スイッチング時の遷移速度を下げる場合の注意点

スイッチング・レギュレータでは、スイッチング時の遷移が速いことは、1つのメリットになります。スイッチングに伴って生じる損失が大幅に削減されるからです。特にスイッチング周波数が高い場合には、効率が大幅に向上します。但し、スイッチング時の遷移が高速であることには、いくつかの欠点もあります。例えば、遷移の周波数が20MHz~200MHzであると、干渉波が大幅に増加します。そのため、スイッチング電源を設計する際には、高い周波数範囲において、効率の向上と干渉波の削減の間で良好な妥協点を見いだすことが重要になります。アナログ・デバイセズは、この問題に対する解として、Silent Switcher®(サイレント・スイッチャ)を開発しました。この革新的な技術によって、スイッチング時の遷移が非常に高速であっても、干渉波(放射性エミッション)を最小限に抑えることが可能になりました。

図1に、スイッチング時の遷移が速い場合と遅い場合の概念図を示しました。スイッチング時の遷移が高速である場合、近接する回路に対して、干渉波がより強く結合します。プリント回路基板において、電圧が急峻に変化するパターンは、近接するインピーダンスの高い配線との間で容量性の結合を起こすことがあります。一方、電流が急峻に変化するパターンは、隣接するパターンとの間で誘導性の結合を起こすことがあります。こうした影響は、スイッチング時の遷移を遅くすることで、最小限に抑えることができます。図2は、非同期整流方式のスイッチング・レギュレータでよく使われる手法を示したものです。この例では、2つのスイッチのうち1つをショットキー・ダイオードで実現しています。ハイサイドのNチャンネルMOSFETについては、ゲート電圧の駆動にブートストラップ用のコンデンサCBOOT を使用します。このCBOOTと直列に接続された抵抗が、スイッチング速度を低下させる役割を果たします。この手法は、パワーMOSFETのゲート信号線に直接アクセスすることができない、統合型のスイッチング・レギュレータICで使用されます。スイッチング・コントローラICと外付けのMOSFETを組み合わせて使用する場合には、ゲート信号線に抵抗を挿入することもあります。通常、抵抗値は100Ω未満に設定します。

図1. スイッチング電源におけるスイッチング時の遷移。スイッチング・ノードにおける入力電圧の遷移速度の違いを示しています。

図1. スイッチング電源におけるスイッチング時の遷移。スイッチング・ノードにおける入力電圧の遷移速度の違いを示しています。

図2. スイッチング時の遷移を遅くする手法。非同期整流方式の降圧コンバータに適用するブート・ストラップ回路に抵抗を追加しています。

図2. スイッチング時の遷移を遅くする手法。非同期整流方式の降圧コンバータに適用するブート・ストラップ回路に抵抗を追加しています。

しかし、最近のスイッチング・レギュレータは、ハイサイドとローサイドの能動スイッチを備える同期整流方式のものがほとんどです。その場合、上記の手法を適用してスイッチング時の遷移を遅くするというのは、容易なことではありません。図3に示すように、CBOOTと直列の抵抗を使用したとすると、ハイサイドのスイッチのスイッチングが遅くなります。そうすると、ローサイドのスイッチが完全にターンオフしなくなります。つまり、ハイサイドとローサイドのスイッチが同時にオンになる瞬間が発生するかもしれないということです。その状態に陥った場合、入力電圧からグラウンドに至る短絡回路が生じることになります。スイッチング時の遷移の速度は重大な問題であり、動作温度や半導体の製造時に生じるバラツキなどからも影響を受けます。そのため、実験室でのテストでも、安全に動作するとは限りません。スイッチを集積した同期整流方式のスイッチング・レギュレータにおいて、スイッチング時の遷移速度を下げるには、どうすればよいのでしょうか。その場合、遷移の速度を内部回路で直接設定できる製品を選択するということが解になります。そうした製品の一例がアナログ・デバイセズの「ADP5014」です。この種のIC製品は、スイッチング時の遷移速度を落としつつ、2つのスイッチが同時に導通することがないように機能します。つまり、短絡回路が生じないことをICの内部で保証しているということです。この種の製品では、CBOOTのパスに抵抗を挿入するという手法は使用しません。

図3. 同期整流方式の降圧コンバータに図2の手法を適用した回路。ハイサイドのスイッチの遷移速度が低下しますが、短絡回路が生じてしまう可能性があります。

図3. 同期整流方式の降圧コンバータに図2の手法を適用した回路。ハイサイドのスイッチの遷移速度が低下しますが、短絡回路が生じてしまう可能性があります。

スイッチング時の高速な遷移について語る際には、近年の非常に重要なイノベーションを無視すべきではありません。アナログ・デバイセズの Silent Switcher 技術は、スイッチング時の遷移が高速であっても、放射性エミッションを最大40 dB( 1/10000 )も削減できます。そのため、EMC(Electromagnetic Compatibility)の問題を最小限に抑えつつ、スイッチングが非常に高速なスイッチング電源を開発できます。Silent Switcherを適用したICを採用すれば、ほとんどの場合、EMI(Electromagnetic Interference)の低減を目的として遷移速度を下げる必要はありません。変換効率の向上と干渉波の低減という難易度の高いトレードオフは、Silent Switcher技術を適用した製品を使うことで、ほぼ生じなくなります。

Frederik Dostal

Frederik Dostal

Frederik Dostalは、アナログ・デバイセズ(ドイツ ミュンヘン)のフィールド・アプリケーション・エンジニアです。20年以上にわたって蓄積した設計/アプリケーションに関する知識を活かし、パワー・マネージメント分野のエキスパートとして活躍しています。ドイツのエアランゲン大学でマイクロエレクトロニクスについて学んだ後、2001年にNational Semiconductorに入社。お客様のプロジェクトを支援するフィールド・アプリケーション・エンジニアとして、パワー・マネージメント・ソリューションの導入に携わりました。その間、アリゾナ州フェニックス(米国)で4年間にわたりスイッチング電源に取り組んだ経験も有しています。2009年にはアナログ・デバイセズに入社。製品ラインや欧州のテクニカル・サポートを担当するなど、様々なポジションで業務に携わってきました。