完全自律型のシステムであふれる未来は、もはや夢物語ではなくなってきました。それに向けての課題としては、自律性の実現に必要な基盤技術とその進化が挙げられます。特に、光による物体の検出と測距を実現するLIDAR(Light Detection and Ranging)は、自律型アプリケーションを支えるものとして大きな注目を集めています。実際、100mを超える測距範囲と0.1°の角度分解能を実現するLIDARシステムは、常に自律走行技術に関する話題の中心にあります。しかし、すべての自律型アプリケーションにそのレベルの性能が必要になるわけではありません。例えば、駐車支援や道路掃除のアプリケーションには、そのような性能は不要です。それらのアプリケーションは、LIDARではなく、レーダー(電波による検出と測距)、ステレオ・ビジョン、超音波などの深度検出技術を使うことでも実現できます。ただ、それぞれのセンサーには、性能、フォーム・ファクタ、コストについて固有のトレードオフが存在します。超音波に対応するデバイスは最も安価ですが、測距範囲、分解能、信頼性の面で限界が存在します。レーダーは測距範囲と信頼性が大幅に向上していますが、角度分解能に限界があります。ステレオ・ビジョンは、演算処理で発生するオーバーヘッドが大きく、適切に校正されていない場合には、精度の面で限界が生じる可能性があります。十分な考慮を重ねた上でLIDARシステムを設計すれば、長い距離を対象とする場合でも、高精度の深度検出、高い角度分解能、複雑さを抑えた処理によって、各センサーが抱える課題を解決できるはずです。しかし、一般に、LIDARシステムはサイズが大きくなることに加えて、多くのコストがかかると見なされています。そのような認識は果たして正しいのでしょうか。
LIDARシステムの設計は、システムで検出する必要がある最小の物体は何か、物体の反射率の値はいくつか、その物体はどれくらい離れた場所に位置するのかということを特定することから始めます。その結果、システムに求められる角度分解能が決まります。それを基に、達成可能な最小のS/N比を算出することができます。このS/N比は、物体の検出における真/偽(正/負)判定の基準になります。
設計上のトレードオフを適切に行うには、知覚環境や情報量について理解しなければなりません。それにより、コストと性能の両方を考慮した最適なソリューションを開発することが可能になります。例として、時速100kmで道路を走行する自律走行車について考えてみます。つまり、時速6kmで倉庫などを移動する自律型ロボットよりもはるかに高い速度に対応しなければならないアプリケーションです。時速100kmで車両が走行している場合には、同じ速度で逆方向に走行している別の車両について考慮することが重要であるかもしれません。知覚システムにとって、逆方向に進む車両は時速200kmの相対速度で接近している物体に相当します。ここでは、最長200mの距離に対応して物体を検出できるLIDARシステムを考えます。その場合、200m離れた場所では、わずか1秒の間に車両と物体の距離が25%近づくことになります。強調しておきたいのは、車両の速度(または物体までの非線形な接近速度)、制動距離、回避行動に伴うダイナミクスには、どのような状況においても特有の複雑さが存在するということです。一般に、高速に対応しなければならないアプリケーションには、より長い距離に対応できるLIDARシステムが必要になります。
LIDARシステムの設計においては、分解能も重要な性能の1つとなります。角度分解能が高いLIDARシステムであれば、単一の物体から複数のピクセルに対応する反射信号を受信することができます。図1に示すように、距離が200mである場合、1℃の角度分解能は1辺が3.5mのピクセルに変換されます。このサイズのピクセルは、検出する必要がある多くの物体よりも大きいので、いくつもの課題が生じます。例えば、この種のシステムでは、S/N比と検出能力を向上するために空間的平均化がよく使われます。しかし、1つの物体に対して1ピクセルのデータしか存在しないのであれば、処理のしようがありません。また、仮に物体を検出したとしても、その大きさを予測するのは不可能です。がれき、動物、標識、バイクなど、いずれも3.5mより小さいはずです。一方、角度分解能が0.1°のLIDARシステムでは、ピクセルが1/10の大きさになります。そのため、200m離れた場所にある平均的な幅の自動車においては、隣接する約5つの反射信号を測定することができるはずです。ほとんどの自動車は高さよりも幅のほうが広いので、そのLIDARシステムでは、自動車とバイクを区別できる可能性があります。
物体を安全に乗り越えられるかどうかを判定できるようにするためには、方位角方向に比べて仰角方向の分解能をかなり高くしなければなりません。例えば、自動掃除ロボットがゆっくりと移動し、背は高いけれど幅はテーブルの脚のように狭い物体を検出しなければならないケースがあったとします。その場合、要件はどのようになるか想像してみてください。
移動距離と移動速度が決まり、対象物と性能に対する要件を規定できたら、LIDARシステムのアーキテクチャを決定することができます。採用する方式としては、スキャンニング、フラッシュ、ToF(Time of Flight)、波形のデジタル化など、多くの選択肢が存在します。それらのトレードオフについては、本稿の対象範囲を超えるのでここでは触れません。いずれのアーキテクチャを選択した場合でも、アナログ・デバイセズはそれに対応可能な製品群を提供しています。例えば、図2において青色で示したシグナル・チェーン製品やパワー・マネジメント製品を用意しています。LIDARシステムを設計する際には、フォーム・ファクタやコストなど、様々な制約に向き合わなければならないでしょう。その際に利用可能な構成要素を豊富な製品群の中から選択することができます。
「AD-FMCLIDAR1-EBZ」は、LIDARシステムのプロトタイピング用プラットフォームです(図3)。高性能の開発キットであり、波長が905nmのパルス光を用いる直接ToF法に対応しています。このシステムを使用すれば、1Dのスタティック・フラッシュ構成を備えたロボットや、ドローン、農業用/建設用装置、ADAS/AVのプロトタイピングを迅速に行うことができます。このリファレンス設計に採用している製品は、パルス光を使用した長距離の測定に対応可能なLIDARアプリケーションを対象としています。このシステムには、4A出力の高速デュアルMOSFETを駆動するドライバIC「ADP3634」を採用しています。それらによって、波長が905nmのレーザ光源を駆動します。また、16チャンネルのアバランシェ・フォトダイオード(APD)アレイ(First Sensor製)に対する給電は、プログラマブルなDC/DCコンバータ「LT8331」によって行います。トランスインピーダンス・アンプ(TIA)としては、低ノイズ、広帯域幅、4チャンネルの「LTC6561」を複数個使用しています。A/Dコンバータ(ADC)としては、8ビットの分解能、1GSPSの動作に対応する「AD9094」を採用しています。同ADCの消費電力は、1チャンネルあたりわずか435mWです。帯域幅やサンプリング・レートは、いずれ拡張しなければならなくなることがあるでしょう。そうすれば、システム全体のフレーム・レートを向上して測距精度を高めることができるからです。その際、熱の放散を抑えられれば、熱的/機械的な設計が簡素化されてフォーム・ファクタを縮小できます。したがって、各コンポーネントの消費電力を最小限に抑えることも重要です。
距離や深度の測定精度は、ADCのサンプリング・レートに関連づけられます。測距の精度が高ければ、物体がどの程度離れた位置にあるのか正確に把握することが可能です。このことは、駐車や倉庫における物流など、狭い場所での移動を必要とするユースケースで非常に重要になる可能性があります。また、時間の経過に伴う距離の変化を基に速度を計算することも可能です。このユースケースでは、多くの場合、更に高い測距精度が必要になるはずです。直接ToF法のような閾値を利用する単純なアルゴリズムでは、達成できる測距精度はサンプリング周期が1ナノ秒の場合で15cm程度です。これは、1GSPSのADCを用いた場合の値です。速度は、cを光速、dtをADCのサンプリング周期とすると、c(dt/2)で計算することができます。但し、ADCを使用する場合、補間などのより高度な手法を適用することで測距精度を高められます。おそらく、測距精度はS/N比の平方根程度向上させることが可能です。最高の性能が得られるデータ処理アルゴリズムとしては、整合フィルタ(matched filter)が挙げられます。その後に補間を適用してS/N比を最大化することで、最高の測距精度が得られます。
もう1つ、LIDARシステムの設計に役立つツールとしては、「EVAL-ADAL6110-16」が挙げられます。これは高度な構成が可能な評価用システム(リファレンス設計)です。対象にしているのは、衝突の防止、高度な監視、ソフト・ランディングなど、物体をリアルタイム(65Hz)に検出/追跡する必要があるアプリケーションです。シンプルでありながら構成が可能であり、フラッシュ方式の2D LIDAR深度センサーとして機能します。
この評価用システムには、方位角方向に37°、仰角方向に5.7°の視野(FOV:Field of View)を実現する光学系を採用しています。平均的な成人は方位角方向に0.8m、仰角方向に2mというサイズに収まります。方位角方向に対応する16ピクセルのリニア・アレイでは、20mの距離におけるピクセル・サイズが0.8m×2mというサイズに相当します。先述したように、光学系についてはアプリケーションごとに異なる構成が必要になるケースがあります。この評価用システムに採用している光学系がアプリケーションの要求を満たしていない場合には、プリント回路基板を筐体から取り外して、新たな光学系の構成に容易に組み込むことができます。
この評価用システムの中心には、アナログ・デバイセズのLIDAR向け信号プロセッサ(LSP)「ADAL6110-16」があります。このプロセッサは16チャンネルを備えており、消費電力が少ないことを特徴の1つとします。対象とする領域に光を照射するタイミングを制御する機能、受信した信号をサンプリングするタイミングを制御する機能、捕捉した信号をデジタル化する機能を備えています。また、高感度のアナログ・ノードを集積しているので、ノイズ・フロアを低減することができます。実際、RMSノイズが支配的になる可能性がある条件下で、同様の設計パラメータを備える個別製品を使ってシグナル・チェーンを実装する場合と比べて優れた性能を発揮します。具体的には、システムによって非常に小さい反射信号を捕捉することが可能になります。シグナル・チェーンを集積していることから、LIDARシステムの小型化、軽量化、低消費電力化を実現することができます。
この評価用システムでは、システム・ソフトウェアを使うことにより、測定を実行するために高速に起動して測距システムとの連動を開始することができます。評価用システムは、USBを介して5Vの単一電源を供給することにより、完全にスタンドアロンで動作します。また、付属のロボットOSドライバを使用すれば、自律型のシステムに簡単に組み込めます。ヘッダ用のコネクタを作製するだけで、ロボットや車両とのインターフェースを確立し、利用可能な4種類のプロトコル(SPI、USB、CAN、RS-232)のうち1つを使って通信を実施することが可能です。このリファレンス設計は、各種のレシーバー技術やエミッタ技術に応じて変更することもできます。EVAL-ADAL6110-16とADAL6110-16の詳細については、analog.com/jp/LIDARをご覧ください。
上記のとおり、EVAL-ADAL6110-16のレシーバー技術は、各種の構成に対応するよう変更することができます。同評価用システムには、16素子のフォトダイオード・アレイ(浜松ホトニクスの「S8558」)が付属しています。表1に、2種のフォトダイオード製品における焦点距離とピクセルのサイズの関係を示しました。これらは有効ピクセル・サイズに基づいており、焦点距離が20mmのレンズの場合、ピクセルのサイズは0.8mm×2mmになります。例えば、有効面積が0.6mm×0.6mmのフォトダイオード(OSRAM Opto Semiconductorsの「SFH 2701」など)を用いてボードを再設計した場合、ピクセルのサイズに基づいてFOVが変化します。そのため、同一の距離に対するピクセルのサイズは大きく異なることになります。
ピクセルのサイズと焦点距離の関係 | |||||
光学FOV | 選択した理由 | 20 mm | 40 mm | 60 mm | |
S8558(浜松ホトニクス)を使用した場合 |
37°× 5.7° |
20mの距離で平均的な人を検出 | 0.8 × 2 | 1.6 × 4 | 2.4 × 6 |
SFH 2701(OSRAM)を16ピクセル使用した場合 | ピクセルの配置によって異なる | ピクセルのサイズは5mの距離で2リットルの水筒2本分 | 0.6 × 0.6 | 1.2 × 1.2 | 1.8 × 1.8 |
例として、寸法が2mm×0.8mmのピクセルが16個、直線上に配置されているS8558について確認してみましょう(図5)。
焦点距離が20mmのレンズを選択した場合、垂直方向と水平方向における1ピクセルあたりのFOVは、図6に示すように、基本的な三角法を使って計算することができます。もちろん、レンズを選択する際には、収差補正や像面湾曲など、より複雑な要素について検討が必要になることもあります。しかし、このような分解能の低いシステムの場合、通常は簡単な計算で十分です。
1×16ピクセルのS8558で得られるFOVを活用すれば、自律走行車における物体の検出や衝突の防止といったアプリケーションを実現できます。あるいは、倉庫のような制約がある環境で稼働するロボットのSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)を実現することも可能です。
現在、アナログ・デバイセズは独自アプリケーションとして、システムの周囲に存在する物体を検出するための4×4の格子状アレイの構成も開発中です。大型バスやキャンピング・カーの周囲にそのLIDARシステムを取り付けることで、車両の近くを注意が散漫な人が歩いている場合に運転手に対して警告を発することができます。このシステムの場合、人が歩いている方向を検出することが可能です。そのため、人や自転車にぶつからないように、車両を停止させたり、クラクションで注意喚起したりするよう運転手に対してアドバイスすることができます。
すべてのアプリケーションにおいて、0.1°の角度分解能と100mの測距範囲が必要になるわけではありません。LIDARシステムを設計する際には、そのアプリケーションで本当に必要になることについて時間をかけて検討すべきです。それにより、対象とする物体の大きさ、反射率、物体までの距離、自律システムの移動速度といった重要な基準を明確に定義します。そうすることで、部品の選定に関する重要な情報が得られます。その情報は、システムに必要な機能に対して最適な性能とコストのバランスが取れるよう設計するために使用します。このような手順を経ることにより、適切な設計が行える見込みが高まります。