概要
バイタル・サイン・モニタリング(VSM:Vital Signs Monitoring)は、人の健康状態を把握するための非常に有効な手段です。VSM機器には、各種のパラメータをリアルタイムに測定するための様々な機能が実装されます。代表的なものとしては、心電図(ECG:Electrocardiogram)の測定機能や、光電式容積脈波記録法(PPG:Photoplethysmography)による血中酸素飽和度の測定機能、生体インピーダンスの測定機能などが挙げられます。これらのうち、生体インピーダンスは、生理学的な特性やバイタル・サインを特徴づける重要な電気的パラメータです。そのため、人体を対象とした計測アプリケーションにおいて広く活用されています。本稿では、生体インピーダンスを測定するために必要な基本的な概念、アプリケーションの種類、従来の測定手法が抱える課題について説明します。その上で、生体インピーダンスの測定に最適な新たなソリューションを紹介します。そのソリューションで使用するアナログ・フロント・エンド(AFE:Analog Front End)は、刺激信号(スティミュラス)として、周波数掃引を適用した正弦波を出力することができます。また、直交復調の機能もサポートします。そのため、生体インピーダンスの測定精度と利便性を高められます。また、そのAFEは他の種類のバイオセンサーとの同期測定にも対応しています。このことから、次世代のVSM機器の設計を簡素化することが可能になります。
はじめに
生体に対して安全なレベルの刺激信号を印加すると、その組織や器官、細胞のインピーダンスが変化します。通常、それらは複素インピーダンスであり、周波数に応じて値が変化します。この生体インピーダンスは、非侵襲性で低コストの手法によって測定できます。測定に必要な操作も容易です。そのため、生体インピーダンスの測定は、医師や患者に受け入れられやすい手法だと言えます。また、この手法を活用すれば、高度かつ多様な臨床アプリケーションを実現することができます。
医療用機器やヘルスケア機器、携帯型の民生機器など、VSMの機能を備える機器の種類は徐々に増加していきました。現在では、様々なVSM機器によって、いつでもどこでも自身の生理学的な状態を把握できるようになっています。実際、VSMの機能は、遠隔医療、疾病の予防、補助診断、健康/フィットネスなど、様々な目的で用いられるようになりました。VSM機器では、ECGの取得、PPGによる測定、生体インピーダンスの測定、皮膚の温度の測定などが行われます。そのようにして取得した様々な生理学的信号は、心拍数、末梢酸素飽和度、血圧の傾向、呼吸の状態、精神的ストレスなどの計算や分析に使用することができます。生体インピーダンスをはじめとする様々な生理学的信号を測定することにより、健康状態を完全かつ包括的に評価することが可能になります。
生体インピーダンスの生理学的な意味
すべての物質は、電流を流そうとすると、それに抗う性質を示します。この性質をインピーダンスと呼びます。人間の生体インピーダンスを正確に測定/算出するためには、生体インピーダンスの等価モデルを構築する必要があります。つまり、抵抗やコンデンサといった受動素子で構成される回路として捉えられるようにしなければなりません。では、生体インピーダンスを等価モデルに変換するにはどうすればよいのでしょうか。
まず、等価モデルの構成要素について検討します。人体の組織は細胞で構成されています。そして、細胞内液(ICF:Intracellular Fluid)と細胞外液(ECF:Extracellular Fluid)は導電性が高いので、それぞれを2つの抵抗RIとREとして表現することができます。また、細胞膜は主に脂質で構成されており、その内側と外側の間には膜貫通電位電圧が生じます。このことから、細胞膜はコンデンサCMとして表現することができます。つまり、人間の生体インピーダンスには抵抗成分とコンデンサ成分が存在しています。言い換えると、生体インピーダンスは複素インピーダンスとして表現されるということです。次に、等価モデルの具体的な構造について検討します。上記のとおり、細胞膜はコンデンサによって表現できます(図1)。低周波電流(紫色の点線)はコンデンサを通過しにくいので、細胞を通過することができません。そのため、低周波電流はECFの中を流れます。一方、高周波電流(緑色の実線)は、コンデンサとして振る舞う細胞を通過してICFに直接流れ込みます。まとめると、生体インピーダンスの等価モデルは、図1(下)に示した回路で表現できます。高周波電流はCMとRIに流れますが、低周波電流はREだけに流れます。
RE、RI、CMは、一部の健康状態を反映する細胞レベルのパラメータです。REは、ECFの体積と関連づけられます。REの値が小さいほど、ECFの体積が大きいということになります。一般に、ECFの体積が大きいということは、組織浮腫、腹水、臓器不全の問題が生じているということを意味します。一方、REの値が大きい場合、脱水状態が起きている可能性が高くなります。RIは、ICFの体積に関連するものです。RIの値が小さいほど、ICFの体積が大きいということになります。筋細胞では脂肪細胞よりも含水量が多くなるので、筋肉が発達している人のRIの値は小さくなります。逆に、体脂肪の多い人の場合、RIの値が大きくなります。CMの値は細胞膜の完全性を反映したものになります。多くの場合、CMの値が大きいほど、細胞の機能が良好であるということになります。逆に、CMの値が小さければ、細胞の機能が低下している可能性が高くなります。
図1からも、生体インピーダンスは複素インピーダンスであるということが確認できます。つまり、生体インピーダンスZは次式のように表されます。
ここで、Zの実部は抵抗R、虚部はリアクタンスXです。Rは主に人体の全体的な含水量を表します。一方、Xの絶対値は主に全体的な組織密度を表します。上の式を極座標形式で表すと次式のようになります。
ここで、¦Z¦はZの絶対値、φは位相角です。多くの場合、¦Z¦が小さいということは、含水量が多いということを意味します。それは、腫瘍または炎症があることを示唆しています。一方、¦Z¦が大きいということは、脱水状態であるということを意味します。その場合、組織の壊死または損傷が生じている可能性があります。φの絶対値は、人体の栄養状態を反映したものになります。この値が小さい場合、栄養不良である可能性が高くなります。
図1に示した等価回路を見ると、RIとCMが直列に接続されており、それらと並列にREが接続されています。このことから、次式が得られます。
この式を複素インピーダンスの形に拡張し、式(1)、式(2)と組み合わせると、R、X、¦Z¦、φをωの関数として表すことができます。つまり、以下に示す一連の式が得られます。
ここで、ωは刺激信号の角周波数です。つまり、上記の各パラメータは角周波数に依存して変化します。そのプロットは図2のようになります。
RE、RI、CMは、細胞レベルのミクロコスミックなパラメータです。つまり、それらの値を直接測定することはできません。ただ、後ほど説明する方法を利用すれば、R、X、¦Z¦、φの値を測定することが可能になります。上に示した式と図2を使えば、これらのパラメータと角周波数の間の関係を定量的に決定することができます。それだけでなく、RE、RI、CMを間接的に計算することにも役立てられます。それにより、マクロコスミックな人体とミクロコスミックな細胞を結び付けることが可能になります。結論として、これらの式を使えば、生体インピーダンスを測定することによって健康状態を包括的かつ完全に評価することが容易になります。表1は、生体インピーダンスのパラメータの生理学的な意義についてまとめたものです。
生体インピーダンス | パラメータ | 生理学的な意義 |
ミクロコスミックなパラメータZ = (RI + CM)¦¦RE | ECFの等価抵抗RE | 高:脱水状態 低:浮腫、腹水、臓器不全 |
CFの等価抵抗RI | 高:体脂肪が多い 低:体脂肪が少ない |
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細胞膜の等価静電容量CM | 高:細胞機能が良好 低:細胞機能が低下 |
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マクロコスミックなパラメータZ = R + jX = ¦Z¦∠φ | 抵抗R | 高:全体的な含水量が少ない 低:全体的な含水量が多い |
リアクタンスXの絶対値 | 高:全体的な組織密度が高い 低:全体的な組織密度が低い |
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絶対値¦Z¦ | 高:脱水状態、組織の壊死、組織の損傷 低:含水量が多い、腫瘍、炎症 |
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位相角φの絶対値 | 高:栄養状態が良好 低:栄養不良 |
生体インピーダンスの測定ソリューション、従来の手法の問題点
上述したとおり、健康状態を把握する上で、生体インピーダンスは非常に重要な役割を果たします。従って、すべてのパラメータの値を正確に測定できるようにすることが望まれます。通常、インピーダンスの測定には、オームの法則に基づくボルタンメトリが使用されます。その方法を示したものが図3です。ご覧のように、この例では生体インピーダンスを測定するためのICを使用しています。それにより、刺激信号として電流信号を人体に流し、その応答となる電圧を測定します。
従来、生体インピーダンスの測定には単一周波数の刺激信号が使用されていました。つまり、刺激信号として固定周波数の正弦波信号だけが使われていたということです。この方法であれば簡単な操作で測定を実施できます。しかし、周波数に応じて変化する生体インピーダンスの値を適切に取得することはできません。先述したように、生体インピーダンスは周波数に応じて変化する複素数によって決まります。そのため、従来の方法では、広い周波数範囲を対象として生体インピーダンスを正確に測定することはできなかったということです。正確な測定を行うためには、固定周波数の刺激信号ではなく、DCから比較的高い周波数までをカバーする刺激信号を使用しなければなりません。
この課題に対応するために、現在のほとんどのソリューションでは、刺激信号として固定周波数(周期)の方形波(パルス)が使用されています。図4に示したのが代表的なソリューションの例です。このシステムは、USBのインターフェースまたはバッテリからの電力を受け取り、LDO(低ドロップアウト)レギュレータによって必要な電源電圧を生成します。図中のマイクロコントローラ(MCU)は、皮膚に装着した電極を介して人体に方形波を送り込みます。その上で、内蔵するA/Dコンバータ(ADC)によって応答を取得します。得られた測定結果は、Bluetooth®モジュールによって携帯電話やPCなどの端末に送信して表示することができます。このソリューションには、シンプルなシステム構成によって刺激信号を簡単に生成できるという特徴があります。つまり、刺激信号はMCUによって簡単に生成することができます。また、刺激信号として方形波を使用することも、このソリューションの長所となります。方形波は、周波数領域で見ると、周波数の異なる多くの正弦波信号を重畳したものと等価です。つまり、固定周波数の方形波を使用するだけで、周波数の異なる正弦波を複数使用する場合と同等の結果が得られることになります(図5)。
上記のとおり、このソリューションには大きな長所があります。その一方で、多くの短所も抱えています。1つ目の短所は、図5を見れば明らかです。すなわち、方形波を使用した場合、基本波や2次高調波の振幅と比べ、より高次の高調波の振幅は非常に小さくなるというものです。つまり、周波数の高い信号は、より強くノイズの影響を受けることになります。そうすると、ADCによって有効な応答信号を抽出するのが困難になります。図5からは、2つ目の短所も把握することができます。すなわち、刺激として利用できる信号成分の周波数は、方形波の基本周波数の整数倍に限られるというものです。整数倍の周波数に限定することなく、より普遍的な状況について検討する必要がある場合、方形波の周波数を調整しなければならないかもしれません。そうすると、ファームウェアを開発し直さなければならないかもしれません。もう1つの短所は、MCUから出力する方形波の周波数とADCで用いるサンプリング周波数がクロック周波数によって制限されるというものです。つまり、周波数が高い刺激信号を必要とするアプリケーションには対応できない可能性があります。加えて、MCUの主機能が制御または演算であることも短所になり得ます。更に、特定用途向けのICと比べると、MCUが内蔵するADCの精度ははるかに低くなります。上記のとおり、方形波を使用する従来のソリューションには多くの欠点があります。そのため、R、X、¦Z¦、φと刺激信号の周波数の関係を、正確、簡便、完全に測定することは困難です。言い換えると、健康状態の詳細な評価を行うのは難しいということになります。もう1つ重要なポイントを指摘しておきます。VSM機器にはより多くの機能が統合されるようになっています。しかし、図4に示したソリューションでは、生体インピーダンスの測定しか行えません。つまり、その他の生理学的な信号を同時に測定することはできないということです。
多くのメリットをもたらすIC製品
上述したように、方形波を使用するソリューションには、高周波特性が悪い、他のセンサーを協調動作させた同時測定が行えないといった欠点があります。これらの問題は、正弦波の周波数掃引を行い、それを刺激信号として用いるソリューションを採用すれば解消することができます。ここでは、特定用途向けのAFEを使用することで、周波数掃引を利用するソリューションを実現する方法を紹介します。そのソリューションでは、刺激信号(電流信号)として、DCから高周波までの範囲をカバーする正弦波を出力します。それによって、いくつものメリットを得ることができます。まず、刺激信号の周波数を柔軟に設定できるので、特定の基本周波数やその整数倍の周波数にしか対応できないという問題が解消されます。また、先述したように、方形波を使用するソリューションには、高い周波数領域における刺激信号の振幅が小さくなるという問題があります。それに対し、周波数掃引を用いるソリューションでは、刺激信号の振幅を柔軟に調整することにより、高い周波数領域における測定精度を高めることができます。加えて、生体インピーダンスは複素インピーダンスだと見なせるということは、抵抗とリアクタンスは複素平面上で直交しているということを意味します。本稿で紹介する新たなソリューションでは、直交復調の機能を利用することができます。つまり、応答の信号を、90°の位相差を持つ2つのチャンネルに分割することが可能です。それにより、生体インピーダンスのパラメータの計算が容易になります。
ここで図6をご覧ください。これは、本稿で紹介する新たなソリューションのシステム構成を示したものです。このシステムでは、パワー・マネージメントIC「MAX77658」を使用して電源電圧を生成します。またMCUとしては、Bluetoothに対応する機能とデータのセキュリティを確保するための機能を備える「MAX32690」を採用しています。このMCUによって、生体インピーダンス用のAFEである「MAX30009」や他のバイオセンサーを制御します。上述した以外にも、このシステムは多くの長所を備えています。まず、AFEであるMAX30009を使用すれば、ECG用またはPPG用のバイオセンサーを協調動作させて同期測定を行うことができます。つまり、1つのシステムによって、複数種のバイタル・サインを測定する機能を実現することが可能です。また、Bluetoothやセキュリティに対応するための機能はMAX32690(MCU)が備えています。従って、それらの処理を行うためのモジュールを追加する必要はありません。そうしたモジュールを使用することなく、セキュリティを確保した状態で健康に関するプライベートな情報をやり取りできるということです。更に、パワー・マネージメントICであるMAX77658は、チャージャ、残量ゲージ、LDOレギュレータ、DC/DCコンバータを内蔵しています。電源に関連する様々な機能が1つのICに集積されているので、システムのサイズを抑えることができます。
ここで、生体インピーダンスの測定に用いるAFE(MAX30009)の内部回路について確認しましょう。それを基に、正弦波の周波数掃引を利用した生体インピーダンスの測定方法の原理や処理の概要について説明することにします。図7に示したのは、刺激信号(電流信号)を出力するAFEの送信チャンネルです。このAFEは、ダイレクト・デジタル・シンセサイザ(DDS:Direct Digital Synthesizer)とD/Aコンバータ(DAC)を内蔵しています。それらにより、周波数を調整(掃引)した正弦波(電圧信号)を生成します。その信号を、バイアス抵抗によって電流信号(刺激信号)に変換した上で人体に印加します。応答信号は、受信ピンを介してAFEの受信チャンネルによって測定されます。刺激用の電流信号の振幅は、内蔵する4つのバイアス抵抗または1つの外付けバイアス抵抗によって制御することができます。内蔵バイアス抵抗の値は、それぞれ552.5kΩ、110.5kΩ、5.525kΩ、276.25Ωです。これらの内蔵バイアス抵抗は、4種の刺激電流の振幅に対応します。値の小さい抵抗を使うと、振幅は大きくなります。内蔵バイアス抵抗だけでなく、外付けのバイアス抵抗も使用できるので、より柔軟に刺激電流の振幅を設定できます。
また、このAFEは応答信号を直交復調する機能も備えています。直交復調を利用すれば、応答電圧v(t)を90°の位相差で2つのチャンネルに分割することによって¦Z¦とφを求めることができます。図8は、復調のプロセスを説明するためのものです。受信チャンネルは、以下のような要素によって構成されています。
- プログラマブルなアナログ・ハイパス・フィルタ(HPF):1個。バイパスも可能
- ゲインをプログラムできる計装アンプ(INA):1個
- 直交復調器:2個
- アンチエイリアシング・フィルタ(AAF):2個
- プログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA):2個
- ADC:2個
これらのうち、HPFとINAを使用することで、ノイズを低減して同相モード除去比(CMRR)を高めることができます。2つの直交復調器は、それぞれ受信した応答電圧v(t)に、v(t)と同じ周波数で位相差が90°の2つの方形波を乗算する処理を行います。その結果、2つのチャンネルの電圧が生成されます。つまり、同相チャンネル(Iチャンネル)のvI(t)と直交チャンネル(Qチャンネル)のvQ(t)が得られます。AAFは、2つの極を持つローパス・フィルタです。図9に示すように、そのコーナー周波数は信号の周波数よりはるかに低い位置にあります。これにより、vI(t)とvQ(t)の平均値を抽出し、それらをADCに引き渡してサンプリングを実施します。ここでは、シグナル・チェーン内のフィルタとアンプのゲインは無視できるとします。そうすると、INAの出力信号はv(t)のままになります。AAFの各出力電圧をVI、VQとすると、¦Z¦とφはそれぞれ以下に示す式で表すことができます。
これらの式を用いれば、刺激電流として正弦波を使用し、周波数掃引を行うことにより、様々な周波数における¦Z¦とφを算出することができます。また、式(1)~(7)を使用すれば、RE、RI、CM、R、Xといったパラメータの値も算出することが可能です。更には、図2に示したような各パラメータと角周波数の関係も計算によって求められます。従来のソリューションは、高い周波数領域におけるS/N比(Signal to Noise Ratio)が低いという欠点を抱えていました。周波数掃引を行う新たなソリューションでは、この欠点を解消することが可能です。なぜなら、新たなソリューションでは、刺激信号の周波数と振幅を自由に設定できるからです。それにより、すべてのパラメータを正確かつ完全に測定/算出できます。これが新たなソリューションの最大の長所です。
それ以外にも、この新たなソリューションはいくつもの長所を備えています。まず、このソリューションで使用するAFEは、刺激信号として方形波を出力することもできます。そのため、アップグレードや交換にも容易に対応することが可能です。また、従来のソリューションとは異なり、このAFEは専用の同期ピンを備えています。これを使用すれば、ECG/PPGに対応する他のバイオセンサーとクロック信号を共有することができます。それにより、複数種のバイタル・サインの同期測定を実施することが可能になります(前掲の図6を参照)。つまり、VSM機器の統合レベルと拡張性を高められるということです。更に、このAFEでは、ECGに対応するバイオセンサーの電極を再利用することができます。そのため、システムのサイズを低減し、携帯性を高めることが可能です。
生体インピーダンスの測定を利用するアプリケーション
ここまで、生体インピーダンスを測定するための新たなソリューションについて説明してきました。そのソリューションの中核にあるのはMAX30009というAFEです。
生体インピーダンスの測定を利用すれば、様々なアプリケーションを実現できます。代表的なアプリケーションは、以下に示す4つのカテゴリに分類することが可能です。
- 生体インピーダンス・スペクトロスコピー(BIS:Bioimpedance Spectroscopy)または生体インピーダンス分析(BIA:Bioimpedance Analysis)
- 呼吸の監視
- ガルバニック皮膚反応(GSR:Galvanic Skin Response)または皮膚電気活動(EDA:Electrodermal Activity)
- インピーダンス・カルジオグラフィ(ICG:Impedance Cardiography)
パラメータ | BIS/BIA | 呼吸の監視 | GSR/EDA | ICG |
生体インピーダンスの値の範囲 | 10Ω~5kΩ | 10Ω~5kΩ | 50kΩ~10MΩ | 5Ω~50Ω |
刺激信号の周波数範囲 | 1kHz~1MHz(標準的には5~15種の周波数) | 50kHz~500kHz(標準的には75kHz) | DC~400Hz(単一周波数) | 20kHz~200kHz(標準的には75kHz) |
刺激信号の種類 | 正弦波 | 正弦波、方形波 | 正弦波 | 正弦波 |
生体インピーダンスの信号の帯域 | DC | 0.05Hz~4Hz | DC~1Hz | DC~20Hz |
電極 | 乾式:4個、湿式:4個 | 湿式:2個、乾式:4個、湿式:4個 | 乾式:2個 | 湿式:4個 |
装着場所 | 両腕 両脚 腕と脚 両手首 |
胸の両側 | 手のひらの2ヵ所 2本の指 手首の2ヵ所 |
首と腹部 |
各カテゴリのアプリケーションには、様々な部分で違いがあります。インピーダンスの値の範囲、刺激信号の周波数範囲、刺激の種類、インピーダンスの信号の帯域、電極の種類、電極の装着場所は、それぞれ表2に示したようになります。
BIS/BIAでは、広い周波数範囲にわたって生体インピーダンスの全パラメータの詳細を正確に測定し、図2のようなプロットを生成する必要があります。そこで、まずは1kHz~1MHzの範囲内で十数種の周波数を選択します。その上で、それらの周波数に対応する正弦波を用いて生体インピーダンスの測定を行います。BIS/BIAは、体脂肪の分析や体水分の分析などによく使用されます。
呼吸の監視は、次のような原理に基づいて実施されます。呼吸を行っている際、胸部のインピーダンスは周期的に変化します。通常、人間は1分間に10~60回ほどの呼吸を行います。そのため、呼吸に伴う生体インピーダンスの変化は、低周波領域(0.05Hz~4Hz)でゆっくり変化する信号として計測されます。刺激信号としては方形波も正弦波も使用できます。いずれの場合も、標準的な周波数としては75kHzが使用されます。
一般に、GSR/EDAは精神的なストレスを監視するために使用されます。具体的な例としては嘘発見器が挙げられます。人が緊張すると、手に発汗が見られます。GSR/EDAでは、それに伴うインピーダンスの変化を測定します。通常、その種の機器では、乾式電極と単一周波数(DC~400Hz)の刺激信号を使用します。
ICGでは、一回拍出量や心拍出量を非侵襲的に測定します。心周期中には胸腔のインピーダンスが変化します。その変化に基づいて、一回拍出量や心拍出量を間接的に算出します。ICGとECGを併用すれば、心機能の評価を実施することが可能になります。通常、ICGの測定を行う際には、4つの湿式電極を患者の首と腹部に装着します。刺激信号としては、周波数が20kHz~200kHz(標準的には75kHz)の正弦波を使用します。MAX30009を採用すれば、同期ピンを使用することで、他のECG用バイオセンサーとの協調動作を実現できます。そのようにすれば、心臓の健康状態を総合的に評価することが可能になります。なお、ECG用バイオセンサーの皮膚電極を再利用することもできます。
まとめ
VSM機器において、生体インピーダンスは非常に重要なパラメータとして使用されます。このインピーダンスは、人の健康状態と密接に関係しているからです。高い精度で測定された生体インピーダンスの値は、健康を維持する上で大いに役立ちます。
MAX30009は、刺激信号として周波数掃引を伴う正弦波を出力できる特定用途向けのICです。直交復調の機能を備えているので、生体インピーダンスの各種パラメータの値を高い精度で測定できます。そのため、様々な種類のアプリケーションに対応できます。また、他の種類のバイオセンサーとの同期測定も実現できるので、従来のソリューションでは得られない多くのメリットを享受することが可能です。MAX30009は、VSM機器の構築に最適な製品だと言えるでしょう。
生体インピーダンスの測定に使用できる製品については、パラメトリック検索のページを参照してください。生体インピーダンスの測定方法については、「身体組成測定、体内水分量、生体インピーダンス解析」のページをご覧ください。