バイタル・サイン技術:身体の状態基準保全

バイタル・サイン技術:身体の状態基準保全

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Cosimo-Carriero

Cosimo Carriero

はじめに

バイタル・サイン・モニタリングは、医療行為の境界を越えて、私たちの日常生活の様々な分野で利用されるようになっています。もともと、バイタル・サイン・モニタリングは、厳格な医学的管理の下に病院や診療所で行われていたものです。マイクロエレクトロニクスにおける進歩がモニタリング・システムのコスト低下をもたらし、遠隔医療、スポーツ、フィットネスとウェルネス、職場の安全衛生、更には自動運転が重視されるようになったオートモーティブ市場などの分野でこれらの技術が容易に利用できるようになり、一般的なものとなりました。このように利用範囲は拡大していますが、これらのアプリケーションが健康に関連した性質を有するものであることから、品質基準は引き続き高いレベルが求められています。

バイタル・サイン

バイタル・サインのモニタリングでは、その人の健康状態を示すことができる一連の生理的パラメータが測定されます。心拍数は最も一般的なパラメータの1つであり、心電図によって検出することができます。心電図は心拍の周波数を測定しますが、より重要なのはその変動状態です。心拍数は、身体の活動に基づいて変化する傾向があります。睡眠中や休息中のリズムはゆっくりとしていますが、身体的活動や感情的な反応、ストレス、不安などの後は速くなる傾向にあります。

心拍数が通常の範囲を外れる場合は、徐脈(心拍数が低すぎる場合)や頻脈(高すぎる場合)といった疾患の存在を示している可能性があります。呼吸はもう1つの重要なバイタル・サインです。血液の酸素化レベルは、フォトプレチスモグラフィ(SpO2)と呼ばれる技術を使って測定することができます。酸素化レベルが低い場合は、呼吸器官に影響を及ぼす疾病や疾患が始まっていることを示しているのかもしれません。身体の状況に関する各種の兆候を示すことのできるその他のバイタル・サイン測定には、血圧、体温、皮膚伝導度反応があります。皮膚電気反応とも呼ばれる皮膚伝導度反応は交感神経系と密接に関連しており、更に交感神経系は感情的行動の制御に直接関与しています。皮膚伝導度の測定は、患者のストレス、疲労、精神状態、感情的反応に関する各種の兆候を提供します。更に、身体組成、除脂肪量と脂肪量のパーセンテージ、水分および栄養状態の測定は、身体の臨床状態に関する明確な指標を提供します。最後に、動作と姿勢を測定すれば、モニタ対象の行動に関する有効な情報を得ることができます。

バイタル・サインを測定するための技術

心拍数、呼吸、血圧および体温、皮膚伝導度、身体組成などのバイタル・サインをモニタするには様々なセンサーが必要で、ソリューションはコンパクトでエネルギー効率が良く、信頼性が高くなければなりません。バイタル・サイン・モニタリングには以下の方法があります。

  • 光学測定
  • 生体電位測定
  • インピーダンス測定
  • MEMS センサーを使用した測定

光学測定


光学測定は、標準的な半導体技術の範囲を超えるものです。このタイプの測定を行うには、光学測定用のツールボックスが必要です。図1に光学測定の代表的なシグナル・チェーンを示します。光信号を生成するためには光源(通常はLED)が必要で、通常、この信号は複数の波長で構成されます。複数の波長を組み合わせることによって、測定精度を向上させることができます。光信号を電気信号(光電流とも呼ばれる)に変換するためには、一連のシリコン・センサーまたはゲルマニウム・センサー(フォトダイオード)も必要です。また、フォトダイオードは、十分な感度と直線性で光源の波長に応答するものでなければなりません。この光電流は、更に増幅して変換する必要があります。したがって、LEDの制御、アナログ信号の増幅とフィルタリング、そして求められる分解能と精度でA/D変換を行うことのできる、高性能、高効率のマルチチャンネル・アナログ・フロント・エンドが必要です。

図1. 光学測定用シグナル・チェーン

図1. 光学測定用シグナル・チェーン

光学システムのパッケージングも基本的な役割を果たします。パッケージは単なる容器ではなく、1つのシステムでもあります。このシステムは不要な放出光と外来光を除去することができる1つまたは複数の光学ウィンドウを備え、信号の完全性を損なうおそれのある過度な減衰や反射がないようになっています。この光学システム・パッケージは、コンパクトなマルチチップ・システムを構成するために、LED、フォトダイオード、アナログおよびデジタル処理チップを含む複数のデバイスを組み込めなければなりません。最後に、アプリケーションに必要なスペクトラムの一部を選択して不要な信号を除去するための光学フィルタの作成を可能にする、コーティング技術も不可欠です。このアプリケーションは太陽光の下でも機能しなければなりません。光学フィルタがないと、大きな信号によってアナログ・チェーンが飽和して、エレクトロニクスが正しく機能しなくなる可能性があります。

アナログ・デバイセズは、フォトダイオードのファミリと、フォトダイオードから受け取った信号の処理とLEDの制御を行うことのできる、様々なアナログ・フロント・エンドのファミリを提供しています。また、例えば ADPD188GGのように、LED、フォトダイオード、フロント・エンドを1つのデバイスに組み込んだフル機能の光学システムも用意されています。

生体電位と生体インピーダンスの測定


生体電位は、身体内の電気化学的作用の影響によって生成される電気信号です。生体電位測定の例には心電図(ECG)や脳波図があります。これらは、いくつもの干渉がある周波数帯で、非常に小さい信号を検出します。したがって、信号を処理する前に、増幅とフィルタリングが必要です。ECG生体電位測定はバイタル・サイン・モニタリングに広く使われており、アナログ・デバイセズではこのタスク用に、AD8233ADAS1000チップ・ファミリ、およびADuCM3029などの複数のコンポーネントを用意しています。

AD8233はウェアラブル・アプリケーション用に設計されており、Cortex ®-M3技術をベースとしたシステム・オン・チップ(SoC)であるADuCM3029と組み合わせて、全機能内蔵型のシステムを構成することができます。更に、ハイ・エンド・アプリケーション用に設計されたADAS1000ファミリは、消費電力の小さいことが特長です。このシリーズは、バッテリ駆動のポータブル・デバイスに特に適しており、消費電力とノイズの面で高いスケーラビリティを備えているので(つまり、消費電力の増加に比例してノイズレベルを低減できる)、ECGシステム用の優れた組み込みソリューションとなっています。

生体インピーダンスは、我々の身体的状態について有効な情報を与えてくれる、もう1つの測定値です。インピーダンス測定は、私たちの身体の皮膚電気活動、身体組成、水分状態に関する情報を提供します。それぞれのパラメータを測定するには異なる技術が必要です。必要な電極の数とそれらを取り付けるポイント、および使用する周波数範囲は、それぞれに異なります。

例えば、皮膚のインピーダンスの測定には低周波数(200Hzまで)が使われますが、身体組成の測定には、通常、50kHzの固定周波数が使われます。同様に、細胞内液と細胞外液を正しく評価するために水分状態を測定する場合は、様々な周波数が使われます。

使用する技術は異なりますが、すべての生体インピーダンス測定とインピーダンス測定は、単一のフロント・エンド(AD5940)で行うことができます。このデバイスは、励起信号とフル機能のインピーダンス測定チェーンを備えています。また、複数の測定条件を満たすために、様々な周波数を生成することができます。更に、AD5940は、AD8233と連携させて使用することで、図2に示すような、生体インピーダンスと生体電位を読み取るための包括的なシステムを構成できるように設計されています。インピーダンス測定用のその他のデバイスとしては、ADuCM35xファミリのSoCソリューションがあります。これらのソリューションは、専用のアナログ・フロント・エンドに加えて、Cortex-M3マイクロコントローラ、メモリ、HWアクセラレータ、ならびに電気化学センサーおよび生体センサー用の通信ペリフェラルを備えています。

図2. 生体電位および生体インピーダンス測定を使用した生体電気システムの全体像

図2. 生体電位および生体インピーダンス測定を使用した生体電気システムの全体像

MEMSセンサーを使用したモーション測定


MEMSセンサーは重力加速度を検出できるので、動作や、不安定な歩行、転倒、脳震とうといった異常の検出に使用できるほか、対象が休憩しているときの姿勢をモニタすることも可能です。更に、光学センサーには動作アーチファクトが発生することがあるので、MEMSセンサーを使って光学センサーを補完することができます。アーチファクト発生時は、加速度センサーからの情報を使って補正を行います。ADXL362は医療分野で広く使われているデバイスの1つで、市場で最も消費電力の小さい3軸加速度センサーです。測定範囲を2g~8gにプログラムできることと、デジタル出力を備えていることが特長です。

ADPD4000:汎用アナログ・フロント・エンド

現在市販されているスマート・ブレスレットやスマート・ウォッチなどのウェアラブル・デバイスには、バイタル・サインをモニタするための様々な機能が搭載されています。この中で最も一般的なものが、心拍数モニタ、歩数計、およびカロリー・カウンタです。皮膚電気活動や血液量変化(フォトプレチスモグラフィによる)などの基準と共に、血圧や体温が測定されることもよくあります。モニタリング・オプションの数が増えるに従って、集積度の高い電子部品へのニーズも高まっています。ADPD4000は極めて柔軟なアーキテクチャを備えており、設計者がこのニーズを満たす助けとなるように作られています。このデバイスは、生体電位と生体インピーダンスの測定に加えて、測光用フロント・エンド、パイロットLED、読出し用フォトダイオードの管理を行うことができます。ADPD4000は補償用温度センサーとスイッチ・マトリクスを備えており、シングルエンドまたは差動電圧信号の両方について、必要な出力を設定して電圧信号を収集することができます。出力は選択可能で、ADPD4000を接続するADCの入力条件に応じて、シングルエンドまたは差動とすることができます。このデバイスは、それぞれが特定センサーの処理専用に割り当てられた12の異なるタイム・スロットを使ってプログラムできます。図3に、いくつかの代表的なアプリケーションにおけるADPD4000の主要特性の概要を示します。

図3. 測光、生体電位、生体インピーダンス、および温度計測用のADPD4000

図3. 測光、生体電位、生体インピーダンス、および温度計測用のADPD4000

まとめ

技術の進歩と共に、バイタル・サイン・モニタリングは、様々な産業分野において、また私たちの日常生活を通じて、ますます一般的なものになっていくでしょう。治療目的か、あるいは予防目的かを問わず、これらの健康関連ソリューションには信頼性の高い確実な技術が求められます。バイタル・サイン・モニタリング・システムの設計者は、信号処理に特化されたアナログ・デバイセズ製品の広範なポートフォリオから、直面する設計上の課題を解決するあらゆるソリューションを見つけ出すことができます。