質問:
48V出力のファントム電源を必要としています。入力電圧として使用できるのは5V、12V、または24Vです。この条件で、小型かつ超低ノイズのファントム電源を実現することは可能でしょうか?
回答:
シンプルな昇圧コンバータを使用し、EMI(電磁妨害)を低減するためのフィルタ回路を適用すると共に、小型化のためのちょっとした工夫を加えれば実現可能です。
プロ用のコンデンサ・マイクロフォンには、48Vの電圧を供給できる電源が必要です。この電源は、マイクロフォンが内蔵する容量性のトランスデューサに電荷を供給すると共に、トランスデューサの高インピーダンスの出力に対応するための内蔵バッファに給電する役割を果たします。通常、この電源は、ファントム電源と呼ばれます。ファントム電源から供給する必要がある電流は、わずか数mA程度です。ただ、マイクロフォンの出力レベルがかなり低く、内蔵バッファの電源リップル除去性能はそれほど高くないことから、ファントム電源には、非常に低ノイズであることが求められます。また、隣接する低レベルの回路に影響を及ぼさないようにするために、ファントム電源は高いEMI性能を備えるものでなければなりません。EMIは、部品の実装密度を高める必要がある製品において、常に重要な要件として浮上する課題です。
アナログ・デバイセズの昇圧コンバータ「LT8362」を使用すれば、非常に性能の高いファントム電源を実現することができます。60Vの電圧、2Aの電流に対応可能なスイッチを内蔵しており、最高2MHzのスイッチング周波数で動作します。また、パッケージのサイズもわずか3mm×3mmです。本稿では、LT8362のデモ用ボード「DC2628A」をベースとして実現したファントム電源を紹介します。
図1に、DC2628Aの回路図を示しました。ご覧のように、このボードの入力部には、EMIを低減するためのフィルタ(EMIフィルタ)が実装されています。このフィルタと、入力に直列に接続されたインダクタの効果により、高周波のノイズを低減することができます。ただ、最終的な出力については、ここで実現したいファントム電源にふさわしい性能を得ることはできません。DC2628Aの出力部にも、EMIフィルタは実装されています。それにより、MHz帯のノイズは効果的に抑圧されます。しかし、このEMIフィルタでは、オーディオ帯域のノイズに対する効果はほぼ期待できません。オーディオ帯域のノイズは、主にLT8362のリファレンスのノイズがフィードバック・ループによって30倍のゲインで増幅されることによって発生します。
オーディオ帯域のノイズを除去する方法の1つは、出力部に容量を追加することです。実際、十分な容量を付加すれば、期待する効果が得られるはずです。しかし、48Vの出力を対象とする場合、コンデンサの実用的な最小定格電圧は63Vに達します。そのため、非常に大きく高価なコンデンサが必要になってしまいます。オーディオ帯域のノイズを除去するもう1つの方法は、LT8362の出力を1V~2V高く設定し、その後段にLDO(低ドロップアウト)レギュレータを追加することです。但し、LDOレギュレータとしては、高電圧に対応可能なものが必要になります。その結果、低い電圧にしか対応しない製品を使用する場合と比べて、コストが増加することになるでしょう。また、LDOレギュレータを使用する場合、低い出力電圧においてノイズを低減することができますが、電圧リファレンスを使用するデバイスでは、LT8362の場合と同様に、リファレンスのノイズが増幅されるという問題に悩まされることになるはずです。
3つ目の方法は、マイクロフォンの出力の感度は電源電圧にはそれほど依存しないという性質を利用するものです。この点に注目すると、ファントム電源には、完全なレギュレーションが求められるわけではないと言うことができます。そこで、出力コンデンサと直列に適切な値の抵抗を接続するという対策が浮上します。実際、この方法によって効果を得ることは可能です。但し、高電圧に対応するコンデンサが必要なことに変わりはなく、しかもそのサイズについては、ある程度の妥協を強いられることになります。
ここまでに示した3つの方法は、それぞれに欠点を抱えています。以下では、これらと比べてより優れた方法を紹介します。それは、出力コンデンサの値を、実際の値よりも見かけ上大きくするというものです。これは、古くからキャパシタンス・マルチプリケーション(Capacitance Multiplication)として知られる手法によって実現できます。図2のグレーの部分が、この手法を実現するフィルタ回路です。
この回路では、100μFのコンデンサにより、NPNトランジスタのベース電流のリップルが制御されます。そのため、コレクタ電流に現れる効果は、NPNトランジスタのβ倍になります。この効果は劇的なものだと言えます。
図3(a)に、図2の回路の出力波形を示しました。これは、負荷が1kΩ(負荷電流は50mA)の場合に、C4のポイント(新たに適用したフィルタの手前)で出力をモニタした結果です。ノイズの大きさは約80mVp-pなので、約0.2%のノイズ成分が生じていることになります。ノイズがあまり問題にならないアプリケーションであれば、これでも十分かもしれません。しかし、本稿で例にとっているアプリケーションには対応できません。図3(b)に示したのは、新たに適用したフィルタを通過した後の出力をモニタした結果です。ご覧のように、ノイズの大きさは、約1mVp-pまで改善されています。この場合、ノイズ成分は、約0.002%(20ppm)まで抑えられているということになります。これであれば、最も要求の厳しいアプリケーションにも十分対応できます。図4には、測定環境の外観を示しておきました。
NPNトランジスタとしては、ON Semiconductor製 の「SBCP56-16T1G」を選択しました。その理由は、コレクタ‐エミッタ間の対応電圧VCEOが80Vであることと、電流量が少ない場合のβ値が高いことです。β値が高いということは、キャパシタンス・マルチプリケーションを適用したフィルタ回路による見かけ上の容量値がより高くなるということを意味します。そのため、出力電流が変化しても、電圧降下は比較的一定に保たれます。出力電圧は、負荷が2kΩの場合に47.8Vで、負荷が500Ωの場合でも47.5Vまでしか低下しません。先述したように、マイクロフォンのアプリケーションでは、この程度の電圧降下は問題になりません。なお、ノイズとレギュレーションのテストを行うことなく、他のトランジスタに置き換えることは避けてください。
この回路のテストは、入力電圧が16Vという条件で実行しました。入力電圧が12V~24Vの範囲では、同等の性能が得られます。また、アプリケーションによっては、5Vの入力電圧を基に昇圧を実施しなければならないことがあります。その場合、LT8362のスイッチング周波数を2MHzから1MHzに下げて、75ナノ秒の最小オフ時間を確保することで対応できます。但し、同等の性能を維持するためには、L1の値を約10μHから15μHに変更すると共に、大容量の出力コンデンサC4の値を2倍に増やす必要があります。
参考資料
Carl Nelson「Application Note 19: LT1070 Design Manual(アプリケーション・ノート19:LT1070の設計マニュアル)」Analog Devices、1986年6月
Jim Williams「Application Note 101: Minimizing SwitchingRegulator Residue in Linear Regulator Outputs(アプリケーション・ノート101:リニア・レギュレータの出力に残存するスイッチング・レギュレータのアーティファクトを最小化)」Analog Devices、2005年7月