0.8μVのRMSノイズ、1MHzで74dBのPSRRを達成した負電圧リニア・レギュレータ
ノイズに敏感なアプリケーションでは、何十年も前からLDO(低ドロップアウト)レギュレータが広く使われています。しかし、最新の高精度センサー、高速/高分解能のデータ・コンバータ(A/DコンバータとD/Aコンバータ)、周波数シンセサイザ(PLL/VCO)では、ノイズに関する要件が厳しくなる一方です。そのため、LDOレギュレータには、出力ノイズを極めて小さく抑えつつ、非常に高い電源電圧変動除去比(PSRR)を達成することが求められるようになりました。例えば、センサーを使用する場合、電力の供給元である電源のノイズが測定精度に直接影響を及ぼすからです。また、電力を分配するシステムでは、全体的なシステム効率を高めるために、スイッチング・レギュレータがよく使われます。その場合、低ノイズの電源を構築するために、通常はLDOレギュレータがポスト・レギュレータとして使用されます。つまり、比較的ノイズの大きいスイッチング・コンバータの出力を、後段のLDOレギュレータで安定化させるということです。そうすれば、サイズの大きいコンデンサを使用して出力フィルタを構成する必要がなくなります。このような理由から、高い周波数領域におけるLDOレギュレータのPSRRは、非常に重要な性能として位置づけられるようになっています。
アナログ・デバイセズは、2015年に「LT3042」をリリースしました。同ICは、リニア・レギュレータとしては初めて、RMS出力ノイズをわずか0.8μVに抑えると共に、1MHzにおいて79dBという優れたPSRRを達成しています。類似品として、超低ノイズ、超高PSRRであることに加え、更に性能/機能を強化した「LT3045」と「LT3045-1」も提供しています。これらの製品は、いずれも正の電圧を出力するLDOレギュレータです。ただ、オペアンプやA/Dコンバータなど、正負の電源電圧を使用する部品がシステムに含まれる場合には、負の電圧を生成可能なLDOレギュレータを使用して、両極性の電源を設計する必要があります。こうしたニーズに応える製品としては、「LT3094」を提供しています。負電圧を生成可能なLDOレギュレータとしては初となる超低ノイズ、超高PSRRを実現したICです。表1に、各ICの主な仕様をまとめました。LT3094に加え、負電圧を生成できる製品や低ノイズ/高PSRRの製品をピックアップしています。
LT3015 | LT3090 | LT3042 | LT3045-1 | LT3094 | |
出力の正/負 | 負 | 負 | 正 | 正 | 負 |
出力電流〔A〕 | 1.5 | 0.6 | 0.2 | 0.5 | 0.5 |
出力ノイズ(10Hz~100kHz)〔µV〕 | 60 | 18 | 0.8 | 0.8 | 0.8 |
10kHzにおけるスポット・ノイズ〔nV/√Hz〕 | 240 | 57 | 2 | 2 | 2 |
1MHzにおけるPSRR〔dB〕 | 30 | 20 | 79 | 76 | 74 |
電流の制限値をプログラム可能 | • | • | • | • | |
パワー・グッドをプログラム可能 | • | • | • | ||
VIOC | • | • | |||
並列接続が可能 | • | • | • | • | |
高速起動機能 | • | • | • |
標準的なアプリケーション
LT3094の主な構成要素は、精度の高いリファレンスを実現するための電流源と、そのリファレンスを受け取る高性能の出力バッファです。負の出力電圧は、その電流源から1個の抵抗に流れる-100µAの電流を使うことで設定します。電流源を利用したリファレンスをベースとするこのアーキテクチャは、広い出力電圧範囲(0V~-19.5 V)に対応します。また、プログラムされた出力電圧値にはほぼ依存することなく、一定の出力ノイズ性能、PSRR、負荷レギュレーションを提供します。図1に示したのは、標準的なアプリケーション回路図です。また、図2には同ICのデモ用ボードを示しました。ソリューションのサイズはわずか10mm×10mm程度に抑えられます。
LT3094は、10Hz~100kHzで0.8µVrmsという極めて小さな出力ノイズと、1MHzにおいて74dBという極めて高いPSRRを達成します。また、電流の制限値、パワー・グッドの閾値、入力‐出力間の電圧制御(VIOC)のプログラムが可能であり、高速起動機能も備えています。同ICをスイッチング・レギュレータのポスト・レギュレータとして使用する場合、同ICの出力電圧が可変の状態にあっても、入出力間の電位差はVIOC機能によって一定に保たれます。
更に、LT3094は、フォールドバックによる内部電流の制限、熱の制限、逆電流に対する保護、逆電圧に対する保護など、損傷を防ぐための保護機能を内蔵しています。
並列接続による大電流化
LT3094は、複数個を簡単に並列接続できるようになっています。それにより、出力電流を増加させることができます。図3に示したのは、2個のLT3094を並列に接続することで1Aの出力電流を得られるようにした例です。同ICを2個並列に接続するには、SETピン同士を接続します。また、1つの抵抗RSETをSETピンとグラウンドの間に配置します。RSETを流れる電流は200µAであり、同ICを1個使用する場合の2倍になります。電流を2個のLT3094に適切に分担させるために、20mΩの小さなバラスト抵抗を各出力に接続しています。
図4は、図3の回路を動作させたときの熱画像です。動作条件としては、入力電圧が-5V、出力電圧が-3.3V、負荷電流が1Aとしています。各LT3094の温度は約50°Cに上昇していますが、熱が均等に分散されていることがわかります。並列接続する数には制限はなく、出力ノイズを抑えた状態で、より多くの出力電流を得ることが可能です。
出力電圧が可変の正負電源
先述したように、出力ノイズを抑えつつ高い効率を得るために、スイッチング・レギュレータの後段にLDOレギュレータを配置することがよくあります。消費電力とPSRRの間で適切なトレードオフを実現するためには、LDOレギュレータの入出力間の電位差を約-1Vにするのが最適です。出力電圧が可変のシステムの場合に、この電位差を維持するための方法は非常に複雑になります。LT3094を採用すれば、この問題に対処することができます。先述したように、出力電圧が変化しても入出力間の電位差が維持されるVIOC機能(トラッキング機能)を備えているからです。.
図5は、「LT8582」、LT3045-1、LT3094を使用して構成した正負電源の回路図です。LT8582は、PWM(パルス幅変調)方式/デュアルチャンネルのDC/DCコンバータICです。スイッチも内蔵しており、1つの入力から正と負の両方の出力を生成できます。LT8582の1つ目のチャンネルは、正出力を生成するためにSEPIC(Single Ended Primary Inductor Converter)として構成されています。2つ目のチャンネルは、負電圧を生成するために反転コンバータとして構成してあります。このチャンネルによって構成される負の電源レールにおいて、LT3094の入出力間の電位差は、VIOCの電圧によって以下のように制御されます。
ここで、VFBX2は0mV、IFBXは83.3µAです。R2を14.7kΩに設定すると、可変の出力電圧に対してVIOCの電圧は1.23Vとなります。抵抗R1の値を133kΩにすると、以下の式により、LT3094の入力電圧は16.5Vまでに制限されます。
図6に示したのは、この回路を12Vの入力電圧で動作させた場合の熱画像です。出力電圧が±3.3Vから±12Vに変化しても、LT3094の温度が大きく変化することはありません。表2に、3つのICから成る回路全体の電圧と電流などについてまとめました。図7には、12Vの入力電圧、±5Vの出力電圧という条件で動作させた場合の過渡応答を示しました。
VLDO(OUT) (V) |
VLDO(IN) (V) |
VDROP (V) |
LT3094の 温度上昇 |
IIN (A) |
システムの 効率 |
±3.3 | ±4.55 | 1.25 | 8°C | 0.48 | 57% |
±5 | ±6.25 | 1.25 | 8°C | 0.65 | 65% |
±12 | ±13.22 | 1.22 | 9°C | 1.25 | 78% |
図5において、LT8582の出力コンデンサ以外に、LT3094の入力部に追加されているコンデンサはありません。一般に、入力コンデンサには出力リップルを抑える効果がありますが、このケースのLT3094にはそれが当てはまりません。LT3094に入力コンデンサを追加すると、スイッチング・レギュレータからのスイッチング電流がそのコンデンサに流れます。その結果、スイッチング・レギュレータからLT3094の出力への電磁結合が生じます。それにより、出力ノイズが増加し、PSRRが低下します。スイッチング・レギュレータがLT3094から2インチ(約5cm)未満の位置に配置される場合には、最良のPSRR性能を得るために、LT3094の入力にはコンデンサを追加しないことを推奨します。
まとめ
LT3094は、負電圧を生成できるLDOレギュレータであり、超低ノイズと超高PSRRを特徴とします。電流源を使用したリファレンスをベースとするアーキテクチャにより、出力電圧の値にかかわらず、ノイズ性能とPSRR性能を一定に保つことができます。また、同ICは複数個、簡単に並列接続することが可能なので、出力ノイズを抑えつつ、負荷電流を増加させることができます。同ICをスイッチング・レギュレータのポスト・レギュレータとして使用する場合、同ICの消費電力はVIOC機能によって最小限に抑えられます。そのため、出力電圧が可変のアプリケーションにも適しています。