MAX6325 2.5 ±0.6% (min)
MAX6341 4.096 ±0.6% (min)
MAX6350 5.0 ±0.6% (min)
MAX674 10.0 ±3% (typ)
MAX675 5.0 ±3% (typ)
REF01 10.0 ±3% (typ)
REF02 5.0 ±3% (typ)