概要
本稿では、代表的なワイド・バンド・ギャップ半導体であるGaNデバイスについて解説します。特に、スイッチング電源(SMPS:Switch-mode Power Supply)のパワー・スイッチとしてGaNデバイスを使用する場合に考慮すべき事柄について詳しく説明します。また、実際の回路例をベースとして、GaN専用のコントローラICやドライバICを使用することで得られるメリットを明らかにします。更に、SMPSにおいてGaNベースのスイッチを使用する方法を理解するためのツールとして「LTspice®」を紹介します。最後に、GaN技術の将来について簡単に触れることにします。
はじめに
SMPSにおいては、ワイド・バンド・ギャップ半導体が利用されるケースが増えています。ワイド・バンド・ギャップ半導体は比較的新しいデバイスだと言えます。将来の設計でその種の半導体を利用したいのなら、その長所と短所について理解しておく必要があります。その上で、実際の使用経験を積むことが重要になるでしょう。
ワイド・バンド・ギャップ半導体の概要
エレクトロニクスの分野において、シリコン(Si)は最も優れた材料だと言ってよいでしょう。バルク結晶として成長させた純粋なシリコンに対してイオンをドープすれば、p型とn型のうちどちらかの特性を持つ半導体を形成することができます。この技術を基盤として、マイクロエレクトロニクスの業界が確立されました。その業界には、インフラとなる製造装置のメーカーなども含まれます。業界全体のたゆまぬ努力により、低コストで利用しやすいシリコン・ベースの半導体製品が次々に生み出されました。それらの製品は、私たちの日々の生活にも深く浸透しています。ただ、機器の構成要素として半導体製品を使用する設計者は、その機器の性能を可能な限り高めたいと考えます。結果として、より優れた半導体製品が常に求められることになります。そこで、半導体の材料としてより優れた材料を見いだすために、研究/開発が絶え間なく進められています。これまで、シリコンをベースとする半導体製品は様々なアプリケーションで優れた性能を発揮してきました。しかし、シリコンが備えるある種の特性が原因となって、動作速度や電力密度、動作温度範囲といった性能の面で限界が生じます。そのような課題を解決するものとして、ガリウム砒素(GaAs)、シリコン・カーバイド(SiC)、GaNなど、多くの半導体技術が生み出されました。また、これまでに数多くの設計者がシリコン・ベースの半導体製品を使って様々な種類の回路を開発してきました。それによって得られた知識や経験は膨大です。そして、それによって得られた知見は、現在の研究や開発ツール、製造技術などにも反映されています。SEMIによると、2023年には、126億200万平方インチ(約8.13km2)に相当するウェハが出荷されました。これは、サッカーのコートで言えば1000面分を上回るレベルです。エレクトロニクスの業界は、常にソリューションの小型化を追い求めています。ICのチップ・サイズを縮小すべく常に取り組みが行われていることを考えれば、この出荷量(面積)は偉業とも言えるものでしょう1。
マイクロエレクトロニクスの業界は、シリコンに精通しています。したがって、多大な時間を費やせば、その性能の限界を押し上げることも可能なのかもしれません。ただ、代替となる半導体技術について真剣に検討することも強く求められてきました。その結果、ワイド・バンド・ギャップ半導体に関する研究が進み、商用利用という具体的な成果が得られるまでになりました。
GaAsはIII-V族の半導体です。シリコンと比べてバンド・ギャップが広いという特徴を備えています。主なアプリケーション領域としては、マイクロ波、レーザ・ダイオード、太陽電池などが挙げられます。飽和電子速度と飽和電子移動度が高いので、GaAsをベースとするICは100GHzを超える周波数でも動作します。
SiCは、長年にわたりエレクトロニクス業界で使用されてきたワイド・バンド・ギャップ半導体です。初期の用途は発光ダイオードでした。SiCは、温度と電圧に対する耐性の面で優れています。そのため、電源回路の出力段でも使用されるようになりました。現在では、1000Vをはるかに超える電圧範囲に対応可能なスイッチやダイオードが製品化されています。
本稿のテーマであるGaNも、ワイド・バンド・ギャップ半導体の一種です。電力を扱うアプリケーションにおいてシリコン・ベースの回路の一部をGaNデバイスに置き換えれば、回路全体としての性能を強化することが可能になります。1990年代の初頭、ほとんどのGaNは研究室グレードの材料に過ぎませんでした。その後の大きな進化を経て、GaNは実用に耐える材料としての地位を得ました。2003年の時点で、GaNの消費量はシリコン、GaAsに続く3位にランク・インしました。当時のGaNデバイスの主な用途は、固体照明やRF信号を扱う機器などでした2。
2012年に、プロトタイプのレベルですが、GaNベースのパワー・スイッチ(以下、GaNスイッチ)が初めて使用されました。より具体的に言うと、そのGaNスイッチはp-GaN HEMT(High Electron Mobility Transistor)として実現されていました。このGaNスイッチは、SMPSにおいてシリコン・ベースのMOSFETスイッチ(以下、シリコン・スイッチ)の代わりに使用されました。その結果、従来のシリコン・スイッチを使用する場合と比べて、GaNスイッチ(GaN FET)を使用する方が高い電力変換効率が得られることが確認されました。
GaNには、シリコンと比べて多くの長所があります。例えば、所定の定格電流と定格電圧に対し、ドレイン‐ゲート間の容量を小さく抑えられます。これが最も大きな長所だと言えるでしょう。また、GaNスイッチはシリコン・スイッチと比べてサイズを小さく抑えられます。つまり、GaNスイッチを採用すれば、より小型のソリューションを実現することが可能です。加えて、GaNデバイスには耐圧が高いという特徴があります。そのため、100V以上の電圧を使用するアプリケーションにとって有用です。更に、100Vより低い電圧では、電力密度とスイッチング速度が高いという長所を活かすことができます。様々な電源において、より高い電力変換効率を実現できるという点で、GaNは優位性のある技術だと言えるでしょう。
繰り返しになりますが、GaNはワイド・バンド・ギャップ半導体です。GaNのバンド・ギャップ電圧はシリコンの1.1eVに対して3.4eVもあります。ただ、電源の設計においては別の性能指数が重要になります。価値のある使用例として、ここでは400Vに対応する中間バスのアプリケーションを紹介します。この種のアプリケーションでは、ドレイン‐ソース間の電流が約30A、耐圧が650Vのスイッチを使用する240V対応のACパワー・コンバータなどが使われます。このようなアプリケーションでシリコン・スイッチを使用する場合には93nCのゲート電荷が必要になります。それに対し、GaNスイッチを使用する場合、必要なゲート電荷はわずか9nCで済みます3。そうしたスイッチを使用するアプリケーションでは、恐らく1kWから8kWの電力を扱うことになるでしょう。上記のとおり、GaNスイッチにはゲート容量が小さいという特徴があります。この点は注目に値します。なぜなら、シリコン・スイッチを使用する場合と比べて、スイッチングする際の遷移時間が大幅に短くなるからです。このことから、高いスイッチング周波数、小さな磁気部品を使用した場合でも、より高い電力変換効率が得られるようになります。更に、GaNスイッチを使用したSMPSでは、より大きな変換比を実現できます。立ち上がり時間と立下り時間が短いことから、シリコン・スイッチを使用する場合よりもデューティ・サイクルを小さく設定できるからです。
GaNデバイスの製造プロセス
GaNデバイスには欠点もあります。高品質で大口径のウェハを作るためには単結晶を大きく成長させなければなりません。GaNの場合、これを実現するのが容易ではないのです。これについては現在でも状況は変わっていません。
GaNデバイスの製造プロセスの1つに、ダイヤモンド基板上でGaNを成長させる方法(GaN-on-Diamond)があります。ただ、2010年ごろからは、シリコン基板上でGaNを成長させてGaNHEMTを製造するプロセス(GaN-on-Si)が主流になっています。このプロセスでは、シリコン・ウェハ上でGaNをエピタキシャル成長させることでデバイスを形成します。つまり、シリコンやSiCのようにバルク結晶として成長させることはありません。この手法であれば、大口径のウェハを実現することが可能です。また、シリコン・プロセス用の既存のインフラを活用できるので関連コストを抑えられます2。このアプローチに伴う初期の技術的な課題は解決されました。それでも、この技術については更に何年もの時間をかけて改善を図る必要があります。
SMPSでGaNスイッチを使用する場合の課題
SMPSで使用しているシリコン・スイッチをGaNスイッチで置き換える場合、いくつかの課題を解消する必要があります。主な課題としては、GaNスイッチのゲートの駆動方法、スイッチング時の電圧の急速な変化への対応、デッド・タイムにおける伝導損失の低減が挙げられます。
まず、GaNスイッチのゲートの駆動方法について説明します。GaNスイッチのゲート電圧については、シリコン・スイッチと比べると低い定格値が規定されています。GaNスイッチを提供するほとんどのメーカーは、標準的なゲート駆動電圧として5Vを推奨しています。絶対最大定格が6Vの製品もあり、推奨されるゲート駆動電圧との間の余裕はそれほど大きくありません。絶対最大定格を超えるとGaNスイッチに損傷が生じるおそれがあります。ゲート駆動電圧の推奨値は、メーカーによって異なります。この制限に加え、GaNデバイスのゲート電荷は非常に小さいということから、設計上の重要なポイントが浮上します。つまり、GaNスイッチ用のドライバ段では最大ゲート駆動電圧を厳格に守るようにし、損傷を防止しなければならないということです。
また、電源のスイッチ・ノードで生じる急速な電圧の変化(dv/dt)にも対処する必要があります。その変化によって、ボトム側のスイッチが誤ってターンオンしてしまう可能性があるからです。その原因としては、GaNスイッチのゲートが非常に小さいということが挙げられます。例えばスイッチ・ノードなど、GaNスイッチの近傍で急速な電圧の変化が発生したとします。すると、その小さなゲートに容量結合が生じ、GaNスイッチがオンになってしまうかもしれないのです。したがって、GaNスイッチを使用する場合には、ターンオンとターンオフのプロファイルをより厳密に制御しなければなりません。そのための手段としては、各ゲートに対応するプルアップ・ピンとプルダウン・ピンを用意します。それに加えて、プリント回路基板を設計する際、慎重にレイアウトを実施する必要があります。
更に、GaNスイッチを使用する場合には、シリコン・スイッチを使用する場合と比べてデッド・タイムにおける伝導損失が多くなります。デッド・タイムとは、ブリッジ構成のハイサイドのスイッチとローサイドのスイッチが共にオフになる時間のことです。ハイサイドの電源レールがグラウンドに短絡するのを防止するためには、このデッド・タイムを設ける必要があります。シリコン・スイッチを使用する場合、デッド・タイムにおいて、ローサイド側ではスイッチのボディ・ダイオードを介して電流が流れます。これがデッド・タイムにおける伝導損失になります。一方、GaNスイッチにはボディ・ダイオードが存在しません。詳細は後述しますが、このことに起因して、GaNスイッチではより多くの伝導損失が発生してしまうのです。この伝導損失を少なく抑える方法の1つは、デッド・タイムの長さを最小限に抑えつつ、それを厳格に維持することです。グラウンドへの短絡を防ぐために、ハイサイドのスイッチとローサイドのスイッチが共にオンになっている時間が生じないよう制御しなければなりません。
SMPSでGaNスイッチを適切に使用する方法
長年にわたり、SMPSの出力段ではシリコン・スイッチが使われてきました。現在では、その代わりにGaNスイッチを使用できるようになっています。ただ、シリコン・スイッチを使う場合の設計をそのまま流用できるというわけではありません。では、GaNスイッチを使用する場合にはどのような設計が必要になるのでしょうか。
図1に、SMPSでGaNスイッチを使用する場合の代表的な構成方法を示しました。図中の「LTC7800」は、同期整流方式の降圧コントローラICです。同ICはGaNスイッチにも対応できますが、GaN専用の製品というわけではありません。図中の赤い矢印は、SMPSでGaNスイッチを使用する場合に必要になる追加の部品を指しています。先述したように、GaNスイッチにはボディ・ダイオードが存在しません。そのため、シリコン・スイッチを使用する場合にボディ・ダイオードによってもたらされる効果は得られません。シリコン・スイッチのボディ・ダイオードは、その製造プロセスによって自然に形成されるpn接合です。GaNスイッチの製造プロセスでは、シリコン・スイッチの製造プロセスとは異なり単純なpn接合のボディ・ダイオードは形成されません4。ただ、GaNスイッチにも似た結果を生み出す別の機構が存在します。GaNデバイスにおける伝導には、多数のキャリアだけしか関与せず、逆回復電荷量はゼロになります5。ここで、1つ注目すべきことがあります。GaNスイッチにはボディ・ダイオードの順方向電圧に相当するものが存在しません。つまり、電圧を低い値でクランプする機構が存在しないということです。そのため、GaNスイッチにはかなり高い電圧がかかる可能性があります。この電圧が原因で、デッド・タイムにおける電力損失が非常に多くなるのです。先述したように、この問題に対処するためにはデッド・タイムを短くすることが重要になります。
シリコン・スイッチのボディ・ダイオードが果たす役割について、もう少し詳しく説明しておきましょう。ボディ・ダイオードは、SMPSのデッド・タイムに有用なものとして機能します。ここでは、降圧レギュレータのローサイドのスイッチに注目します。デッド・タイムにおいて、このスイッチではボディ・ダイオードを介して電流が流れます。それにより、インダクタに必要な連続的な電流が供給されることになります。では、ローサイドのスイッチにボディ・ダイオードが存在しないとすると、何が起きるのでしょうか。その場合、すべてのデッド・タイムにおいてスイッチ・ノードの電圧が負の無限大に向かうことになります。そうすると、SMPSの回路は間違いなくエネルギーを浪費します。また、実際には負の無限大に向かう途中で定格電圧を超える値に達することになります。そのため、最終的にはスイッチが損傷するという事態を招きます4。
GaNスイッチのソースとゲートが同電位であったとします。その場合でも、インダクタのように連続的に電流を流すものが存在すると、GaNスイッチは逆方向にターンオンします。繰り返しになりますが、シリコン・スイッチとは異なり、GaNスイッチにはボディ・ダイオードは存在しません。そのため、デッド・タイムに電流を流せるようにするために、ローサイドのスイッチの周囲に別の電流パスを設ける必要があります。図1の例では、ローサイドのGaNスイッチのソースとドレインの間に単純なショットキー・ダイオードD2を配置しています。デッド・タイムに移行したら、このダイオードがインダクタの電流を迅速に引き継ぎます。
GaNスイッチが逆導通した際には、その対称性によってドレインとソースが反転することになります。ゲートはグラウンド電位のままであっても、スイッチ・ノードはGaNスイッチがターンオンする最小閾値になるように自己バイアスされます。具体的には、GND - 2V~GND - 3Vといった値になります。逆導通の状態では、ゲート‐ソース間の電圧VGSは最適化されていないのでオン抵抗RONに悪影響が及びます。ボディ・ダイオードの代替のパスとしてD2を追加することで、GaNスイッチの逆導通を防ぐことができます。
続いて、GaNスイッチを使用する場合の2つ目の修正点について説明します。図1の回路では、ダイオードD1と直列に抵抗を追加しています。この部分の回路は、ハイサイド用のドライバに対して、電源電圧INTVCCを基にした動作電圧を供給する役割を果たします。追加した抵抗は、ハイサイド用のドライバのピーク電流を制限するためのものです。
GaNスイッチを使用するための3つ目の修正点として、図1の回路ではツェナー・ダイオードD3を追加しています。これは、ハイサイド用のドライバが電圧を供給する際に過剰な電圧スパイクが生じるのを防ぐためのものです。
図1の回路における修正点は、かなりシンプルなものに見えます。単純な部品を3つ追加しているだけだからです。しかし、あらゆる条件の下で、このような修正を加えた回路が確実に動作することを保証するのは容易ではありません。そのためには、テストベンチにおける徹底的な評価と微調整が必要になります。その際には、部品の値の製造バラツキや経時変化も考慮しなければなりません。最大のリスクであるGaNスイッチの永久的な損傷を防ぐためには、それだけの作業が必要になるということです。
GaN専用のコントローラIC
上述したように、GaNスイッチを使用してSMPSを構成する場合、出力段を保護する機能について慎重に評価する必要があります。実は、そのプロセスを回避する単純な方法が存在します。それは、GaNスイッチ専用のコントローラIC(以下、GaN専用コントローラ)を採用することです。GaN専用コントローラの代表的な例としては「LTC7891」が挙げられます。この製品は、GaNスイッチを使用する出力段向けに特別に設計されています。このようなコントローラを選択すれば、GaNスイッチを使用するSMPSの設計がシンプルかつ堅牢になります(図2)。先述したすべての課題は、GaN専用コントローラが解決してくれるからです。
上記のとおり、LTC7891のようなGaN専用コントローラを採用すれば設計を簡素化できます。それだけでなく、現在入手できる様々なGaNスイッチを使用するために必要な柔軟性が得られます。GaNスイッチを実現するための技術開発と技術革新は完了したわけではありません。将来のGaNスイッチは、現在の製品よりも優れたものになるでしょう。但し、それらは現在入手できるGaNスイッチとは少し異なる形で取り扱わなければならないかもしれません。LTC7891の場合、各スイッチに対応するプルアップ/プルダウン用のゲート駆動ピンを備えています。それらを使用すれば、GaNスイッチのゲート電圧の立ち上がりと立下りのスロープを個別に制御できます。その結果、リンギングやオーバーシュートを最小限に抑えつつ、GaNスイッチを使用する出力段を最適な形で駆動することが可能になります。
ここでもう一度図2の回路をご覧ください。GaN専用の降圧コントローラとシリコン・スイッチを対象とする降圧コントローラ(以下、シリコン用コントローラ)の最も顕著な違いは何でしょうか。その答えは、GaN専用コントローラには上述したゲート駆動ピンが存在するというものになるでしょう。しかし、シリコン用コントローラとGaN専用コントローラにはそれ以外にも多くの相違点があります。例えば、LTC7891は、デッド・タイムにおけるハイサイド用のドライバの過充電を防止するためのブートストラップ・スイッチを内蔵しています。そのため、同ICを採用すれば、外付け部品を使用することなく、この機構が確実に実装されることになります。
LTC7891にはもう1つ重要な特徴があります。それは、スマート・ニア・ゼロ機能を用いてデッド・タイムを制御できるというものです。それにより、電力変換効率が大幅に向上します。また、より信頼性の高い動作が実現されます。加えて、より高いスイッチング周波数を使用することも可能になります。LTC7891では最高3MHzのスイッチング周波数を使用できます。
LTC7891は、もう1つ独自の機能を備えています。それは、ゲート駆動電圧を4V~5.5Vの範囲で正確に調整できるというものです。この機能を使用すれば、様々なGaNスイッチを対象としてVGSを最適化することが可能になります。
任意のコントローラICを使用する方法
先述したように、シリコン用コントローラを使用してGaNスイッチを駆動する場合には外付けの受動部品を追加する必要があります。それに対し、GaN専用コントローラを使用すればそのような追加の部品は必要ありません。ただ、GaNスイッチの制御方法についてはもう1つの選択肢があります。それは、従来のシリコン用コントローラとGaNスイッチ向けに最適化された専用のドライバIC(以下、GaN専用ドライバ)を組み合わせるというものです。そうすれば、GaNスイッチに関する課題に対処しつつ、シンプルで堅牢性の高いSMPSを実現できます。図3に示したのは、GaN専用ドライバ「LT8418」を使用して構成した降圧レギュレータの出力段です。LT8418のパッケージは非常にサイズが小さいWLCSPです。そのため、寄生抵抗と寄生インダクタンスを非常に小さく抑えることができます。それにより、急速な電流の変化に起因する電圧のオフセットを小さく抑えることが可能になります。
回路設計に役立つシミュレータ
GaNスイッチやコントローラICなどを適切に選択したら、詳細な回路シミュレーションを実施するとよいでしょう。それが、最初の評価結果を得るための優れた手法だと言えます。アナログ・デバイセズのLTspiceは無償のシミュレーション・ツールです。また、アナログ・デバイセズは同ツール上でシミュレーションを行うための完全な回路モデルも無償で提供しています。それらは、GaNスイッチの使用方法を学ぶための有用な手段になります。図4に示したのは、LTC7891をベースとするシミュレーション用の回路図です。デュアルチャンネル版の「LTC7890」についても同様の回路図を使用できます。
GaNデバイスを統合するためのアプローチ
GaN技術を利用すれば、高度な出力段での使用に適したスイッチを製造することができます。ただ、SMPSの制御回路をGaN技術によって実現するのは適切ではありません。なぜなら、十分な費用対効果が得られないからです。当面、大電力に対応するGaNスイッチを駆動するためには、高度に最適化されたシリコン・ベースのコントローラ回路とドライバ回路が使われることになるでしょう。つまり、ハイブリッド型のアプローチが適切だということです。このアプローチであれば、既に実績のある技術を利用できます。またコスト競争力も得られます。但し、1つのSMPSを構築するために複数のダイを使用しなければなりません。
本稿では、個別品として提供されるGaNスイッチを使用する例を示しました。ただ、アナログ・デバイセズの完全統合型のハイブリッド・アプローチによって複数のダイを統合するという方法も考えられます。このアプローチを採用すれば、単一のパワー・コンバータ製品を構築することが可能になります。また、μModule®技術を採用すれば、インダクタを含む多数の受動部品も統合できるはずです。そうすれば、SMPS用の完全なソリューションが単一のパッケージで提供されることになります。
アナログ・デバイセズは、GaNスイッチを対象として設計されたパワー・マネージメント製品を提供しています。表1はそれらの製品についてまとめたものです。
品番 | 説明 |
LT8418 | スマート・ブートストラップ・スイッチ内蔵の100VハーフブリッジGaNドライバ |
LTC7890 | GaN FET向け低IQ、デュアル2相同期整流式降圧コントローラ |
LTC7891 | 100V、低IQのGaN FET用同期整流式降圧コントローラ |
EVAL-LT8418-BZ | LT8418の評価用ボード |
DC2938A | LTC7890をベースとし、GaN FETを使用した高周波、デュアル出力、同期整流式降圧コンバータ |
EVAL-LTC7890-AZ | LTC7890をベースとし、EPC GaN FETを搭載した高周波デュアル出力降圧電源 |
EVAL-LTC7891-AZ | LTC7891をベースとし、EPC GaN FETを搭載した高周波数降圧電源 |
DC2995A | LTC7891をベースとし、GaN FETを使用した高周波数降圧電源 |
GaN技術の未来
SMPSをターゲットとしたGaN技術は堅実な発展段階にあります。現在では、多様な電源アプリケーションでGaNスイッチが活用されています。新世代のGaNスイッチが登場するたびに、私たちは更なる進化を遂げた姿を目にすることになるでしょう。但し、新世代のGaNスイッチは、旧世代のGaNスイッチと全く同じようには扱えなくなる可能性があります。アナログ・デバイセズは、GaN専用コントローラとGaN専用ドライバを提供しています。それらの製品は、様々なベンダーが現在提供しているGaNスイッチだけでなく、将来のGaNスイッチを使用する際にも有用なものです。なぜなら、それらのICは、高い柔軟性と信頼できる手法を提供するからです。
現在、エレクトロニクスの業界は多くの面で進化を遂げながら、GaNの更なる活用に向けた道を歩んでいます。では、GaNを巡る状況は今後どのようになっていくのでしょうか。現在のGaNスイッチは堅牢性が非常に高いという特徴を備えています。しかし、GaN技術は比較的新しいものです。そのため、ユーザがGaNスイッチの信頼性の高さを把握するまでには相応の時間と開発実績が必要になるでしょう。また、GaNスイッチの製造プロセスについては更なる改善が図られるはずです。それにより、欠陥密度が低下し、歩留まりが向上し、価格が下がります。それだけでなく、GaNスイッチの信頼性が更に向上します。更に、LTC7890/LTC7891のようなコントローラICやLT8418のようなドライバICなど、GaN専用の多くの製品が市場に投入されるようになるはずです。それにより、GaNスイッチを使用したSMPSの実装が簡素化されます。
一般的なGaNスイッチの耐圧は100Vまたは650Vです。GaN技術を採用した最初の電源回路も、100Vまたは650Vの最大電圧に対応するように設計されました。ただ、GaNの特徴は耐圧が高いことだけではありません。例えば、必要なゲート電荷が小さいといった固有の特徴も備えています。それらの特徴を活かす形で、より低い電圧を対象としたGaNスイッチも開発されるようになるでしょう。例えば、最大電圧が40VのSMPSをターゲットとしたGaNスイッチが商品化されるといった具合です。その一方で、耐圧が1000VのGaNスイッチが登場することも十分に考えられます。そのような高い電圧を対象にする場合には、GaNスイッチの高速スイッチング性能が非常に役に立ちます。
まとめ
電源回路の動作範囲と電力密度を拡大するためには、半導体材料の特性が重要になります。シリコンは間違いなく素晴らしい材料でした。本稿で取り上げたGaNは、それに続くものとして開発された半導体材料です。実際、GaNは優れた材料であり、今後10年から15年にわたってその地位を維持することになるでしょう。それでも、エレクトロニクス業界の継続的な取り組みによって、GaNに続く非常に優れた材料が見いだされることは間違いありません。エレクトロニクスの業界は、自動車、AI、コネクティビティなどの分野で飛躍的な成長を遂げました。引き続き、同業界は人類が直面する重要な課題を解決していくはずです。多様な分野のアプリケーションはそれぞれに成長を続けます。ただ、多くのアプリケーションには、大量の電力を必要とするという共通点があります。それだけでなく、電力密度、堅牢性、効率を高めなければなりません。本稿で取り上げたGaN技術は、各分野の技術革新に歩調を合わせるための機会を与えてくれます。
※初出典 2025年 TECH+(マイナビニュース)
参考資料
1 「Worldwide Silicon Wafer Shipments and Revenue Fall in 2023, SEMI Reports(2023年は世界のシリコン・ウェハの出荷量と売上高が減少、SEMIが報告)」 SEMI、2024年2月
2 Felix Ejeckam、Daniel Francis、Firooz Faili、Daniel Twitchen、Bruce Bolliger「GaN-on-Diamond: A Brief History(GaN-on-Diamondの略史)」2014 Lester Eastman Conference (LEC) on High Performance Devices(2014年高性能デバイスに関するレスター・イーストマン会議)
3 Larry Spaziani、Lucas Lu「Silicon, GaN and SiC: There’s Room for All( シリコン、GaN、SiC - すべてに余地あり)」2018 IEEE 30th International Symposium on Power Semiconductor Devices and Ics、ISPSD( IEEE、第30回パワー半導体デバイス国際シンポジウム)
4 「 Does the GaN Have a Body Diode? If So How Does It Compare with the Silicon MOSFETs with Respect to Forward Voltage Drop and Reverse Recovery Characteristics?(GaNにボディ・ダイオードは存在するのか、存在するなら順方向の電圧降下と逆回復特性についてシリコンMOSFETとどのように比較すればよいのか?)」EPC、 2022年2月
5 「The p-n Junction(pn接合)」Britannica
6 Yaozong Zhong、Jinwei Zhang、Shan Wu、Lifang Jia、 Xuelin Yang、Yang Liu、Yun Zhang、Qian Sun「A Review on the GaN-on-Si Power Electronic Devices(パワー・エレクトロニクス向けのGaN-on-Siデバイスに関するレビュー)」Fundamental Research、Vol. 2、No. 3、2022年5月