電源回路のループの安定性と補償方法について理解する【Part 1】基本的な概念、利用可能なツール

電源回路のループの安定性と補償方法について理解する【Part 1】基本的な概念、利用可能なツール

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Henry Zhang

Henry Zhang

はじめに

電源回路を設計する技術者にとって、ループの設計と安定性についての評価は非常に重要な作業です。スイッチング方式のものであれ、リニア方式のものであれ、電源回路は高速な過渡応答と安定性を確保するための十分なマージンを備えるように設計しなければなりません。不安定な電源や、安定性をかろうじて維持しているような電源は、発振を起こす可能性があります。また、リップルや電圧、電流、熱ストレスの増加を招くかもしれません。場合によっては、電源や重要な負荷デバイスが破損してしまうおそれもあります。

電源の帰還ループの帯域幅と安定性を確認する手段としては、ボーデ線図がよく使われます。ボーデ線図を利用することにより、ループの特性を正確に定量化することができます。本稿では、まずナイキストの安定判別法やボーデ線図の概念、重要性についておさらいします。実際、これらの手法は、ループの安定性の評価には欠かせません。続いて、実際に電源回路を構築し、ループの安定性を最も適切に評価できるようにするための方法を紹介します。具体的には、ボーデ線図を作成するための測定環境やツールの例を示します。更に、ループの測定を行う上で考慮すべき事柄について解説を加えます。

帰還ループに関する基本的な概念のおさらい

まずは、帰還ループの評価を行うにあたり、知っておくべき事柄
についておさらいすることにします。

ナイキスト線図を利用した安定判別法


ナイキスト線図は、線形な負帰還ループの安定性を評価する際に使用される基本的なツールです。また、ナイキスト線図を利用して安定性を評価する方法は、ナイキストの安定判別法と呼ばれています。ここで言うナイキストとは、Harry Nyquist氏のことです。ベル研究所(Bell Telephone Laboratories)の技術者だった同氏は、1932年に帰還型増幅器の安定性に関する論文を発表しています。ナイキストの安定判別法は、帰還制御理論に関するあらゆる教科書に記載されている非常に重要な概念です。

まず、ナイキスト線図についておさらいします。ここでは、帰還システムのオープンループ・ゲインの伝達関数をT(s)で表すことにします。そのナイキスト線図を作成するには、s = jω = j2πfとし、周波数ωをパラメータとして0から無限大まで掃引します。それによって得られるT(s)を、複素平面上にRe(T(s))、IM(T(s))としてプロットしたものがナイキスト線図です。つまり、ナイキスト線図は極座標を使って表します。点(0, 0)が原点であり、ループのゲインを動径座標、伝達関数の位相を角度座標として表現します。ループの安定性は、この線図が点(-1, 0)を取り囲む回数に注目することで判定できます。標準的なアナログ帰還ループを備える電源回路の場合、一般にオープンループの伝達関数は安定しています。つまり、RHP(Right Half Plane:右半平面)がありません。図1に示すように、クローズドループ・システムの場合、周波数を増加させてもT(jω)の線図が点(-1, 0)を時計回りに取り囲むことがなければ安定しています。

図1. 安定した線形/負帰還型システム(電源)の標準的なナイキスト線図

逆に、図4に示すように、周波数を増加させるとT(jω)の線図が点(-1, 0)を時計回りに取り囲む場合、そのシステムは不安定だということになります。安定性を得るためにマージンを確保するには、T(jω)の曲線を点(-1, 0)から遠ざけることが重要です。これについては、ナイキスト線図とナイキストの安定判別法を使用することで評価できます。すなわち、T(jω)の曲線と点(-1, 0)の距離を基にすることで、電源回路を構成する帰還システムのマージンを数値として判定することが可能になります。マージンを定量化する際、厳密には点(-1, 0)とT(jω)の曲線の間の最小距離(図2のdmで表される値)を使用するべきです。しかし、実際には(ボーデ線図を使って)周波数領域の解析を簡素化するために次のような方法が使われます。すなわち、図2に示すように、位相マージンPMは、T(jω)の曲線が単位円(¦T(jω)¦ = 1、つまりは0dB)と交差するときの位相角の値であると定義します。一方、ゲイン・マージンGMは、T(jω)の曲線が実軸(すなわち位相が-180°)と交差するときの¦T(jω)¦の値であると定義します。

図2. 安定性の評価方法。ナイキスト線図上でマージンの大きさを確認します。具体的には、図のように、位相マージンPMとゲイン・マージンGMを数値化します。


ボーデ線図を使用した安定判別法


ナイキスト線図を使用すれば、帰還システムの安定性を正確に確認することができます。しかし、T(jω)の曲線上の周波数の値は視覚的に確認することができません。そのため、ナイキスト線図を使って周波数領域における伝達関数の解析や極とゼロの設計を行うのは容易だとは言えません。そこで、ベル研究所の技術者であるHendrik Wade Bode氏は、1930年に、ゲインと位相の変化をグラフ化するための簡単な方法を考案しました。それがボーデ線図として知られるものです。ボーデ線図は、周波数の関数としてプロットされたゲインの曲線と位相の曲線で構成されます。1つのナイキスト線図は、図3に示すように、2つの曲線を使用したボーデ線図として描き直すことができます。ボーデ線図におけるゲインの曲線は、関数¦T(s = jω)¦のグラフです。ここでωは、2πfで表される周波数の値です。周波数を表すX軸としては対数軸が使用されます。一方、ゲインの値としてはデシベル単位の値をプロットします。つまり、ゲインの値である¦T¦をそのままプロットするのではなく、20log10¦T¦の値をY軸にプロットします。また、ボーデ線図において、位相の曲線は伝達関数arg(T(s = jω))の値をプロットしたものとなります(ωは周波数)。位相の値については、一般に ° を単位としてY軸(線形軸)方向にプロットされます。ボーデ線図を使用する場合、ゲインが0dBになる(ゲインの曲線がX軸と交差する)ときの周波数が重要な意味を持ちます。というのも、その周波数が、システムのクローズドループの帯域幅fBWとして定義されるからです。この周波数(クロスオーバー周波数)は、T(jω)のナイキスト線図が単位円と交差する点と等価です。したがって、fBWにおける位相の曲線と-180°との差が、ナイキスト線図上における位相マージンPMと等価になります。つまり、fBWにおいて、PM = 180 + arg(T(jω))です。ここで、PM≦0であるとしたら、そのシステムは不安定だということになります。周波数が増加するにつれて、電源の位相は更に減少するでしょう。位相が-180°に達する点は、T(jω)のナイキスト線図が実軸と交差する点と等価です。この点において、ゲイン・マージンGMは1/¦T(jω)¦として定義されます。まとめると、ボーデ線図を使用した安定判別法は、ナイキストの安定判別法をボーデ線図上で簡素化して表現したものだということです。

図3. ナイキスト線図とボーデ線図。安定性を備える典型的なシステムの例を示しています。帯域幅、位相マージンPM、ゲイン・マージンGMを容易に把握することができます。

ここで図4の例をご覧ください。これらは、安定性を欠く典型的なシステムのナイキスト線図とボーデ線図です。左のナイキスト線図において、ループのT(jω)の曲線は、周波数が高まるにつれて点(-1, 0)を取り囲むように時計回りの軌道をとります。この曲線は、¦T(jw)¦の値(ゲイン、点(0, 0)までの距離)が1まで低下する前に、X軸と交差しています。そして負の位相角で単位円と交差します。一方、ボーデ線図では、ゲインの曲線が0dBよりも上にある間に位相曲線が-180°に達します。そのため、クロスオーバー周波数fBWにおける位相の値は-180°よりも低くなります。つまり、ボーデ線図を使用すれば、PM < 0°の場合にシステムが不安定になるということを容易に把握できます。

図4. 安定性を欠く典型的なシステムのナイキスト線図とボーデ線図

ボーデ線図にはもう1つ大きなメリットがあります。それは、伝送関数とその極、ゼロの正確な周波数と、それらがゲインの曲線と位相の曲線にもたらす影響を視覚的かつ明確に把握できることです。そのため、ループの補償に向けた設計を標準的な設計プロセスに容易に組み込めるようになります。

制御システムの設計において、ボーデ線図によるゲイン・マージンと位相マージンの確認は、長年にわたって行われています。つまり、これは堅牢性を評価するための標準的な安定判別法だと言えます。但し、ナイキスト線図において、複数の点(周波数)が単位円と交差したり接近したりする場合については注意が必要です。その状況は、ボーデ線図で言えば、ゲインの曲線が0dBと複数回交差したり接近したりすることに相当します。そのようなケースでは、ボーデ線図上でのマージンの解釈を誤る可能性があります。図5に示したのは、そのような状況が発生し得る例です。この場合、ボーデ線図上ではゲイン・マージンと位相マージンには問題はないと判定される可能性があります。しかし、ナイキスト線図で見ると、T(jω)の曲線が点(-1, 0)に危険なレベルで接近している部分があります。これは、このシステムは堅牢性が低く、不安定になるリスクが潜んでいるということを表しています。つまり、ボーデ線図においては、(fBWにおける)PMとGMの値だけでなく、曲線全体を確認することが重要です

図5. 不安定になるリスクが潜むシステムのボーデ線図とナイキスト線図。PMとGMの値には問題はありません。

ここまでの内容をまとめます。ボーデ線図は、ループの安定性を解析するために利用できる簡素かつ有効な手段です。電源回路を含む線形帰還システムを設計する際には広く活用されています。そうしたシステムの設計を行う技術者にとって、位相マージンを使用してループの安定性の判定/定量化を実施するというシンプルな概念は非常に有用です。一方で、現場で働く技術者の多くは、教科書に載っていたナイキスト線図やナイキストの安定判別法のことは忘れてしまっているかもしれません。しかし、特にボーデ線図が通常とは異なる形や紛らわしい形になる場合には、やはりナイキスト線図とナイキストの安定判別法の概念が非常に役に立ちます。このことは忘れないでください。


電源回路のループの安定性


電源は、大きく2種類に分けることができます。1つはリニア方式の電源、もう1つはスイッチング方式の電源(SMPS:Switchmode Power Supply)です。リニア方式の電源は比較的シンプルなものであり、通常は補償用の回路も含めてIC化されています。したがって、データシートに記載されている最小/最大出力容量のガイドラインに従えば、問題なく使用することができます。一方、SMPSは出力電力のレベルが高く、リニア方式の電源よりも優れた効率が得られる点を特徴とします。SMPS向けの多くのコントローラICは、最適な安定性と過渡的性能が得られるように、ICの外部でループの補償回路を調整できるようになっています。

SMPSは、スイッチング動作に基づいて機能します。つまり、時間軸で見ると動作が離散的に変化する非線形のシステムです。その動作は、スイッチング周波数の1/2(fSW/2)まで有効な、平均化された小信号線形モデルを使うことでモデル化できます。この方法を使えば、SMPSも線形の制御ループと同様に扱えます。つまり、ナイキスト線図やボーデ線図を使用して安定性を解析することが可能だということです。通常、SMPSの最大帯域幅は、スイッチング周波数fSWの1/10~1/5程度です。降圧コンバータの場合、一般に45°の位相マージンがあれば許容範囲だと言えます。60°の位相マージンがあれば、より望ましい状態になります。一般に、マージンが大きいほどより安全性が高いと言えます。それだけでなく、クローズドループの出力インピーダンスのグラフが平坦になり、PDN(Power Delivery Network)をより適切に設計することができます。ゲイン・マージンについては、一般的には8dB~約10dBあることが望ましいとされます。但し、平均モデルとそのボーデ線図の有効範囲はfSW/2までだということを忘れないでください。

また、ゲイン・マージンまたはゲインの減衰量については、fSW/2におけるゲインの減衰量が8dB以上であることが設計上のガイドラインになります。これを満たせれば、補償用の帰還ループにおけるスイッチング・ノイズを減衰させられます。小信号モデルとループの補償を実現するための設計については、アプリケーション・ノート「AN149」を参照してください1

電源ループのボーデ線図を生成するためのツール

ボーデ線図による解析は、電源のループの安定性を定量化するための標準的かつ必須の手段です。そのため、電源の分野では、ボーデ線図を生成するための設計/測定ツールがいくつも提供されています。以下では、アナログ・デバイセズが提供する設計ツール「LTpowerCAD®」について説明します。


LTpowerCADの概要


LTpowerCADは、電源の設計と最適化に利用できる強力なツールであり、analog.com/jp/LTpowerCADで無償ダウンロード提供されています。このツールを使うことにより、簡単なステップでSMPSを設計することができます2。そのステップとは、部品の検索/選定、パワー段の設計、効率の最適化、ループと負荷トランジェントの設計、サマリ・レポートの生成の5つです。これらの完全な机上設計をほんの数分で完了させることができます。LTpowerCADは、アナログ・デバイセズのパワー製品の小信号線形モデルを使用することで、ループのボーデ線図をリアルタイムで生成します。各製品のループのモデルについては、アナログ・デバイセズのデモ用ボードを使って取得した実測値との比較により、高い精度が得られることが確認されています。LTpowerCADを使用すれば、ボーデ線図と過渡応答波形をリアルタイムに確認できるので、帰還ループの設計と最適化を迅速に進めることができます。

図6(a)に示したのは、LTpowerCADのスタート・ページです。電源の設計を開始するには「Supply Design」のアイコンをクリックします。図6(b)は、LTpowerCADで生成したループのボーデ線図と負荷トランジェントの例です。ここでは、μModule®製品である「LTM4638」を例にとっています。この製品は入力電圧が20V、出力電流が15Aの降圧レギュレータです。コントローラIC、パワーMOSFET、インダクタ、複数の入力/出力コンデンサなどが6.25mm×6.25mm×4mmの小型パッケージに収容されています。また、オプションでループの補償を製品の外部で行えるようになっています。様々な動作条件に応じ、主に出力コンデンサの値を変えることで、ループの調整を柔軟に行うことができます。つまり、必要に応じてループとその過渡性能をいつでも最適化することが可能です。

図6(b)のボーデ線図において、緑色の縦の線は、電源の帯域幅(クロスオーバー周波数)を表しています。位相の曲線としては、位相マージンを読み取りやすくするために「位相+180°」の値がプロットされています。これは、位相をプロットするツールでよく使われる手法です。一方、赤色の縦の線は、電源のスイッチング周波数fSWを表しています。fSWよりも高い周波数では、ゲインと位相の曲線がギザギザした奇妙な形になっています。これについては特に意味はありません。先述したように、平均化された小信号モデルでは有効な範囲がfSW/2までに限られるからです。

図6. LTpowerCADの利用画面。(a)はスタート・ページ、(b)はループの設計用のページです。

ループの補償回路の調整は、抵抗、コンデンサの値を入力したり変更したりすることで実施できます。あるいはそれらの値に対応するスライド・バーを使用することも可能です。値を設定した上で「Freeze Plots」のチェックボックスをクリックすると、変更後のボーデ線図の結果がリアルタイムに表示されます。このような仕組みであることから、調整や比較を容易に行うことができます。また、所望のループ帯域幅(fSWの1/10~1/5程度)を設定し、「Use Suggested Compensation」のチェックボックスをクリックすると、適切だと考えられる補償方法が提示されます。例えば、出力コンデンサの値を変更した場合には、広い帯域幅と十分な位相マージンが得られるようにループを最適化しなければなりません。

それに向けて、LTpowerCADは補償回路の抵抗とコンデンサの値を自動的に提案してくれます。つまり、ループの補償に向けた設計を、ワンクリックの簡単な操作によって実施できるということです。


LTspiceによる回路シミュレーション


LTpowerCADを使用し、最適なパラメータの値を採用して電源の設計を完了することができたとします。次に行うべきことは、「LTspice®」による回路シミュレーションです。LTspiceは、アナログ・デバイセズが提供する回路シミュレーション・ツールです。analog.com/jp/LTspiceから無償でダウンロードすることができ、非常に多くのユーザに利用されています。LTpowerCADで設計した回路の情報は、LTspiceにエクスポートすることができます。LTspiceでは、その情報に基づいてシミュレーションを実施することが可能です。LTspiceを使用すれば、電源回路の定常状態と過渡状態のシミュレーションを時間領域で実施することができます。また、周波数領域におけるAC回路のシミュレーションも行えます。但し、SMPS用のICに対応する平均小信号モデルがまだ提供されていないことがあります。そのような場合でも、ボーデ線図を生成するために迅速かつ簡単にシミュレーションを実施できるようにする方法は、まだ提供されていません345。ループの補償回路を含む電源回路の設計情報をLTpowerCADからLTspiceにエクスポートすることで、より詳細な回路シミュレーションを実施することができます。

実測結果に基づくボーデ線図の作成

続いては、現実の回路の評価を実施し、その結果を基にしてボード線図を作成する方法を説明します。


なぜ実測が必要なのか?


モデルを利用して生成したループのボーデ線図は、検証を行う際の良い出発点になります。ただ、現実の回路の特性を非常に正確に表現できるとは限りません。なぜなら、現実の外付けコンポーネントの値にはばらつきが存在するからです。通常、最も大きなばらつきが生じるのは出力コンデンサです。例として、大容量の積層セラミック・コンデンサ(MLCC:Multilayer Ceramic Capacitor)の特性を図7に示しました。これを見ると、MLCCの値は、DCバイアス電圧やACリップル電圧によって大きく変化することがわかります。その誤差は、40%~60%にも達する可能性があります。LTpowerCADで使用するコンデンサのライブラリには、DCバイアス電圧によるばらつきの影響は反映されています。しかし、ACバイアス電圧のばらつきによる影響はまだ反映されていません。電源回路では、MLCCだけでなく、導電性の高分子コンデンサもよく使われます。この種のコンデンサを使用すれば、MLCCよりも大きな容量値を容易に得ることができます。但し、MLCCと比べると、寄生成分である等価直列抵抗(ESR)も大きくなります。残念ながら、高分子コンデンサ製品のデータシートに記載されているESRの値は正確であるとは限りません。しかも、多くの高分子コンデンサには、湿度感度(MSL3)が高いという欠点があります。密封式の乾燥パックに入れて保管されていない場合、高分子コンデンサのESRの値は時間の経過と共に大きく変化する可能性があります。

図7. MLCCの特性。その容量値は動作条件に応じて大きく変化します。

プリント基板の寄生成分の影響


ループのボーデ線図には、プリント基板のパターンの寄生インダクタンスや寄生容量の影響も及びます。そのため、現実の回路の特性は、モデルを基に生成したボード線図とは異なるものになる可能性があります。図8に示したのは、降圧コンバータのデモ用ボードの例です。補償用のITHピン向けには、長さ3cm、幅10milのパターンが使用されています。このパターンとグラウンドの間には、約10pFの寄生容量が生じる可能性があります。その影響で、位相マージンは約10°も低下してしまいます。FBピン(帰還用のピン)に関連する寄生容量も、同様の影響をもたらす可能性があることに注意してください。

図8. デモ用ボードの基板と実測によって取得したボーデ線図。補償用のITHピンにつながるパターンの寄生容量(約10pF)は、ループの位相曲線に影響を及ぼします。

まとめると、モデルを使用して取得したループのボーデ線図は、現実の回路の特性とは異なる可能性があります。したがって、開発の段階では実際に電源回路を構成して評価を行い、実測によって取得したボーデ線図を確認することが必須です。

ボード線図を取得するための測定環境、考慮すべき事柄

ボーデ線図を取得するために使用する測定環境は、どのようなものでなければならないのでしょう。また、どのようなことについて注意すべきなのでしょうか。以下、これらについて説明します。


測定用の標準的な設定


通常、電源回路のボード線図を取得するにはネットワーク(周波数)アナライザを使用します。代表的な製品としては、RidleyEngineeringの「RidleyBox®」やOMICRON Labの「Bode100」が挙げられます。図9に示したのは、テストの対象となる電源回路(DUT)のボーデ線図を取得するための標準的な設定です。帰還パスには、標準的な帰還抵抗に加えて10Ω~50Ωの小さな注入抵抗Roを挿入します。ネットワーク・アナライザは、このRoに10mV~100mVの小さなAC信号を注入することでループを疑似的に切断します。その上で、AC信号の周波数を低い値から高い値へと掃引し、RoをまたぐA点とB点の信号を測定します。ループのゲインの伝達関数T(s)は、VA(s)/VB(s)として測定されます(つまりはch2/ch1)。ネットワーク・アナライザは、各周波数におけるVA(s)/VB(s)のゲインと位相を計算し、ボーデ線図向けにゲインと位相の曲線を生成します。

図9. 電源回路の特性を評価するための標準的な設定。ループのゲインはch2/ch1で求められます。


S/N比に関する考察


ループの測定を行う際には、低い周波数範囲におけるS/N比について考察する必要があります。通常、電源回路のループは、DC出力電圧の高いレギュレーション精度を達成するために、非常に低い周波数においてゲインが非常に高くなります。ループのゲインは、周波数が高まるにつれて低下します。上述したように、ループのゲインはVA(s)/VB(s)として測定します。ただ、VB(s)の信号は、非常に低い周波数において非常に小さくなる可能性があります。そうすると、ループのゲインの曲線において、非常に低い周波数ではノイズの影響が大きくなるおそれがあります。このことから、測定した位相の曲線は、低い周波数においてゲインはまだ高いのにもかかわらず、あまり滑らかではなくなります。S/N比を改善するためには、周波数に応じて振幅を変化させられるAC信号を注入する方法が有効である場合があります。例えば、図8(b)の緑色の線は、ネットワーク・アナライザで設定した可変AC信号を表しています。このAC信号は、周波数が低いほど振幅が大きく、周波数が増加するにつれて直線的に小さくなっています。

また、測定を実施する際、ノイズを最小限に抑えるためには、ネットワーク・アナライザのプローブのグラウンド・リードについて気を配らなければなりません。このリードは、プリント基板上の電源コントローラICの近くにあるノイズの少ないシグナル・グラウンドのパターンに接続する必要があります。


帰還抵抗を内蔵する電源モジュールの測定


図10に示したのは、標準的な電源モジュールに対応する設定の例です。電源モジュールは、帰還抵抗に関する違いによって2種類に大別することができます。1つは、抵抗RT、RBで構成した帰還用の抵抗分圧回路を外付けで使用するタイプの製品です。図10(a)は、この種の電源モジュールに対応する設定の例です。先ほど示した図9は、この図10(a)と同じものだと言えます。電源モジュールには、別のタイプの製品が存在します。アナログ・デバイセズの電源モジュール「LTMシリーズ」をはじめとする多くの集積型電源製品の場合、モールド型モジュールの内部に片方または両方の帰還抵抗が集積されています。また、それらの抵抗はVOUTに接続されています。その場合、ループを切断して抵抗Roを挿入するのは困難です。ただ、FBピンにアクセスできるのであれば、図10(b)に示す方法を使うことでボーデ線図を取得できます。つまり、元のVOの検出パスを切断するのではなく、外付けの並列抵抗を使用することでループの測定を行うということです。その場合、モジュールに外付けする抵抗分圧回路は、2つの抵抗RT1、RB1を使って構成します。RT1、RB1としては、内蔵抵抗よりもはるかに小さい値(1kΩ)のものを使用します。図10(a)の外付け抵抗と比べれば1/60程度の値です。外付け分圧回路の並列抵抗の方が値が小さいため、AC信号の電流のほとんどは、内部パスではなくこの外部パスに流れます。このような構成をとった上で、RT1とRB1から成る抵抗分圧回路に注入抵抗Roを付加します。図11は、図10の設定を使って取得したボーデ線図です。図中のMethod2は図10(a)、Method1は図10(b)の設定で測定したゲインと位相を表しています。ご覧のように、ゲインに対応する2つの曲線は互いに重なり合っています。位相については、Method1の条件では低い周波数領域において値が低下し、不正確な結果となっています。ただ、これは大きな問題ではありません。重要なのは、高い周波数領域の値です。特に、安定性を確保するためのマージンを測定する電源の帯域幅周辺の値が重要です。

図10. 電源モジュールの特性を評価するための標準的な設定。(a)は帰還抵抗を外付けで接続する場合の設定です。帰還抵抗を内蔵する電源モジュールの評価を行う場合には、(b)の設定を使用することで対応できます。

図11. 図10(a)と図10(b)の設定を同じ電源に適用して取得したボーデ線図

また、図12(a)のように、帰還抵抗回路にフィードフォワード・コンデンサCFFが含まれているケースがあります。その場合、並列抵抗で構成した分圧回路を適用する際には次の点に注意しなければなりません。同じRC時定数と極/ゼロの周波数を維持するためには、図12(b)に示したとおり、CFFの値をRT/RT1の比に比例して大きくする必要があります。

図12. フィードフォワード・コンデンサCFFを使用する場合の設定。(b)では、CFF の値を、RT/RT1の比に比例して大きくしています。

まとめ

本稿では、まずナイキスト線図とナイキストの安定判別法について説明しました。その上で、ボーデ線図を利用した安定判別法について詳しく解説しました。この手法は、高速で安定性の高い電源回路を設計する上で必須のものだと言えます。実際、ボーデ線図は、ループの安定性を評価するために広く使われています。ただ、ナイキスト線図とナイキストの安定判別法は、通常とは異なる形状のボーデ線図について解釈する際、非常に役に立つケースがあります。ループの安定性について正しく理解した上でLTpowerCADを活用すれば、電源回路を迅速に設計/最適化することができます。但し、実際の電源回路では、部品のばらつきやプリント基板の寄生要素が特性に影響を及ぼします。そのため、実際に電源回路を構成し、ループのボーデ線図を取得して評価や微調整を行うことも不可欠です。その際、正確な結果を得るためには、測定に使用する設定や考慮すべき事柄について十分に検討しなければなりません。