計装アンプのノイズを低減する方法、nVレベルの感度を達成

はじめに

電圧を計測するシステムを構築する際、ナノボルト(nV)のレベルの感度が得られるようにするのは簡単なことではありません。それを実現するには、いくつもの設計上の課題を解決する必要があります。例えば、アナログ・デバイセズ(ADI)の「AD797」は、極めて高いノイズ性能を実現しているため、入手可能なものとしては最良のオペアンプだと言えます。同製品は1kHzにおいて1nV/√Hz以下のノイズ性能を実現可能ですが、0.1Hz~10Hzの周波数帯では低周波ノイズの特性に起因してノイズが約50nV p-pに制限されます。オーバーサンプリングと平均化処理を利用すれば、データレートの上昇や消費電力の増大と引き換えに、フラット・バンド・ノイズ(rms値)を低減できます。しかし、オーバーサンプリングには、ノイズ電圧密度や1/f領域のノイズを低減する効果はありません。また、後段からのノイズの影響を避けるためにフロント・エンドのゲインを高くする必要があり、システムの帯域が減少します。加えて、アイソレーションが十分でない場合、グラウンド・バウンスや干渉が出力に現れ、アンプの低ノイズ性能がその中に埋もれてしまいます。こうした問題は、ノイズ性能をはじめとする特性に優れた計装アンプを使用することで回避できます。優れた計装アンプを使うことで、システムの設計/構築が容易になるとともに、コモンモード電圧、電源のゆらぎ、温度ドリフトに起因する誤差を低減することが可能になります。

低ノイズの計装アンプ「AD8428」は、2000という正確なゲインを備えており、上記の問題を解決するために必要なすべての特性を提供します。ゲイン・ドリフトは最大5ppm/℃、オフセット電圧ドリフトは最大0.3μV/℃、60HzまでのCMRRは最小140dB(50kHzまででは最小120dB)、PSRRは最小130dBです。また、帯域幅は3.5MHzなので、AD8428は低電圧を計測するためのシステムに理想的な製品です。

さらに重要なのは、AD8428の電圧ノイズ密度は14kHzにおいて1.3nV/√Hz、0.1Hz~10Hzのノイズは業界で最も優れた40nV p-pを実現していることです。このような特性を備えていることから、微小信号に対して高いS/N比を得ることができます。AD8428は、通常の計装アンプとは異なり、2本のピンが追加されています。これらを使用することで、ゲインを変更したり、ノイズ帯域を減衰させるためにフィルタを追加したりすることができます。さらに、これらのピンはノイズを低減するためのユニークな手法を提供します。以下、その手法について説明します。

複数のAD8428でノイズを低減

図1に示したのは、システムのノイズをより一層低減するための回路構成です。ご覧のように、4個のAD8428の入力ピンとフィルタ・ピン(+FIL、-FIL)はそれぞれ短絡されています。出力はいずれか1つの計装アンプから取り出すことができ、低い出力インピーダンスが維持されます。この回路は拡張可能であり、ノイズは使用するアンプの数の平方根で除算した値まで低減されます。図1ではアンプを4個使っているので、ノイズが1/2に低減されます。

Figure 1
図1.4個のAD8428を使用することでノイズを低減する回路

ノイズが低減される理由

各AD8428によって生成される1.3nV/√Hz(代表値)の入力換算ノイズのスペクトルは、他のアンプによって生成されるノイズとは相関がありません。これら無相関のノイズが、フィルタ・ピンで根二乗和(RSS)として加算されます。一方、入力信号は正の相関を持ちます。各AD8428は、入力信号に応答してフィルタ・ピンに同じ電圧を生成します。このため、複数のAD8428を連結しても信号の電圧は変化せず、ゲインも2000に維持されます。

ノイズの解析

図2に、AD8428の数を4個から2個に減らして単純化した回路を示しました。ここでは、この回路に対して解析を行い、AD8428を2個連結することによってノイズが1/√2に低減されることを確認してみます。各AD8428のノイズは、+INピンにおける値としてモデル化することができます。トータルのノイズを求めるために、入力はグラウンドのレベルに固定し、ノイズ源は重ね合わせの原理を適用して統合します。

ノイズ源en1は200の差動ゲインで増幅され、プリアンプA1の出力に現れます。解析を行ううえでは、グラウンド入力に対するプリアンプA2の出力にはノイズは現れないものとします。プリアンプA1の各出力からプリアンプA2の出力につながる6kΩ/6kΩの抵抗分圧回路は、テブナンの等価回路に置き換えることができます。つまり、3kΩの直列抵抗を備えるプリアンプA1の出力においてノイズ電圧が半分になるということです。この分割がノイズを減少させるメカニズムです。完全な節点解析を行うと、en1に対する出力電圧は1000×en1になるという結果が得られます。対称性から考えて、ノイズ電圧en2に対する出力電圧は1000×en2になります。en1とen2の値はともにenに等しくなります。これらがRSSとして加算され、トータルでの出力ノイズは1414×enになります。

Figure 2
図2. ノイズの解析を行うために単純化した回路

この値を入力に換算するには、ゲインについて検証しなければなりません。差動信号VINが+INPUTと-INPUTに印加されるとします。プリアンプA1の初段出力において、差動電圧はVIN×200になるでしょう。プリアンプA2の出力にも同じ電圧が現れます。6kΩ/6kΩの抵抗分圧器を経由する信号成分はなく、節点解析の結果から出力はVIN×2000になります。したがって、トータルの入力換算ノイズはen×1414/2000となり、等価的にen/√2になります。AD8428のノイズ密度の代表値である1.3nV/√Hzを使用すると、図2の構成におけるノイズ密度は約0.92nV/√Hzになります。

アンプの数を増やすと、フィルタ・ピンのインピーダンスが変化し、ノイズがさらに小さくなります。例えば、図1のように4個のAD8428を使用すると、プリアンプの出力からフィルタ・ピンへの6kΩの抵抗が、ノイズのない各プリアンプの出力に接続されている3個の抵抗(各6kΩ)につながります。その結果、実質的に6kΩ/2kΩの抵抗分圧器が構成され、ノイズの値が4で除算されることになります。最終的に、4個のアンプを使用した場合のトータルのノイズはen/2となります。

ノイズと電力のトレードオフ

この手法では、ノイズと消費電力が主要なトレードオフ要因になります。AD8428は、ノイズに対して非常に高い電力効率を実現します。6.8mAの最大電源電流に対し、入力ノイズ密度が1.3nV/√Hzになります。比較のために、AD797 について考えてみます。同製品の場合、0.9nV/√Hzの入力ノイズ密度を実現するには10.5mAの最大電源電流が必要です。ここで、2個のAD797と消費電力の少ない1個の差動アンプを使うディスクリートな構成により、ゲインが2000でノイズの少ない計装アンプを構成しようとしたとします。その場合、2個のオペアンプと1個の抵抗(30.15Ω)に起因する入力換算ノイズとして1.45nV/√Hzを実現するには、21mA以上の電流が消費することになります。

いくつものアンプを並列で使用する場合、消費電力に加えて温度についての検討も不可欠になります。±5Vの電源を使用するAD8428を1個使うだけなら、同ICの消費電力に起因する温度上昇は約8℃になります。多くのアンプを近接して配置したり、密閉された空間で使用したりする場合には、アンプが相互に加熱し合うことがあります。したがって、温度を管理するための技術について検討しなければなりません。

SPICEによるシミュレーション

プロトタイピングの代替として、SPICEによる回路シミュレーションを利用するのは好ましいことではありません。しかし、回路のアイデアについて検証するための最初のステップとして、SPICEシミュレーションを実施するのは有効な手段です。ここまでに紹介した回路の検証を行うために、2個のAD8428を並列で使用したときの動作をシミュレーションしました。シミュレータとしては「ADIsimPE」を使用し、AD8428についてはSPICEマクロ・モデルを使いました。その結果は図3に示したとおりです。2000のゲインで、ノイズを30%抑えられるという期待どおりの結果が得られています。

Figure 3
図3. SPICEシミュレーションの結果

実測結果

シミュレーションに続いて、4個のAD8428を使用し、すべての回路を実装して実測評価を行いました。その結果、入力換算ノイズのスペクトル密度は1kHzにおいて0.7V/√Hz、ピークtoピーク電圧は0.1Hz~10Hzにおいて25nV p-pでした。これらは多くのナノボルト・メーターよりも優れた値です。図4と図5に、スペクトル密度とピークtoピーク・ノイズの測定結果を示しました。

Figure 4
図4. 図1の回路における電圧ノイズ・スペクトルの測定結果
Figure 5
図5. 図1の回路における入力換算ノイズの測定結果(0.1Hz~10Hz)

まとめ

nVのレベルの感度を実現するには、非常に多くの課題を解決しなければなりません。AD8428は、高ゲイン、低ノイズが求められるシステムに最適な計装アンプであり、高性能のシステムを実現するために必要なあらゆる性能やユニークな機能を備えています。AD8428はnVレベルのシステムを実現するためのツールボックスに加えられることになるでしょう。


参考資料

MT-047 Tutorial 「Op Amp Noise

MT-048 Tutorial 「Op Amp Noise Relationships: 1/f Noise, RMS Noise, and Equivalent Noise Bandwidth

MT-049 Tutorial 「Op Amp Total Output Noise Calculations for Single-Pole System

MT-050 Tutorial 「Op Amp Total Output Noise Calculations for Second-Order System

MT-065 Tutorial 「In-Amp Noise

著者

Moshe-Gerstenhaber

Moshe Gerstenhaber

Moshe Gerstenhaberは、アナログ・デバイセズのディビジョン・フェローです。1978年の入社以来、長年にわたり製造、製品エンジニアリング、製品設計などの部門でさまざまな上級職として活躍してきました。現在は、集積アンプ製品グループの設計マネージャです。アンプ設計、特に計装アンプや差動アンプなどの超高精度特殊アンプ分野でこれまで多大な貢献があります。

Rayal-Johnson

Rayal Johnson

Rayal Johnsonは、マサチューセッツ州ウィルミントンのリニア製品グループに所属する設計技術者です。マサチューセッツ工科大学で学士号を取得した後、2006年にADIに入社しました。計装アンプ、熱電対用アンプ、高/低電圧のディファレンス・アンプなど、高精度のアンプICを専門としています。

Scott Hunt

Scott Hunt

Scott Huntは、アナログ・デバイセズのスタッフ・エンジニアです。産業用プラットフォーム/技術グループで、高精度設計ツールに関する業務に携わっています。2011年に、高精度アンプを担当するプロダクト・アプリケーション・エンジニアとして入社。2016年からはシステム・アプリケーション・エンジニアとして科学用計測器を担当しました。2022年に高精度ウェブ・ツール・グループに異動してからは、プロダクトの定義に携わっています。レンセラー工科大学で電気/コンピュータ・システム工学の学士号を取得しました。