要約
電力効率はどんな設計にも極めて重要な要素です。電源管理はますます複雑化しており、バッテリ寿命を延ばしたり、発熱を最小限に抑えたりするには1µAでもおろそかにすることができません。このアプリケーションノートでは、スイッチング電源におけるリップルの低減やスタンバイモードとスリープモードにおける電源管理など、電力効率向上を達成する上で求められる設計上の矛盾したトレードオフについて検討します。
この記事と同様の記事が、2013年2月15日に「
Electronic Design」に掲載されました。
はじめに
電力効率—およそ設計ではこれを避けて通ることができません。どんな設計にも常に極めて重要な要素である電源管理は、今日、特に複雑で難しい話題の1つです。バッテリ寿命を延ばしたり、発熱を最小限に抑えたりするには、1µAでもおろそかにすることができないからです。設計技術者という仕事がまるで綱渡りのように感じられることもあります。繰り返すことで答えを見いだし、各種の動作モードを再検討し、条件を精緻化して、トレードオフとアプリケーションのニーズとのバランスをとるわけです。
このアプリケーションノートは、電力効率に関するシリーズの2回目です。1回目のアプリケーションノート5569 「
Integrating Power Passives and Tactical Trade-Offs for Power Efficiency: Part 1, Harmony - Design like a Symphony Conductor (受動パワー部品の集積と周到なトレードオフによる電力効率の向上:パート1、調和―交響曲の指揮者のように設計する) 」では、設計技術者が電力効率に悪影響を及ぼす可能性があるパワー構造内の小さな欠陥まで特定する必要がある事情について説明しています。技術者は楽団の指揮者のように電力パラメータを制御します。その結果、調和のとれた効率的なシステムが実現することもあれば、逆に理想には及ばないものになることもあります。このアプリケーションノートでは、引き続き私たちの周りにある不条理で矛盾した設計上のトレードオフの多くを検討します。詳しく検討すれば、実はすべての設計判断でバランスのとれた対応をとることができます。
外見から判断するとささいなである変更がもたらす永続的な影響
回路設計の普遍的な課題(時として呪縛)は、最小限の部品で電源のノイズやリップルを低減することです。これが電源効率の中心課題です。これはとらえ所のない目標とも考えられ、経験の浅い人には無意味とさえ思えることがあります。しかし、ささいなように見えてもあらゆる変更に効果があります1。
洗練された電源設計者が基板上でインダクタを8分の1インチ動かし、90°回転させます。その結果、電力効率は20%向上します。この場合、電源デカップリングコンデンサと入力ソースインピーダンスや抵抗が極めて重要です2。経験の浅い技術者はわずかなコスト節約のために等価直列抵抗(ESR)が大きいコンデンサを使用し、エネルギーを熱として失います。それに対して、直列インダクタ、抵抗、フェライトビーズを追加してローパスフィルタにすれば、電源デカップリングコンデンサの有効性を高めることができます。この手法は、アプリケーションで影響を受けやすい帯域幅の要件がわかっている場合に役立ちます。アプリケーションの帯域幅の要件を理解していれば、ノイズ除去を最適化してデカップリング容量を抑制することが可能です3。私たちの周りにある設計課題やトレードオフのいくつかを取り上げ、それぞれのトレードオフに対処する方法を詳しく検討しましょう4。
リップルの低減
スイッチング電源では出力リップルが生じます。1つの手法は、フィルタリングを使用してこのリップルを低減することです。もう1つの手法は、時間インタリーブ式のスイッチャを複数使用してリップルを抑制することです。最も一般的な手法では、2相または3相のデバイスを使用します。2つまたは3つの同期したリップル列が組み合わされるという事実によって、リップルが減少します。確かにこれで結構です。しかし、部品数に関してトレードオフがあります。通常、2つまたは3つの小さめのインダクタが必要です(各相に1つずつ) 5。
もう1つの重要な考慮事項は、電圧で許容されるリップルです。GSM®携帯電話の場合、電力パルスが217Hzとその整数倍の周波数で発生します。バッテリの内部インピーダンスは消費電流とともに変化するため、バッテリの両端に接続したデカップリングコンデンサが重要になります。どれくらいの静電容量が必要でしょうか。単純な答えはありません。反復プロセスによって電源デカップリングを最適化することになります。基板レイアウト、コンデンサのサイズ、および誘電体がシステムの複雑さに大きく影響します。そのうえ、電力をできる限り、しかも過度無くクリーンにしようとすれば、すぐに追加の電源デカップリングコンデンサや容量が必要になります。
電流を最大限に利用して複数回路に対応
スタックした回路について検討しましょう。電流消費量が似通った2組のデジタル回路があるとします。これらの回路は入出力がほとんどなく、約2.5Vで動作可能ですが、電源電圧は5Vです。バックスイッチング電源を使用して、少しの熱損失で2.5Vを生み出すことができます。これらの回路をスタックすると、どうなるでしょうか。たとえば、回路1はグランド~2.5Vで動作し、回路2は2.5V~5Vで動作します。この場合、実質的に電流を2回使用します。回路1と2における電力損失は変わらず、バックコンバータで余分な熱が生み出されることがありません。ただし、回路の入出力電圧を上下にトランスレートする必要があるため、その面では不利です。バックコンバータに比べて、少しの信号をトランスレートする方が簡単で、消費電力や発熱も少なくなります。
スイッチング電源
ジャイレータは静電容量をインダクタンスに転換します。ジャイレータはスイッチング電源における実際のインダクタのようにエネルギーを蓄えることはできませんが、ローパス電力フィルタとして使用するのに便利です。スイッチング電源では、タップインダクタ、オートトランス、および実際のトランスを複数の絶縁用巻線とともに利用可能です。最も効率的な電源は負荷にマッチした電源です。システムの用途を知ることで、マスター電源をレギュレートし、サブ電源で開ループを操作することが可能になります6。
電力損失と電圧の引き下げ
相補型金属酸化膜半導体(CMOS)のロジック回路(図1)では、2通りの経路で電力損失が生じます。1つはリークであり、もう1つはスイッチング時の静電容量の充放電です。リークはICのプロセスに依存する傾向があります。トランジスタが小型になると、電源電圧が低下して絶縁層が薄くなります。リーク電流は、逆バイアス下のジャンクション電流でもサブスレッショルド電流でも、一般に当面の仕事に寄与しないため、電力損失になります。動作電力または動的電力は、リーク電流に比べて桁違いに大きいのが普通です。図2を参照してください。
図1. 標準的なCMOS入力回路
図2. CMOS入力端子の電圧と電源電流の関係(MAX5391デジタルポテンショメータのデータ)
スイッチングについては、さらに説明を要します。スイッチング周波数が高くなると、それだけ電力損失が増大します。スイッチングに関して最大の電力節約方法は、動作電圧を引き下げることです。静電容量と周波数が不変の場合、電圧を半減させると消費電力は4分の1に減少します。その根拠は式P = CV2fです。各要素はそれぞれ電力、静電容量、電圧、周波数を指します。二次である電圧以外、すべての要素が一次です。電圧がそれほど大きな影響を与える理由はここにあります。
電圧の引き下げは、ほかのトレードオフを伴います。電圧振幅が小さくなると、ノイズ耐性に問題が出てきます。半分の電圧のクロックを選択した場合、電圧を上下にトランスレートする必要があります。スレッショルド電圧は電圧とともに変化することができないため、金属酸化膜半導体(MOS)トランジスタは低速化します。不相応なリーク電流を回避する必要がある場合、これは重大な問題になることがあります。
静電容量の低減
設計上、静電容量を低減するのは、性能を向上させ、消費電力を削減する上で常に良い方法です。静電容量には、寄生容量と不可避的な容量の2種類があります7、8。 重要なのは静電容量と周波数の積であるため、静電容量と周波数は互いにトレードオフの関係にあります。寄生容量は常にできる限り削減します。不可避的な容量については、周波数の低減を試みます9。スイッチング周波数を低減する1つの効果的な方法は、クロックゲーティングによってクロックを停止させることです。これによって、当面の機能に必要でない回路のスイッチングや消費電力をなくします。一部のプロセッサは、クロック周波数を大幅に引き下げてスリープします。それらのプロセッサでは、MHz単位のクロックレートではなく、32kHzのクロックを使用することがあります。32kHzの水晶は一般的な監視周波数です。このようにして、プロセッサは時間を正確に把握し、精密なインターバルでウェイクアップすることができます。
スタンバイモードとスリープモードにおける電源管理
アプリケーションのスタンバイまたはスリープモードに対する動作率を確認することは、消費電力を最適化する上で不可欠です。以下で説明するように、ICの製造プロセスは、いくつかの捉えにくい経路で消費電力に大きな影響を与えます。技術者たちは、バッテリ駆動デバイスを1回のバッテリ交換で10年間持たせることが必要になった数年前にこの問題について考え始めました。そのようなデバイスには、住宅用の天然ガス量計や水量計、煙感知器や一酸化炭素(CO)感知器などがあります。もう1つの顕著な例は、時計付きの電子レンジです。この時計は常時給電されており、電子レンジは1日に数分間使用されます。そのため、年間ではレンジと時計に同じだけの電力コストがかかることがあります。このようにスリープ中や動作が一見停止しているときの目に見えない消費電力を、私たちは「ヴァンパイア電力」と呼んでいます。
この問題は、別の仮想的な例によって説明することができます。2つのICプロセスを考えます。シナリオAでは、動作時とスリープモード時の消費電流がそれぞれ15mAと50nAです。シナリオBでは動作電流が6mAに落ちますが、リークは250nAに達します。このシナリオBのリークは、デバイスのスリープ時間が99.99%を超え、バッテリが数年間は持つようなバッテリ駆動アプリケーションに重大な影響を与えます。1日に1秒間ウェイクアップするデバイスは、86,400分の1しか動作しません。シナリオAでは、総消費電流は0.01932A/秒/日です(動作時に0.015A/秒、スリープモード時に0.00432A/秒)。シナリオBでは、総消費電流は0.02760A/秒になります(動作時に0.006A/秒、スリープモード時に0.0216A/秒)。驚くべきことです。「改良」され、動作電流が引き下げられたシナリオBで、実際には性能が低下するのです。くどいようですが、この例はIC製造プロセスの用途と相互作用を十分に理解する必要性をよく示しています。
どうすれば、リモート制御を必要とする民生用機器でスタンバイ電力を削減することができるでしょうか。さまざまな答えが考えられます。顧客の安心のために電力インジケータが必要であれば、LEDを数マイクロ秒間、点滅させることができます。これは人間のまばたきよりも速いため、すぐに気付きます。
スタンバイ電力を削減するもう1つの選択肢は、赤外線(IR)レシーバをほとんど常にスリープ状態にすることです。そのために、リモート機能はONボタンを押したときに2秒間オンにします。「ON」のIRコードは変調され、そのタイプの機器に固有の「ON」コードが繰り返し送信されます。IRコードを認識するためのマイクロプロセッサを内蔵したその機器は、できる限りオフ状態にあります。IRレシーバがウェイクアップすると、そのバンドパスフィルタによってIR変調による出力のパスと調整が可能になります。これによって、レシーバは日光や他の周波数のリモートIRを無視するようになります。IR変調が検出されると、マイクロプロセッサがオンになり、IRコードがその機器のコードと一致するかどうかを確認します。2秒間の「ON」コマンドの残りをそのために使用することができます。コードが一致すれば、機器はウェイクアップします。コードが一致しなければ、機器はスリープに戻ります。この手法では、スタンバイモードにおける回路の動作電力を削減し、バンドパスされた調整済みの「ON」信号を使用して偽のウェイクアップコールの可能性を最小限に抑えます。
ところで、もう1つ検討すべき重要な状況があります。入力AC電源が失われたら、どうなるでしょうか。ユーザーがリモート機能を使用してオンにするまで、機器はオフのままでしょうか。ここでは機器の安全性と、おそらくは動作環境も考える必要があります。たとえば、オーブン、ヘアドライヤー、加熱器具などが予告なくオンになり、熱を発生するのは望ましくないでしょう。
モード管理によるバッテリ寿命の延長
電源負荷の正確な動作がわかれば、モード変更をバッテリの状態に合わせてカスタマイズすることができます。回路は、電圧の変動に対応する能力やレギュレーションの許容誤差に基づいて分類可能です10。
- レギュレーションの許容誤差要件が厳しいアナログ回路:ADC、DAC、RFパワーアンプ
- レギュレーションの許容誤差が比較的大きいアナログ回路:オペアンプや優れた電源電圧変動除去比(PSRR)を持つ回路
- 電圧の許容誤差が厳しいデジタル回路:入出力(I/O)や外部インタフェース
- 電圧の許容誤差がやや厳しいデジタル回路:CPUやメモリ
- 電圧の許容誤差が緩いデジタル回路:ランダムロジックやステートマシン
携帯電話は、モード変更によってバッテリ寿命を延ばす方法の一例です。バッテリがほぼ完全に充電されているときは、スイッチが一部の回路にバッテリ電圧を直接供給し、その他の回路にはバックコンバータを使用することができます。バッテリ電圧が低下すると、バックコンバータからの電力をバッテリからの直接受電に切り替えることが可能です。バッテリ電圧がさらに低下すると、バッテリ寿命を最大限に延ばすためにブーストコンバータが必要になる場合があります。この例から、電源負荷やその感度を把握することがバッテリ寿命を延ばす上でいかに有利であるかを理解することができます。
最新のスマートフォンはさまざまなモードで動作可能であり、各モードには独自の電力問題があります。ここで優れた電力効率の鍵となるのは、アプリケーションをよく理解することです。大電力の下では、送受信を同時に行うフルデュプレックスモードの電話機として動作可能です。送信はおそらくユーザーからは連続的に見えます。一方、技術者なら、システムが各タイムスロットで送信する際の電力パルス(初期のGSM (Global System for Mobile)通信である時分割多重アクセス(TDMA))、または直接シーケンススペクトラム拡散システムにおけるより連続的な消費電力(符号分割多重アクセス(CDMA))のどちらかを認識するかもしれません11。
動作モードは、特定の動作構成に合わせて変化することもあります。再びスマートフォンを例にとると、スマートフォンには、航空機モード(無線送信なし)、Wi-Fi®専用通信、MP3プレーヤー、ディスプレイのオン/オフ/減光を伴うナビゲーション、ゲームモード、テキスト専用、カメラ、Skype®、電子書籍リーダー、何千ものアプリケーションなど、数十以上の動作モードがあります。これらのモードには、不要な回路をオフにすることによってバッテリ寿命を延ばす可能性が秘められています。
結論
知識は力です。アプリケーションに関する詳細な知識は、設計者が自由に使える最も強力なツールです。それが問題の範囲を決定しますが、なお腕利きの技術者が創造的に考え、小型化とコスト削減を実現し、バッテリ寿命を延ばして、最終的に快適な動作環境をユーザーに提供することを可能にします。
こうしたことは、大部分の技術者や読者にはまったく当然と思えるかも知れません。しかし、電力効率を最適化する作業や努力は、見かけほど簡単ではありません。課題ごとに、そしてまず間違いなく意思決定のたびに、電源設計者はまるで綱渡りをするようにトレードオフのバランスをとる必要があります。一見無関係な他の回路における小さな変更でも、それらの相互作用に警戒を怠らないことが大切です。したがって、私たちの設計プロセスは小さな変更を加えてシステム全体の消費電力を最適化する、反復的なものにならざるを得ません。こうした理由で、経験を積んだ優秀な電源設計者は手際よくバッテリ寿命を延ばすことができるのです。
参考文献