概要
本稿では、スイッチング電源を開発する際に利用可能な様々なツールについて説明します。それらのツール全体として、システムのパワー・マネージメントに用いるアーキテクチャの初期設計の段階から、設計済みのハードウェアを対象とした最終的な評価までをサポートします。各ツールはそれぞれ特定の目的を果たすために機能し、貴重な洞察/知見を提供してくれます。その結果、開発期間を短縮しつつ、優れた電源を設計することが可能になります。
はじめに
ほぼすべての電子回路には電源が必要です。そのため、多くの設計技術者はそれらの回路に電力を供給するための最適な電源ソリューションを構築する必要があります。その作業を簡素化するために、長年にわたって多種多様な設計ツールが開発されてきました。一般的に言えば、それらは電源システムの設計ツール、電源設計用の計算ツール、デジタル電源用の設定ツール、回路シミュレーション・ツール、ハードウェアの評価用ツールの5つに分類できます。これらのツールはそれぞれ異なる機能を備えており、ハードウェア設計者の作業を簡素化することに貢献します。以下では、各カテゴリのツールについて詳しく解説していきます。
電源システムの設計ツール
最初に取り上げるのは電源システムの設計ツールです。この種のツールは、システムで使用する電源のアーキテクチャの設計に役立ちます。ほとんどの電子システムは、複数の電源を必要とします。恐らく、5種類以上の異なる電源が必要になることが多いでしょう。アナログ・デバイセズは、電源システムの設計ツールとして「LTpowerPlanner®」を提供しています。このツールでは、システムで使用する様々な電力変換ブロックから成るシンプルなツリー構造(パワー・ツリー)を作図します(図1)。その作成/変更は、使いやすいGUI(Graphical User Interface)によって実施できます。各電力変換ブロックには、想定される電力変換効率の値を設定可能です。それにより、マウスを数回クリックするだけで、電源アーキテクチャ全体の効率を計算できます。図1に示した電源アーキテクチャの場合、全体の効率は86.3%になるという計算結果が示されています。
LTpowerPlannerは、電源のアーキテクチャに関する基本的な意思決定を支援します。主要な作業は、許容可能なトータルの電力変換効率を実現するために、それぞれに効率の異なるDC/DCコンバータを順次選択していくというものになります。また、シーケンスや必要な機能などシステム・レベルの要件を決定した上で、その内容を記録しておくことも可能です。
電源設計用の計算ツール
LTpowerPlannerを使用し、特定のアプリケーションに適した電源システムのアーキテクチャを決定したとします。次に行うべきは、個々のDC/DCコンバータに注目し、必要な回路の設計と最適化を実施することです。このステップに最適なツールとしては「LTpowerCAD®」が挙げられます。このツールは、アナログ・デバイセズのウェブサイトから無料でダウンロードすることが可能です(LTpowerPlannerも同梱されています)。必要なファイルをダウンロードしたら、ユーザのローカルPCにインストールしてください。ネットワークへの接続が必要になるのは、LTpowerCADのアップデートを実行する場合とインダクタのコア損失を正確に計算したい場合だけです。LTpowerCADをインストールして起動したら、まずはパラメトリック検索ウィンドウを使用することになるでしょう。これを使用すれば、既存のパワー・コンバータICの中から仕様に合致するものを選択できます。そのためには、同ウィンドウにおける検索条件として、入力電圧範囲、必要な出力電圧、出力電流を設定します。それらに加え、パワー・グッド・ピンの有無、周波数同期の可否、デジタル・インターフェースの有無といった特定の要件も検索条件として使用できます。必要な情報を入力したら、それらの条件に合致するICのリストが表示されます。そのリストの中からいずれか1つを選択すると、設計ウィンドウが開いて外付けコンポーネントの推奨値が提示されます。それらの値に応じ、コンデンサやインダクタを選択します。複数のベンダーが提供しているインダクタ製品やコンデンサ製品の長大なリストが表示されるので、それらの中から必要なものを選んでください。選択したコンポーネントの情報は、最適化を図った回路の特性を計算する際に利用されます。例えば、DC/DCコンバータの回路全体としての効率や、安定性を確認するための特性、パワー・コンバータの入力側/出力側に追加すべきフィルタリングの要件などを計算に基づいて明らかにします。
なお、LTpowerCADを使用している際、選択したコンポーネントの値が回路に関する計算結果よりもはるかに大きかったり小さかったりする場合には警告メッセージが表示されます。
図2に示したのは、LTpowerCADのメインのウィンドウです。これは設計を最適化するために使用します。黄色のフィールドにはツールによって計算された値が表示されます。青色のフィールドには値を入力することが可能です。このツールを使うことにより、スイッチング電源の回路設計が容易になります。
続いて、LTpowerCADが備える特筆すべき機能を紹介します。それは電磁干渉(EMI)の対策に用いるフィルタを設計するためのツールです。このツールには、LTpowerCADのメインのウィンドウ(図2の回路図が表示されている画面)からアクセスできます。すると、図3に示すフィルタ設計専用のウィンドウが開きます。このツールを使用すれば、伝導EMIに関する特定の規格を満たすために、電源の入力部にEMI対策用の特別なフィルタ(以下、入力EMIフィルタ)を適用する必要があるか否かを判断できます。規格の例としては、CISPR 22/CISPR 32、CISPR 25、MIL-STD-461G(エミッション)などが挙げられます。このフィルタ設計ツールを使用すると、パワー・コンバータ自体のエミッションのプロットが得られます。その上で、伝導エミッションを許容レベルまで減衰させるために適した入力EMIフィルタを提案してくれます。それだけでなく、同フィルタの伝達関数(フィルタの減衰量)とインピーダンスのプロットを表示することも可能です。入力EMIフィルタのインピーダンスは、DC/DCコンバータと同フィルタを組み合わせた場合の安定性を確保する上で非常に重要な意味を持ちます。
デジタル電源用の設定ツール
次に取り上げるのはデジタル電源用の設定ツールです。デジタル電源と表現していますが、もちろん1と0の組み合わせだけで負荷に電力を供給できるわけではありません。ここで言うデジタル電源とは、豊富なデジタル機能(デジタル回路)を備えるパワー・コンバータICのことです。それらのデジタル回路は、電源回路のパラメータの制御、電源の動作に関する情報の読み出し(テレメトリ)を可能にします。また、制御ループ全体をデジタル領域で実行できるようにする回路も存在します。信号を迅速かつ正確にデジタル化するには高い能力が必要ですが、それによって制御ループをデジタル的に適応させる機能が実現されます。
デジタル電源を評価するには、ソフトウェア・ツールが必須だと言えます。そうしたツールにより、デジタル電源との間で通信を実行し、ステート・マシンをベースとするデバイスに対して様々な設定を適用するということです。アナログ・デバイセズは、この種のツールとして「LTpowerPlay®」を提供しています(無償でダウンロード可能)。これを使用すれば、GUIベースの操作によってデジタル電源を完全に制御できます。通常、同ツールはUSB-I2C(PMBus®)のインターフェースを介してハードウェアとの通信を実現します。図4に、LTpowerPlayのメインのウィンドウを示しました。このウィンドウを使えば、様々な設定を選択したり、ポーリングによって得た電源からの情報を表示したりすることができます。
LTpowerPlayをシミュレーション・モードで使用すれば、ハードウェアが接続されていない状態でもスタンドアロンのシステムとして実行することが可能です。この機能を活用すれば、長大なデータシートを読むために多くの時間を費やすことなく、デジタル電源ICについて迅速に理解を進めることができます。
回路シミュレーション・ツール
市場には、数多くの回路シミュレーション・ツールが提供されています。なかでも非常に広く使われているツールの1つが「LTspice®」です。LTspiceはSPICEの機能を網羅する回路シミュレータです。それだけでなく、直感的な操作で回路図を入力できる作図ツール、シンボルの作成機能、波形ビューワなども備えています。無償提供されているものですが、非常に高度なツールだと言えます。LTspiceを使用すれば、あらゆる回路のシミュレーションを実施できます。ただ、スイッチング電源のシミュレーションについては特別に最適化が図られています。そのため、他のSPICEシミュレータと比べてスイッチング電源のシミュレーションを高速に実行できます。新たな機能が絶えず追加されていることや、継続的に実行速度の改善が図られていることもLTspiceの特徴です。
回路シミュレーション・ツールをLTpowerCADなどの計算ツールと併用すると大きな効果が得られます。回路シミュレーション・ツールを使用すれば、より柔軟に回路に変更を加えることができます。例えば、フィルタなどの回路を追加した状態でシミュレーションを実施するといった具合です。また、複数の電源を1つの大きなシステムとして統合した状態で、各電源が相互に与える影響を確認したりすることも可能です。
LTspiceのバージョン17.1では、周波数応答解析(FRA:Frequency Response Analysis)の機能が導入されました。それにより、電源の制御ループのボーデ線図を迅速かつ容易に生成できるようになりました。また、LTspiceのバージョン24では、FRA用の特殊なプローブ機能が追加されました。これを使用すれば、制御ループの一部の伝達関数を対象としたプロットを生成できます。更に、LTspiceのバージョン24.1.8では、標準的なボーデ線図だけでなくナイキスト線図をプロットする機能も追加されました。図5は、LTspice上に表示したシミュレーション用の回路図です。この例では、絶縁型のDC/DCコンバータを取り上げています。

アナログ・デバイセズは、LTspice以外の回路シミュレーション・ツールとして「SIMPLIS®」もサポートしています。同ツール向けの多くのデバイス・モデルも用意しています。SIMPLISのノード制限バージョンは、アナログ・デバイセズのウェブサイトから無償ダウンロードできるシミュレーション・ツール「EE-Sim OASIS」に含まれています。SIMPLISは、区分線形システムをベースとするシミュレーション・ツールです。このことから、スイッチング電源のシミュレーションを非常に高速に実行できます。EE-Sim OASISのシミュレーション環境は、SIMPLISをはじめとするオフラインで使用可能なアナログ・シミュレータをサポートしています。
ハードウェアの評価用ツール
回路に関する計算やシミュレーションは有用かつ重要なタスクです。しかし、パワー・マネージメントを対象とした最先端の開発ツール群を活用するだけで設計が完了するわけではありません。事前に十分な検討/検証を行った場合でも、実際にハードウェア回路を構築して実測評価を実施することが重要です。本稿で紹介したツール群を使用して回路を適切に設計すれば、ハードウェアの評価にかかる時間は短縮されるでしょう。それでも、評価作業には多大な時間を要することは間違いありません。そこで、その時間を短縮するために、アナログ・デバイセズは「LTpowerAnalyzer」の提供を開始しました。これは、電源の評価を迅速に進めるためのハードウェア環境です。その一連のハードウェアは「ADALM2000」を介してPCに接続することができます(図6)。ADALM2000はポケット・サイズのアクティブ・ラーニング・モジュールです。このモジュールは、オシロスコープの機能や信号発生器の機能を備えています。また、ADALM2000によってLTpowerAnalyzerを制御することも可能です。図6の例では、評価の対象となるスイッチング電源のボードにLTpowerAnalyzerを接続しています。
LTpowerAnalyzerを使用すれば、電源のボーデ線図をプロットできます。最大100Aの負荷の変化を対象とした負荷過渡応答の試験を行うことも可能です。更に、電源の出力インピーダンスのプロットも生成できます。この情報は、その電源が複雑な負荷(誘導性または容量性)に対応可能か否かを確認する際に役立ちます。
LTpowerAnalyzerは、アナログ・デバイセズのウェブサイトで手ごろな価格で購入できます。また、LTpowerAnalyzerには非常に直感的に使用できるソフトウェアが付属しています。これをLTpowerCADと連携させれば、ボーデ線図の計算結果を実際のハードウェアの測定結果と比較することが可能です。つまり2つのプロットを1つのプロット・ペイン・ウィンドウに表示して、計算値と実測値を比較できるということです。図7に示したのは、LTpowerAnalyzerのソフトウェアの実行画面です。実測に基づくボーデ線図が表示されていることがわかります。
まとめ
スイッチング電源を開発する際に最新のツールを利用すれば、設計作業が大幅に簡素化されます。最適化を実施するための様々な工程が自動化されると共に、その過程を通して明確かつ簡潔に重要な情報が表示されます。各種のツールを活用すれば、パワー・マネージメントの専門家だけでなく、メインの回路の設計を担当する技術者でも、重要な意思決定を行いながら電源を開発することが可能になります。しかも、本稿で紹介したツールのほとんどは無償で提供されています。つまり、投資に関する意思決定を経ることなく、非常に有用なツールを簡単に使い始められるということです。






