電流検出アンプの差動過電圧保護回路

電流検出アンプの差動過電圧保護回路

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Emmanuel Adrados

Emmanuel Adrados

Paul Blanchard

Paul Blanchard

はじめに

モータ制御やソレノイド制御アプリケーションに使われる多くの電気的システムにとっては、過酷な環境が現実です。モータやソレノイドを制御する電子機器は、必然的に、エンド・アプリケーションに必要な物理的動作を得るために使われる、大電流や高電圧の近傍に置かれます。このことに加えて、多くの場合、これらのシステムはサービス作業の対象となります(例えば技術者に皿洗い機用の制御盤を交換してもらう)。つまり、誤配線をしてしまう可能性を排除できません。このように大電流と高電圧の近くであるということと、誤配線の可能性があるということから、過電圧保護を組み込んだ設計が必要になります。

効率的で安全なシステムを作るために、これらのアプリケーションでは高精度の電流検出アンプが電流をモニタします。高精度アンプの回路は過電圧状態から保護できるように設計する必要がありますが、これらの保護回路はアンプの精度に影響を与えます。

正しい回路設計、分析、および検証を行うことで、保護と精度のトレードオフをバランス良く行うことができます。本稿では、2つの一般的な保護回路と、それらの回路実装が電流検出アンプの精度にどのような影響を及ぼすのかについて検討します。

電流検出アンプ

ほとんどの電流検出アンプは高いコモンモード電圧(CMV)を扱うことができますが、高い差動入力電圧を扱うことはできません。アプリケーションによっては、シャントの差動入力電圧がアンプの指定最大電圧を超える場合があります。このような例は、工業用および自動車用のソレノイド制御アプリケーション(図1)によく見られます。これらのアプリケーションでは、短絡による故障状態が生じて、バッテリと同じ電位を持つ高い差動入力電圧が電流検出アンプに加わることがあります。この差動過電圧はアンプを損傷させるおそれがあり、特に保護回路がない場合はその可能性が高くなります。

図1. ソレノイド制御アプリケーションにおけるハイサイド電流検出

図1. ソレノイド制御アプリケーションにおけるハイサイド電流検出

過電圧保護回路

電流検出アンプの過電圧保護における基本的な接続を図2に示します。差動入力電圧がアンプの最大定格値を超えると、そのアンプは内部保護ダイオードに電流を流し始めます。追加直列抵抗R1とR2は、入力ピン間に大きい差動電圧信号が存在する場合、内部保護ダイオードに大電流が流れ込むのを防ぎます。

図2. 基本的な過電圧保護回路

図2. 基本的な過電圧保護回路

最大定格電圧と、保護回路が許容する最大入力電流は、共にデバイスごとに異なります、一般的な経験則として、3mAを超える電流が仕様によって認められている場合を除き、内部差動保護ダイオードを流れる電流は3mAに制限してください。この値に基づき、次式を使ってR1とR2の値を計算します。

数式 1

ここで、VIN_MAXは予想される最大差動電圧、VRATED_MAXは最大定格電圧(0.7V)、Rは合計直列抵抗(R1 + R2)です。

例えば、最大予想トランジェント入力電圧が10Vの場合は、次のようになります。

数式 2

R = 3.1kΩだとすると、式1に基づいてR1とR2は1.55kΩとなります。

これらのR1とR2の値は、ある種のアンプの入力インピーダンスと比較してかなり大きなものであり、全体的なシステム性能に大きな誤差を生じさせるおそれがあります。

R1とR2の値を小さくする方法の1つは、図3に示すように、電流容量の大きい外部保護ダイオードを入力ピンに追加することです。

図3. 外部入力差動保護ダイオードを使用した過電圧保護回路

図3. 外部入力差動保護ダイオードを使用した過電圧保護回路

例えば、最大500mAの順方向電流に対応できるDigi-KeyのB0520LW-7-Fショットキー・ダイオードを使用すると、Rの値を20Ωまで下げることができます。

システム性能のトレードオフ

アンプの入力に直列抵抗を追加すると、一定の性能パラメータが悪化するおそれがあります。一部のアンプでは、R1とR2が内部高精度抵抗と直列になっています。その他のアンプでは、オフセット電流と抵抗の働きによってオフセット電圧が生じます。より影響を受けやすいパラメータは、ゲイン誤差、同相ノイズ除去比(CMRR)、およびオフセット電圧です。

直列抵抗によって発生し得る影響を確認するために、入力ピンに保護抵抗を接続した2つの電流検出アンプの測定を行いました。ゲイン誤差、CMRR、およびオフセット電圧の評価に使用したテスト・セットアップを、図4に示します。このセットアップは、デバイスへの5V単電源供給用にAgilent E3631A電源を使用しているほか、差動入力電圧信号用に横河のGS200高精度DC電源、CMV設定にHAMEG HMP4030、そして電流検出アンプの出力電圧測定にAgilent 3458A高精度マルチメータを使用しています。

図4. ゲイン誤差、CMRR、およびオフセット電圧評価用のテスト・セットアップ

図4. ゲイン誤差、CMRR、およびオフセット電圧評価用のテスト・セットアップ

追加した直列抵抗が、デバイスのゲイン誤差、CMRR、およびオフセット電圧の各パラメータに及ぼす影響を測定するために、AD8210AD8418の両方を評価しました。

ゲイン誤差

直列抵抗をアンプの入力と直列に配置すると、それらの抵抗は、アンプの差動入力インピーダンスと共に抵抗分圧器を形成します。この抵抗分圧器は減衰を発生させ、この減衰は回路レベルでの追加的なゲイン誤差として現れます。この追加ゲイン誤差は、差動入力インピーダンスの小さいアンプの方が大きくなります。

AD8210の追加ゲイン誤差の計算値と実際の値を表1に示します。AD8418についても、保護回路ありの状態となしの状態でテストを行いました。このアンプの追加ゲイン誤差の計算値と実際の値を表2に示します。

表1 AD8210のゲイン誤差
R1 (Ω) R2 (Ω)  追加のゲイン誤差(%) 実際のゲイン
(V/V)
実際のゲイン誤差 (%) 
0 0 0 19.9781  –0.1095
10.2 10.2 0.497 19.88089 –0.59705
表2 AD8418のゲイン誤差
R1 (Ω) R2 (Ω) 追加のゲイン誤差 (%) 実際のゲイン
(V/V)
実際のゲイン誤差 (%)
0 0 0 19.99815 –0.00925
10.2 10.2 0.013 19.9955 –0.0225

測定結果を見ると、AD8418のゲイン誤差が0.013%シフトしているのに対し、AD8210のシフトは0.497%となっています。入力インピーダンスはAD8418が150kΩ、AD8210が2kΩなので、既に述べたようにAD8418に生じる誤差の方がAD8210のそれより小さくなっています。

同相モード除去比

通常、電流検出アンプは高 CMV の環境にさらされるので、CMRRは極めて重要な仕様の1つです。CMRRは、デバイスが高いCMVを除去して最大限の精度と性能を実現する能力を評価するものです。これは、アンプの2つの入力端子に同じ電圧を加えた場合に出力電圧がどれだけ変化するかを示します。CMRRは同相ゲインに対する差動ゲインの比として定義され、普通はデシベルで仕様規定されます。

次式を用いて両方のアンプのCMRR値を求めることができます。

数式 3

ここで、ADMはAD8210とAD8418の差動ゲイン(ADM = 20)、ACMは同相ゲインΔVOUT/ΔVCMです。

直列抵抗がアンプの入力と直列になっているときは、直列抵抗のミスマッチが内部抵抗のミスマッチに加わってCMRRに影響します。

AD8210電流検出アンプのCMRR測定結果を表3に、AD8418の測定結果を表4に示します。

表3 ゲイン20でのAD8210のCMRR性能
R1 (Ω) R2 (Ω) CMV = 0V および4V(dB) CMV = 4V および6V (dB) CMV = 4V および65V (dB) CMV = 6V および65V (dB)
0 0 –92.77 –104.96 –121.49 –123.35 
10.2 10.2 –94.37 –107.99 –121.86 –123.10 
表4 ゲイン20でのAD8418のCMRR性能
R1 (Ω) R2 (Ω) CMV = 0V および35V(dB) CMV = 35V および70V (dB) CMV = 0V および70V(dB)
0 0 –127.72 –123.72 –138.39
10.2 10.2 –88.89 –104.35 –93.05

結果を見ると、外部抵抗を追加した効果でAD8418のCMRRが低下していますが、AD8210のCMRRへの影響は小さいことが分かります。AD8418では89dBに低下している一方、AD8210では94dBにとどまっており、ほとんど変わっていません。どちらのアンプも同相インピーダンスは固定ゲインのデバイスとしては比較的大きく、AD8418は750kΩ、AD8210は5MΩです。

オフセット電圧

バイアス電流が外部抵抗を通過すると、デバイス固有のオフセット電圧と直列の誤差電圧が発生します。追加オフセット電圧誤差を計算するには、次式のように、2つの入力バイアス電流の差である入力オフセット電流(IOS)に、入力ピンの外部インピーダンスを乗じます。

数式 4

ここで、IOSは入力オフセット電流、Rは追加外部インピーダンスです。

AD8210電流検出アンプの測定値に基づくオフセット電圧の増加量を表5に、AD8418の測定値に基づく増加量を表6に示します。

表5 入力オフセット電流と外部インピーダンスによるAD8210の追加オフセット電圧
R1 (Ω) R2 (Ω) VOUT (mV) 追加オフセット電圧(RTI) (μV)
0 0 5.598 0
10.2 10.2 5.938 17
表6 入力オフセット電流と外部インピーダンスによるAD8418の追加オフセット電圧
R1 (Ω) R2 (Ω) VOUT (mV) 追加オフセット電圧(RTI) (mV)
0 0 –0.91 0
10.2 10.2 26.09 1.3

結果は、AD8418のオフセット電圧増加量の方が、AD8210の増加量より大きいことを示しています。これはAD8418の入力オフセット電流(約100µA)によって生じたものです。

入力ピンと直列の追加的インピーダンスは(一緒になって)入力オフセット電流と組み合わされ、追加的なオフセット電圧誤差を発生させます。

まとめ

入力ピンに追加的な直列抵抗を実装するのは、電流検出アンプを過電圧状態から保護する簡単な方法です。ゲイン誤差、CMRR、オフセット電圧といった性能指標への影響は測定可能で、外部抵抗の大きさや使用している電流検出アンプのタイプに直接関係します。この回路は、適切に設計されていれば、コンポーネント数が多少増えますが、精度への影響を最小限に抑えながらアプリケーションの差動入力電圧定格を改善します。

アンプの信頼性を高める過電圧保護の詳細については、アナログ・ダイアログの記事「過電圧保護機能を集積化したロバストなオペアンプ」を参照してください。