高温対応、低消費電力のデータ・アクイジション・ソリューション

はじめに

石油やガスの採掘装置、航空電子機器、自動車などの分野では、周囲温度が非常に高くても正確に動作するデータ・アクイジション・システムが求められています。具体的な用途は分野によってかなり異なりますが、シグナル・コンディショニングについては共通するニーズが存在します。そうしたシステムの大半では、複数のセンサーから高速かつ高精度でサンプリング・データを収集することが求められます。また、電池でシステムを駆動したり、電子部品の自己発熱による温度の上昇を抑制したりするために、消費電力に対して厳しい要求が課せられます。こうした理由から、広い温度範囲に対して高い精度を維持することができ、さまざまな状況下で容易に使用できる低消費電力のA/Dコンバータ(ADC)を中心に据えたシグナル・チェーンが求められます。図1に、油田/ガス田などで用いられる掘削機器向けシグナル・チェーンの例を示しました。

IC製品において、175℃の最高動作温度を実現するのは容易なことではありません。しかし、最近ではシグナル・コンディショニングやデータ変換といった中核的な機能を備え、そうした動作温度を実現する製品も増えてきました。その結果、高温環境下で稼働する信頼性の高いアプリケーション用の回路を短期間で設計し、従来は不可能だった性能を実現できるようになりました。もちろん、そうしたICは十分に温度特性の評価を行ったうえで製品化されています。ただ、その評価はデバイス単体としての機能/性能に限定して行われる傾向にあることも確かです。つまり、そうしたICを使用する回路全体としての情報は明らかに不足しているということです。言い換えれば、実際のシステムで高い精度を実現するためのベスト・プラクティスが示されているとは言えません。

本稿では、高温環境向けデータ・アクイジション回路の新たなリファレンス設計を紹介します。この回路の特性は、室温から175℃の温度範囲で評価済みです。データ・アクイジションを行うための完全な回路ブロックであり、センサーからのアナログ入力信号に対してコンディショニング(調整)を施し、A/D変換によってデジタル化したうえで、SPI(Serial Peripheral Interface)に対応するシリアル・データ・ストリームとして出力します。1チャンネルでも十分に広範な用途で使用できますが、複数のチャンネルで同時にサンプリングを行う用途向けに拡張することも可能です。また、消費電力の抑制が重要であることを考慮し、ADCの消費電力はサンプリング・レートに対して直線的に変化するようになっています。ADCには電圧リファレンスから直接電力を供給することができ、電源レールの追加や効率の悪い電力変換を行う必要はありません。このリファレンス設計は、設計者が容易にテストできるように入手後すぐに動作させることが可能です。また、すべての回路図、部品表、プリント回路基板の設計データ、テスト用のソフトウェアも同時に提供されます。

Figure 1
図1 . 掘削装置用データ・アクイジション回路のシグナル・チェーン
Figure 2
図2 . データ・アクイジション用の回路

回路の概要

図1に示したのが、リファレンス設計の回路ブロック図です。この回路の最大動作温度は175℃です。この温度における特性が評価され、性能が保証されたデバイスを使用しています。その中核にあるのは、分解能が16ビットで、サンプリング・レートが600kSPS(キロサンプル/秒)の逐次比較型ADCです。過酷な環境で稼働するアプリケーションの中には、電池で駆動されるものが少なくありません。そのため、高い性能が得られるようにシグナル・チェーンを構築しつつ、消費電力はできるだけ削減するように設計されています。

この回路では、アナログ・デバイセズ(ADI)が提供するPulSAR®ファミリーのADC「AD7981」を使用しています。このICは600kSPSのサンプル・レートにおける消費電力がわずか4.65mWで、高温での動作も保証されています。これを高温動作、低消費電力のオペアンプ「AD8634」によって直接駆動します。AD7981は2.4V~5.1Vの外付けの電圧リファレンスを必要とします。このリファレンス設計では、2.5V出力で、高温動作、高精度、低消費電力の電圧リファレンス「ADR225」を使用しており、静止電流は210℃において最大60μAと非常に少なく抑えられています。この回路で使用しているICは、単一金属のワイヤ・ボンディングを採用するなど、いずれも高温環境に対応できるよう特別に設計されたパッケージを採用しています。

ADC

この回路の心臓部は、16ビット、低消費電力、単一電源のADCであるAD7981です。逐次比較型のアーキテクチャ(SAR)を採用しており、サンプル・レートは最大600kSPSです。図2に示すように、AD7981にはコア部用の電源VDDとデジタル入出力インターフェース用の電源VIOの2本の電源ピンがあります。VIOピンは1.8V~5.0Vの任意のロジック・インターフェースと直接接続することができます。また、VDDピンとVIOピンに同じ電圧を使用してシステムに必要な電源の数を減らすことも可能です。AD7981には電源シーケンスの面で特に制約はありません。図3は同ICの接続図を簡略化して示したものです。

AD7981の消費電力は600kSPSでの動作においてわずか4.65mWです。また、変換処理と変換処理の間には、省電力化のために自動的にパワーダウンするようになっています。これにより、同ICの消費電力はサンプル・レートに対して直線的に変化します。そのため、同ICは高いサンプル・レートとわずか数Hzのサンプル・レートの両方に適応するとともに、電池で駆動するシステムに求められる低消費電力にも対応できます。さらに、低速の信号に対しては、オーバーサンプリング技術を使用することで有効分解能を高めることも可能です。

Figure 3
図3.AD7981の接続図

AD7981は擬似差動アナログ入力に対応します。IN+とIN-の間の真の差動信号をサンプリングし、双方の入力に共通する信号成分を除去します。IN+には、0V~VREFの範囲にあるユニポーラのシングルエンド信号を入力することができます。一方、IN-の入力範囲は、GND~100mVに制限されています。AD7981の擬似差動入力により、ADCドライバに対する要件が緩和されるとともに、消費電力を抑えられます。AD7981の最高動作温度は175℃で、パッケージは10ピンのMSOPです。

ADCドライバ

AD7981の入力は、低インピーダンスの信号源であれば直接駆動できます。逆に、信号源インピーダンスが高いと、AC性能、特に全高調波歪み(THD)が大幅に低下します。そのため、AD7981は、図4に示すように、ADCドライバやAD8634のようなオペアンプを使用して駆動するべきです。AD7981では、アクイジション・タイムの開始時にスイッチが閉じるほか、容量性DACが同ICの入力に電圧グリッチ(キックバック)を印加します。ADCドライバは、このキックバックをセトリングする役割と信号源から分離する役割を果たします。

デュアル・オペアンプのAD8634は消費電力が少なく(オペアンプ1つにつき1mA)、精度が高いことを特徴とします。優れたDC/AC特性を備えているので、シグナル・チェーンにおけるセンサーからの信号のコンディショニング用に最適です。また、基本性能が優れていることから、それ以外の部分にも適用できます。AD8634はレールtoレール出力に対応していますが、入力については正側電源レールと負側電源レールから300mVのヘッドルームが必要です。そのため、このリファレンス設計では負の電源が必要となり、-2.5Vを使用しています。AD8634には最高動作温度が異なるパッケージ・オプションがあります。1つは最高動作温度が175℃のモデルであり、パッケージは8ピンSOICです。もう1つは最高動作温度が210℃のモデルで、8ピンのフラット・パッケージで提供されます。

Figure 4
図4. AD7981の駆動回路

ADCドライバとAD7981の間にはRC(抵抗‐コンデンサ)フィルタを配置しています。このフィルタは、AD7981の入力に印加されるキックバックを減衰させ、入力に加わるノイズの帯域を制限する役割を果たします。ただし、帯域を制限しすぎると、セトリング・タイムと歪みが増大する可能性があります。そのため、このフィルタで使用する最適なRCの値を見いだすことが非常に重要です。RCの値は、主に入力周波数とスループット・レートに基づいて算出します。

データシートに記載されているとおり、AD7981内部のサンプリング用コンデンサCINの値は30pF、tCONVは900nsです。AD7981のサンプル・レートは600kSPS、CEXTの値は2.7nFで、10kHzの信号を入力するとします。その場合、2.5VのVREFに対する電圧のステップVSTEPは次式のように表されます。

Equation 1
Equation 2

したがって、1/2LSB以内(AD7981の分解能は16ビット)にセトリングするために必要な時定数は次のようになります。

Equation 3

また、AD7981のアクイジション・タイムは次のようになります。

Equation 4

さらに、次式を使用することでRCフィルタの帯域を算出できます。

Equation 5

これは1次近似を使って求めた理論値なので、実機を使って検証(テスト)を行う必要があります。テストの結果を踏まえて、このリファレンス設計では最適な値としてREXT=85Ω、CEXT=2.7nF(f–3dB=693.48kHz)に決定しました。実際、これらの値を使用することにより、175℃までの拡張温度範囲に対して優れた性能を得ることができました。

このリファレンス設計では、ADCドライバはユニティ・ゲインのバッファ構成で使用しています。ADCドライバにゲインを加えると、ドライバの帯域幅が狭くなり、セトリング・タイムが長くなります。その場合、ADCのスループットを下げるか、ゲイン・ステージの後段にドライバとしてバッファを加えるとよいでしょう。

電圧リファレンス

ADR225は2.5V出力の電圧リファレンスです。210℃における最大静止電流はわずか60μA、ドリフトは40ppm/℃(代表値)です。そのため、このリファレンス設計のデータ・アクイジション回路に最適です。また、同ICの初期精度は±0.4%で、3.3V~16Vの広い電源電圧範囲で動作します。

AD7981では、他のSAR型ADCの場合と同様に、REF(電圧リファレンス)ピンの入力インピーダンスが変化します。そのため、図5に示すようにREFピンとGNDの間にデカップリング・コンデンサを挿入し、ロー・インピーダンス・ソースで駆動する必要があります。AD8634はADCドライバとしてだけでなく、このリファレンス・バッファとしても適しています。

AD7981では、他のSAR型ADCの場合と同様に、REF(電圧リファレンス)ピンの入力インピーダンスが変化します。そのため、図5に示すようにREFピンとGNDの間にデカップリング・コンデンサを挿入し、ロー・インピーダンス・ソースで駆動する必要があります。AD8634はADCドライバとしてだけでなく、このリファレンス・バッファとしても適しています。

Figure 5
図5. AD7981に適用したリファレンス・バッファとRCフィルタ

AD7981でA/D変換を行っている際、リファレンス入力には2.5mAの電流スパイクが生じる可能性があります。そのため、値の大きいコンデンサをリファレンス入力のできるだけ近くに配置し、電流がそちらに流れるようにすることで、リファレンス入力部のノイズを低く抑えます。一般に、この用途には等価直列抵抗(ESR)の小さい10μFのセラミック・コンデンサが使用されます。しかし、値が大きいセラミック・コンデンサは高温には対応できないため、このリファレンス設計には適用できません。そこで、このリファレンス設計では回路の性能への影響を最小限に抑えるために、ESRの小さいタンタル・コンデンサを使用しています。その値は47μFとしました。

デジタル・インターフェース

AD7981は、SPI、QSPI(Quad SPI)などのデジタル・ホストとの互換性を持つ柔軟性の高いシリアル・デジタル・インターフェースを備えています。このインターフェースは、I/O数が最小になるシンプルな3線モード、またはデイジー・チェーン接続による読み出しとビジー表示が可能なオプションの4線モードに構成することができます。4線モードではCNV(変換入力)とは独立したタイミングで読み出しが可能であり、複数のADCで同時にサンプリングが行えます。

このリファレンス設計では、Pmod互換インターフェースを使用しています。SDIをVIOに接続したシンプルな3線モードの構成です。VIOへの電圧は、外部のSDP-PMODインターポーザ・ボードから供給します。インターポーザ・ボードは、リファレンス設計のボードをADIのSDP(システム開発プラットフォーム)のボードに接続するために使用します。それにより、性能評価用のソフトウェアを実行するために、USBを介してPCに接続することが可能になります。

電源

このリファレンス設計では、5Vと-2.5Vの電源レール用に低ノイズの外部電源が必要になります。AD7981は消費電力が少ないので、リファレンス・バッファから直接電源を供給することが可能です(図6)。つまり、電源レールを追加する必要がないため、消費電力と基板スペースを節約することができます。ロジック・レベルに互換性がある場合には、リファレンス・バッファからVIOに電源を供給することも可能です。なお、リファレンス設計のボードでは、柔軟性を最大化するために、VIOにはPmod互換インターフェースを介して外部から電源を供給しています。

Figure 6
図6. リファレンス・バッファからAD7981への電源供給

データ・アクイジションのソリューション全体として見た場合、175℃におけるトータルの消費電力(代表値)は以下のようにして求められます。

ADR225: 30 µA × 5 V = 0.15 mW

AD8634: (1 mA × 2つのアンプ) × 7.5 V = 15 mW

AD7981: 4.65 mW(600kSPSにおける値)

トータルの消費電力 = 19.8 mW

パッケージと信頼性

ADIが提供する高温対応のIC製品群は、設計、特性の評価、信頼性の認証、量産時の出荷テストを含む特別なプロセス・フローを経ています。そのプロセスの1つに、極限レベルの温度に対応できるよう特別に設計された特殊なパッケージがあります。具体的には、特殊な材料を使用したプラスチック・パッケージによって175℃の温度に対応しています。

高温の条件下におけるパッケージの故障メカニズムの1つに、ボンディング・ワイヤとボンディング・パッドの接触面に関するものがあります。これは、プラスチック・パッケージで一般的に使用される金(Au)とアルミニウム(Al)の組み合わせで特に問題になります。温度が上昇すると、AuとAlの化合物の成長が加速されるからです。その化合物が、ボンディングの脆弱性やボイドの発生といった故障に影響を及ぼします。図7に示したように、そうした問題は数百時間ほどで発生することもあります。

Figure 7
図7. AlパッドとAuボール・ボンド
(195℃の環境において500時間経過しただけで、ボイドが発生している)

こうした故障を避けるために、ADIはOPM(Over Pad Metallization)プロセスを使用し、金製のボンディング・ワイヤを接着するために金製のボンディング・パッド面を形成しています。このように単一金属を使用するのであれば金属間化合物は形成されません。このようなプロセスを採用することで、ADIは高温対応製品におけるボンディングの問題を解決しています。その信頼性の高さは、195℃で6000時間以上ソークを行う認証テストによって証明されています(図8)。

Figure 8
図8. OPMパッドとAuボール・ボンド(195℃の環境下で6000時間経過しても問題は生じない)

上記のとおり、ADIは195℃でも高い信頼性が得られるボンディングを実現しています。一方、プラスチック・パッケージの定格は、成形化合物のガラス転移温度によって決まる175℃となっています。しかし、セラミックのフラット・パッケージを採用したオプションのモデルであれば、210℃の最高動作温度が得られます。また、カスタムのパッケージが必要なシステム向けには、KGD(良品であることが補償されたベア・チップ)も提供しています。

ADIは高温(HT)に対応する製品向けに、信頼性に関する包括的な認定プログラムを用意しています。そのプログラムには高温動作寿命(HTOL:High Temperature Operating Life)試験も含まれます。HTOLでは、ICは最高動作温度でバイアスされます。高温に対応する製品の場合、データシートでは最大動作温度で最短でも1000時間耐えられると規定しています。量産工程における出荷テストは、各ICの性能を保証するための最後のステップです。ADIの高温対応製品群は、出荷テストを高温で行うことによって性能を満たしていることを保証しています。

受動部品

高温に対応する必要があるのはICだけではありません。受動部品についても定格温度が高いものを選択する必要があります。リファレンス設計では、175℃以上に対応し、抵抗温度係数(TCR)が小さい薄膜抵抗を使用しています。また、帯域が狭いフィルタやデカップリングの用途には、温度に対して非常に平坦な係数を持つCOG/NPOコンデンサを使用します。タンタル・コンデンサであれば、定格温度が高くセラミック・コンデンサよりも容量値が大きいものが提供されています。そのため、タンタル・コンデンサは電源のフィルタリングに一般的に使用されています。リファレンス設計のボードに使用しているSMAコネクタは、定格温度が165℃であるため、長時間に及ぶ高温のテストを実施する際には取り外す必要があります。同様に、0.1インチのヘッダー・コネクタ(J2とP3)については、絶縁材料の最大定格温度が短時間でしか規定されていません。そのため、このコネクタも、長時間にわたる高温のテストを実施する際には取り外さなければなりません。製造向けには、複数のベンダーからオプションとして提供されている高温定格対応のMicro-Dコネクタを利用するとよいでしょう。

基板のレイアウトと実装

このリファレンス設計のプリント回路基板は、アナログ信号パスとデジタル・インターフェースがADCの両側に位置するように設計されています。ADCの下部やアナログ信号パスの近くにスイッチング信号は存在しません。アナログ信号パスに悪影響が及ばないようにするために、ADCのダイに結合するノイズの量を最小化しているということです。AD7981のピンは、アナログ信号をすべて左側、デジタル信号をすべて右側に配置することで、レイアウトを行いやすくしています。先述したように、電圧リファレンス(REFピン)の入力インピーダンスの値は変動するため、寄生インダクタンスが最小になるようにデカップリングする必要があります。そのためには、リファレンス用のデカップリング・コンデンサをREFピンとGNDピンのできるだけ近くに配置し、低インピーダンスの太い配線で接続します。この基板は、底面から熱を加えることで高温でのテストが容易に行えるように、基板の上面のみに部品を配置するように設計されています。図9に、部品を実装済みの基板の写真を示しました。レイアウトに関する詳細な推奨事項については、AD7981のデータシートを参照してください。

Figure 9
図9. 部品を実装したリファレンス設計の回路基板

高温に対応する回路では、信頼性を確保するために特殊な材料や実装方法を採用する必要があります。FR4はラミネート基板に一般的に使用されている材料ですが、商用グレードのFR4はガラス転移温度の代表値が約140℃となっています。そのため、140℃以上になると基板が破損したり層が剥離したりすることによって、部品にストレスがかかることがあります。高温に対応するために、FR4の代替材料として広く使用されているのは、ガラス転移温度が240℃以上(代表値)のポリイミドです。このリファレンス設計では、ポリイミドを使用した4層プリント基板を採用しています。

すず(Sn)を含むハンダを使用する場合には、配線に使われる銅との化合物である青銅が形成される可能性があります。このことが、プリント基板の表面で問題になることがあります。一般に、プリント基板の表面の仕上げにはニッケル金(Ni/Au)が使用されます。ニッケルがバリアを作り、金がハンダ接合によるボンディングに適した表面を作るという効果が得られるからです。また、ハンダについても、融点とシステムの最大動作温度の間には十分なマージンが必要です。つまり、融点の高いハンダを使用しなければなりません。そこで、リファレンス設計の基板の実装には、SAC305の鉛フリー・ハンダを使用しました。融点は217℃なので、回路の最高動作温度である175℃に対して42℃のマージンが確保されています。

性能の見積もり

AD7981では、リファレンス電圧が5V、入力信号が1kHzのトーンという条件で、91dB(代表値)のS/N比が得られます。ただし、低消費電力、低電圧のシステムに共通することですが、リファレンス電圧が2.5Vといった低い値である場合にはS/N比がやや低下すると考えられます。S/N比の理論値は、回路で使用した各コンポーネントの仕様に基づいて算出することができます。データシートに記載しているとおり、オペアンプICであるAD8634の入力電圧ノイズ密度は4.2nV/√Hz、電流ノイズ密度は0.6pA/√Hzです。同ICをバッファ構成で使用した場合、ノイズ・ゲインは1です。ここで、電流ノイズの計算では直列入力抵抗を無視できると仮定すると、AD8634からの出力ノイズは次式のように算出できます。

Equation 6

RCフィルタのカットオフ周波数は以下のとおりです。

[カットオフ周波数]=

Equation 7

 このフィルタを通過することで、ADCへの入力の総ノイズは次式のようになります。

Equation 8

AD7981のデータシートを見ると、リファレンス電圧が2.5Vの場合のS/N比は86dB(代表値)です。同ICのRMSノイズは、この値を基に以下のようにして算出することができます。

Equation 9

データ・アクイジション回路全体のRMSノイズは、以下のように、AD8634とAD7981のノイズのRSS(2乗和平方根)として算出できます。

Equation 10

また、データ・アクイジション回路の室温(25℃)におけるS/N比(理論値)は以下のように概算できます。

Equation 11

評価の結果

リファレンス設計の回路について、25℃~185℃の温度範囲でAC性能を評価しました。こうした特性評価においては、低歪みの信号発生器を使用するのは非常に重要なことです。そこで、Audio Precision社の「SYS-2522」を使用することにしました。また、恒温槽内で容易にテストできるようにするため、延長用のハーネスを取り付けて、リファレンス設計の回路だけが高温にさらされるようにしました。なお、評価環境は図10のように構成しました。

Figure 10
図10 . 特性評価用の測定環境

上述したように、室温でのS/N比は約86dBになるはずです。図11のFFT結果に示すように、室温におけるS/N比の実測値は86.2dBであり、概算結果とよく一致しています。

Figure 11
図11. 1kHzのトーンを入力した場合のAC性能(温度は25℃、サンプル・レートは580kSPS)

続いてS/N比の温度依存性を評価したところ、175℃では約84dBとなりました(図12)。THDは図13に示すように175℃でも-100dB以上を維持しています。図14に、175℃におけるFFT結果を示しました。

Figure 12
図12. S/N比の温度依存性(1kHzのトーンを入力、サンプル・レートは580kSPS)
Figure 13
図13. THDの温度依存性(1kHzのトーンを入力、サンプル・レートは580kSPS)
Figure 14
図14. 1kHzのトーンを入力した場合のAC性能(温度は175℃、サンプル・レートは580kSPS)

まとめ

本稿では、高温環境で使用可能なデータ・アクイジション回路のリファレンス設計を紹介しました。この回路は、センサーからのアナログ入力信号に対してコンディショニングを施し、A/D変換によってデジタル化したうえで、SPIに対応するシリアル・データ・ストリームとして出力するというものです。消費電力は20mW未満に抑えており、室温から175℃の範囲の特性評価によって良好な性能が得られることも確認済みです。このリファレンス設計は、設計者が容易にテストできるように入手後すぐに動作させることが可能です。また、すべての回路図、部品表、プリント回路基板の設計データ、テスト用のソフトウェア、ドキュメントも同時に提供されます。

このリファレンス設計の詳細については、analog.com/CN0365をご覧ください。また、高温に対応するADIの製品群については、analog.com/hightempをご覧ください。


参考資料

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AD7981

Digilent Pmod Specification.

Harman, George「Wire Bonding in Microelectronics」 McGraw Hill, 2月 2010年

Phillips, Reggie, et al「High Temperature Ceramic Capacitors for Deep Well Applications」 CARTS Inter-national 2013 Proceedings. 3月 2013年 Houston, TX

T.A. Siewert, J.C. Madeni, S. Liu「Formation and Growth of Intermetallics at the Interface Between Lead-Free Solders and Copper Substrates」 Pro-ceedings of the APEX Conference on Electronics Manufacturing. Anaheim, California. 4月2003年

Alan Walsh「高精度SAR A/Dコンバータ(ADC)のフロントエンド・アンプとRCフィルタの設計」 Analog Dialogue 46-12, 12月2012年

Alan Walsh「高精度逐次比較型ADC用の電圧リファレンス回路の設計」 Analog Dialogue 47-06, 6月2013年

Jeff Watson、Gustavo Castro「高温電子機器の設計と信頼性の課題」Analog Dialogue 46-04, 4月2012年

Zedni.ek, Tomas, Zden.k Sita, and Slavomir Pala「Tantalum Capacitor Technology for Extended Operating Temperature Range」

Jeff Watson

Jeff Watson

Jeff Watsonは、計測機器グループのストラテジック・マーケティング・マネージャで、主に高精度機器テスト/計測/高温アプリケーションを専門としています。アナログ・デバイセズに入社する前は、ダウンホール石油ガス計測業界とオフ・ハイウェイ自動車計測/制御業界で設計技術者として活躍していました。ペン州立大学で電気工学の学士号と修士号を取得しました。

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar はアナログ・デバイセズの計装/高精度テクノロジー部門のアプリケーション・エンジニアです。2010 年にアナログ・デバイセズに入社して以来、高精度 ADC の製品ポートフォリオを担当し、産業分野、計測分野、医療分野、エネルギー分野のお客様を支援しています。2005 年から半導体業界に携わっており、数件の技術資料を発表しています。2006年にサンノゼ州立大学で電気電子工学の修士号を取得し、2010 年にシリコン・バレー大学で経営学の修士号を取得しています。