AN-1085: 乗算型DAC-AC/任意リファレンス・アプリケーション
概要
乗算型D/A コンバータ(DAC)は、任意リファレンス信号またはAC リファレンス信号を使って動作できる点で従来型の固定リファレンスDAC と異なります。このアプリケーション・ノートでは、電流出力乗算型DAC の原理について詳しく説明し、これらのDAC がAC 電圧および任意電圧のコンデショニングに適している理由を説明します。
基本的な波形減衰
AC 信号ゲインを調整するシンプルな方法は、従来型の反転オペアンプ・ステージを使う方法であり、十分な帯域幅を持つアンプを選択して、次式に従ってゲインを調節します。
VOUT = −[RDAC/RFB(VIN)]
乗算型DAC は、任意の電圧信号またはAC 電圧信号の乗算に最適なビルディング・ブロックを提供します。バッファ付き電流出力DAC アーキテクチャでは、非反転ゲイン・アンプ構造を採用しています。乗算型DAC はR-2R アーキテクチャを採用して、図1 に示す可変RDAC 抵抗の機能を実現しています。VREF ピンから見たDAC の入力インピーダンスは固定ですが、出力インピーダンスは、等価な可変RDAC 値を与えるようコードに依存して変化します。
図1. 反転ゲインの設定
このアプリケーション・ノートで使用するデバイスAD55xx とAD54xx は、www.analog.com/MultiplyingDAC に掲載している乗算型DAC を意味します。
乗算型DAC
乗算型DAC では、電流がIOUT1 ノードに接続された仮想グラウンドまたはグラウンド・ノード(デバイスによってはIOUT2ノード)に流れるため、出力電圧のグリッチは非常に小さくなります(図2 参照)。
図2. 乗算型DAC、VOUT = 0 V~−VREF
この構成でIOUT DAC を使う主要な利点の1 つは、内蔵RFB 抵抗がRDAC の等価抵抗と一致するため、ゲイン温度係数の誤差が非常に小さくなることです。
出力アンプをユニポーラ・モードで接続した場合、図2に示すように、出力電圧は次式で与えられます。
ここで、
Dは、DACに設定されるデジタル・ワード(非整数値)。
D = 0~255 (8ビットAD5450)
= 0~1023 (10ビットAD5451)
= 0~4095 (12ビットAD5452)
= 0~16383 (14ビットAD5453)
= 0~65536 (16ビットAD5543)
n =ビット数。
つまり、乗算型DAC の出力信号は、リファレンス入力とデジタル入力値の積に比例します。
ゲインの追加
VIN より大きい出力電圧が必要なアプリケーションでは、外付けアンプを追加してゲインを増やすか、あるいはシングル・ステージで実現することもできます。
図3 に示す推奨構成を使って、回路のゲインを増やします。R1、R2、R3 はすべて同じ温度係数を持つ必要がありますが、DACの温度係数に一致する必要はありません。
図3. 乗算型DAC 使用による信号ゲイン
正の電圧入力/正の電圧出力
乗算型DAC 構成を使って正電圧出力を発生させるときは、シグナル・チェーンへ反転アンプを追加して出力を再反転させることができます。もう1 つの方法は、図4 のような抵抗を内蔵するデバイスを選択する方法です。内蔵抵抗を使う方法の利点は、これらの温度係数がほぼ一致していることです。
図4. 乗算型DAC、VOUT = 0 V~VREF
シングルエンド/差動変換構成
この構成を使って差動出力を発生するときは、2 個のオペアンプを追加する必要があります。詳細については、AN-2509「AD8042オペアンプを使用した電圧出力DAC および電流出力DAC 用シングルエンド/差動変換器」を参照してください。
図5. シングルエンド/差動変換構成
安定性の問題
目的の波形コンデショニング信号を実現するために考慮しなければならない重要部品は、補償コンデンサです。DAC の内部出力容量によりオープン・ループ応答内に極が導入されるため、クローズド・ループ・ランプ発生回路でリンギングや不安定が発生することがあります。これを補償するため、通常、外付け帰還コンデンサC1 がDAC の内部RFB と並列に接続されます(図2 参照)。C1 が小さすぎると出力で歪みが発生し、大きすぎるとシステムの帯域幅に悪影響を与えます。DAC の内部出力容量はコードにより変化するため、C1 の正確な値を決めることは困難です。この値は、次式で近似されます。
ここで、
GBW は使用するオペアンプの小信号ユニティ・ゲイン帯域幅積。
CO はDAC の出力容量。
シグナル・コンデショニング用に重要なDAC 仕様
AC リファレンス入力信号または任意のリファレンス入力信号を乗算する際に考慮しなければならない幾つかの重要なAC仕様としては、乗算帯域幅、アナログ総合高調波歪み、乗算フィードスルー誤差などがあります。
乗算帯域幅
乗算帯域幅は、ゲインが−3dB となる入力周波数で表します。与えられたデバイスに対して、乗算帯域幅は振幅と選択した補償容量の関数になります。図6 に、AD5544、AD5554、またはAD545x 電流出力DAC の乗算帯域幅のプロットを示します。これらのDAC は最大12MHz までの信号を乗算することができます。一緒に使用している低消費電力AD8038 オペアンプは350MHz の帯域幅を持っているため、このスケールでオペアンプから発生するダイナミック誤差は小さくなっています。
図6. 乗算帯域幅
アナログ総合高調波歪み
アナログ総合高調波歪みは、乗算された波形信号に含まれる高調波の数学的な表現です。基本波値V1 に対するDAC 出力の高調波(V2、V3、V4、V5)のrms 和の比で、次式で表されます。
図7. 総合高調波歪み
乗算フィードスルー誤差
乗算フィードスルー誤差は、全ビット0 をDAC にロードしたときの、リファレンス入力からDAC 出力への容量フィードスルーにより発生する誤差として定義されます。理論的には、DB0 まで1 ビット低下するごとに、ゲインに6dB の減衰が発生します(図8 参照)が、下位ビットほど、乗算フィードスルーはデバイスのゲインに多く影響を与えます。これは、図8 で、平坦な直線が下位ビットほど上向きになることにより示されます。例えば、14 ビットDAC のDB2 では、1MHz で72dB になるはずですが、実際にはフィードスルーのため66dB になります。
図8. 乗算フィードスルー誤差
オペアンプの選択
乗算型DAC 回路の性能は、選択したオペアンプがラダー出力でヌル電圧を維持し、電流/電圧変換を実行する能力に強く依存します。最適なDC 精度を得るためには、DAC 分解能と釣り合った誤差を維持するために、低いオフセット電圧と低いバイアス電流を持つオペアンプを選択することが重要です。詳細なオペアンプ仕様は、デバイスのデータシートに記載されています。
リファレンス入力が比較的高速な信号を持つアプリケーションの場合、信号品質の低下を回避するため広帯域幅で高スルーレートのオペアンプが必要です。オペアンプ回路のゲイン帯域幅(GBW)は、帰還回路のインピーダンス・レベルとゲイン構成により制限されます。必要とされるGBWを求めるときの有効なガイドラインは、リファレンス信号周波数の10 倍の−3dB帯域幅を持つオペアンプを選択することです。
大きな高周波信号の歪みを制限するためにはオペアンプのスルーレート仕様を考慮する必要があります。AD54xx とAD55xxデバイスに対しては、一般にスルー・レート100V/μs のオペアンプは十分な性能です。
表1 に、乗算アプリケーションに使用できるオペアンプの選択肢を示します。
詳細については、www.analog.com/MultiplyingDACの乗算型DAC製品ページを参照してください。
Part No. | Supply Voltage (V) | BW @ ACL (MHz) | Slew Rate (V/µs) | VOS (Maximum) (µV) | IB (Max) (nA) | Packages |
AD8065 | 5 to 24 | 145 | 180 | 1500 | 0.006 | SOIC-8, SOT-23-5 |
AD8066 | 5 to 24 | 145 | 180 | 1500 | 0.006 | SOIC-8, MSOP-8 |
AD8021 | 5 to 24 | 490 | 120 | 1000 | 10,500 | SOIC-8, MSOP-8 |
AD8038 | 3 to 12 | 350 | 425 | 3000 | 750 | SOIC-8, SC70-5, SOT-23-5 |
ADA4899-1 | 5 to 12 | 600 | 310 | 35 | 100 | LFCSP-8, SOIC-8 |
AD8057 | 3 to 12 | 325 | 850 | 5000 | 500 | SOT-23-5, SOIC-8 |
AD8058 | 3 to 12 | 325 | 850 | 5000 | 500 | SOIC-8, MSOP-8 |
AD8061 | 2.7 to 8 | 320 | 650 | 6000 | 350 | SOT-23-5, SOIC-8 |
AD8062 | 2.7 to 8 | 320 | 650 | 6000 | 350 | SOIC-8, MSOP-8 |
AD9631 | ±3 to ±6 | 320 | 1300 | 10,000 | 7000 | SOIC-8, PDIP-8 |