要約
電圧レギュレータトポロジの物理的原理を理解するのはEMIおよびEMC準拠の電力システムを設計する上で重要です。特に、スイッチングレギュレータ(バック、ブースト、フライバック、およびSEPICトポロジ)の背後にある物理的原理は部品選択、磁気設計およびプリント基板レイアウトの指針となります。リークインダクタンス、ESR、およびESLのような寄生要素は回路性能を最適化する際に重要です。
殆どの携帯機器はレギュレータやその他の電源を備えています。ソリグラフィICの小型化に伴う電源電圧の低下により、携帯機器以外にもこの様な電源回路が必要になってきました。設計者の多くは十分に理解していないことですが、異なるタイプのレギュレータおよび電源の長所短所の考慮により、バッテリ寿命、EMI/EMC規格への適合、さらには設計中の製品の基本的な動作にまで大きな影響が出てきます。以下の概説は電源における電気的ノイズの発生と伝播を支配するメカニズムと物理的原理を説明しています。
電圧レギュレータ
最も一般的な電力コンバータは電圧レギュレータです。電圧レギュレータは所与の範囲で変動する電圧を受け付け、変動しない出力電圧を生成します。レギュレータには、スイッチングタイプおよびその他(主にリニアおよびシャントタイプ)という2つの主要なタイプがあります。リニアおよびシャントタイプは、スイッチングレギュレータと違って出力電圧が入力電圧よりも低くなければならないという制限があります。また、殆どのスイッチングレギュレータの効率はリニアまたはシャントレギュレータに比べて優れています。しかし、リニア/ シャントタイプは低ノイズかつシンプルであるため、スイッチングレギュレータに対して魅力的な代替方法となります。
電圧レギュレータの最もシンプルなタイプはシャントレギュレータです。シャントレギュレータは抵抗を流れる電流を調整することにより、入力電圧を安定化出力レベルに落とします。ツェナーダイオードは同様の機能を持っていますが、ツェナーは電力消費が大きく、負荷レギュレーション(負荷電流の変化に対する出力電圧の変化)が劣っています。一部のシャントレギュレータは分圧器を使ってレギュレーション電圧を設定できるようになっていますが、このタイプはより複雑なレギュレータまたは電源の中の構成ブロックとして登場するのが普通です。一般に、シャントレギュレータは負荷電流の変動が少ない低電力機器に適しています。しかし、能動パス素子(通常はバイポーラトランジスタ)を加えることでシャントをリニアレギュレータに変身させれば、この狭いアプリケーション範囲を広げることが可能になります。
リニア電圧レギュレータ
リニア電圧レギュレータは能動パス素子(バイポーラまたはMOSFET)を使って入力電圧を安定化出力電圧まで落とします。過去10年間で、これらのデバイスは低ドロップアウト(LDO)タイプがよく使われるようになってきました。ドロップアウトとは、レギュレーションを維持するのに必要な(入力と出力電圧間の)最小差のことです。ドロップアウトが1VのものでもLDOと呼ばれることがありますが、通常は100mVから300mVのものを指します。
リニアレギュレータの入力電流は出力電流とほぼ等しいため、効率(出力電力を入力電力で割ったもの)は出力/入力電圧比の関数になります。このためドロップアウトが小さければ効率が上がることになり、ドロップアウトが重要になってきます。入力電圧が出力電圧よりも高い場合、あるいは広範囲に変動する場合は高効率を達成することが難しくなります。LDOレギュレータのもう1つの機能は、スイッチングレギュレータで発生するノイズの除去の役割を果たすことです(後述)。この役割においては、LDOレギュレータのドロップアウトが小さければ回路全体の効率が向上します。
スイッチングレギュレータ
リニアまたはシャントレギュレータで性能的に不十分な場合、設計者はスイッチングレギュレータを考慮しなければなりません。しかし、性能が改善される代わりにサイズとコストがかさむ、電気的ノイズに弱い(さらにそれ自体がノイズを発生)、および一般に複雑性が増すという欠点が出てきます。
スイッチングレギュレータまたは電源から発生するノイズは、伝導または輻射によって表れます。伝導されたエミッションは電圧または電流の形を取ります。そして、これらは各々が同相または差動モード伝導に分類されます。さらに複雑なことに、接続ワイヤの有限のインピーダンスのために電圧伝導が電流伝導を生じたり、その逆も起こります。また、差動モード伝導が同相伝導を生じたり、その逆も起こります。
一般に、これらのエミッションのうちの1つ以上を低減すると回路を最適化することができます。伝導されたエミッションは携帯機器よりも固定機器の方で重大な問題となります。携帯機器は電池で動作するので、負荷とソースはエミッションを伝導する外部との接続が無いためです。
スイッチングレギュレータにおけるノイズソースを理解するには、まずその動作を理解する必要があります。多くのタイプのスイッチングレギュレータについて説明することはこの小論の範囲を超えています。しかし、一般にスイッチングレギュレータは能動素子(トランジスタおよびダイオード)を使って蓄積素子(インダクタおよびコンデンサ)を通して電流を往復させることによりソース電圧/電流を負荷電圧/電流に変換します。例えば、MAX1653 DC-DCコンバータコントローラは標準的な同期整流ステップダウンコンバータを形成します(図1)。
通常動作においては、この回路はハイサイドスイッチ(N1)がオンの時に入力から出力に電流を伝導し、N1がオフで同期整流器(N2)がオンの時にインダクタを通じて連続的に伝導します。電流と電圧波形の1次近似(図2)においては、全ての部品が理想的であるという不正確な仮定をしています。
N1は一部の時間しかオンでないため、入力ソースと入力コンデンサ(CIN)からみた電流は断続的になります。CINはN1がオンの時に過剰な電流(IL -IINPUT)を供給し、N1がオフの時に入力電流から電荷を蓄積します。CINが無限大で等価直列抵抗(ESR)がゼロ、等価直列インダクタンス(ESL)がゼロであれば、両端の電圧はこれらの間欠的充電および放電サイクルの間一定に留まります。もちろん実際の電圧は各サイクルで変動します。電流パルスはCINと入力ソースに分かれ、その分かれ方はコンバータのスイッチング周波数またはそれより高周波数における相対的なコンダクタンスによります。
これらの伝導放射エミッションを排除する1つの方法は強引なアプローチです。つまり、低インピーダンスのバイパスコンデンサを入力に接続することです。しかし、もっと巧みな方法を用いればコストと基板面積を節約することができます。これは、ソースとコンバータの間にインピーダンスを追加することです(必要なDC電流が流れるようにします)。最良のインピーダンスはインダクタですが、コンバータの入力インピーダンスがループクロスオーバ周波数まで低く維持されるようにして下さい(殆どのDC-DCスイッチングコンバータのループクロスオーバは10kHzと100kHzの間です)。さもないと、入力電圧変動によって出力電圧が不安定になります。
出力コンデンサ(COUT)における電流リップルはCINのそれよりもずっと小さくなります。振幅が小さく、(入力コンデンサと違って)電流が連続的であるために高調波成分が少なくなっています。通常、コイルは1巻きごとにワイヤ絶縁材で覆われているため、巻き線の各対が小さなコンデンサを形成します。これらの直列な寄生コンデンサを足し合せると、インダクタと並列に小さな寄生コンデンサが形成され、COUTおよび負荷への電流インパルスの伝導経路を提供します。ですから、スイッチングノード(LX)における電圧波形の断続エッジは高周波数電流をCOUTおよび負荷に伝導し、通常は出力電圧上にスパイクを生じます(エネルギーは20MHz~50MHzの範囲です)。
このタイプのコンバータの負荷は多くの場合なんらかのマイクロエレクトロニクスであるため伝導ノイズに弱いですが、幸いなことにこのコンバータの伝導ノイズは入力よりも出力の方が抑制し易くなっています。入力の場合、出力伝導ノイズは非常に低いインピーダンスのバイパスまたは2次フィルタリングによって抑制することができます。ただし、2次(ポスト)フィルタリングには注意する必要があります。出力電圧が制御ループにおける制御変数になっているため、出力フィルタはループ利得に遅延または位相(または両方)を付加することになり、回路が不安定になることがあります。高QのLCポストフィルタをフィードバックポイントの後ろに配置すると、インダクタの抵抗が負荷レギュレーションを劣化させ、トランジェント負荷電流によってリンギングが生じることがあります。
その他のトポロジー
その他のスイッチングコンバータトポロジーもステップダウンコンバータと似た問題を持っています。例えば、ステップアップコンバータ(図3)はステップダウンコンバータと基本的に同じ構造ですが、入力と出力が入れ替わっています。ステップダウンコンバータの入力における問題はステップアップコンバータの出力にもあてはまり、またその逆も成り立ちます。
ステップダウンコンバータは、出力電圧が入力電圧よりも低くなければならないという制限があります。同様に、ステップアップコンバータの出力電圧は入力電圧よりも高い必要があります。この必要条件は、出力電圧が入力電圧範囲内に収まる場合に問題になります。フライバックコンバータトポロジーによってこの問題は解決します(図4)。
入力と出力における電流がいずれも断続的であるため、伝導エミッションの抑制が難しくなり、フライバックコンバータのノイズ特性は一般にステップアップやステップダウンタイプに比べて劣ります。このコンバータの持つもう1つの問題は、各トランス巻き線の電流が断続的であるということです。この断続性とトランスのリークインダクタンスの相互作用によって高周波スパイクが発生して他の回路に伝導することがあります。1次巻線と2次巻線の物理的な分離によってこのリークインダクタンスが生じます。従って、このリークインダクタンスは空気中の磁場によって生じます(これは、コア内の磁場が1次巻線と2次巻線の両方と結合するからです)。リークインダクタンスに起因するスパイクは磁場輻射を生じます。
シングルエンドの1 次インダクタンスコンバータ(SEPIC)トポロジーも、入力と出力電圧の重なりの問題を解決します。SEPICコンバータはフライバック回路と似ていますが、トランスの1次巻線と2次巻線の間にコンデンサが接続されています(図5)。このコンデンサはフライバック電流がオフの時に1次巻線と2次巻線の電流に経路を提供し、1次と2次の電流を連続的にすることによってフライバック回路を改善します。一方、フライバック回路でも入力または出力容量を付加することによってエミッションの問題を解決することが可能です。しかし、伝導および輻射ノイズが問題になりそうな場合には、SEPIC回路の方がフライバックよりも好ましいといえます
リニアポストレギュレーション
出力ノイズを最小限に抑えなければならないアプリケーションにおいても、リニアレギュレータの使用による効率の低下が許容されない場合があります。こうした場合にはスイッチングレギュレータの後にリニアポストレギュレータを配置するとうまくいくことがあります。ポストレギュレータはスイッチングレギュレータが発生する高周波ノイズを減衰して、リニアレギュレータのみの場合に近いノイズ性能を実現します。殆どの電圧変換はスイッチングレギュレータで起こるため、リニアレギュレータのみの場合に比べて効率の損失はずっと少なくて済みます。
この方式は、入力および出力電圧がオーバラップするアプリケーションにおいてフライバックおよびSEPICコンバータを置換えることもできます。ステップアップコンバータは入力が出力より低い時に動作し、リニアレギュレータは入力が出力より高い時に動作します。単一のIC内にステップアップコンバータとLDOリニアレギュレータを組み合わせることができます(図6)。このデバイスはステップアップコンバータの出力電圧が常にLDO出力電圧の300mV上になるようなトラックモードを内蔵しています。この結果、LDOレギュレータは全ての条件においてステップアップコンバータからのノイズを減衰するために十分な電源除去比(PSRR)とヘッドルーム(入力-出力電圧)を維持することができます。
同相ノイズ
定義上、同相伝導は入力と出力の両方と同相になっています。通常、これが問題になるのはアースグランドへの経路を持っている固定機器の場合だけです。標準的な同相フィルタ付のオフライン電源(図7)の場合、同相ノイズの主なソースはMOSFETです。通常、MOSFETは回路内の主要な電力消費素子であり、ヒートシンクを必要とします。
TO-220デバイスの場合、ヒートシンクタブはMOSFETドレインに接続し、殆どの場合ヒートシンクはアースグランドに電流を伝導します。MOSFETは絶縁され、電気的にもヒートシンクから分離されているため、アースグランドに対していくらかの容量を持っています。MOSFETがオン、オフされる時に、急速に変化するドレイン電圧が寄生容量(CP1)を通じてアースグランドに電流を流します。ACラインはアースグランドに対するインピーダンスが小さいため、これらの同相電流はAC入力からアースグランドに流れます。トランスもまた、寄生容量(CP2A、CP2B)を通じて高周波電流をアイソレートされた1次および2次巻線の間に流します。このため、ノイズは入力だけでなく出力にも伝導されます。
図7において、同相伝導ノイズはノイズソース(電源)と入力または出力の間の同相ローパスフィルタによって減衰されます。同相チョーク(CML1、CML2)は一般に単一のコアの周りに図示の極性で巻かれます。電源を駆動するライン電流および負荷電流はいずれも差動モード電流(すなわち片方のラインから流れ込み、他方のラインから流れ出る電流)です。2つの同相チョークを1つのコアに巻くことにより、差動モード電流に起因する磁場がキャンセルされて蓄積するエネルギーが非常に小さくなるため、小さなコアを使用できます。
オフライン電源用に設計された多くの同相チョークは巻線同士の間を物理的に分離しています。この構造は差動モードインダクタンスを付加するため、伝導差動モードノイズの低減に寄与します。コアが両方の巻線を結合するため、差動モード電流と差動モードインダクタンスに起因する電磁場はコアでなく、空気中に存在します。このため、輻射エミッションが生成されることがあります。
電源負荷における同相ノイズは電源からトランスの寄生容量(CP2A、CP2B)を通じてACラインに伝導することがあります。トランス内にファラデーシールド(1次と2次の間のグランドプレーン)を設けると、このノイズを低減することができます(図8)。このシールドは1次および2次とグランドの間にコンデンサを形成し、これらのコンデンサは同相電流がトランスを通過しないようにグランドにシャントします。
伝導エミッションが電圧または電流の形を取るように、輻射エミッションは電界または磁場の形を取ります。しかし、その領域は導電体ではなく空間に存在するため、差動と同相の区別がありません。電界は2つの電位の間に存在し、磁場は空間を伝わる電流の周りに存在します。いずれの場も、回路内に存在し得ます。なぜならコンデンサは電界にエネルギーを保存し、インダクタ/トランスは磁場の中にエネルギーを保存/結合するからです。
電界
電界は電位の異なる2つの表面または体積の間に存在するため、デバイス内に発生した電界ノイズはデバイスをグランドシールドで囲むことによって比較的簡単に閉じ込めることができます。こうしたシールドは、CRT、オシロスコープ、スイッチング電源等の変動する高電圧を伴う機器一般で採用されています。もう1つよく使われる方法は回路基板のグランドプレーンを使ったやり方です。電界は表面同士の間の電位差に比例し、互いの距離に反比例します。例えば、電界はソースとその近くにある任意のグランドプレーンの間に存在します。複層回路基板の場合、回路やトレースと大きな電位との間にグランドプレーンを配置することによってシールドすることが可能です。
しかし、グランドプレーンを使用する時は高電圧ラインに対する容量性負荷の発生に注意して下さい。コンデンサは電界の中にエネルギーを保存するため、導電体の近くにグランドプレーンを配置するとその導電体とグランドの間にコンデンサが形成されます。dV/dtの大きな信号が導電体上を伝わると、大きな伝導電流がグランドに流れるため、輻射エミッションは抑制されても伝導エミッションが悪化します。
電界エミッションが存在する時、最も怪しいのはシステム内で最も高い電位です。電源およびスイッチングレギュレータの場合、スイッチングトランジスタと整流器に注意して下さい。これらの素子は通常高い電位を持ち、しかもヒートシンクのために大きな表面積を持っているからです。表面実装デバイスもこの問題を持っている場合があります。なぜなら表面実装デバイスはヒートシンクのために回路基板の銅箔を多く必要とするからです。この場合、面積の大きなヒートシンク表面とグランドまたは電源プレーンの間の容量にも注意して下さい。
磁場
電界は比較的容易に閉じ込めることができますが、磁場となると話が違ってきます。高いµの材質で回路を囲むと効果的なシールドになりますが、この方法は困難かつ高価です。通常、磁場エミッションを抑制する最良の方法はソースを抑えることです。これには、輻射磁場を最小限に抑えるように設計されたインダクタおよびトランスを選択する必要があります。同様に重要なのは、回路基板レイアウトおよび相互接続配線の構成を工夫して、特に大電流経路の電流ループのサイズを最小限に抑えることです。大電流ループは磁場を輻射するだけでなく、導電体のインダクタンスを増やすため、高周波電流が流れるライン上で電圧スパイクが発生することがあります。
インダクタ
トランスまたはインダクタの設計経験の少ない設計者は、既成のトランスおよびインダクタを選択しがちです。それでも、磁性に関する知識が少しあればアプリケーションに最適の部品を選ぶことができます。
インダクタのエミッションを低減する上で重要なことは、高いµの材質を使って磁場をコアの中に閉じ込め、周囲の空間に出さないことです。磁場は高いµの材質の中ではμに比例した高密度になっています。これは並列伝導の場合とよく似ています。1mS導電体(抵抗1kΩ)と並列に接続されたコンダクタンス1S (つまり抵抗1Ω)には、1mS導電体の1000倍の電流が流れます。1000µ、1in²コアと1µ、1in²コアとでは、磁場密度は1000:1の比で分割されます。高いµの材質は大きなエネルギーを保存することができるため、小型インダクタの場合はエアギャップ付の高いµのコアを使用する必要があります。
その理由を理解するには、図9 を参照して下さい。B磁場(X軸)はV×t/Nに比例します(Nは巻数)。H磁場(Y軸)はN×iに比例します。従って、曲線の傾き(µに比例)はインダクタンス(L = V[di/dt])にも比例します。このフェライト(あるいは任意の高いµのコア)にギャップを付加すると、この傾きが小さくなり、実効µが低下してその結果インダクタンスも低下します。インダクタンスは傾きの変化の分だけ減少、最大電流は傾きの変化の分だけ増加し、飽和B磁場は同じレベルに留まります。ですから、インダクタに保存される最大エネルギー(½LI²)は増加します。この増加は、インダクタに電圧を印加してBsatに達するまでの時間を測定することによっても理解できます。コアに保存されるエネルギーは(V×i)dtを積分したものです。ギャップ付コアの場合は同じ電圧と時間に対して電流が大きくなるため、それに対応する保存エネルギーも大きくなります.
しかし、コアにギャップを付加するとインダクタの周囲の空間の磁場輻射が増加します。例えばボビンコアは大きなエアギャップを持っているために厄介な磁場発生源となり、このため一部のノイズに敏感なアプリケーションにおいては避けられています。ボビンコア(ボビンの形をしたフェライト)はギャップ付フェライトコアの最もシンプルで安価なタイプの1つです。センターポストの周りにワイヤを巻いてインダクタを作ります。ワイヤをコアの周りに直接巻くことができてワイヤの終端処理の他に余分の作業がいらないため、低コストとなっています。コアの底の金属で覆われた面でワイヤを終端処理してインダクタを表面実装できるようにしたものがあります。その他の表面実装部品においては、インダクタはワイヤが終端処理されているセラミックまたはプラスチックヘッダに取り付けられています。
一部のメーカはボビンコアの周りにフェライトシールドを付けて磁場エミッションを低減しています。この方法は効果がありますが、同時にギャップが減るのでコアに保存できるエネルギーも減少します。フェライトそのものは殆どエネルギーを保存できないため、シールドとコアの間に小さなギャップを残すのが普通ですが、このためにこのタイプのインダクタは望ましくない磁場輻射がある程度発生します。許容されるエミッションのレベルによっては、ボビンコアはコストとEMIの間の妥協点になりえます。
その他様々な形のコアもアプリケーションの必要条件に従ってギャップを入れたり入れなかったりすることができます。例えば、ポットコア、E-IコアおよびE-Eコアはギャップの付加が可能なセンターレッグまたはポストを持っています(図10)。コアのセンターにギャップを付加すると、センターは完全にコイルに囲まれているためにエアギャップからのエミッションの輻射を低減することができます。これらのインダクタは通常高価になります。なぜなら、コイルをコアと別に巻かなければならず、コアをコイルの周りに実装することになるからです。
輻射エミッションを低減するための最適なコアはおそらく分散ギャップトロイドでしょう。このコアは充填材と高いµの材質の粉末をドーナツ型のトロイドに押し固めて作ります。非磁性的充填材で互いに隔てられた金属粉末の粒同士の間に小さなエアギャップがあるために、コア全体に分散された「エアギャップ」が形成されます。コイルは中心を通して、そしてコアの外側に巻かれます。このため、磁場はコイルの内部を通って円形に走ります。コイルがトロイドの全周囲に巻かれている限り、磁場を完全に囲むので外側はシールドされます。
標準的な分散ギャップ型トロイダルコアの損失はギャップ付のフェライトよりも大きいことがあります。これは、トロイド内の金属粒に渦電流が流れて発熱し、電源効率を低下させるためです。また、コアのセンターを通して巻かなければならないために巻き作業が高価になります。これは機械で行うことができますが、従来のコイル巻き機と比べて遅く、また、高価になります。
一部のフェライトトロイダルコアは個別のエアギャップを持っています。このため磁場エミッションが分散ギャップコアよりも大きくなりますが、標準的なギャップ付トロイドは他の個別にギャップを設けたフェライトコアよりも磁場をよく閉じ込めるので損失が小さくなります。コイルはギャップをシールドしてエミッションを低減し、トロイドの形によって磁場をコア内部に閉じ込め易くなっています。
トランス
トランスにはインダクタと共通した制限が多くあります。これは、トランスも同じコアの周りに巻かれるからです。しかし、トランスだけの問題もあります。実際のトランスの性能を理想的なトランスの性能(巻数比に従って1次側の電圧を2次側に結合)に近づけることは可能です。
等価トランス回路(図11)において、巻線間容量はCWAおよびCWBとしてモデル化されています。これらのパラメータに起因する主な問題は絶縁電源の同相エミッションの問題です。スイッチング電源およびレギュレータの動作周波数においては巻線容量CPおよびCSは小さいので通常は無視することができます。磁化インダクタンスLMは重要です。これは、磁化電流が大きすぎるとトランスが飽和するからです。インダクタの場合と同じく、飽和するとトランスからの磁場エミッションが増加します。また、飽和するとコア損失が大きくなり、温度が上昇し(熱的暴走の恐れがあります)、巻線間の結合が劣化します。
リークインダクタンスは1つの巻線をリンクするけれども他の巻線はリンクしない磁場によって生じます。一部の結合されたインダクタとトランス(例えば前述の同相チョーク)はこのパラメータが大きくなるように設計されていますが、リークインダクタンスLLPとLLSはスイッチング電源において最も問題の大きい寄生成分です。2つの巻線を結合する磁束はそれらの巻線を一緒に結合します。すべてのトランス巻線はコアの周囲にありますから、リークインダクタンスはコアの外側、つまり空中にあり、磁場エミッションを生じる可能性があります。
リークインダクタンスのもう1つの問題は、殆どのスイッチング電源で見られる電流の急変に伴って大きな電圧が発生することです。こうした電圧はスイッチングトランジスタや整流器にとって過剰なストレスになる可能性があります。損失性のスナッバー(通常は直列抵抗またはコンデンサ)を使ってこの電圧スパイクのエネルギーを損失させて抑制するということがよく行われます。一方、一部のスイッチングデバイスは反復するなだれブレークダウンに耐えるように設計されているため、外付スナッバーなしでこのエネルギーを損失させることができます。
トランスのリークインダクタンスは2次側を短絡して1次側のインダクタンスを測定することにより求めることができます。この測定にはトランスを通して結合された2次リークインダクタンスも含みますが、これも1次側の電圧スパイクに寄与するので考慮する必要があります。対応するスパイクエネルギーはE = ½LI²として計算されます。従って、リークインダクタンスのために失われる電力は各スパイクのエネルギーにスイッチング周波数をかけたもの、すなわちP = ½LI²fとなります。
トランスの必要条件は電源トポロジーに依存します。ハーフブリッジ、フルブリッジ、プッシュ/プルまたはフォワードコンバータ等、トランスの両側でエネルギーを直接結合するトポロジーは、飽和を防ぐために非常に高い磁化インダクタンスを必要とします。これらの回路においてはトランスの1次側と2次側が同時に電流を伝導するため、トランスを通じてエネルギーが直接結合されます。コアには殆どエネルギーが保存されないため、トランスは小さなもので済みます。これらのトランスは通常フェライト等の高いμの材質のギャップなしのコアに巻かれています。
他の電源トポロジーにおいては、トランスのコアにエネルギーを保存する必要があります。フライバック回路のトランスはスイッチングサイクルの前半で1次側にエネルギーを蓄積します。サイクルの後半においては、エネルギーは2次側を通じて回収され、出力に供給されます。インダクタンスの場合と同じく、ギャップなしの高いµのコアはトランスにエネルギーを蓄積するのに不適切です。コアには個別のギャップか、あるいは分散ギャップが必要です。このため相当するギャップなしのコアに比べて大型になりますが、インダクタを追加する必要がなくなるのでコストとスペースを節約できます。
レイアウト
EMIの抑制には部品の選択が非常に重要です。しかし、回路基板のレイアウトと相互接続も同様に重要です。スイッチング電源にしばしば使用される高密度の多層回路基板の場合は、回路の適正な動作と相互作用のために特に部品配置が重要です。パワースイッチングは回路基板トレースに大きなdV/dtおよびdi/dt信号を生じる可能性があります。重要な経路のレイアウトに特に注意することで、コンパチビリティの問題と費用のかさむ回路基板の改訂を防ぐことができます。
システム内の輻射エミッションと伝導エミッションの区別は可能ですが、この区別は回路基板と配線内の干渉を議論する場合にはあいまいになってきます。電界を結合する隣接したトレース同士が寄生容量を通じて電流を伝導することもあります。同様に、磁場によって結合されるトレース同士はトランスのような挙動をします。これらの相互作用は集中定数法または電磁場理論によって記述することが可能です。どちらのアプローチが良いかは、どちらが相互作用をより正確に記述できるかに依存します。
クロストーク
2つ以上の導電体が互いに近接していると、容量的に結合するため、片方に大きな電圧変化があるとこの結合によって他方に電流が流れます。導電体のインピーダンスが小さければ、結合による電流は小さな電圧しか発生しません。容量は導電体同士の距離に反比例し、導電体の面積に比例しますので、隣接する導電体の面積を小さくし、距離を離すことによって伝導ノイズを最小限に抑えることができます。
導電体同士の間の結合を低減するもう1 つの方法はグランドプレーンまたはシールドを付加することです。グランドトレース(場合によっては電源バスまたはその他の低インピーダンスノード)を導電体同士の間に配置することによって、互いにではなくグランドに結合させて相互作用を防ぐことができます。しかし、ここで注意が必要です。高速dV/dt変化が乗っているトレースが、グランドへの高インピーダンス相互接続を持ったプレーンの近くに配置されていると、この変化がグランドプレーンに結合されます。そして今度はグランドプレーンから敏感なラインにこの信号が結合されて、ノイズの問題をかえって悪化させます。グランドプレーンに大きな電流が流れていない場合は、細いワイヤでグランドに接続したくなります。しかし、細いワイヤはインダクタンスが大きいために、急変する電圧から見てグランドプレーンが高インピーダンスに見えてしまうことがあります。
グランドプレーンが回路の敏感な部分にノイズを注入することがないように気をつける必要があります。例えば、入力および出力バイパスコンデンサからしばしばグランドプレーンに電流が流れ、高周波電流成分が敏感な回路に影響することがあります。この問題を防ぐため、回路基板にはしばしば電源グランドと信号グランドが別々に設けられています。一点で接続されたこれらのプレーンは、電源グランドで発生した電位により信号グランドに注入されるノイズを最小限に抑えます。この方法は、全ての部品を一点でグランドに接続するスターグランド(全てのトレースはその点から「星状」パターンで接続)に似ています。スターグランドは電源グランドと信号グランドを別々にするのと同じ効果がありますが、多くの部品がグランドに接続されている大型の複雑な回路基板においては実際的でありません。
ノイズの中に敏感なノードがある場合、そのノードに接続されているトレースおよびワイヤは高電圧変化のあるノードから遠ざけて配線するべきです。それができない場合は、良質のグランドまたはシールドを付加して下さい。そのノードに良質の容量性バイパスを施すことによってもクロストークへの敏感性を低くすることができます。ノードとグランドの間またはノードと電源バスの間に小さなコンデンサを接続することで適切なバイパスを形成することができます。
バイパスコンデンサを選択する時は、問題になりそうな周波数範囲において低インピーダンスになるようにして下さい。ESRとESLのために高周波数においてインピーダンスが予測よりも大きくなることがありますので、バイパスアプリケーションにはESRとESLの小さなセラミックコンデンサが向いています。セラミック誘電体も性能に大きな影響を持っています。大容量コンデンサ(例えばY5V)は電圧および温度によって容量が大きく変化することがあります。最大定格電圧において、これらのセラミックでできたコンデンサはバイアスのない時に比べて容量が僅か15%に減少することがあります。もっと良質の誘電体を使った小さなコンデンサの方が、バイアスと温度にあまり依存せずにクロストークを減衰させられるので、殆どのケースでより良質で一定したバイパスを提供します。
バイパスコンデンサの配置も重要です。高周波ノイズを減衰させるためには、問題の信号をバイパスコンデンサに流す必要があります。図12a は、コンデンサと直列なトレース長はESRとESLを増加させるため、高周波インピーダンスが増加し、高周波バイパスにおけるコンデンサの効果を減少させてしまいます。図12bの改良レイアウトは、トレースがコンデンサを通るように配線されているため、トレースの浮遊ESRとESLがバイパスコンデンサのフィルタ動作を劣化させることなく、むしろ高めています。
ノードによっては、バイパスを行うと周波数特性が変化するのでバイパスをするべきでない場合があります。その一例としてフィードバック抵抗分圧器を挙げることができます。殆どのスイッチング電源においては、エラーアンプが許容するレベルまで抵抗性フィードバック分圧器によって出力電圧を落とします。このフィードバックノードに大きなバイパスコンデンサを付加すると、そのノードの抵抗との組み合わせでポールを形成します。この分圧器は制御ループの一部であるため、このポールはループ特性の一部になります。このポール周波数がクロスオーバ周波数の1桁上よりも低い場合、その位相または利得のためにループ安定性に悪影響がでる場合があります。
インダクタンス
スイッチング電源内のいくつかの個所の電流は急速にオン/オフされます。これらの電流経路の浮遊インダクタンスにより大きなノイズ電圧が誘導され、それが結合を通じて敏感な回路に入り込んだり、部品にストレスがかかる場合があります。DC電流の流れているラインが問題を起こすことは殆どありません。DCは電圧スパイクを発生したり結合を通じてACを他のトレースに生じさせることがないからです。例えば、インダクタと直列なラインは問題になりません。なぜなら、浮遊インダクタンスはインダクタの値よりもずっと小さいからです。大きな直列インダクタンスは電流が断続的になるのを防ぎます。
回路が断続電流を生成する場合、その電流が大きなループを流れないようにして下さい。大きな電流ループは、大きなインダクタンス値を生成するため、磁場輻射もそれに従って増加します。この注意事項は部品の配置にも適用されます。なぜなら、電流は通常トランジスタおよびダイオード等の能動素子同士の間でスイッチングされるからです。
図1のステップダウンコンバータを考えてみましょう。ハイサイドMOSFETスイッチ(N1)がオンの時、電流は入力、N1、インダクタおよび負荷を通って流れます。N1がターンオフすると、ダイオード(D)が電流を伝導し、この状態は同期整流器(N2)がターンオンするまで続きます。それから電流はN2を通じて流れ、この状態はN2がターンオフするまで続きます。すると再びダイオードが電流を伝導し、この状態はサイクルが再開するまで続きます。ここで注意したいことは、インダクタと出力コンデンサを流れる電流は連続的であるため、大きなノイズ源にはならないということです。N1、N2およびDが互いに離れていると、周囲の磁場はこれらの素子内の電流の急変に応答して急速に変化します。発生する電圧は磁場の時間変化(dΨ/dt)に比例するため、こうした磁場の急速な変動により大きな電圧スパイクが発生することがあります。
入力ソースと出力負荷には高周波電流が流れることに注意して下さい。これらの電流は入力および出力バイパスコンデンサを通すようにして下さい。さもないと入力または出力ライン(あるいはその両方)を通じてこれらの電流が流れます(「同相ノイズ」の項を参照)。入力および出力バイパスコンデンサのインピーダンスは重要です。これらのコンデンサは、入出力におけるインピーダンスを小さく保つために十分なだけの大きさであることが必要ですが、大きなコンデンサ(例えばタンタルや電解)は小さなセラミックタイプに比べてESRとESLが大きくなっています。このため、コンデンサのインピーダンスが問題の周波数において十分に小さいことを確認しておく必要があります。
別方法として、電解またはタンタルコンデンサと並列にセラミックコンデンサを接続することができます。セラミックコンデンサは高周波数においてインピーダンスが小さいためです。しかし、殆どの場合この方法は複数の電解またはタンタルコンデンサを並列に接続してESRとESLを減らす方法や複数のセラミックコンデンサを使って全容量を増やす方法と比べて特に優れている訳ではありません。
同様の記事が「EDN」の2000年10月26日号に掲載されました。