伝送ゲートとは何なのか?

伝送ゲートとは何なのか?

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要約

伝送ゲートとは、アナログ・スイッチ、トランスミッション・ゲート、トランスファ・ゲートとも呼ばれるデバイスのことです。本稿では、この伝送ゲートの基本的な動作とそれを使用する目的について説明します。特に、伝送ゲートICを使用することで、複数の信号を簡単に隔離(遮断)できる点に注目することにします。同ICを採用すれば、基板上の実装面積を最小限に抑えることができます。また、それらの重要な信号の特性は無視できる程度にしか劣化しません。本稿では、伝送ゲートICの具体的な例として「DS3690」を取り上げることにします。

基本的な動作

伝送ゲートとは、その入力と出力の間で信号を選択的に遮断または通過させる電子素子のことです。通常、このソリッド・ステート・スイッチは、PMOSトランジスタとNMOSトランジスタを組み合わせる形で構成されます。制御用のゲートは、両方のトランジスタがオンまたはオフになるように相補型にバイアスされます(図1)。

図1の回路において、ノードAに論理レベルの1に相当する電圧を印加するケースを考えます。その場合、ノードA には、相補的な論理レベルである0に相当する電圧を印加します。その結果、両方のトランジスタがオンになり、INの信号がOUTに伝送されます。一方、ノードAに論理レベルの0に相当する電圧を印加する場合、ノードA には相補的な論理レベルである1に相当する電圧を印加します。それにより、両方のトランジスタがオフになり、INとOUTのノードはハイ・インピーダンスの状態になります。つまり、デジタル系の回路において、DS3690のチャンネルは、下流の回路に対して3つの状態を提供する可能性があることになります。つまり、ハイ、ローに加えてHigh-Zという状態が存在するということです。

図1にはIN(右)とOUT(左)が存在しますが、これらのラベルが左右逆に付加されていたとしても動作は変わりません。この回路は、両ラベルが逆に付加されていたとしても全く同じように動作します。つまり、この構造によって、入力信号を劣化させることのない真に双方向の接続が実現されます。

図1. 伝送ゲートの構造

図1. 伝送ゲートの構造

図2に示したのは、伝送ゲートの一般的なシンボルです。このシンボルは、伝送ゲートの動作の双方向性を表しています。

図2. 伝送ゲートのシンボル

図2. 伝送ゲートのシンボル

伝送ゲートを使用する目的

伝送ゲートは、DラッチやDフリップフロップといった論理回路のビルディング・ブロックとして使用されています。それだけでなく、スタンドアロンの回路として使用されることもあります。例えば、ホット・インサーションやホット・リムーバルを実施する際、伝送ゲートを活用することにより、1つまたは複数のコンポーネントをライブ信号から隔離することができます。また、伝送ゲートはセキュリティ関連のアプリケーションで使用されることもあります。つまり、正規のハードウェア制御に伴うものであるとの承認がない状態で、重要な信号(データ)が伝送されることがないよう選択的に信号ラインを遮断することができます。

ここで図3をご覧ください。この回路では、メモリ(SRAM)が取り外された場合に、マイクロプロセッサと同メモリの間のI/Oバスが隔離されます。このSRAMは、取り外しが可能なメモリ・カードに搭載されます。伝送ゲートIC(DS3690)は、コネクタを経由する様々な信号を隔離するために使用されています。

図3. DS3690を利用するアプリケーション回路

図3. DS3690を利用するアプリケーション回路

メモリ・カードが取り付けられると、SRAMがグランドに接続されているという情報がコネクタを介してDS3690にフィードバックされます。それにより、DS3690のCE ピン(アクティブ・ローのチップ・イネーブル・ピン)がプルダウンされ、同ICはイネーブルになります。

DS3690の特徴

ここからは、DS3690の特徴について説明していきます。それを通して、同ICによりどのようなメリットが得られるのかを明らかにします。

独立した多くのチャンネル、部品点数を削減可能

DS3690は、26の独立したチャンネルを備えています。つまり、非常に広いバス幅に対応できます。商用品として提供されている大半の伝送ゲートICは、2本、4本、または8本の信号ラインに対応するよう構成されています。図3の例では、メモリ・カードが取り外される際、SRAMの25本の信号ラインを隔離する必要があります。従来の8ビットの伝送ゲートICを使用する場合、このSRAMを隔離するためには同ICを4個使用しなければなりません。そうすると、最終的な部品点数とプリント基板の面積が増大することになります。

実装スペースを節約できる小型パッケージ

DS3690のパッケージは5mm×11mmのTQFNです。基板上では、わずか55mm2の専有面積で、バスを隔離するためのすべての処理を実現できます。8ビットの伝送ゲートICの場合、恐らく最も小さなパッケージはSSOPでしょう。その場合、占有面積は1個につき51.5mm2です。1個のDS3690と同じ機能を得るためには、8ビットの伝送ゲートICを4個使用しなければなりません。信号のルーティングのためのスペースを最小限にしたとしても、占有面積は200mm2を優に超えます。

効率的な信号のルーティングにより、性能が向上

8ビットの伝送ゲートICを複数使用するということは、基板上の実装スペースが大きくなるということを意味します。それだけでなく、基板のレイアウトの作業も複雑になります。配線パターンの長さに差があれば、タイミングが重要な信号のスキューにも差が出る可能性があります。また、4個の伝送ゲートICを使用する場合、それらの伝搬遅延の値が同一であるとは限りません。そうすると、最終的なシステムの動作マージンが狭くなります。DS3690の26個の並列チャンネルを使用する場合、チャンネル間のスキューを1ナノ秒未満に抑えられます(図4)。

先述したように、DS3690はTQFNパッケージを採用しています。そのため、バスの物理的な方向にすべての信号を簡単にルーティングすることができます。DS3690の26のチャンネルに信号を割り当てる際には、利便性とアプリケーションの柔軟性を高められるよう配慮するとよいでしょう。

図4. 推奨される信号のルーティング方法

図4. 推奨される信号のルーティング方法

セキュリティの面で有利

セキュリティが重要なアプリケーションに対しては、リードレスのTQFNパッケージが役に立ちます。接続が可能な露出したピンがないので、外部からのプロービングに対する物理的なセキュリティ・レイヤが追加されることになります。

まとめ

伝送ゲートICとしてDS3690を使用すれば、複数の信号を簡単に隔離することができます。また、基板上の実装面積を最小限に抑えることが可能です。しかも、重要な信号の特性は無視できる程度しか劣化しません。