多用途/高精度のシングルエンドto差動回路、コモン・モードの調整機能によりダイナミック・レンジを向上

差動信号は、優れたS/N比、ノイズ耐性、2次高調波歪み特性が求められる回路で特に威力を発揮します。こうした回路の例としては、高性能A/Dコンバータ(ADC)の駆動回路やHi-Fiオーディオ信号のコンディショニング回路が挙げられます。シングルエンド信号を差動信号に変換する回路(以下、シングルエンドto差動回路)については、以前、Analog Dialogueで「Versatile, Low Power, Precision Single-Ended-to-Differential Converter(多用途、低消費電力、高精度のシングルエンドto差動回路)」1という記事を公開しました。この記事では、大幅に特性を改善したシングルエンドto差動回路を紹介しました(図1)。この回路では、非常に高い入力インピーダンスを実現するとともに、バイアス電流が最大で2nA、オフセット電圧(入力換算)が最大で60μV、オフセット・ドリフトが最大で0.7μV/℃という高い性能が得られています。この回路には、アナログ・デバイセズ(ADI)が提供する差動アンプIC「AD8476」とオペアンプIC「OP1177」を使用しました。差動ゲインが1のAD8476OP1177を帰還ループ内でカスケード接続することにより、上述したような高い性能を実現しています。

Figure 1
図1 性能を改善したシングルエンドto差動回路

例えば、温度センサーや圧力センサーの出力に適用するシグナル・コンディショニング回路など、多くのアプリケーションでは、より広い出力ダイナミック・レンジが求められます。また、コモン・モード電圧を調整できる回路であれば、リファレンスによってフルスケール電圧が決まる多くのADCとのインターフェースを確立するうえで非常に便利です。

Figure 2
図2. ダイナミック・レンジを改善したシングルエンドto差動回路

ループ内の差動アンプのゲインを1よりも大きくすると、回路全体としての出力ダイナミック・レンジが高く大きくなります(図2)。その出力は次式で表せます。

Equation 1

RGを開放にすると、この回路全体のゲインは2になります。オペアンプA1(OP1177)からの出力は次式で表せます。

Equation 2

OP1177の出力には常にVREFが加算され、その出力ヘッドルームに制限を与えることに注意してください。ほとんどのアプリケーションでは、出力ダイナミック・レンジを最大化するためにVREF(出力コモン・モード電圧)は電源電圧の中心に設定します。図2において、差動アンプIC「ADA4940」を使用した回路のゲインは2です。つまり、ループ内にゲインが1よりも大きい差動アンプを配置しています。この場合、A2の差動ゲインによってA1の出力電圧は小さくて済むので、A1の出力が飽和するのを避けることができます。±5Vの電源を使用する場合、OP1177の出力振幅は代表値で4.1Vです。図2の回路の場合、VREFを0Vに設定すると、差動出力電圧の振幅は約±8Vになります。A2のゲインを3に設定すると、出力ダイナミック・レンジはさらに広くなり、この回路における最大出力電圧振幅に達します。ゲインを1、2、3に設定可能な「ADA4950」といったアンプも、A2としての使用に適しています。

調整可能な出力コモン・モード電圧

この回路は、入力信号のコモン・モード電圧から独立して出力コモン・モード電圧を調整できるよう改変することができます。それにより、単電源アプリケーションからADCへのインターフェースを確立するために必要な処理の自由度と利便性が高まります。つまり、グラウンドをリファレンスとする入力信号から、コモン・モード電圧の高い差動信号へと変換する処理が容易になるということです。

この改変は、入力端子にR1とR2という2個の抵抗を追加することで実現できます(図3)。ここで、R2はVOCMに接続します。必要であれば、入力アンプA1をデュアル構成の「OP2177」に置き換え、2つ目のオペアンプを入力バッファとして使用することにより、入力バイアス電流を大幅に低減することも可能です。

Figure 3A
図3.(a)コモン・モード電圧を調整可能にしたシングルエンドto差動回路
Figure 3B
図3.(b)入力波形と出力波形。青がV in、赤がVOP、黄がVON。コモン・モード電圧は0V
Figure 3C
図3.(c)入力波形と出力波形。青がV in、赤がVOP、黄がVON。コモン・モード電圧は2.5V

図1の回路では、VREFが入力のリファレンスとなります。これに対し、図3の回路の入力は、グラウンドを直接的にリファレンスとして差動出力に変換されます。この場合、VOCMを調整することにより、入力のリファレンスはグラウンドに保ちつつ、出力コモン・モード電圧をシフトすることができます。VOCMは、リファレンス電圧の半分あるいは変換回路の中間レベルの電位に設定できます。VOCMは、基本的にはVINと並ぶもう1つの入力として振る舞います。2個の抵抗の値は、

Equation 3

となるように選ぶ必要があります。重ね合わせの原理により、VINが0のとき、出力電圧は必ずVOCMと同一の値になります。また、VOCMは出力コモン・モード電圧を設定する値であり、差動出力は0になります。R1=RG、R2=RFとすると、出力電圧は以下の各式で表すことができます。

Equation 4

帯域幅と安定性

2個のアンプは、サーボループの構成に含まれる複合型の差動出力アンプとして機能します。OP1177/OP2177のオープンループ・ゲインとADA4940の差動ゲインが組み合わされて、この回路全体のオープンループ・ゲインが決まります。その結果、回路全体の帯域幅が定まります。また、複数のポールが組み合わせられることにより、ループに位相シフトが生じます。A2のゲインを高くすると、その帯域幅が狭くなり、回路全体の安定性に影響が及ぶことがあります。設計者は、回路全体の周波数応答をチェックし、どの程度の補償が必要なのかを見積もらなければなりません。大まかに言えば、帰還システムの安定性を確保するには、周波数軸における回路全体のオープンループ・ゲインが-20dB/decの割合でロールオフしてユニティ・ゲインに達することが必要です。これについては、ゲインが最小(ゲインが2)のアプリケーションでは、ループ・ゲインが最大、位相余裕が最悪になるので特に重要なポイントになります。また、トータルのゲインを高くすると、帯域幅が減少し、帰還ループの位相余裕が増大するので安定性が向上します。ループ・ゲインが低下すると、より低い周波数でユニティ・ゲインに達します。ループ・ゲインは次式で表されます。

Equation 5

出力が差動形式で、その一方の出力だけから帰還がかかることから、帰還率βは基本的に1/2になります。ADA4940では、ゲインが2の場合、帯域幅が50MHzになります。一方、OP1177のユニティ・ゲイン帯域幅は約4MHzです。図3の回路は、OP1177とクローズドループ・ゲインによって制限される約1MHzの帯域幅に対して安定です。本稿の冒頭で紹介した記事で指摘しましたが、異なるオペアンプを使用した際に安定性を満たすための条件が成立しない場合には、図3(a)に示すように、帯域幅を制限するためのコンデンサを使用することが可能です。このコンデンサは、帰還ループ内のRFと共に積分回路を構成し、回路全体の帯域幅を次式のように制限します。

Equation 6

このコンデンサと帰還抵抗は、トータルの帯域幅が上式によって制限されるように選択することができます。


1Sandro Herrera, Moshe Gerstenhaber 「Versatile, Low Power, Precision Single-Ended-to-Differential Converter」 Analog Dialogue 46-10


参考資料

1Herrera, Sandro and Moshe Gerstenhaber. "Versatile, Low Power, Precision Single-Ended-to-Differential Converter." Analog Dialogue, Volume 46, Number 4.

Darwin Tolentino

Darwin Tolentino

Darwin Tolentinoは、アナログ・デバイセズ(フィリピン)の高速グループの上級テスト開発技術者です。アンプとリニア製品のテスト開発に取り組み、高速インターフェース製品をサポートしています。アナログ・デバイセズには2000年に入社し、半導体業界で14年の経験があります。

Sandro Herrera

Sandro Herrera

Sandro Herreraは、マサチューセッツ州 ウィルミントンにあるADIのIntegrated Amplifier Products(IAP)グループに所属する回路設計エンジニアです。主に、ゲインが固定/可変/プログラマブルな完全差動アンプの設計に携わっています。マサチューセッツ工科大学で学士号と修士号を取得しています。2005年8月にADIに入社しました。