概要
本稿では、結合インダクタを使用するSEPIC(Single Ended Primary Inductor Converter)の話題を取り上げます。具体的には、シミュレーションで活用できるよう、各種の計算式に基づいて結合インダクタの適切なモデルを構築する方法について解説します。そうした適切なモデルを使用しなければ、シミュレーションを行っても、実測結果とは全く異なる結果が得られてしまう可能性があります。
はじめに
SEPICは、昇圧動作、降圧動作の両方に対応可能なパワー・コンバータのトポロジです(図1)。つまり、入力電圧が所望の出力電圧より高くても、等しくても、低くても構いません。連続導通モード(CCM:Continuous Conduction Mode)における変換比は、以下に示すようにデューティ・サイクルの関数として表されます。
回路をシャットダウンする際、入力源から出力を切り離す必要があるアプリケーションは少なくないでしょう。そのようなアプリケーションに対し、SEPICは昇圧コンバータに勝る特徴を備えていることになります。なぜなら、SEPICの入力と出力の間にはDCパスが存在しないからです。また、SEPICはフライバック・コンバータにはない長所も備えています。それは、パワーMOSFETと出力ダイオードの電圧が、コンデンサ(図中のC1とCOUT)によってクランプされるというものです。それにより、パワーMOSFETと出力ダイオードの間に生じる電圧のリンギングを抑えられます。加えて、SEPICに必要な入力コンデンサは、フライバック・コンバータを使用する場合と比べてはるかに小さいもので済みます。SEPICの場合、インダクタ(図中のL1)が入力と直列に配置されるので、入力を流れるリップル電流が連続的なものになるからです。
入力電圧の範囲が与えられ、動作周波数とインダクタのリップル電流の値が決まったとします。そうすれば、SEPICのインダクタの値(L1、L2は独立している)を以下の式によって決定することができます。
SEPICを使用するほとんどのアプリケーションでは、2つのインダクタは1μH~100μHの範囲の同じ値に設定します。
L1 = L2として両者の導線を同じコアに巻くとすると、以下の式(3)に示す相互インダクタンスにより、式(2)のインダクタンスの値は2Lに置き換えられます。
結合インダクタ
SEPICで結合インダクタを使用するということは、ディスクリート部品の数が減るということを意味します。その結果、制御回路の複雑さが軽減され、SEPICの回路を簡素化することが可能になります。このことは、コストの削減、実装面積の縮小、小信号モデルの複雑さの大幅な緩和につながります。加えて、以下の式で決まるSEPICの共振が生じなくなるので、帯域幅を拡大することができます。
結合インダクタは優れた性能を備えています。ただ、「LTspice®」によってシミュレーションを実施したところ、インダクタの電流波形が実測結果とは大きく異なってしまうことがあります。結合インダクタのモデルが不適切なものである場合、そのような事態に陥ります。
結合インダクタを含む回路をLTspiceでシミュレーションする場合には、そのモデルについて細心の注意を払う必要があります。例えば、シミュレーション用の回路において、漏れインダクタを追加することなく、結合係数Kの値を1に設定したとします。そうすると、インダクタを流れる電流のシミュレーション結果は図2に示すような連続性に欠けるものになります。
結合インダクタのモデリング
では、結合インダクタの適切なモデルを構築するにはどうすればよいのでしょうか。まず、Kの値を1に設定する場合には、漏れインダクタを明示的に追加することが不可欠です。また、巻線構造は様々なので、2つの励磁インダクタンスの値は異なる可能性があります。そのような観点から結合インダクタのモデルを構築すると、図3のようになります。ただ、このモデルに必要なパラメータの値がインダクタのベンダーから提供されているケースは少ないでしょう。そのため、各パラメータの具体的な値を決定するためには実測評価を行う必要があります。
実測によって取得したデータに基づき、必要なパラメータの値を計算する際には以下の一連の式を使用します。
ここで、各パラメータの値を決定するためには、以下に列挙する値を実測する必要があります。
- L11:2次側を開放した場合の1次側の自己インダクタンスの値
- L22:1次側を開放した場合の2次側の自己インダクタンスの値
- L1K11:2次側を短絡した場合の1次側のインダクタンスの値
- L1K22:1次側を短絡した場合の2次側のインダクタンスの値
実際に使用した結合インダクタについて測定を行ったところ、L11は46.66μH、L22は45.78μH、L1K11は0.725μH、L1K22は0.709μHとなりました。これらの値を用いて、各パラメータの値を算出します。その結果、n12は1.011、L12は46.374μH、L1K1は0.286μH、L1K2は0.429μHとなりました。完成した結合インダクタのモデルを図4に示します。
図5に、インダクタを流れる電流の実測結果と図4のモデルを使用したシミュレーション結果を示しました。両者はよく一致していることがわかります。
結合インダクタのモデリング方法はもう1つ考えられます。それは、結合係数Kとして1以外の値を使用するというものです。その場合、図6に示すように、漏れインダクタを明示的に使用する必要はありません。
この結合インダクタのモデルを使用する場合にも、実測評価が必要になります。それにより、Kの値を算出するための情報を収集します。2ポートのパラメータの関係式を図7に示しました。
この例における測定値は、L11が46.66μH、L22が45.78μH、L1K11が0.725μHでした。そのため、Lmの計算値は45.857μH、Kの計算値は0.992になります(以下参照)。
図8に完成した結合インダクタのモデルを示しました。このモデルを使用することでも、実測結果とよく一致するシミュレーション結果が得られます。
まとめ
電源回路を設計する際には、インダクタに流れる電流の波形を確認することが不可欠です。ところが、LTspiceによるシミュレーション結果が実測結果とは大きく異なってしまうことがあります。結合インダクタのモデルとして適切なものを使用すれば、実測結果とよく一致するシミュレーション結果が得られます。
参考資料
Robert W. Erickson、Dragan Maksimović「Fundamentals of Power Electronics, 2nd edition(パワー・エレクトロニクスの基礎 第2版)」Kluwer、2001年1月