昇圧レギュレータICを正しく選ぶ、周辺部品の選択にはLTspiceを活用

2021年03月01日
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概要

昇圧レギュレータを構成するためにICを選択する際には、降圧レギュレータ用のICを選択する場合とは異なるプロセスが必要になります。主な違いは、ICのデータシートに記載された仕様と所望の出力電流とをどのように関連づけるのかという点にあります。降圧トポロジの場合、インダクタを流れる電流(インダクタ電流)の平均値は実質的に負荷電流と同じになります。一方、昇圧トポロジではそのようにはならず、平均インダクタ電流はスイッチを流れる電流(スイッチ電流)に基づいて算出しなければなりません。本稿では、昇圧レギュレータIC(MOSFETを内蔵)や昇圧コントローラIC(MOSFETは外付け)を選択する際に適用すべき基準を示します。また、LTspice®を利用し、適切な周辺部品を選択して出力段を完成させるまでの手順を紹介します。なお、以下では昇圧レギュレータICと昇圧コントローラICの総称として昇圧ICという言葉を使用します。同様に、降圧ICという言葉を、降圧レギュレータICと降圧コントローラICの総称として使用することにします。

スイッチ電流が重要である理由

レギュレータ(DC/DCコンバータ)の入力電圧、出力電圧とはそれぞれどのようなものでしょうか。これらは、降圧型(ステップダウン)であるか昇圧型(ステップアップ)であるかにかかわらず、レギュレータICを選択する際に最初に考慮すべき事柄です。その次に考慮すべきことは、「想定される負荷に対応するためには、どれだけの出力電流が必要なのか」ということです。入出力について考慮すべき事柄は、降圧ICでも昇圧ICでも同様だと言えます。しかし、入出力の要件を満たす適切な製品を選択するプロセスは、降圧ICと昇圧ICとでは大きく異なります。具体的にどのような違いがあるのかは、降圧ICと昇圧ICのセレクション・テーブルを比較すれば理解できます。

図1. 降圧レギュレータICのセレクション・テーブル。選択用のパラメータとして出力電流が使用されています。

図1. 降圧レギュレータICのセレクション・テーブル。選択用のパラメータとして出力電流が使用されています。

図1に、セレクション・テーブルの例を示しました。このセレクション・テーブルは、MOSFET(パワー・スイッチ)を内蔵する降圧レギュレータICに対応しています。ご覧のように、選択に使用する主要なパラメータの1つとして出力電流が取り上げられていることがわかります。図2に、もう1つセレクション・テーブルの例を示しました。こちらは、MOSFETを内蔵する昇圧レギュレータICに対応しています。これを見ると、出力電流は選択用のパラメータとして使われていません。その代わりに、スイッチ電流が取り上げられています。

図2. 昇圧レギュレータICのセレクション・テーブル。出力電流ではなくスイッチ電流が選択用のパラメータとして使用されています。

図2. 昇圧レギュレータICのセレクション・テーブル。出力電流ではなくスイッチ電流が選択用のパラメータとして使用されています。

昇圧ICと降圧ICの選択プロセスには、もう1つの違いがあります。その違いは昇圧ICのデータシートに現れています。昇圧ICのデータシートをよく見ると、そのタイトルの部分に電流に関する重要な記載事項があることに気づきます。まずは、降圧ICのデータシートを確認してみます。ここでは、モノリシック型の降圧レギュレータIC「LTC3621」を例にとることにしましょう。図3に、同ICのデータシート(1ページ目)を示しました。そのタイトルの部分には、最大入力電圧の値(17V)と出力電流(連続負荷能力)の値(1A)が目立つように記載されています。

図3. 降圧レギュレータIC(LTC3621)のデータシート。タイトルの部分に、最大入力電圧と出力電流の値が記載されています。

図3. 降圧レギュレータIC(LTC3621)のデータシート。タイトルの部分に、最大入力電圧と出力電流の値が記載されています。

では、昇圧ICの場合にはどのような記載になっているのでしょうか。ここでは、モノリシック型の昇圧レギュレータIC「LT8330」を例にとります。図4に示した同ICのデータシート(1ページ目)をご覧ください。タイトルの部分には、最大入力電圧や出力電流の値は記載されていません。そうではなく、パワー・スイッチ(内蔵MOSFET)の最大電圧の値(60V)と最大電流の値(1A)が記載されています。

図4. 昇圧レギュレータIC(LT8330)のデータシート。タイトルの部分には、パワー・スイッチの最大電圧/最大電流の値が記載されています。

図4. 昇圧レギュレータIC(LT8330)のデータシート。タイトルの部分には、パワー・スイッチの最大電圧/最大電流の値が記載されています。

また、スイッチの最大電圧である60Vという値は、3V~40Vの入力電圧範囲の外にあります。

では、なぜこのような違いがあるのでしょうか。降圧レギュレータでは、平均インダクタ電流は出力電流(負荷電流)とほぼ等しくなります。一方、昇圧レギュレータではそのようにはなりません。以下、昇圧トポロジと降圧トポロジを比較し、どのような違いがあるのか確認してみましょう。

図5は、非同期方式の昇圧レギュレータの回路構成を簡略化して示したものです。また、図6には、非同期方式の降圧レギュレータの回路構成を簡略化して示しました。いずれの図においても、「D」として示したブロックは、パワーMOSFETを駆動するPWM信号を出力します。スイッチング周期のデューティ・サイクルは、入力電圧と出力電圧の比によって決まります。本稿では、説明を簡素化するために、損失のない連続導通モード(CCM:Continuous Conduction Mode)を前提とした式を使用することにします。このような前提を設けても、問題のない結果が得られます。

図5. 非同期方式の昇圧レギュレータ

図5. 非同期方式の昇圧レギュレータ

図6. 非同期方式の降圧レギュレータ

図6. 非同期方式の降圧レギュレータ

LTspiceを利用すれば、これら2つのトポロジにおける入力電流と出力電流の違いを明確に確認することができます。図7に、LTspiceによるシミュレーション用の回路図を示しました。ここでは、降圧レギュレータの機能を実現する基本的なオープンループ回路を例にとっています。この回路により、12Vの入力電圧を3.3Vの出力電圧に変換することができます。また、抵抗性の負荷R1に対して1Aの電流(3.3Wの電力)を供給することが可能です。Dブロックは、フローティング電源V2によって実現しています。NチャンネルのMOSFETであるM1をオンにするには、そのゲート電圧をソース電圧よりも高くする必要があります。そこで、V2によってハイ・レベルが5V、ロー・レベルが0Vのパルス電圧を発生させます。このパルスは、シミュレーション上の時刻0から出力されます。5ナノ秒の立上がり時間で0Vから5Vまで上昇し、5ナノ秒の立下がり時間で5Vから0Vまで降下します。パルスがハイになる期間TONは550ナノ秒で、スイッチング周期TPは2マイクロ秒です。

図7. LTspice用の回路図。降圧レギュレータの機能を実現するオープンループ回路です。12Vの入力、3.3V/1Aの出力に対応します。

図7. LTspice用の回路図。降圧レギュレータの機能を実現するオープンループ回路です。12Vの入力、3.3V/1Aの出力に対応します。

この回路のシミュレーションを実行すれば、インダクタL1、抵抗R1に流れる電流を確認することができます。L1に流れる電流の値は、三角波のような形状で変化します。M1がスイッチングするたびに充放電が生じるからです。そのタイミングは、M1がオンになる期間TON、M1がオフになる期間TOFFに対応します。この例の場合、L1に流れる電流は、スイッチング周波数500kHzで切り替わります。

図8に示すように、インダクタに流れる電流の波形は、AC成分とDC成分が重畳した形になります。その最小値(TOFFの終わりに対応)は0.866Aで、最大値(TONの終わりに対応)は1.144Aです。AC信号はインピーダンスが最小になるパスをたどるので、電流のAC成分は出力コンデンサC2の等価直列抵抗(ESR)を介して流れることになります。このAC電流とC2の充放電によって、出力電圧にはリップルが生じます。一方、DC電流はR1を介して流れます。

図8を見ると、インダクタ電流の三角形の形状は、負荷電流の上下に同じように現れています。したがって、平均インダクタ電流は以下のような単純な式によって求められます。

数式1

負荷電流は、この平均インダクタ電流に等しいということです。

図8. 図7の回路のシミュレーション結果。降圧レギュレータにおけるインダクタ電流と負荷電流の波形を示しました。

図8. 図7の回路のシミュレーション結果。降圧レギュレータにおけるインダクタ電流と負荷電流の波形を示しました。

降圧レギュレータICを検索する場合、データシートに記載される最大出力電流IOUTは、ほぼ入力電流IINに等しいと考えてよいでしょう。しかし、この考え方は昇圧トポロジには当てはまりません。

図9をご覧ください。これは、昇圧機能を実現するオープンループ回路です。3.3Vの入力を基に、12V/0.275A(約3.3W)の出力を得ることができます。この場合、平均インダクタ電流はどのような値になるでしょうか。

図9. 昇圧レギュレータの回路。3.3Vの入力を基に、12V(約3.3W)の出力を生成できます。

図9. 昇圧レギュレータの回路。3.3Vの入力を基に、12V(約3.3W)の出力を生成できます。

図10の出力電流I(R2)を見ると、291mAというDC値になっています。これは計算値に近い値です。一方、このシミュレーション結果を見ると、インダクタ電流の平均値は945mAで、ピーク値は1A以上になっています。つまり、回路の出力電流の3.6倍以上に達しているということです。M2がオンになるTONの期間、L2の両端にはV3の電圧がかかっています(図11)。このとき、インダクタに蓄積されるエネルギー量は最小値から最大値まで変化します。また、この期間はD2がオフになり、負荷電流は出力コンデンサから供給されます。

図10. 図9の回路のシミュレーション結果。昇圧トポロジにおけるインダクタ電流と負荷電流の波形を示しました。

図10. 図9の回路のシミュレーション結果。昇圧トポロジにおけるインダクタ電流と負荷電流の波形を示しました。

加えて、この期間はインダクタがMOSFETと直列に接続されている状態になります。そのため、インダクタを流れる電流はすべてスイッチを介して流れます。このような理由から、昇圧レギュレータICのデータシートでは、スイッチに流すことができる最大電流ISW の値が規定されています。新規の設計に使用する昇圧ICを選択する際には、スイッチ(およびインダクタ)を流れる最大電流の値を見積もっておく必要があります。

図11. TONの期間における回路の状態。M2はオン、V3はL2と並列、D2はオフになります。

図11. TONの期間における回路の状態。M2はオン、V3はL2と並列、D2はオフになります。

例として、以下の仕様に対応する昇圧レギュレータについて考えてみましょう。

  • 入力電圧:12V
  • 出力電圧:48V
  • 出力電流:0.15A

適切な昇圧レギュレータICを選択するためには、平均入力電流を把握する必要があります。TONの期間には、その入力電流がインダクタとMOSFETを流れるからです。その値は、出力電力と効率に基づき、出力電流から入力電流への逆算によって求めます。その手順を以下に示します。

  • POUT = VOUT × IOUT = 48V × 0.15A = 7.2W
  • ここでは、効率が 0.85 であると仮定します。なお、データシートに、実際の設計と条件が同等の効率曲線が記載されている場合には、その値を使用します。
  • PIN = POUT/[効率] = 7.2W/0.85 = 8.47W
  • 平均入力電流 IIN_AV の値は、TON の期間にインダクタとスイッチに流れる平均電流の値と等しくなります。これは、PIN/VIN= 8.47W/12V = 0.7A という計算によって求められます。
  • 繰り返しになりますが、IIN は平均インダクタ電流と等しくなります。ただ、インダクタ電流のピーク値は IIN の 1.15 ~ 1.20倍に達し、リップル電流はその 30% ~ 40% となります。そのため、IPEAK = IIN × 1.2 = 0.7A × 1.2 = 0.847A となります。

スイッチの最大許容電圧、デューティ・サイクルの制限

通常、ICの入力電圧範囲について、データシートには推奨値と絶対最大値の両方が記載されています。一方、パワー・スイッチを内蔵する昇圧レギュレータICのデータシートでは、最大出力電圧はVSW の最大定格として規定されています。では、パワー・スイッチとして外付けのMOSFETを使用する昇圧コントローラICの場合、どのようになっているでしょうか。その種のICでは、MOSFETのデータシートに記載されているVDSの定格が最大出力電圧を制限することになります。

例えば、昇圧レギュレータICであるLT8330の場合、入力電圧範囲が3V~40V、絶対最大スイッチ電圧VSW が60V、スイッチング周波数が2MHz(固定)です。スイッチ電圧の絶対最大定格が60Vなので、このICは60Vまでの昇圧出力を生成することができるはずです。とはいえ、出力電圧は少なくともそれより2V低い値に抑えておくことが推奨されます。

また、出力電圧は、デューティ・サイクルによっても制限されます。データシートにデューティ・サイクルの最大値と最小値が記載されていることもありますし、それらを計算によって求めることも可能です。例として、LT8330を使用して12Vの入力を48Vの出力に変換するケースを考えます。CCMで動作させ、高い変換比を得るためにダイオードの電圧降下は無視することにしましょう。この場合、入出力電圧を基に、以下の手順によってデューティ・サイクルを計算することができます。

  • D = (VOUT - VIN)/VOUT = (48V - 12V)/48V = 0.75(75%)
  • 候補となる IC が、所望のデューティ・サイクルで動作可能かどうかを確認します。
  • IC の最小デューティ・サイクルは次式で求められます。
  • DMIN = [最小 TON(MAX)]× fSW(MAX)
  • IC の最大デューティ・サイクルは次式で求められます。
  • DMAX = 1 -[最小 TOFF(MAX)]× fSW(MAX)

最小TON(MAX)と最小TOFF(MAX)の値は、データシートにおいて電気的特性の表に記載されているはずです。その表のmin、typ、maxの列に記載されている値のうち最大のものを使用します。LT8330のデータシートに記載されている値を使用すると、DMINは0.225、DMAXは0.86になります。以上の結果から、LT8330では必要なデューティ・サイクル(0.75)を満たすことができます。したがって、12Vを基に48Vを生成できるはずです。

LTspiceにより、周辺部品に対するストレスの値を把握する

図12の回路図をご覧ください。この回路はLT8330を使用して構成した昇圧レギュレータです。先に挙げた仕様に基づき、12Vの入力から48V/150mAの出力を生成します。

図12. LT8330を使用して構成した昇圧レギュレータ。12Vの入力を基に、48V/150mAの出力を生成します。

図12. LT8330を使用して構成した昇圧レギュレータ。12Vの入力を基に、48V/150mAの出力を生成します。

LTspiceによってシミュレーションを実行すれば、多くのパラメータについてプロットを取得することができます。例えば、図13のようなプロットがあれば、ICの選択に役立ちます。

図13. SWノードのプロット。LTspiceの波形ビューワを使用して取得しました。

図13. SWノードのプロット。LTspiceの波形ビューワを使用して取得しました。

最大スイッチ電圧とデューティ・サイクル

シミュレーションを実行すれば、図13のようにSWノード(図12を参照)の挙動を波形によって確認することができます。そうすれば、MOSFETのスイッチングに伴う電圧の変化について理解することが可能になります。SWノードにカーソルを合わせると、十字のカーソルが赤色の電圧プローブに変化します。そこでクリックすると、波形ビューワにSWノードの波形がプロットされます。得られたプロットは、LT8330が内蔵するMOSFETのドレインに対応しています。

図13を見ると、想定どおり、MOSFETがオンになっているときの電位はグラウンドに近い値になっています。より重要なのは、TOFFの期間中はMOSFETがオフになり、ドレイン電圧が出力電圧とダイオードの電圧降下を足した値になることです。これにより、MOSFETのVDSにどのようなストレスがかかるのか把握することができました。この結果から、昇圧コントローラICを使用する場合には、VDSの定格が60Vの外付けMOSFETを選ぶべきだということがわかります。

LTspiceの波形ビューワでは、オシロスコープを使用する場合と同様に、カーソルによって水平/垂直方向の値を確認することができます。例えば、LTspiceの波形ビューワでV(sw)というラベルをクリックすると、カーソルが起動します。この状態で最初のカーソルをトレースに付加することができます。もう1度クリックすると、2つ目のカーソルを同じトレースに付加することが可能です。あるいは、ラベルを右クリックすれば、プローブを当てた特定のトレース向けに所望のカーソルを選択することができます。これらのカーソルを使用すれば、TONの値を測定し、TON/[周期]の式によってデューティ・サイクルを計算することが可能になります。

図14. デューティ・サイクルの検証。シミュレーションによってTONの値を算出することで、実際の値を見積もることができます。

図14. デューティ・サイクルの検証。シミュレーションによってTONの値を算出することで、実際の値を見積もることができます。

これについては、TPERIOD = TON + TOFF = 1/fSW の関係を使用します。先述した理想状態の計算では、デューティ・サイクルの値として75%(0.75)という結果を得ていました。一方、LTspiceのシミュレーション結果からは、TONとして約373ナノ秒という値が得られます。ここでは2MHzという固定のスイッチング周波数を使用しているので、TP = 1/2e6 = 500〔ナノ秒〕となります。したがって、デューティ・サイクルは373〔ナノ秒〕/500〔ナノ秒〕 = 0.746となります。

インダクタのピーク電流と電圧

昇圧アプリケーションで使用するインダクタを選択する際には、その耐性について検討する必要があります。つまり、インダクタにかかる電圧と流れる電流の値を把握しなければなりません。具体的には、インダクタに流れるピーク電流と、TON/TOFFにおける電圧の値が問題になります。LTspiceでシミュレーションを実施すれば、差動プローブを使用してそれらの値を見積もることができます。インダクタの両端に差動プローブを当てるには、まずINノード(図12を参照)上にカーソルを合わせます。すると、十字のカーソルが赤色のプローブに変化します。そこでマウスをクリックし、SWノードまでドラッグします。カーソルの色が黒に変わったらマウスのボタンを離します。

図15は、インダクタの両端に差動プローブを当ててINノードとSWノードの間の電圧を確認した結果です。TONの期間はMOSFETがオンになっており、インダクタの右側はグラウンドに近いレベル、左側はVINのレベルになります。そのため、この期間においてインダクタの両端の電圧は12Vになります。一方、TOFFの期間はMOSFETがオフになります。その結果、インダクタの右側の電圧は48Vになり、左側はTONの期間中と同様にVINのレベルになります。差動プローブではVINからVSWを差し引くことになるので、-36Vという結果が得られます。ここでは符号は重要ではなく、インダクタにかかる電圧が12Vと36Vの間で変化するという点に注目する必要があります。

図15. インダクタにかかる電圧、インダクタに流れる電流

図15. インダクタにかかる電圧、インダクタに流れる電流

TONの期間は、インダクタにかかる電圧により、青色の線で示される電流I(L1)の傾き(di/dt)は正の値になります。このトレースの最大値がピーク電流IPEAKの値です。ピーク電流の値は理論計算では0.847Aとなっていましたが、LTspiceによるシミュレーション結果から、実際には約866mAになることがわかります(図16)。

図16. インダクタのピーク電流の測定

図16. インダクタのピーク電流の測定

インダクタを選択する際には、定格電流IRと飽和電流ISATの値を考慮しなければなりません。それにあたっては、ピーク電流の値を把握することが重要になります。IRは、規定の電流量に対する発熱量に関連するパラメータです。一方、ISATは短絡保護の機能を起動するイベントに関連づけられます。電流制限のトリガについては、MOSFETを内蔵するレギュレータICを使用する場合、電流制限値よりもISATが大きくなるようにします。一方、コントローラICと外付けのMOSFETを使用する場合には、インダクタ電流のピーク値よりもISATが大きくなるようにします。

図12の昇圧レギュレータについては、インダクタとダイオードに対する電流制限が働かないことに注意しなければなりません。スイッチが使用されていない状態やICが動作していない状態では、入出力が直結するパスが生じることになります。「LTC3122」、「LTC3539」など、シャットダウン時に出力を切断する機能や突入電流の制限機能を備えるICを採用すれば、この問題に対処することが可能です。

効率を高めたい場合には、DC抵抗(DCR)が小さく、コア損失の少ないインダクタを選択しなければなりません。インダクタ製品のデータシートには、特定の温度におけるDCRの値が記載されています。DCRの値は温度が上昇すると増加します。また、許容誤差も規定されています。一方、DC損失は、PINDUCTOR_LOSS = IIN_AV2×DCRによって簡単に計算できます。AC損失とコア損失については、メーカーが提供するシミュレーション結果などの資料で確認することになります。LTspiceを使用すれば、電力を積分することにより、関連する損失を計算することが可能です。LTspiceによるシミュレーションに、インダクタ製品の資料に記載されている寄生パラメータ(DCRなど)の値を盛り込めば、シミュレーションの精度が向上します。

ダイオードの電流と電圧

図17のシミュレーション結果をご覧ください。これは、ダイオードにかかる差動電圧VSW,OUT、ダイオードに流れる順方向の電流I(D1)、インダクタ電流I(L1)の波形を示したものです。TONの期間では、ダイオードのアノードはグラウンドのレベルに近くなり、カソードは出力電圧のレベルになります。つまり、ダイオードは最大電圧(VOUT)が印加された逆バイアスの状態になります。したがって、ダイオードについては、VRRM(Peak Repetitive Reverse Voltage)がVOUTより高いものを選ぶということが1つの基準になります。

図17. ダイオードにかかる差動電圧、ダイオードに流れる順方向の電流、インダクタ電流の波形

図17. ダイオードにかかる差動電圧、ダイオードに流れる順方向の電流、インダクタ電流の波形

インダクタのピーク電流は、MOSFETがオフになるTOFFの開始時点でダイオードを介して流れます。つまり、ダイオードのピーク電流はインダクタのピーク電流と等しくなります。ダイオード製品のデータシートには、IFRM(Repetitive Peak Forward Current)と呼ばれるパラメータの値が記載されています。これは継続時間とデューティ・サイクルで規定され、通常はダイオードが供給できる平均電流の値よりも高くなります。

LTspiceでは、シミュレーションが完了したら、波形ビューワ上の任意の波形を積分し、実効値と平均値を算出することができます。それにより、ダイオードに流れる平均電流の値を求めることが可能です。具体的な方法としては、まず積分したい波形の一部にズーム・インします。このズーム操作により、積分の対象を決める境界を効率良く設定できます。定常状態のサイクルが数多く含まれるように(起動時と停止時は除く)ズーム操作を行ってください。積分時の境界を設定するには、定常状態の期間上でドラッグ操作を行い、グラフ名の上にカーソルを合わせます。例えば、図18に示す積分結果には、0.75ミリ秒にわたる波形(1000サイクル以上)が含まれています。カーソルが手の形のアイコンに変わったら、「Ctrl」キーを押しながらクリックし、波形ビューワの積分ウィンドウを呼び出します。

図18. ダイオードに流れる電流の算出結果。定常状態のダイオードに流れる電流を積分し、IF(AV)とI(RMS)の値を求めました。

図18. ダイオードに流れる電流の算出結果。定常状態のダイオードに流れる電流を積分し、IF(AV)とI(RMS)の値を求めました。

図18の積分ダイアログ・ボックスを見ると、ダイオードを流れる平均電流は約150mAとなっています。この値は、最大平均順方向電流IF(AV)よりも小さくなければなりません。これについて、ダイオード製品のデータシートには、特定の温度における値が記載されているはずです。

ダイオードの消費電力

LTspiceでシミュレーションを実行すれば、ダイオードの消費電力を計算することもできます。ダイオード製品のデータシートには、25°Cにおける総消費電力PTOTと、接合部から周囲に至る熱抵抗RTHの値が記載されているはずです。LTspiceでは、ダイオード上にカーソルを合わせることにより、波形ビューワに消費電力を表示することができます。ディスクリート部品や電圧源の上にカーソルを合わせると、マウスのカーソルが電流プローブに変化します。「Alt」キーを押すとカーソルが温度計に変わるので、そこでクリック操作を行います。そうすると、シミュレーション結果を基に算出したダイオードの消費電力の値が表示されます。また、定常状態の波形にズーム・インすると、ダイオードの電流を積分する場合と同じ手順で積分を実施することができます(図19)。ダイオードが電力を処理する能力は、ダイオードにかかる電圧とダイオードを流れる電流で決まります。

図19. ダイオードの消費電力の算出結果。波形の積分を行い、平均消費電力の値を求めました。

図19. ダイオードの消費電力の算出結果。波形の積分を行い、平均消費電力の値を求めました。

ダイオードはある程度の容量値を持ちます。ダイオードが導通している際、その容量に対する充電が行われます。蓄積された電荷は、ダイオードが導通状態でなくなったときに放電する必要があります。電荷の動きが妨げられると電力の損失が生じるため、できるだけ容量値の小さいダイオードを選ぶべきです。また、この容量値はダイオードの逆方向電圧に応じて変化します。そのため、ダイオード製品のデータシートには、この特性について示したグラフが掲載されているはずです。通常、ダイオード製品のデータシートでは、この容量をCdと表記しています。LTspiceのデータベースではCjoという名称で扱っています。

容量値の小さいダイオードを使用すれば、最大逆回復電流の要件が緩和されます。その結果、効率が向上します。図20に、回復電流に関連して注目すべき波形を示しました。逆回復電流に伴う消費電力については、ご自身で考察してみてください。

図20. ダイオードの放電時に発生する逆回復電流(a)。(b)の拡大図を見ると、スパイクが生じていることがよくわかります。このスパイクが小さいほど、電力損失が少なくなります。これに関連するダイオードの容量は電圧に応じて変化します。

図20. ダイオードの放電時に発生する逆回復電流(a)。(b)の拡大図を見ると、スパイクが生じていることがよくわかります。このスパイクが小さいほど、電力損失が少なくなります。これに関連するダイオードの容量は電圧に応じて変化します。

まとめ

昇圧ICを選択する際には、まず出力に注目します。所望の出力電圧と負荷電流からの逆算により、効率を考慮しながら入力電力の値を見極めます。その結果を基に、入力電流の平均値とピーク値を決定します。昇圧レギュレータでは、インダクタに流れる平均電流の値が負荷電流の値よりも大きくなります。そのため、昇圧ICを選択するプロセスは、降圧ICを選択する場合とは異なるものになります。選択した昇圧ICに対して適切な定格を備える部品を選ぶためには、レギュレータで発生する電圧/電流のピーク値と平均値を把握する必要があります。これらについては、LTspiceを利用することで効率良く算出することができます。

著者について

Rani Feldman
Rani Feldmanは、シニア・フィールド・アプリケーション・エンジニアとして2017年にアナログ・デバイセズに入社しました。それ以前はリニア・テクノロジー(現在はアナログ・デバイセズの一部門)に3年間勤務していました。イスラエルのアフェカ大学で電子工学の学士号、同じくイスラエルのホロン工科大学で経営管理学の修士号を取得しています。

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