概要
本稿のテーマとして取り上げるのはオン/オフ・コントローラICです。アナログ・デバイセズが提供する製品は、消費電力が少なく、フットプリントが小さく、静電放電(ESD:Electro Static Discharge)耐性が高いという特徴を備えています。また、「バッテリ・フレッシュネス・シール」として使用することもできます。この種のICを採用すれば、運用時のエネルギー効率が高いだけでなく、製造に関連するエネルギーも節約可能な製品を設計できます。
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、人々の生活に様々な変化をもたらしました。そうした変化の1つは、オンライン・リソースへの依存度が非常に高くなったことです。ハイブリッド型の暮らしが浸透した結果、以前にも増して電子システムが活用されるようになりました。一方で、エレクトロニクス企業は、サステナビリティの実現に向けた取り組みを進めることを迫られています。その基盤になっているのは、国際連合(UN:United Nations)の「Transforming Our World: the 2030 Agenda for Sustainable Development(我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)」です1。実際、エレクトロニクス企業が提供する電子システムでは、効率がより重視されるようになっています。必要なのは、製品が現場で運用される際のエネルギー効率を改善することだけではありません。そうではなく、製造に関連するエネルギー効率も高められるソリューションが求められています2。
エネルギー効率の向上を後押しするオン/オフ・コントローラ
サステナビリティに関する目標を達成するためには、資源の効率的な利用が不可欠です1。そのための手段としては様々なものが考えられます。最も単純な方法は、使用していない電子機器の電源を切ることにより、無駄なエネルギーが消費されるのを防ぐというものです。ただ、ここではもう1つの有効な手法に注目することにします。それは、消費電力を削減するためのメカニズムを実装することで、効率と信頼性に優れる製品を実現するというものです。
上記の目標を達成するには、どうすればよいのでしょうか。そのための手段としては、オン/オフ・コントローラICを活用する方法が考えられます。特に、バッテリ・フレッシュネス・シールとして使用できるものが有力な候補になります。その種のコントーラを適用することにより、未使用の回路全体をバッテリから切り離すということです。そうすれば、バッテリの寿命の延長と消費エネルギーの節減という成果が得られます3。また、このような制御を行えば、製品の品質保持期間を引き延ばすことができます。加えて、スタンバイ時の消費電力が最小限になり、バッテリの無駄な放電を抑えられます。つまり、エネルギーの浪費を解消できるということです。
上記のとおり、アナログ・デバイセズのオン/オフ・コントローラを使用すれば、エネルギーを節約できます。以下、同コントローラの特徴である動作モード、内蔵機能、堅牢性の高さなどについて解説します。
エネルギーの節約に役立つ2つのモード
民生用の電子機器を購入した際、よく遭遇する問題があります。それは、その時点におけるバッテリの充電レベルが低いことによって発生します。つまり、バッテリを充電したり、交換したりしなければ、その機器を使用できないということです。これは、エネルギー資源の観点から見れば効率に問題があると言えます。それだけでなく、ユーザ・エクスペリエンスを低下させることにもつながります。
バッテリ駆動の機器の中にも、この問題が発生しない効率的な製品は存在します。そうした機器の多くは、電力損失の少ない回路を採用しているはずです。あるいは、バッテリ・フレッシュネス・シールが適用されていることもあるでしょう。図1の回路は、オン/オフ・コントローラICによってバッテリ・フレッシュネス・シールの機能を実現した例です。この回路は、プッシュボタンなどによってイネーブル信号を印加することによって通常の動作に移行します。それまでは、下流の回路にバッテリが接続されることはありません。それにより、バッテリの放電を防ぎます3、4。この回路の動作は、一般的には出荷モードまたはスタンバイ・モードと呼ばれています。より一般的なのはスタンバイ・モードの方です。出荷モードというのは、特に製品が最初に使用される前の期間に対して使われる用語です。
但し、バッテリ・フレッシュネス・シールを使用しても、バッテリの放電を完全に防ぐことはできません。つまり、システムの効率に影響が及びます。どれだけのエネルギーが消費されるのかは、スタンバイの状態における回路の消費電力に依存します。言い換えれば、消費電力が最小のコンポーネントを選択/使用すれば、この問題を解決できる可能性があります。図1の回路では、バッテリ・フレッシュネス・シールの機能を備えたプッシュボタン・コントローラとして「MAX16169」を使用しています。この製品の場合、定格のスタンバイ電流はわずかnAのレベルにすぎません。このような製品を選択して回路を構成することが重要です。
図1の回路においてプッシュボタンが押されると、負荷にバッテリが接続されます。この例の場合、マイクロコントローラ(MCU)、SD(Secure Digital)モジュール、GPSモジュールがバッテリの負荷になります。ここで、オン/オフ・コントローラとして「MAX16163/MAX16164」のようなスリープ・モードを備える製品を採用すれば、バッテリの寿命を更に引き延ばすことができます。そのスリープ・モードでは、システムを一定の時間オンにした後、またオフにするという動作が繰り返されます。それにより、システム内のデバイスが周期的にウェイク・アップし、タスクを完了した上でスリープ・モードに戻ります。この機能は、デバイスが断続的にしか動作しないワイヤレスの監視アプリケーションにおいて特に有効です5。多くのIoT(Internet of Things)アプリケーションがこれに該当するでしょう。スタンバイ時の消費電力を低減すれば、全体的な効率が改善されます。図2は、スリープ・モード(SLEEP_TIMERステート)において消費電力が減少する様子を表したものです。システムがバッテリに接続されるときにアクティブ・ステートに移行します。
ICソリューションによる非物質化
プリント基板の製造には、責任を持ってリソースを管理することが不可欠です6。それには、電源に使用するコンポーネントをより少なく、より小さく、より軽くするための非物質化(Dematerialization)の対策が含まれます2。複数の機能を1つのパッケージで提供するコンポーネントを選択し、基板上のフットプリントを減らすことが重要です。それにより、最終製品を製造する際に消費されるエネルギー量を削減することができます。図3に示したのは、オン/オフ・コントローラであるMAX16169とMAX16163/MAX16164のブロック図です。いずれのICも、負荷スイッチ(ロード・スイッチ)とプッシュボタン・デバウンサの機能を備えています。また、MAX16163/MAX16164はタイミング機能も内蔵しています。MAX16169と同様の回路ブロックから成る製品の例としては「MAX16150」があります。
続いて、図4をご覧ください。これは、ICソリューションを採用することによって得られる効果について説明したものです。従来のディスクリート型のソリューションも、ディープ・スリープ・モードと出荷モードに対応しています。そのためには、リアルタイム・クロック、負荷スイッチ、プッシュボタンに対応するコントローラを使用する必要がありました。それに対し、ICとして提供されるMAX16163/MAX16164を採用すれば、ソリューションのサイズを60%縮小することができます。それだけでなく、同じ機能に対応するバッテリの寿命を20%延長することが可能です5。
ESD耐性の高いICがシステム・レベルの堅牢性を高める
過酷な環境においてもシステムの信頼性を確保できるようにするには、どうすればよいでしょうか。そのために必要な対策はいくつもあります。なかでも不可欠だと言えるのが、ESD保護用の回路を内蔵したICを採用することです。システムを構成する回路は、連続的かつ安定した状態で動作する必要があります。そのためには、外部からのサージに対する適切な保護を実現しなければなりません7。通常、システムの設計者はESDの試験方法について検討する必要があります8。コンポーネントのレベルでは、人体モデル(HBM:Human Body Model)のESD試験について検討することになるでしょう。一方、システムのレベルでは、IEC 61000-4-2で規定されたモデルをベースとするESD試験について検討します。
コンポーネント・レベルのESD試験は、使用するICが製造工程に耐えられることを保証するために実施されます。HBMは、帯電した人体がICに触れるケースを想定したものです。破壊的なレベルのESDがICを介してグラウンドに放電される状況をシミュレートします。一方、システム・レベルのESD試験では、実際のアプリケーションにおいて、様々な条件下で生じる過渡的な事象にデバイスが耐えられることを確認します。過渡的な事象の例としては、雷などが考えられます。IEC 61000-4-2のESD規格では、現実の過渡的な条件をシミュレートするための厳格な試験が定義されています。求められる要件を満たすためには、発売する製品を対象としてその試験を実施しなければなりません。HBMのESD試験とIEC 61000-4-2のESD試験のいずれにおいても、帯電した人体から電子システムへの放電をシミュレートします。ただ、IEC 61000-4-2で定められたシステム・レベルのESD試験は、いくつかの点でコンポーネント・レベルのESD試験とは異なります8。
表1は、HBMのESD試験とIEC 61000-4-2のESD試験を比較したものです。ご覧のように、IEC 61000-4-2のESD試験のピーク電流は、HBMのESD試験と比べて約5.6倍であることがわかります。印加回数については、コンポーネント・レベルのHBMの試験では、正側で1回、負側で1回の印加しか行いません。それに対し、IEC 61000-4-2のシステム・レベルの試験では、正側で最少10回、負側で最少10回の印加を行います。つまり、ICもこのような試験に耐えなければなりません8。システムがIEC61000-4-2の特定の規格を満たすようにするには、それよりもはるかに厳しいHBMの試験に合格したコンポーネントの採用を検討するべきです。例えば、MAX16150はHBMのESD試験で言えば±15kVに対応できます。これを採用すれば、IEC 61000-4-2のESD試験において±2kVに対応できる可能性があります。同様に、MAX16163/MAX16164やMAX16169は、HBMのESD試験で言えば±40kVに対応できます。それらをシステムで使用した場合、IEC 61000-4-2のESD試験では±6kVまでに対応できる可能性があります。
印加電圧〔±kV〕 | HBMのピーク電流〔A〕 | IEC 61000-4-2のピーク電流〔A〕 |
2 | 1.33 | 7.5 |
4 | 2.67 | 15.0 |
6 | 4.00 | 22.5 |
8 | 5.33 | 30.0 |
10 | 6.67 | 37.5 |
15 | 10 | 56.25 |
40 | 26.67 | 150 |
ESD耐性が高いほど、過酷な環境においても堅牢性を発揮できるということになります。つまり、現場での運用を中断しなければならない可能性を最小限に抑え、システムの信頼性を高められるということです。それだけでなく、障害の発生確率が低減され、コンポーネントの交換を回避できる可能性も高まります。本稿で紹介したアナログ・デバイセズのオン/オフ・コントローラは、バッテリ・フレッシュネス・シールの機能を提供します。それに加えて、すべてのピンにESD保護のための構造が適用されています。そのため、取り扱い時や組み立て時に発生するESDに耐えられます。また、スイッチ入力の部分には、より強力な保護手法が適用されています。そのため、HBMの厳しいESD規格にも合格しています。これらの製品を採用すれば、IEC 61000-4-2に準拠するシステムの設計に対応することが可能になります。
まとめ
電子機器の開発に携わる企業は、エネルギー効率の向上に向けて継続的な取り組みを行っています。効率の向上を図るためには、工場での製造から現場での運用までにわたり、エネルギーの浪費を回避できるようにしなければなりません。これを実現するには、適切なコンポーネントを選択してシステムに適用する必要があります。本稿では、このような要件に対応するための製品をいくつか紹介しました。それがプッシュボタンに対応可能なオン/オフ・コントローラICです。特に、バッテリ・フレッシュネス・シールとして使用できる製品を採用すれば、より大きな効果が得られます。また、スタンバイ・モードとスリープ・モードを備える製品であれば、エネルギーの浪費を更に抑えることができます。ICが内蔵する機能を最大限に活用すれば、製造時の消費エネルギーと基板上のフットプリントを削減することが可能になります。更に、ESD耐性に優れる製品を採用すれば、現場でシステムを運用する際の堅牢性を高められます。
参考資料
1 「Transforming Our World: the 2030 Agenda for Sustainable Development(我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)」 国際連合(UN:United Nations)
2 Anthony Schiro and Stephen Oliver「Wide Bandgap Power to Electrify Our World for a Sustainable Future(サステナブルな未来に向けて世界を電化するワイド・バンドギャップ電力)」IEEE Power Electronics Magazine、Vol. 11、No. 1、2024年3月
3「Preserve and Seal in Battery Freshness(バッテリ・フレッシュネスの維持、そのためのシール)」Analog Devices、2020年7月
4 「Supervisory Circuits Keep Your Microprocessor Under Control(マイクロプロセッサを制御するための監視回路)」Analog Devices、2022年4月
5 Suryash Rai「How to Greatly Improve Battery Power Efficiency for IoT Devices(IoTデバイス用のバッテリの電力効率を大幅に改善する方法)」Analog Devices、2023年3月
6「Design for Sustainable Consumer Electronics: PCB Materials and Supply Chain Management(サステナブルな民生用電子機器の設計 - プリント基板の材料とサプライ・チェーンの管理)」Cadence PCB Solutions
7 Sang-Wook Kwon、Seung-Gu Jeong、Jeong-Min Lee、Yong-Seo Koo「Design of Destruction Protection and Sustainability Low-Dropout Regulator Using an Electrostatic Discharge Protection Circuit(ESD保護回路を適用したLDOレギュレータの設計、回路の保護とサステナビリティを実現する)」Sustainability、2023年6月
8 Anindita Bhattacharya「Is ±2kV HBM ESD Protection Enough for IoT Devices?(IoTデバイスのESD保護はHBMの±2kVで十分なのか?)」Semtech、2023年6月