質問:
計測可能な最小電圧はどれくらいでしょう。
回答:
私のエンジニアとしての最初のプロジェクトは、6½桁DMMに使用する回路のセトリング時間を計測することでした。これは大した仕事ではないように思えました。必要な作業は、最終的な安定値を割り出し、そこからその値との差異が検出可能となるところまで、経過を逆に辿りさえすればよかったからです。私はすべてをセットアップして入力を短絡し、アパーチャ・タイムを広げるところから始めましたi。予想通りノイズは低下しました。あるところまでは。しかし、ベースラインは変動し続けました。私は外因性のノイズ源を取り除き、熱起電力を抑え、さらに空調の送風も停止しました。これらのランダムな変動は、回路に内在するノイズによるものだったのです。しかし、ほとんどの広帯域ノイズを除去した後も、どうしてもなくならないノイズがありました。同じことを行った人なら同じ限界に気付いたはずです。反対に、測定時間が短い場合よりもノイズが増大する場合もあります。1/fノイズ状態にあることはそれが発生している時に分かるのです。
この、いわゆる1/fノイズ(あるいはフリッカ・ノイズ)は、精密測定における最も一般的な限界です。1 / fという名前は、次式に示すように、そのパワー・スペクトラム密度が周波数に逆比例するという事実に由来します。
ここで、k は大きさを表す係数、α は0より大きい値を取る指数ですが、標準形はα = 1に対するものです。このノイズは最終的に広帯域ノイズよりも小さくなり、図1に示すようにコーナーを形成します。このタイプのノイズの存在は、地球の自転、経済的指標、生態系など電子回路以外の分野でも確認されていますが、これらはその一部に過ぎません。その根本的な原因は卓越した科学者の研究によっても明らかにされていませんが、低レベルの値を測定しようとする場合は、このノイズを軽減する方法を理解しておく必要があります。
それでは、市販部品から見ていきましょう。現在IC に使用できる最も高感度のADCはAD7177-2で、これは5SPSで200nVp-pです。しかし、ある程度のゲインをADCの前に追加することで、これよりも良い値を得ることができます。これには、低ノイズで低1/f コーナーのアンプが必要です。最も簡単な方法は、データシートで0.1Hz~10Hzのノイズ仕様を調べることです。これは、帯域幅10Hzで10秒間測定値を記録するのと同じことです。
注意深い人であれば、人類の歴史で初めて重力波を検出するLIGOの実験に使われた、AD797オペアンプに関する記事を読んだことがあるかもしれません。AD797のノイズ仕様は、0.1Hz~10Hzで50nVp-p(8n Vrms)です。最小ノイズの計装アンプであるAD8428では、40n Vp-p(7n Vrms) に過ぎません。これらのアンプはバイポーラ・プロセスで作られているので、大きな電源抵抗( ゲイン抵抗を含む) の元で使用した場合は電流ノイズが増大する可能性がありますが、この電流ノイズにも1/f コーナーが生じます。
また、抵抗自体にも、その構造によって電流依存の大きなノイズが生じる可能性があると言う点に注意が必要です。一般的に、ノイズ指数が最も小さいのは、金属フォイル抵抗や巻線抵抗です。 1/fノイズを避ける巧妙な方法が、1/fノイズが存在しない領域に信号を変調してから、その信号を復調するという方法です。チョッパ安定化として知られるこの方法は、フィルタで容易に除去できる別の周波数帯へ1/fノイズをシフトさせるために、何十年もの長きにわたって使われてきました。ADA4528-1やADA4522-1のようなゼロドリフト・アンプは、この方法( および他の方法) を利用して、0.1Hz~10Hzの範囲で100n Vp-p (16n Vrms)という値を実現していますが、この値のほとんどが白色ノイズによるものです。さらに簡単な方法は、複数のアンプを並列に配置して、より低いノイズ・レベルを実現することで、これは相関関係のないノイズ源同士を平均するのと同じことになります。
最低でも、市販部品を使って10nVを少し下回る程度の信号は検出することができ、さらにアンプを並列に使用すれば、1nV近いレベルまで検出が可能です。これよりも低い値を検出するには、特別な( そして恐らく高価な)方法が必要になります。しかし、何をしたとしても、やはり1/fの問題は表面化してきます。
では、非常に長い時間にわたって複数の測定値を記録しようとする場合はどうでしょう。1/f ノイズは、これを不可能にするのでしょうか。少し変わった見方をしてみましょう。ビッグバンの時点から現在までAD797のノイズを記録し続けたとしてもii、ノイズは過去10 秒間だけ測定した場合より3倍大きくなるだけですiii。したがって、それで夜も眠れなくなることはないと思います。
参考文献
i DMMのアパーチャ・タイムとは、信号を積分または平均する際の時間枠のことです。
ii ビッグバンから4.32e17秒が経過したものとします。
iii 1/f が、これだけの長さにわたってこの曲線に従うという根拠はないので、これは仮定の話です。測定時間が長くなると、経年変化その他の要因が作用し始めます。
Gerstenhaber、Moshe、Rayal Johnson、Scott Hunt共著「計装アンプのノイズを低減する方法、nVレベルの感度を達成 」Analog Dialog 49-05 、2015年5月
Horowitz, Paul and Winfield Hill. The Art of Electronics. Cambridge University Press, 1989年
Motchenbacher, C. D. and F. C. Fitchen. Low Noise Electronic Design. John Wiley & Sons, Inc., 1973年
Seifert, Frank. “Resistor Current Noise Measurements.” Open access LIGO document, LIGO-T0900200
「想像できたでしょうか:アインシュタインが予言した重力波の存在を、実際に検出できることを・・・」 Analog Devices
van der Ziel, Aldert. “Unified Presentation of 1/f Noise In Electronic Devices: Fundamental 1/f Noise Sources.” Proceedings of the IEEE, vol. 76, no. 3, 1988年3月
Weissman, M. B. “1/ƒ Noise and Other Slow Nonexponential Kinetics in Condensed Matter.” Reviews of Modern Physics, 1988年
West, Bruce and Michael Shlesinger. “The Noise in Natural Phenomena.” American Scientist, 78(1), 1990年